魔王の見る夢
魔王はその後、多数の馬車を造り、おまけに城の庭にダンジョンに繋がる転移陣を造って帰っていった。
どうでもよいが、あの陣がある限りこの城はあの魔王の侵入を阻む事はできないな。そもそも防衛に向かない造りなので構わないのだが。
それよりも、一夜にして大量に現れた馬車と、敷地内に入ると寒さを感じないあの場所の説明が厄介だ………。
あの場所に、一定時間馬車を止めていないと魔力の補給が出来ないとはいえ、説明が厄介な置き土産を残してくれたものだ。
まぁ、いい。
これで我が国の状況は一変する。
今までは輸出に向かなかった魚を内陸に出荷する、という事はそれだけ漁業に従事する民が金を得るという事だ。
それだけではない。早く、大量の物資の輸送ができ、おまけに安い。
商人が飛び付かないわけがない。鼻がいいのか、すでに獣人の商人が国内に入り込んでいたな。土着でないなら、本国との連絡や、物資を運ぶのは我々となる。いやはや好都合だ。
しかし………。
我が娘は、あの魔王の一体どこに惚れ込んだのだ。
あんな危ない魔王は、伝説の中でも聞いたことがない。
あんな魔王の生まれたこの時代は、まず間違いなく史上稀に見る混迷を経験するだろう。
いい方向に転ぶか、悪い方向に転ぶかは、神のみぞ知ると言ったところだ。
まぁ、悪い方になるのが普通だろうな。
ならばあの魔王の提案を蹴るか?
馬鹿な。誰かの商圏を奪うわけでもなく、関わった全ての者が得をし、とりわけ我が国の利益は天井知らず。確かに、私が先程魔王に述べたような懸念はある。だが、魔王の提案を蹴っても我が国の情勢は現状を維持せざるを得ない。ならば、乗るしかない。乗らねばならないだろう。代案もないしの。
だが、あの魔王はやはり危ない。
確かに、人間に対する敵意は薄いだろう。理性的で、理知的とは言えないまでも非凡な発想をし、真大陸にとって悪影響は今の所ない。ああ、いや、奴隷以外。
あれもあったな………。
我が国には犯罪奴隷しか居ないので影響は皆無だが、他国はそうはいかない。
今の所、借金のカタにとられた奴隷が魔王にさらわれたという話は聞かないが、各国は対策に乗り出したようだ。
万が一、魔王に奴隷のほとんどを奪われれば、農業国等の生産力は一気に低迷する。もしそうなれば、真大陸中で飢饉が発生し、大量の死者も出るだろう。あの魔王は、これからどうするのだろう。
危ない。危なっかしい魔王。
だが、だからこそその動向から目が離せない。彼の造る世界を見てみたい。そんな事を思っている私がいた。
いやはや、私も娘の事は言えないのかな。
「陛下」
「トリシャか。なんだ?」
私室に戻った私の元に、すぐにトリシャが訪ねてきた。
「キアス様はお帰りになられたのですね」
「ああ、最高で最悪の置き土産を残してな」
「最悪?」
トリシャは小さく首を傾げている。私はこの事について説明していないし、魔王だってトリシャとゆっくり話す時間はなかったのだから、あの馬車の正体は知らないはずだ。
「私は明日から、あれを作った研究所をでっち上げねばならん。なおかつ、大きな計画も動き出す。
寝る暇もなくなるかもしれんな………」
「フフ。良い機会です、兄上にも国政のなんたるかを学ばせてはいかがですか?」
「ほぅ、それは名案だな」
まだ王座に据えるには未熟でも、使い走りくらいならあれにもできよう。なんとなれば、会議や謁見を代理としてやらせてもいい。ふむ。よし、そうしよう。
「早く王座を譲り、ゆっくりと隠居したいものだな」
「叶わないでしょうね。なにせ、オンディーヌに剣を賜った直後ですから」
乏しい表情だが、トリシャの声音にはこちらをからかうような意図が見え隠れしていた。今日はかなり機嫌がいいらしい。
魔王と会えたからか?あの野郎、今度会ったら絶対ぶん殴ってやる。
「それで、何か用だったか?」
私は誤魔化すようにトリシャに聞いた。
「あ、はい。実は、騎士団長を辞したいのですが」
は?
いやいや、我が娘よ。父は今日は十二分に驚いた。最後とばかりに驚かせなくても、いいのだぞ?
「そして、その後はキアス様の元に馳せ参じようかと」
とりあえず、今度奴に会ったら拳で語り合わねばなるまい。うっかり魔王を討伐しても、それは仕方の無い事であろう?