地下迷宮
あの松明の通路は、どうやらシュタールの言った方法が正解だったようだ。
1人で通過すれば、落とし穴は発動しない。それにどうやら、息苦しくなるまで時間がかかるようだ。
ただ、1人通った後はしばらく換気しなければならないようだ。連続して通ったら3人目の私が、運悪く苦しくなった。松明が関係している気がする。でなくばいくらなんでも多すぎだ。
転移で離脱し、戻ってきてからは、きちんと換気してから通った。どうやらこのダンジョン、転移の対策はとられていないようだ。
ただ、私も魔力の関係で多用は難しいが。
「この扉って………」
「間違いないな。次のダンジョンだ」
シュタールが呟いた言葉に、私は淡々と返す。どうやら、あの通路は困惑の迷宮の出口だからこその難易度だったようだ。
大きな扉に文字。
困惑の迷宮と同じだ。
例によって、よくわからない文が記されている。
「全員、何かあれば腕輪を使って街へ戻り、仲間を待て。ここから先は、さっきの通路みたいな罠がいくつもあるかもしれないぞ?」
私が皆に聞こえるように言うと、全員が頷く。もう微塵たりとも油断はできない。この腕輪がなかったら、我々はさっきの通路で死んでいた可能性すらある。
シュタールが扉を押し開けた。
「うぉっ!!なんだこのクァール!?メチャクチャ強えーぞ!!」
地下迷宮に入って少し、我々は魔物との戦闘に追われていた。
というのも、
「………速い………」
「こちらのスライムも、物理攻撃はほとんど効きませんねぇ。私ではどうしようもありません」
「こんの!ただのビックスライム風情がアタシの一撃を耐えやがった!!」
ここに出没する魔物の強さが尋常ではないのだ。
しかも、次から次へと寄ってくる。
だが!!
「光穿剣!!」
光の魔法を纏わせた、シュタールのメル・パッター・ベモーがスライム群を凪ぎ払う。あの剣は、突撃には最良の剣だな。
「オラオラァ!!ただの猫風情が!!」
素早く動く触手のような多くの尾を持つ魔物、クァールをさらに素早い動きでレイラが翻弄し、トンファーでダメージを蓄積させていく。尾や前足での攻撃もトンファーで防ぎながら、確実に魔物を撲殺している。
もうレイラは手甲は要らないのではないだろうか?
「………首が多いだけじゃ、僕は倒せない………」
ミレはヒュドラの首を、ハラディで次々に切り落としていく。降り下ろして1本、返す刀で1本。次々落とされる鎌首は、ミレの通ったあとに積み上がって行く。
「うふふふふ。宙を飛んでいるからと油断しましたね?」
天井付近を浮遊しながら機を窺っていた蜂型の魔物、ポイズンバグをアルトリアが九節鞭で突き刺した。
「ほら、あなたも」
しなる金属の鞭が、次にレッドキャップを叩く。怯んだ所を、ミレが首を落とした。
「あらあら、まぁまぁ」
それを好機と見たか、1本足のヤタガラスが尋常ではない速度でアルトリアに突貫してきたが、変幻自在の九節鞭は、アルトリアが手を少し返しただけでヤタガラスの横っ面を強かに打ち付け、さらに打ち付け、打ち付け………。
いや、もう息絶えてるぞ、アルトリア。
おっと、私にも空飛ぶ大きな昆虫、バグバグが襲いかかってきたな。スライム殲滅のために魔法を放ったところなので、魔法での迎撃は無理か。
私はレッグホルダーからチャクラムを指1本で取り出すと、それを投げつける。
音もなくバグバグの頭部に、円形の角が生えた。
このチャクラム、弓なんかより余程使いやすい。私のような非力な者でも、簡単に投擲できるのもありがたい。
「くぅー!マジでこの長剣は最高だなっ!!」
魔物が少なくなってきたので、我々は先を進みながら戦闘を行うことにした。
シュタールが見とれるようにメル・パッター・ベモーの刀身を掲げる。早く名前を覚えないと、次キアス殿に会ったときまた小言を言われるぞ?
「このトンファーもマジスゲーぜ!!アタシ、あれから一度も手甲でガードしてねーもん!!」
「………ハラディは完璧………。………カランビット・ナイフも試そう………」
上機嫌なレイラと、戦闘中に堂々と武器の換装を行うミレ。しかし、ミレの換装は速いな。瞬きする間に終わっている。
「やはりキアス様のもたらしてくれたこの九節鞭は、私との相性抜群です!!
あぁ、振るう度にキアス様のあの酷薄な笑顔が………、はぁはぁ………、んんぅ!」
アルトリアは無視だ。手遅れだ。
そんな時、
「おわっ―――」
急にシュタールの足元が光ったかと思えば、忽然とその姿が消えた。
「おい!一体なんだ!?」
「………トラップ………?」
「わからん!だが、シュタールなら平気だろう!あのバカが腕輪を使うのを忘れていなければ、すぐにでも街へ帰るはずだ!!」
「シュタールさんなら、あながちあり得ない可能性でないのが怖いですねぇ………」
全くだ。
「あんなのどうやって回避するんだよっ!?」
シュタールが減った分、戦闘で相手にしなければならなくなった魔物が増えたレイラが、喚くように問いかけてくる。
「魔力の揺らぎを見極めるしかないな」
「アタシは魔法使えねーっての!!」
それは仕方ない。ここにきて、ほとんど回避不能のトラップか。全く、よく考えられたトラップだ。しかも、あれは恐らく転移の魔法。地下迷宮の魔物の強さで、分断されるのは大変だな………。
「………しまっ―――」
今度はミレか。事ここに至って、戦闘の継続は厳しいな。
「レイラ!アルトリア!離脱するぞ!!」
「ちょっと待て!あそこにある宝箱を開けてから………」
くっ、余計な欲をかいたレイラが宝箱へと向かっていく。そこへ何体かの魔物も集まっていく。
「くっ、『アネモス・ソク』!!」
その魔物を、風魔法で蹴散らし、アルトリアと共にレイラを追う。レイラにはあとでこってりと説教しなくては。
「不用意に開けるなよ!!」
「おっと、そうだった!」
レイラと交代し、罠の有無を簡単に確認。全く、何でこんな状況で。
宝箱を開閉する簡易の装置を取り付け、いったん離れる。箱を開くと、その周囲に刃が生え、魔物を串刺しにした。やはり罠があったか。しかも困惑の迷宮より、明らかに凶悪なトラップだ。刃が引っ込むと、すぐさま駆け寄り宝箱の中身を確認もせずにひっ掴む。そして3人揃って唱える。
「「「ランアウェイ!!」」」
生きた心地がしなかった………。
かといってレイラを見捨てるわけにもいかず、仕方なくその愚行に付き合わされた。私とアルトリア、そしてレイラという危なっかしい3人ではまともな戦闘なんて出来るわけがない。
私もアルトリアも、前衛には向かないし、レイラ1人に前衛を任せるのは不安以外の何物でもない。
広場で待っていたシュタールとミレを見た時、私は安堵で腰が抜けてしまった。
「………レイラちゃん………、今夜はお仕置きです………」
力なく言うアルトリアに、私も賛成である。
「………ごめん。要らねぇ欲かいた………」
レイラが殊勝に謝るも、そんな事で許しはしない。今夜は私も加勢しよう。
「おいおい、どうしたんだ、一体?」
シュタールの疑問に答えてやれる元気は無い。察しろ。
「………それ………、………何………?」
ミレが私の持つ物を指差し、首を傾げる。
私の手には、銀色のメイスが握られていた。
宝箱の中身はこのメイスか。まぁ、かなり上等な代物のようだし、それなりの値がつくだろう。今はそんな事より休みたいな………。