ダンジョンへ
魔王、恐るべし。
まさかあんな城を築いていようとは。シュタールや他の仲間も、呆けたように天空の城に釘付けだ。
私もエルフとしてかなりの年月を生きてきたが、あんな物は見たことも聞いたこともない。
あんな美しい城に魔王がいるのか?
てっきりおどろおどろしい、暗雲立ち込める伏魔殿を想像していた。意表を突かれた。
「綺麗ですよね?」
ウェパルが控えめにこちらに笑いかける。
「ああ、見事だ」
そう、見事の一言に尽きる。それ以上の言葉は必要ない。例え万の言葉を用いてあの城を褒め称えても、その美しさを表現するには到底足りないのだから。
ふぅ。
ようやく目を離すことができた。決心をしなければ、ずっと見続けていただろう。現に他の仲間は、未だあの城に魅入られたままだ。
「ウェパル、今の内に両替を済ませたい。いいか?」
「ぁ、はい」
ウェパルに連れられ、両替商で金貨と銀貨を崩し、半金貨と半銀貨というものを手に入れる。
どちらも半円の硬貨であり、表には先程の城、裏にはよくわからない図形のような、文字のようなものがレリーフとして描かれていた。
この街の人々は、普通にこの硬貨を使っていると聞く。ならば郷に入れば郷に従うのだ。
「ウェパル、とりあえず銀貨2枚と、この半銀貨1枚で先程の腕輪を5つ貰おう」
「あ、はい!毎度ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げ、腕輪を5つ取り出すウェパル。こんな幼い子供が、しっかりと商売をしている姿を見ると、仲間達の社会不適合者っぷりが如実に実感できるな。
「それと、ダンジョン内に持って行った方がいい物はあるか?よければ教えてくれ」
「はい。えーっと、まず食べ物で………、えーと後は………」
食料は元より買い込むつもりだった。キアス殿の話では、この街には食料の備蓄がそこそこあり、販売もしているとの事だったので、今はそこまで多くの備えはない。
もしこの町がなかったら、我々は一度隣国まで行ってから食料を仕入れ、それからここに来ていただろう。アムハムラで買うのは、少々気が引ける。
ウェパルに案内され、様々な食材や道具を仕入れてから戻ってみれば、シュタールとレイラは武器の点検、ミレはまだ城を見ていた。アルトリアは心ここにあらずといった雰囲気で、シュタール達の近くで座っている。
そんなにキアス殿に会いたかったのだろうか。実際のところ、商売が絡まなければキアス殿は人当たりのいい性格なので、アルトリアの望むような事にはならないだろう。まぁ、それならこの症状も少しは緩和するだろう。でなければ、ちょっと困る。
元から少し変な奴ではあったが、それでもこのメンバーの中で、比較的まともな思考をする彼女があれでは私の負担が増えるばかりだ。
「買い出しを終えたぞ。早速行くか?」
「「行くっ!!」」
2人揃って返事をしたシュタールとレイラは、いそいそと道具を仕舞い、武器を装備する。
レイラは、今回はトンファーにするらしい。
「商業区をしばらく進んだ先に広場があり、そこにダンジョンへの転移陣が用意されているそうだ」
「あ?さっきの階段から上に登ってくんじゃねえの?」
「ああ。そちらは対軍隊用の遅延工作が施された道になっているらしい。街の中からなら足止めされる事なくダンジョンに潜れるそうだ」
「つくづく便利だなぁ」
感心するように頷いているシュタールに、私も同感である。
ここの魔王は、自分の持つマジックアイテムを好き放題人間に取らせ、なおかつその道中の安全まで保証している。
おまけに街を造り、そこに住む住人を養い、さらに町全体に非殺傷結界を張ってまで保護をしている。
むぅ………。まだ信じたわけではないが、トリシャ姫の言うように魔王の目的は人間との友好なのだろうか?
いや、まだだ。まだ信じるわけにはいかない。もし万が一にでも可能性があるなら、裏切られる事を念頭に置いておくべきだ。そうなってから焦って対策を練っては、失われる命は膨大な数になるのだから。
広場の中央にある高さ2m程の門に、我々は到着した。その門に扉はなく、ただポツンと広場の真ん中に立てられた枠のようなものだ。だが、そこには確かに時空間魔法が施されているのがわかる。肉眼でも空間が揺らいでいるのだから、普通の人間にもわかるだろう。
同じく時空間魔法の使える私にはわかる。この門が、現代ではとてつもない価値のあるマジックアイテムだということを。
時空間魔法の使い手は、近代では減少傾向にあり、私は転移の使える術師の存在を、私の他には私に魔法を教えてくれた師匠以外に知らない。とはいえ、ドワーフの山脈国家、ノーム連邦のエルフの里にはいるのかもしれないが、残念ながら私はエルフの里に行ったことはない。
そんな貴重な魔法を物に付与し、汎用性を持たせたアイテム。
天帝金貨の1枚や2枚では話にならない莫大な価値があるアイテムだ。
「うーし、俺1番!」
魔王の技術力の高さに戦いている私の心情を歯牙にもかけず、シュタールは軽い調子で門の中に飛び込んだ。
「つーか、この門は本当に大丈夫なのか?」
レイラの疑問は、シュタールが飛び込む前に言ってほしかった。だが、今さら臆していても始まらない。何より、キアス殿が中からマジックアイテムを持ち出している以上、最低限の安全は保証されているのだ。
「行くぞ」
仲間にというよりは、自分に言い聞かせるように呟くと、私はその門の中へと歩を進ませた。