怠惰の代償
「どういう事だ!?」
俺は酒の入っていた杯を部下に向かって投げつけた。部下は怯えたように身をすくませて、顔面で杯を受けた。
「なぜ我が領地から住民が消えたっ!?」
「で、ですから、第13魔王様の領地に流れていったと」
「そんな事を聞いておるのではないわ!!」
クソッ、第13魔王め。新参の癖に生意気な真似をする。コションが死に、俺にもようやく運が向いてきたと思えばこれだ。全くツイていない。
「とにかく、住民を連れ返せ!!あれは俺の領民だ。勝手に奪う事は罷りならん、とな!!」
「そ、それは………」
ふん。わかっている。そんな要求に応じるわけなどない。
だがそれなら、それを口実に戦端を開くまでだ。他の代官の領地も似たり寄ったりだろう。奴等の兵力も合わせれば、彼の町を奪うことも可能なはずだ。そうなれば、あの3つの町は俺達の物だ。
あの荘厳な3つの町に比べたら、こんな町など獣の巣だ。あの町を俺が支配すれば、今より贅沢な暮らしができることは間違いない。
「他の代官にも伝え、同じ行動をとらせろ」
聞けば、あの町には第13魔王の部下は数える程しかいないらしい。住民は数万にも及ぶだろうが、戦えぬ者など数にも入らん。今なら一気に、数で押しきれる。
そうすれば俺は………。
「ふひひひ。あんな町を作っておきながら、それを奪われる第13魔王の泣きっ面が目に浮かぶようだ」
部下が部屋を出ていき、部屋には俺だけになった。クソッ。女も出ていっちまったから、する事がないな。
酒でも飲むか。
杯は空だった。
第13魔王からの返事はなかった。それどころか、使いに出した部下までもが戻らなかった。
殺されたか?まぁいい。これを機に挙兵し、我々は町へと攻め込む。
兵の数は800。思った以上に少ない。だが、数人の代官を殺せば町が手に入るのだ。これで充分である。
「奪われた住民を取り返すのだ!!行くぞ!!」
俺は激を飛ばし、部隊を率いて進む。
他の代官達も士気は高い。当然か。このままでは明日食う飯にも困りそうな有り様なのだ。片やあの町を奪えば明日からは左団扇。士気も上がるというものだ。
天に向かって屹立する、黄金の塔が見えてきた。あの輝き、もしや本物の金なのではないか?だとすれば、第13魔王の財源は計り知れないな。金さえ積めば、俺だって仕官してやったものを、出し惜しむからこうして奪われるのだ。バカめっ!!
塔に近付いていくと、正面に人垣が見えてきた。
ハッ!ハハハハ!!まさかあれが迎撃部隊ではあるまいな!?
精々100人しかいないではないか!!
「我等は、奪われた領民を取り戻しに罷り越した!!そなた等に正義があるのなら、道を譲り我が軍門に下れ!!」
進軍の足を止めず、先頭に立った俺が口上を述べる。相手は、曲がりなりにもコションを殺した魔王の部下。できるだけ兵力は温存しておきたい。
だが、そんな俺の思惑は打ち破られた。
その部隊があげ始めた失笑によって。
「何がおかしい!?」
俺は、思わず足を止め問いただしてしまった。つられて全部隊の足も止まる。
「おかしいですよ。これがおかしくないわけがありません」
ゆっくりと前に出たのは、第13魔王の元へと送った部下だった。
「奪われた?何をもってそう仰っているのか、甚だ見当もつきませんよ。
住民はあなたの統治に耐えられず、自ら去ったのです。それを理解もせず、ただ自分が享楽を貪るためにしか物事を考えない貴方達を見て、我々は離反したのです。
ホラ、どこに奪われた住民がいますか?」
嘲弄するように言う裏切り者に、俺は剣を抜く。
「者共!!あれに見えるは裏切り者達だ!!1人残らず切り捨てよ!!」
俺の命令が、高らかに天空にこだまして、辺りは静寂に包まれた。
「な、何をしている!!相手は小勢だぞ!?攻めろ!!」
再び命令するも、閧の声は上がらず、ただただ静寂が場を包んだ。他の代官達も慌てて部下に命令を出すが、動き出す者はいない。
「愚か者が。兵はとうに貴様等など見限っておる。彼らがここまで来たのは、各町の自警団の募集に応じたからだ」
空から降ってくる声に顔を上げれば、一頭のグリフォンが降り立つところだった。
「バルム………」
「久しいな」
バルムは短くそう返すと、それだけでこちらから視線を外し、俺の後ろに並ぶ兵達に向かって、咆哮をあげた。
途端に兵達は鎧を脱ぎ捨て、槍を捨て、敵陣に向かって歩き出した。
「やめよ!!貴様等、反逆者は死罪だぞ!!今ここで処刑するぞ!!」
俺が言っても、兵達は歩みを止めない。
「こんのぉ!!―――ぐっ!?」
近くにいた兵に斬りかかろうとしたら、突然体の動きが止まり、俺の意思では指1本動かなくなった。
「自らの過ちを認め、再び野の流浪となりて、心身を鍛えよ。命までは取らぬ。それが我が君のご意志であり、かつての仲間へのせめてもの慈悲である」
「ロ、ロロイ………」
百目鬼の瞳術か!!
「うぐぅ………っ!!」
バタバタと代官達が倒れる。俺も体が痺れている感覚があるが、瞳術で縛られているので、倒れることもできない。
「あ、あのっ!ごめんなさい。でも、あの、あの、ごめんなさい!!」
アルルの毒か………っ!!
こんな人波の中で、姿も見せず俺達だけを麻痺させるとは、性格でコションに嫌遠されなければ、幹部にもなれた器というのは本当だったようだな。
やがて、兵達は全てロロイ達の元へ行き、残ったのは大量の武具と、俺達代官だけだった。
「貴様等!!この裏切り者がっ!!」
「確かに、我等は裏切り者だ」
バルムがこちらに見向きもせずに立ち去りながら、そう告げた。
「ですが、裏切られるだけの業を積んだものに、それを詰る資格などありません」
ロロイも振り返り、この場を後にする。
瞳術が解け、俺は地に伏した。
「あ、あの、毒はあと30分もすれば抜けます。その、あの、これから頑張ってくださいねっ!!」
そう言ってアルルも去る。
残ったものは、何もない。
ただ静寂に身を伏せ、去っていく900の軍勢を見送ることしかできなかった。