王と呼ばれる者達っ!?
「キアス………、どれがどれだかわかんなくなっちゃったの………」
やけに遅いと思っていたら、フルフルは武器の仕分けをしようとしていたらしい。
そんなのこのアホにできるとは、最初から期待してないのに。
全く可愛いヤツだ。
僕はフルフルの頭を撫でて、城に戻る。やっとかなきゃいけないこともあるし。
「キアス様、おかえりなさい」
ハルバートを袋に戻しながら、トリシャが嬉しそうに言う。
「ただいま。いやー、稼いだ稼いだ」
「それは………、お疲れさまでした」
今度は若干冷や汗の浮いた固い笑い。基本は無表情なのに、喜怒哀楽はコロコロかわるヤツだ。
「とりあえず、適当でいいから詰めておいてよ。実はこの後、結構時間が空きそうなんだ」
「あ、はい。わかりました」
頷くと、トリシャは手伝ってくれていた他の騎士達にもその旨を伝えにいった。うーん、このまま『どうもありがとう』だけじゃ良くないよな。僕はともかくフルフルの評価が。
これから広まる噂の関係上、フルフルにはいい奴でいてもらわないといけない。
30分後、散らばった武器を手入れし、集めてくれた騎士たちに、フルフルに手ずから短剣をプレゼントさせた。
『ありがとなの!』
と言って渡された短剣を、騎士達は震える手で受け取っていた。ダンジョンに行けば比較的簡単に手に入るダガーなのだが、まぁ、黙っておこう。男泣きに肩を震わせてる騎士が可哀想だしね。
やっぱりオンディーヌのネームバリューは凄いな。
「来たか」
僕が再び謁見に現れると、アムハムラ王は短くそう言った。
「まずは貴殿の機転に感謝しておこう。これで我が国は、今回の件で窮地に立つことはなくなった。
まさか、オンディーヌが魔王の配下で、そのオンディーヌから剣を賜る事になろうとはな」
「騎士の憧れらしいですからね。これで今日からあなたも伝説です」
「止してくれ。これがただの隠れ蓑だという事がわからぬ程、暗愚だとは思われたくない」
苦笑するアムハムラ王に、僕も苦笑でもって返す。
「そんな事は思いませんよ。
そういえば、教会に対する抗議はどうするのですか?」
あれだけの事が起こったのだ。アムハムラ王には、正式に教会に抗議する権利がある。恐らくは、彼らの独断だと言い張られるだろうが。
「それなんだがの、正式な抗議はせず、『聖騎士を名乗る賊の襲撃』という事で牽制するだけに止めようかと思っての」
「繰り返される嘘は真実に聞こえます。大丈夫だと思いますよ」
今回の件で、確実にアヴィ教の信用は落ちる。例え襲撃者が偽物だと喧伝しても、アヴィ教とアムハムラ王国の折り合いが悪い事は、周知の事実なのだ。もし仮に、同じ事が起これば、今度こそその信用は地に落ちるだろう。
確かにいい牽制だ。
「フン、全くもって業腹だが、あの宗教の影響力はやはり馬鹿にできんからな」
「無理に糾弾する事こそ、相手の思惑かもしれませんしね。考えすぎかとも思いますが」
「今の段階でアヴィ教の信者まで敵に回すのは良くない。この後の一大プロジェクトにも、な」
うん。やっぱりその話か。
「国営の事業とはいえ、利用者の多くは民間人でしょうからね」
「………………」
あれ?なんだか急に、アムハムラ王が怖い顔で黙ってしまった。いや、マジで怖いんだけど。
「………貴殿は………」
そう言いかけて、一瞬言い淀む王様。だがすぐに泰然と言葉を繋ぐ。
「貴殿は、流通を支配する事の意味を、正しく理解しておるか?」
そういう事か。
「恐いですか?世界を支配することが?」
「正直を申せば恐ろしい。
大きな利益、大きな力は人を集める。善きにしろ悪しきにしろ、の。
確かに、アムハムラは潤い、民には安寧が訪れよう。だが、富を独占しすぎればいらぬ嫉妬を買い、力を持てば恐れられよう。恐れは容易く敵意となり、敵意は容易く争いを生む。
我が国はこれまで、他国の羨む物など何もなかった。だが、この事業を始めてしまえば違う。
流通を独占するという事は、他国の情勢を事細かに得ることができ、おまけに物流だけで困窮させることも可能だ。それ自体が一個の軍事力に等しい力を持つのだ。
兵站の心配は無くなり、必要な場所に即時に届ける事が出来る上に、行軍時に随行させる必要もない。
これだけの力を持ってそれを恐れなければ、私はただの破壊者だ。
この国にもまた、他国に狙われる理由ができる。それが恐ろしい。
ふん。狙われる、という事に慣れていないアムハムラ王の、弱音だな。聞き流してくれ。
だが聞きたい。
お前は、世界をどうしたいのだ?」
まぁ、世界を支配、なんてのは言いすぎだけどね。流通は独占できても、通貨を天帝国が発行し、その体勢を維持し続けるなら、アムハムラ王国と天帝国リシュカ・バルドラは、あくまで対等な関係にしかならない。この国では、軍隊の絶対数では天帝国やその他列強に敵うべくもない。だが、そんな今現在真大陸で最大の影響力がある天帝国と対等になるというのは、今のアムハムラ王国では信じられない偉業だ。快挙だ。
確かに敵も作るだろう。嫉妬も買うだろう。確執も生まれ、もしかすれば要らぬ争いが起こるかもしれない。
でも、
「そんなものは問題ではありません。
守護も、破壊も、違うのはその目的だけで、やる事なんて大体同じです。
ですが―――
人間の王。お前は自国の民の窮地を知ってるだろう?
飢え、凍え、それでもお前を慕う民と、今はまだいもしない未来の敵と、お前はどちらを尊重する?
これはそういう話だ。
今回僕という悪魔がお前に提案したのを、救いの道などと勘違いしているのなら、甚だ見当違いだぞ。
僕はあくまで僕のために提案したに過ぎん。お前が乗りやすいよう、お前やこの国の利益を僕の思惑に加味しただけだ。別に僕は、この国の民を救いたいわけでも、世界に平和をもたらすつもりもない。お前が考えるべきはこの提案に裏がないかと、これを利用して僕の裏をかき、いかに民を富ませるかにある。
忘れているようだから教えておこう。今お前の目の前にいるのは魔王なのだぞ?
決めるのは王であるお前だ。他の誰でもない。責任も、義務も、全てはお前にある。
嫌なら降りてくれて構わない。その時は、僕が真大陸中の流通を支配してみせよう。何年かかるかはわからないがな」
結局、僕がやるべき事は変わらない。出来るだけ神様のお願いを叶えてあげつつ、僕は僕で面白おかしく生きていく方法を模索しているだけだ。
その際、奴隷やアムハムラの寒村の住人などが気にかかっては、せっかくの楽しい気分も台無しだ。だから、もしこの提案にアムハムラ王が乗らなかったところで、僕のやる事は変わりはしない。
善意などではない。僕は紛れもなくただの自分勝手で、世界を自分の住みやすいようにしているだけだ。
いやはや、僕もいよいよもって魔王らしくなってきたな。
アムハムラ王は、真剣な表情を崩し、再び苦笑して告げる。僕もそれに苦笑して答えた。
「全く。度し難いほどに魔王だよ、お前は」
「あんたも、愚かしいほどに王様だね」