光の勇者の受難・5
「キアス殿から転移の指輪を買ってきた。高くはつくだろうが、マジックアイテムであればここでも使える。それぞれ一個づつ受け取れ」
アニーが格子越しに指輪を手渡してくる。そういやここの牢は、特殊なマジックアイテムの鍵を使わないと開かないんだったか。なら当然マジックアイテムは使えんだよな。さすがアニー!
「用意はいいか? 一応、城壁都市にマーキングはしてきている。よし、では行くぞ!」
俺達は指輪に宿る魔力を動かし、転移を発動させようとした。だが―――
「なっ!?バカなっ!?」
指輪はうんともすんともいわず、転移が発動する事もなかった。
キアスに限って偽物を掴ませたなんて事はないはず。だとすれば、どうして発動しない?
「何故だ?」
眉をハの字にして泣きそうになりながら、アニーは茫然と指輪を見ている。
「アニー!今は原因を調べるよりまず逃げろ!!お前は一度転移を使って逃げてんだ。ここで捕まったら、下手をすれば二度と牢から出れな―――」
「その通り。二度と牢から出しません」
いつの間にかアニーの後ろに現れたエヘクトルが、即座に彼女を拘束した。
「いや、まさか戻って来るとは思いませんでした。てっきり仲間を見捨て、逃亡したものとばかり」
嫌らしい笑顔でアニーを組敷くエヘクトルは、背後に控えた背の高い兵士と、背の低い兵士に命じて牢の鍵を開けさせる。
この鍵は、鍵を開けても中に居る者が出る事の出来ないよう結界が張られる仕組みになっている。無理に出ようとすれば、精神と肉体に過負荷がかかり、最悪死に至る。出るためには、鍵を持つ者と同行しないといけない。
乱暴にアニーを立たせ、牢の中に突き飛ばすエヘクトル。
「悔しいかい、シュタール? 君の望んだ通り、今は君を呼び捨てで呼んであげれるよ。
君たちは、今や教会関係者の目の上のたん瘤でしかない。魔王は討伐しない、魔大陸侵攻には協力しない、教会の指示には従わない。正直、なぜ君に光の加護が宿っているのか、甚だ疑問だった。神はなぜ、君を使徒として選んだのか?
だが今ならわかるよ。
これは目に見える物に惑わされないため、神が与えたもうた試練だったんだ。君は。もっと早く気付くべきだったんだよ。本当の勇者は、誰よりも神を敬愛する勇者、つまりは私だったのだと」
あー、いっちゃってんな。アムハムラ王を襲撃した狂信者と同じような目ぇしてやがる。
「君はもう、教会の認める勇者ではない。だが安心してほしい。君の、君たちの戦闘能力は魔大陸の魔族共を根絶やしにするのには有用だ。処刑なんてしない。
奴隷紋を刻み、その生涯をかけて教会に尽くしてもらう。真の勇者である私の元でね」
やべーな。そんな事になったら、マジでどうしようもねーぞ。そういえば、ダンジョンの魔王が強制的に奴隷を解放したっつってたな。奴隷紋入れられてから脱走して、奴隷紋の影響を受けつつダンジョンをクリアして、さらに魔王と交渉して皆を助けてもらう。無理だな。まず、転移を使わなきゃならないからアニーは連れていかなければならない。その間、奴隷紋から与えられる苦痛に耐えなければならないんだ。ダンジョンだって一朝一夕でクリアできるような代物じゃねえし、何より魔王が勇者である俺の願いを素直に聞き入れるとは思えねえ。
進退極まったか。
「奴隷紋の準備に3、4日はかかる。なにせここで奴隷紋を刻まなくてはならないからね。精々今の内に自由を謳歌するんだね。まぁ、囚われの身なんだけどね。アハハハハハ!」
何がおかしいのか、エヘクトルは大笑いしながら兵士を連れて去っていった。
「済まないシュタール。何の役にも立たなかった………」
膝を抱えて落ち込むアニーを、アルトリアが抱き寄せるようにして慰める。
「あなたはよくやったわ。私も指輪が使えなかった原因なんて分からないもの。あなたのミスではないのよ?」
「そうだぞ。何より、キアスが現状を知ったのは心強いな!アイツは金が絡むと魔王よりおっかねぇから」
俺の冗談に、アルトリアも空元気ながら笑いを返す。
あー、借金取りでもいいから、マジ助けに来て来んねーかな、キアス。