お休みなさい。また明日。
不思議な日だった。
まるで天地がひっくり返ったような、朝に月が昇って、太陽が闇を運んできたような、そんな不思議な一日だった。
仲間ができた。
それだけで世界は、見違えるように輝き出した。
1人は魔王。
軟弱そうで、ひ弱そうで、脆弱そうな、私の主。
もう1人は同僚。
物怖じせず、魔王にも平気で罵詈雑言を吐く、私の仲間。
2人とも、私の大切な仲間だ。
こんなにも世界は綺麗だったのか、と驚くことがある。調理の為に外へ出た時が、まさにそうだった。
闇に覆われた『魔王の血涙』。何もないはずの荒野。
なのに星はキラキラと瞬き、月は美しく、澄みきった輝きで夜の大地に優しい光を落としている。
………綺麗。
素直にそう思う。
世界は、こんなにも広く、優しく、綺麗だったのか。
お風呂、という物にはじめて入った。
温かくて、ポカポカして、嬉しくて、なぜかまた涙が出た。
本当に不思議な日だ。
悲しくも、痛くも、辛くもないのに涙が出る日だ。
私が泣いている事に気づいたキアス様が、なぜか謝ってきた。
明日からは別々に入ろうと言われた時は、今度は悲しくて涙が出た。
嫌われてしまったのかと心配になったからだ。後で、そうじゃない事を知ってホッとした。
明日からも、一緒にお風呂に入ってくれると言ってくれた。
初めてワガママを言ってしまった。
でも、あまりワガママを言って嫌われたくはない。これからは気を付けよう。
しゃんぷーと、りんすという物も使わせてもらった。嘘みたいに私の髪がサラサラになった。何かの魔法の薬剤だったのだろう。
とってもいい匂いがしたので舐めてみたら苦かった。
水は飲まないように言われていたけれど、これも飲まないように注意しないと。
お風呂からあがった時、私はまた泣いてしまった。
仕方がないと思う。
だってキアス様が、私に服をプレゼントしてくれたのだ。しかもキアス様と同じ服だ。
なんでも、せいさくの中にあったらしいのだが、よくわからない。
キアス様とアンドレはよく、そういうよく分からない事を話している。
ちょっと寂しい。
私の作った、炙っただけの干し肉とパンも、キアス様は喜んで食べてくれた。
でも、どちらも噛み切れないのは、少し笑ってしまった。
生まれたばかりとは言え、子供だってもう少し顎が強いと思う。
アンドレは、またキアス様に悪口を言っていた。
キアス様も、気を悪くすることなく、それに受け答えをしていた。
心の広い魔王だ。
キアス様を知ってから思い出せば、以前出会った魔王の狭量さに、可笑しさすら込み上げてくる。
あの方には感謝しなければ。私を雇ってくれなくてありがとう、と。
あんな方の下に居れば、私の世界は今でも辛いものだったはずだ。
「ごちそうさま。ありがとう」
そう言ってくれる人もいなかっただろう。
本当にありがとう。
寝室は別々だった。少し寂しいけれど、あまりワガママは言わないと決めたのだ。我慢しよう。
寝室には、キアス様が回復属性を付与したらしい。よく分からないけれど、優しい光がとても気持ちいい。
キアス様に、ベッドが無いことを謝られたが、そんな物で寝るのは、それこそ魔王かその側近くらいのものだ。
いや、私も今や魔王の側近か。
キアス様に、私の持っていた魔物の毛皮の予備を渡し、私も寝室に入る。
予備の方が綺麗だからと渡したが、あんなものを魔王に渡して良かったのだろうか。
今日はとにかく色々あった。1つ1つをじっくり思い出しながら目を閉じる。
最後にキアス様が言った言葉を思い出す。
「お休み。また明日」
素敵な言葉だ。
私も、これからは言おう。
お休みなさい、今日の私。
また明日も、素敵な世界があなたを待っているよ。