方針
キアス殿がオンディーヌの少女とアムハムラ王女と合流し、退室した後、我々は正真正銘安堵のため息を吐いた。
「………やっと終わったか」
私の呟きに答える者はいない。彼女達は私以上に彼と相対し、私以上にその恐ろしさを痛感したのだから当然だ。
「………商人、怖い………」
ミレの呟きに、私もレイラも頷く。彼が今日我々から巻き上げていったのは、小国が1年で集める税収にも等しい。
恐ろしいことにミレ、レイラは、所持金の全てを吐き出し、アルトリアなど貯金の半分以上を持っていかれたのだ。シュタールの分も含めれば、我々の全財産の半額近くを彼は今日稼いだのだ。
我々は、自分で言うのもなんだが、結構なお大尽であるはずだった。冒険者家業は実入りも良く、シュタールの繋がりで国家から依頼を受けることも多々あった。そんな我々が長年かけて稼いだお金が、ものの見事に搾取されたのである。
「………でも………」
そう、あの商人の一番タチの悪いところは、商品が紛れもなく一級品なのだ。
ミレは嬉しそうに、えーと………、確かカランビット・ナイフというナイフを見つめている。ミレだけでなく、アルトリア、シュタールもまた、手に入れた武具を蕩然と眺めて悦に入っている。
まるでおもちゃを手に入れた子供だ。
「っかしよぉ!ありゃあねぇだろ!?」
1人憤慨するレイラにも、本気で怒っている気配はない。
「なんだありゃあ?商人ったら、人の顔色窺ってペコペコするもんだと思ってたのに!慇懃無礼っつーか、腰は低いのに高圧的っつーか!」
その認識もどうかと思う。第一、今日キアス殿の当たりが強かったのは、レイラの態度に腹をたてていたからだと、私は思っている。
「レイラは、キアス殿をどう思ったのだ?」
いい機会だから聞いておこう。
「いや、別に商品に不満があるわけじゃねーんだけどさ、あの馬鹿丁寧な話し方とか、虎視眈々とより多くの金を稼ぐ機会を窺ってるのとか、正直あまり好きにはなれねーな」
「………あれはレイラが最初に失礼な態度をとったから………。………僕は別に嫌いじゃない………。………コレクションの趣味もいい………。………怖いけど………」
「そうだな。これに懲りたら初対面の相手に、あんな態度をとるのはやめろ。私たちまでお前と同じような目で見られる」
私が注意すると、レイラはふて腐れるように頬杖をつき、愚痴をこぼす。
「お前等は、おまけで武器貰えたからいいだろうさ。アニーなんて正真正銘タダだったしな。けどさ、アタシはほしかった武器、1つ買えなかったんだぜ?稼いでんだからケチケチすんなっつの!」
結局そこか。金貨数十枚の品をタダで寄越せとは、こいつは何も懲りてないな。
「………確かに………」
ミレまでが、恨みがましい視線をこちらに向けてくる。彼女も結構な散財だったからな。だが、実を言えば1番安く買い物をしたのもミレだ。持ってきた白金貨は全部無くなったが、2枚はアルトリアに貸しただけだ。
アルトリアもミスリルの鞭を手に取っては、ほぅとため息を吐いて心ここにあらずといった風情だ。
「アルトリア、お前はあの商人をどう思った?」
私が声をかけると、ビクリと体を震わせ、アルトリアがこちらに向き直る。
「えっ!?あの、ごめんなさい、聞いていませんでした」
「そんなにその鞭が気に入ったのか?」
確かに執着していたしな。何より、ここまでアルトリアの求めていた武器にピッタリな代物は、世界広しと言えどキアス殿でなければ用意できなかっただろう。これが白金貨17枚なら、確かに安いのだ。
「気に入る気に入らないではありませんよ。あの方がご用意してくださった物ですもの、最高以外の言葉で表現すべきではありません」
「ア、アルトリア?」
何故だろう。アルトリアからはキアス殿に対する感情が、我々のものとは全然違うように感じる。
「あぁぁぁ………。あの笑顔。あの無慈悲な笑顔が、私の心を掴んで離しませんわ。天使のような笑みで、悪魔も青ざめるあの所業。きっと魔王すらあの方の手にかかれば、易々と転がされてしまう………。素敵ですわぁ………。
もっと搾取されたい………、もっと非道に扱っていただきたい………。
あの時の、『は?何?お金ないの?』みたいな表情が………っ!!
その後の商談を切り上げようとした時の、ドン引きした表情。きっとあれは私を蔑んでましたわぁ………。そしてすがり付いた私を見下すあの目。卑しい物乞いでも見るような視線………っ!
あぁぁぁー………」
「「「………………」」」
私、ミレ、レイラは暗黙の了解で彼女を放置することにした。手遅れだ。
「しかし、しばらくは金策に走らなくてはな」
「大分懐もさみーしな」
「………お金を貯めて、またナイフを買う………」
買った物は買った物。できれば活用して、お金を稼げれば言うことはない。その方法は、キアス殿の入れ知恵が無いでもないのだが………。
「第13魔王のダンジョンか………」
「………どんな危険があるかわからない………。………シュタールが勇者だと知れればなおさら………」
「とりあえず、行って魔王ぶっとばして、宝全部かっさらえばいいんじゃね?」
私はイヤリングを手に取ると、それを耳に当てる。
「すまないキアス殿、レイラが貴殿の悪口を言っていてな。もう一度こちらに来て懲らしめてはくれまいか?」
「ちょぉっ!?タンマ、タンマ!!なに魔王よりおっかねえの呼ぼうとしてんの!?え、あ、聞こえてます………?ごめんなさい、今のウソ。ごめんなさいごめんなさい」
魔力を流していないのでこのマジックアイテムは、今は起動していないのだが、レイラには効果抜群らしい。
「………アニー、僕もビックリするからやめて………」
さすがにミレにはすぐにバレたようだ。
どうやら我がパーティの総意としては、
キアス殿に比べれば、魔王など恐るるに足らん!!
という事で一致したようだ。
次の目標は『魔王の血涙』。できるだけ、今日使った金額を取り戻すのが目的だ。
謎の多い第13魔王についても、何かわかるかもしれんしな。