商人の恐怖
「ザチャーミン商会、城壁都市支店へようこそ!!」
とある商店に入ると、獣人の少年が駆け寄ってきた。小間使いだろうか?
「ダンジョン内のアイテムを売りたいのだが」
「それはそれは。当商会を選んでいただきありがとうございます」
狐の獣人の少年は深々と頭を下げると、人好きのする笑顔で言った。この少年も商人なのだろうか?
「では、品物の確認をさせていただきますね」
言われて私は、ダンジョン内で手に入れた品々を並べていく。転移の指輪は、迷ったがある程度手元に残しておくことにした。私以外が使う分には、やはり有用な品だ。人数分、5つ手元に残し、あとはここで売却する。
本当は縁故のあるキアス殿に売りたいのだが、彼が今どこにいるか、どこの商会に属しているのかはわからないので、致し方ない。
「これは………、玩具ですか?」
信頼の迷宮で手に入れた玩具を手にし、首を傾げる少年。まぁ当然か。
「ダンジョンの序盤では、あまりマジックアイテムも手に入らないみたいだな。そういった珍しい玩具や、食料が多かった」
「成る程。
これも珍しい品ですので、結構な値段になりますね。あくまで現時点では、の話ですが」
やはり、この少年も商人だな。物の見方がキアス殿にそっくりだ。
「マジックアイテムは、暖房器具、調理器具、便利な生活用品が多いですね」
「2つ目のダンジョンはマジックアイテムが豊富だったが、値打ちのありそうなアイテムはやはり少数だったな」
難易度の高いトラップの先は、そうでもなかったが。
「成る程、成る程。
いえ、これもまた充分な値打ちのあるマジックアイテムですよ。例えば、このマジックアイテムが大量に、それこそ数万、数十万とあれば、希少価値は下がり、それに伴い値段も下がります。いずれは一般庶民でも手の届く値段になるかもしれませんね。そうなれば、顧客には事欠きません。
ああ、大丈夫ですよ。今はまだ希少価値がありますから、それなりのお値段でお取り引きさせていただきます。
もちろん、安くなる前に売りさばきますけどね」
「「「………………」」」
いや、まさか。こんな少年が、キアス殿のような辣腕を振るう商人であるはずが………。
しかし、私と同じ事を思ったのか、ミレとレイラが一歩後ろに下がった。
おい、私を矢面に晒すな!お前達は前衛だろう!?
「他には、鎖袋が4つ、指輪が2つ、イヤリングが7つですか。この3つは高値で買い取らせていただきますね。我が商会も、まだまだ必要な品物ですし、要らなくなったら売るアテもあります。
もし次回もダンジョンに入り、これらを手に入れる事があれば、是非とも我が商会にお売りください。他の商会より高値で買い取ることをお約束いたしますよ!!」
「う、うむ………」
やや気圧されたが、これは悪い話ではあるまい。何より、キアス殿以外の商人と顔を繋いでおくのも悪くない。疑っているわけではないが、もしキアス殿が暴利を得るような商売をすれば、こちらの商人に鞍替えする、という暗に脅しをかけることにもなろう。シュタールやレイラを見て、我々を軽んじるようならば、と。
いや、余計な手回しだな。あのキアス殿が、事商売において私が考えるような事を見越していないわけがない。何より、私にくれたこのレッグホルダーとチャクラムは、正真正銘上等な品だ。これは彼なりの誠意の表れだと、私は思っている。
そういえば、レッグホルダーの使い心地を報告しなければ。このあとイヤリングで報告しよう。いい報告が出来そうだ。
「それと、武具ですが、短剣やその他の武具も、中々上等な品ですね。驚くような高値、とまではいきませんが、いいお値段で引き取らせていただきます。
あ、ただ―――」
少年商人は、そう言ってメイスを手に取る。
「こちらの買い取りは、現状この店舗では不可能ですね」
「なに?どういう事だ?」
それは唯一、地下迷宮から取ってこれた品だ。価値としては、武具の中でも一番の出来の筈だ。
「いえ、大変素晴らしい品です。武具としては勿論、美術的な価値も高い一品です。更には魔法を補助する術式も施されているので、実用性も折り紙付きです」
「ではなぜ買い取れないのだ?」
それだけの価値ある品なら、それこそ買い手はごまんといよう。
「いえ、価値が高すぎて、この支店では扱いきれないと申しますか………。
何せ、全てミスリルで出来ていますからね。
白金貨で20枚は下らないでしょう。いえ、お金さえあれば、25枚で買っても30枚で売る自信があります。
ただ、私共もこちらに進出したばかりですので、何分物入りなのです。申し訳ありません」
………………。
総ミスリルだとっ!?
これは、明らかにアルトリアの持つ九節鞭より大きいのだぞっ!?
武具の出来としては、九節鞭の方が明らかに上等だ。だが、これだけの量のミスリル、最早武具の出来を無視しても莫大な価値がある。この商人が言ったように、持っていくところによっては白金貨30枚の価値もあるやもしれん。
「成る程、了承した。
メイス以外を買い取ってくれ」
「承りました。
玩具、マジックアイテム、武具、締めて白金貨22枚と金貨10枚、銀貨78枚と銅貨11枚でいかがでしょう?
内訳をお知りになりたければ、ご説明いたしますが?」
「いや、いい。それで頼む」
私が見積もっていた値段より、かなり高いからな。
「それと、もし次回ご来店いただけた際に、まだそのメイスをお持ちでしたら我が商会は白金貨23枚でそれを買い取らせていただきますよ?」
「う、うむ。手元に残っていればな」
それだけ価値ある品なら、キアス殿に買い取ってもらいたいものだがな。やはり、なんだかんだ言っても世話になっているのだから。
「では、こちらがお代です。量が多いので、きちんとご確認くださいね?」
「ああ、かたじけない」
量が多いといっても半金貨のお陰で、両手に抱えなければいけないほどではない。精々、巨大な袋に1つ分である。
「確認した。感謝する」
「いえいえ、良い取引ができました。これからもザチャーミン商会城壁都市支店をよろしくお願い致します」
商店を出て開口一番、レイラが喚き始めた。
「キアスさんといい、あの子供商人といい、どいつもこいつもなんなんだよ!?」
気持ちはわからんでもない。ちゃっかりメイスの買い取り額も白金貨2枚減っていたしな。
「………商人………、………怖い………」
ミレの商人恐怖症は、かなり深刻なようだ。そういえば、アルトリアはかなり静かだな。
「可愛らしい商人さんではありませんか。あのフカフカの毛並み、思わず撫でたくなっちゃいました」
あれ?普通だ。
「まぁ、可愛らしい中に悪魔のような冷酷さのある、二律背反の妖しげなキアス様の笑顔とは、比ぶるべくもありませんが」
ああ、やっぱり手遅れだ。
「つーか、商人てのは皆あーなのか!?いや、アタシが今まで見た商人は、全然違ったぞ!
なんだってキアスさんやあの子供商人は、こっちが怖くなるくれぇやり手なんだよ?」
「やり手って、どんな風に?」
「あぁ?
決まってんだろ。物を買って、それを売るってだけでバカスカ金が入ってくるやり方だよ!!」
「いや、輸送費や人件費なんかで結構消えちゃうからね、君達が思ってるほど儲からないんだよ?」
「ハッ!
言ってろよ。そもそもアタシらが手に入れたモンを買って、それを誰かに売るだけで金を稼ぐのだって大概だぜ。
お前ら何もしてねーじゃん、ての!」
「いやいや、販路の確保、需要に合わせた供給、先見の明、マージンってのはそれを取るだけの苦労が、そこにはあるんだよ。断言してもいいけど、君達が品物を捌こうとしたら、商人に売った場合より利益は激減するよ」
「つーかなんなんだよ、さっきから!アタシが言う事に一々イチヤモンつけやが………て………」
ようやく気付いたレイラの顔から、一気に血の気が引いていく。無理もない。
そこには、魔王よりも恐ろしいキアス殿が、純真無垢そうな笑顔で笑っていたのだから。
「で?僕がなんだって?」