仲間と鎖袋
アニーとレイラが取り残され、俺達は先へ進まざるを得なかった。
坂が元に戻った時、すぐさま向こうに渡り、2人を引き上げようとしたのだが、壁にあったスリットから時おり刃が飛び出すようになり、ロープを下げても切られてしまう。
つかあぶねー。
「………シュタール、これ………」
ミレが指差す先には出口だと思われる扉があり、その扉にはこう彫り込まれてあった。
『囚われ人、助けたくば右の扉。先を急ぎたくば左の扉。
そのどちらもを選びたくば、急ぐなかれ。やすき眠りに開路を託せ』
意味わかんねー。
扉は1つしかないし、最後の方なんてさっぱりだ。
とりあえず、進まなければ2人を助ける事はできなそうだ。ただ、この迷路の扉は基本的に一度開けた先からは開けれない。ここに2人を残していくのは不安だが、他の誰かを残したからってどうなるわけでもねえ。
進むしかねぇ。
ミレとアルトリアを連れて扉を開く。
扉の先は、目の前に壁があり、左右に通路が続いていた。目の前の壁に、またも文が彫られていた。
『右の通路を進めば、崖下に囚われた仲間を助ける事ができます。ただ、今あなた達の開いた扉は、使えなくなります。来た道を引き返すか、同じ事を繰り返せば再使用は可能です。
左の通路は迷宮の終点へ近付く道です。ただ、仲間を助ける手段はなくなります。この場所に戻ってくる事はできません。
どちらかを選び、どちらかを切り捨ててください』
「「「右」」」
3人が同時に呟く。そりゃそうだ。
別にこっからじゃなきゃゴールできねえってわけでもねえし、仲間を見捨てるくらいなら一旦帰って出直した方がマシだ。
「んじゃ、とっととアイツ等助けて別の道探そーぜ」
「そうですねぇ、こんな時こそシュタールさんの勘が頼りですねぇ」
「おいおい無茶だっての」
「………こういう場合の君の勘は………、………だいたい裏目………」
「あらぁ、じゃあ用なしですねぇ。今からでもレイラちゃん達の所へ落ちてきたらいかがです?」
「………駄目………。………もう扉開かない………」
場を和まそうと、俺達は笑い合いながら進んだ。
冗談だよな?
仕掛けは思いの外早く見つかった。
右の通路の奥にあった扉を開け、道なりに進んだら、さっきの落とし穴の下にあったみたいなレバーがあった。
ミレが罠の有無を確認し、警戒しつつ俺がレバーを引く。さっきも俺がやるつもりだったのだが、レイラに先を越され、同行するにも俺もレイラも罠を見つけるのは苦手だ。そういうのはミレが一番上手い。
レバーを引くと、軽い地響きと共に目の前の壁が床に埋まっていく。
その先はさっきの落とし穴の部屋だ。
壁が地面に埋まっても、地響きはまだ続いていた。
何の音かと首を傾げていたら、アニーとレイラがゆっくりと穴から出てきた。どうやら床がせり上がってきていたらしい。
「案外簡単だったな」
「そうですねぇ。もう少し、シュタールさんの慌てた顔を見ていてもよかったのですが」
「………あからさまに狼狽えてた………」
うぇえ!?
そ、そんな焦ってたかなぁ。表面上はいつも通りに見えるようにしてたつもりだったんだけど。
まぁ、確かに焦ったよなぁ。だって2人を残さなきゃいけなかったし、この部屋に戻ってこれる保証もなかったんだから。
まぁ、こうして全員無事にまた揃ったんだから良しとしよう。
「で、これからどうすんだ?」
レイラとアニーにも、ここが行き止まりになってしまった事を告げだ。確認してみたが、扉は開かなかった。
「先に進めないんじゃしゃーねーさ。別の道探そうぜ」
そう言って、元来た扉から帰ろうとする俺を、アニーが止めた。
「待てシュタール。
ここは扉に挟まれていて、魔物が出ない。先々こんな場所があるとも限らん。今日はここで休もう」
「おお!そぉいやそうだな!」
やっぱアニーは頭がいいな。
俺は、キアスのように腰から提げた鎖袋から、野宿用の道具を取り出す。この袋を手に入れてからというもの、旅先で不便を感じたことがねーな。
普通なら、武器、食料、道具、衣服、みたいな優先順位で持って行ける量の荷物を考え、必要最低限しか持てないのに。
これがあると、必要なモンは全部持って行ける。予備の武器に圧迫されて食料を減らす必要もないし、毛布1枚で凍えながら寝る必要もない。ホント、キアスからはいいモンが買えた。
ゴゴゴゴゴゴ………。
眠っていた時、突然地響きのような音が聞こえ始めた。俺達は直ぐ様起き、各々近くに置いてあった武器を手にする。
アルトリアは既に臨戦態勢だった。今はこいつが見張り番か。ってことは朝が近い。
俺達が入ってきた入り口から見て左の壁が、軽い地響きと共に地面に沈んでいく。レイラ達を助けるために俺達が通って来たのとは反対側の壁だ。
完全に壁が地面の下に潜ると、扉と宝箱が現れた。
何でこのタイミングで?
その答えはアニーが教えてくれた。
「あの扉に書かれていただろう。
『急ぐなかれ。やすき眠りに開路を託せ』とな」
「だから寝たら開いたのか?」
「そうではない。
急ぐなかれ、という言葉は一見、左の扉を選ぶなという意味にもとれるが、仲間を救出する事も求められる以上、それは今さらだ。
焦るよりこの場所の特性が、寝泊まりに便利だと気付くくらいに落ち着け、という意味だろう。さらに、やすき眠り〜と続いているのだから、恐らくはそういう意味だ。
侵入者が、先を急がず長時間ここに居座ったら動く仕掛けなのだろう。つまりこれは出口へ繋がる道と見て間違いないな」
やっぱりよくわかんねーけど、流石アニーだ。ミレがトラップの有無を確認し、宝箱を開ける。中には。
鎖袋が入っていた。
「ふぅ、ようやく高値で売れそうなアイテムが出たな」
さも当然のように安堵の息を吐くアニーに、俺は詰め寄る。
「な、なぁ、これって!?」
「なんだ、お前は気付いていなかったのか?お前が買ったその鎖袋、どう考えてもこのダンジョンの物だ。
でなくば、流石にキアス殿の持つ鎖袋の量は異常だ。恐らくはダンジョンで手に入れた鎖袋を、自分が使う分以外は希少価値のある内に売り捌いていたのだろう。
まぁ、お前の話を聞く限り、キアス殿は普段は適正価格で取引していたようだな。白金貨10枚という値段もお前が言い出した話らしいし、キアス殿に非はなかろう。
実際のところ今現在の価値では白金貨2、3枚だろうし、これからはもっと下がる。
白金貨10枚出したお前は、いい面の皮だな」
「くっそー。こんな簡単に手に入るなら、10枚も出すんじゃなかったぜ。
でもまぁ、おかげでマン・ゴーシュとか、こっちの長剣を買う事もできたんだし、結果オーライだな!」
「出費が大きすぎるがな。だがこれだけでは全然足りん。とっとと先へ行くぞ」
うへー。どうやらもう一眠りとはいかないらしい。
まぁ、いつ閉じちまうかわかんねーしな。どこがやすき眠りだ。
身支度を終え、扉を開くと、また迷路のお出ましだ。しばらく進むと、俺達がさっき開けたような扉があった。なんだ、左の扉を選んでも、結局は迷路じゃないか。ゴール直通ってわけじゃねーんだ。
さっき開けた扉の言葉を思い出す。
『果報は寝て待て。
待てば海路の日和あり。
人間万事塞翁が馬』
意味わかんねー。