交渉失敗っ!?
てっきり生肉をボン!
と出されて終わりかと思っていたが、そこはさすがに一族の長。数種類の果実と、大きな木の実の殻に注がれた蜜が出され、僕は正しく歓待を受けていた。
「口にあったかな?」
場所は例の横穴。空を飛べないと入れないので、パイモン、マルコ、ミュルは外で待っている。
「大変美味しいです。しかし、この蜜は………?」
このお茶代わりに出された蜜が、とんでもなく美味い。甘い。さりとて喉に張り付くようなベッタリとした甘さではない。非常に爽やかで、さっぱりとした程よい甘さなのだ。
これ、欲しいな。
勿論、自分で飲むものとしてもだが、もしこれを定期的に強いれる事ができれば、中々の名物になることは間違いない。だが、四足歩行のグリフォンに、この蜜を製造することは不可能だろう。気になる。
「我々と同じ幻獣種、リリパットが同じ山に住んでおってな。あれらは戦闘はからっきしだが、花の蜜を集めたり、木の実から酒を作ったりと小器用な種族で、たまに狩りの獲物を交換することがあるのだ」
「成る程」
リリパットは、ガリヴァー旅行記にでてきた小人の事だったと思う。ただ、この山は小人が暮らすには鬱蒼としすぎているので、本当にこっちでもリリパットが小人なのかはわからない。
「さて、魔王殿、此度の来訪の理由、今ここでお聞きしても構わぬか?」
お、直球だな。たぶん口で丁々発止のやり取りをするのが苦手なんだな。さっきからの口調も、かなり堅物っぽいし。
「ただのリクルートですよ。色々あって、堅実に土地を守れる部下が欲しいのでね」
「ふむ。用向きはそれだけか?」
「ええ」
「ならばすぐさま帰った方がいい。グリフォンはあまり他者の下につくことを望む種ではない。そこにいるグリフォンが特殊なだけで、さっき魔王殿に突っかかっていた者の方が、この里では主流なのだ。不毛であろう?」
「まぁ………、確かに………」
あんな奴ばかりでは部下にする意味はない。コションの部下をスカウトするのとたいして変わらない。
「しかし、グリフォンが欲しいとは、戦でも始めるつもりか?」
「いえ、ちょっと僕の代わりに土地の鎮守を任せたいだけですよ。
前に突っかかってきた魔王を倒してしまい、その者の支配地域が今混乱しているのでね」
「なんと、魔王の一角が落ちたか。いや、こんな山奥にいると世情にも疎くてな。魔王も10までしか知らぬ。ああ、すまん。決して貴殿を軽んじているわけでは」
「あははは。いいですよ気をつかわなくて。僕は2ヶ月ちょっと前に生まれた新参も新参ですから」
「そうか。
我が知っている10の魔王の内、2名は既に命を落としていたな。もし死者が増えていないのであれば、これで3名の欠員。下手に討ち取りすぎれば人間どもが魔大陸に入り込みかねんぞ?注意することだ」
「そちらにも対処していますよ。ただ、そのせいで今や魔大陸と真大陸の通行は不可能に近いですね。その魔王はそれが気に食わなかったらしく、攻め込んできました」
それから少し、近々の世界情勢について話した。
話がアヴィ教の事に向かうと、シルドさんの眉間には深い皺が寄ったのを、僕は見逃さなかった。
「アヴィ教か………。我々を迫害したのもアヴィ教であった。あ奴等は人間至上主義というか、人間以外は家畜のように人間に支配されるべきだとでも思っている。決して我々とは相容れぬ仇敵だ」
ホント、色んな所で恨みを買ってるな、アヴィ教。まぁ、魔大陸でアヴィ教に人気が無いのは当然か。真大陸でも北にいくほど信者が少なくなるらしいし、僕から見たら結構ガタガタに見えるんだけど、南では人気らしいなぁ。
まぁ、南は昔エレファンが無茶やった残骸『悲劇の花』が残ってるらしいし、魔王に対する恐怖から帰依する人が多いのかもな。
「あ、そういえば」
僕はとりあえず今回の勧誘は諦めて、既にここでは貿易と情報収集にあてようと思っていた。
「シルドさんの知っている魔王についてなのですが―――」
そこまで話した所で、外がにわかに騒がしくなった。
「何事だ?」
シルドさんが静かに尋ねると、すぐに他のグリフォンが飛んできて何事か耳打ちした。それに頷き、シルドさんは落ち着けていた腰を上げた。いや、どこが腰かは、よくわかんないけど。
「すまぬ魔王殿。野暮用ができた。この里を歩くくらいなら、我が許可しよう。だが、早々に立ち去る事をおすすめしておく」
いや、できれば今帰るのは避けたい。本当に無駄足だ。
「何か問題でも?」
「ああ………」
重々しく頷くシルドさん。結構深刻そうだ。
「何かお手伝い出来るかもしれませんが?」
「いや、客人に―――」
「もしその問題が、命に関わるような出来事であれば、頑なに自らで解決しようとせず、他者に頭を下げる事も時には誇りとせよ。と僕は思いますが?」
現に僕は自分に出来ないことは他人に丸投げ派だ。コーロンさんに町を任せ、アムハムラ王に流通関連を一切丸投げし、勇者達にダンジョンの宣伝をさせ、ザチャーミン商会に販路を確保させている。あれ?僕って何かしてたっけ?
「そうだな………、では一緒に来てくれ」
数瞬悩むようなそぶりを見せ、こちらに頭を下げるシルドさん。周りのグリフォンは、その光景に驚き浮き足立っていた。比喩でなくちょっと浮かんでいる。
「心得ました。それで、いったい何が?」
僕の問いに、再び重々しく口を開くシルドさん。
「フンババが現れた」