優勢
なぜだ?
私の頭の中にはそれだけが浮かんでいた。
なぜこの少年がいまだに立っているのか?
その答えがでない。
幾度となく斬りつけた。常人ならとっくに死んでいるほどの血を流している。
なのに倒れない。
なのに笑っている。
根元的な恐怖に突き動かされるように、私は攻撃を繰り出し、剣を失ってしまった。
最初に受けた一太刀によって、脆くなっていた剣はあっさりと折れてしまったのだ。
「フン、いい気にならぬことだな」
私は気を紛らわせるようにそう言うと、予備の短剣を抜く。
これは本来、虫の息の敵にとどめを刺すために使うものだが、今はそんな事は言っていられない。
「あ゛ー………。………嫌…な……。ホントは……こ……の、………使……たく…な……のに………」
朧気な口調で何かを呟く少年。
不穏な気配を感じた私は、大きく距離をとり、短剣を顔の前に真っ直ぐに構える。
「神聖なる光の魔法で君の健闘を称え、魂の安寧を願わん」
そう、私にはまだ魔法がある。
光の神の御為に使うに相応しい光の魔法が。
アムハムラ王への加勢も、この光魔法があればまだなんとでもなる。
「なぁ………、あんた………?」
なぜか先程よりややハッキリした声で、少年が問う。
「あんたって………、家族とかいる………?」
「いるが既に絶縁している。それが?」
「………奥さんや、恋人は………?」
「いない!それがなんだ!?」
思わず強い口調になってしまった。
私は焦っているのか?
完全に優位に立っているこの私が?
あり得ん!!
「ならいいか………」
私とは相対的に、弱い、というよりは穏やかな口調で少年は頷いた。
「遺言はそれだけでいいのか?」
「遺言………?ああ、遺言か………。そうだな………、残したいなら聞いてやるぞ?」
不敵にそう言い放つ少年に、私は今度こそ本当に戦慄する。
その目には、一欠片の怯えも、一抹の恐怖も、一握りの恐れもない。
ただ不敵に、ただ妖しく、ただただ純粋に笑っていたのだ。
これが恐怖でなくて何なのだろうか?
少年はその痩身に幾多の剣を浴び、今にも倒れそうな有り様なのだ。その傷を付けた私に、怯えや恐怖を抱かないなど、それこそ狂気だ。それこそ狂信だ。
この少年が何を信じ、何を思っているのかは知らないが、これ以上こんな不気味な者と相対するつもりはない。
私は魔力を集中させ、魔法のイメージを頭に思い浮かべる。
この少年が、例え魔王だったところで優に殺せるだけの上級魔法のイメージを。
魔力にイメージを付加し、あとは放つだけとなった時に、少年は再び腰の鎖袋から物を取り出した。
とてもそんな小さな袋には入るはずのない、長いソレ。
金属と木材で構成された、独特な形の代物。
少年の身長にやや届かないかという長さのそれは、それを見る私に言い知れぬ畏怖を抱かせる。
「杖か。だが遅い!!既に私は魔法の準備を終えているぞ!!」
「そうかよ」
言い捨てるように少年が言うと、私の攻撃でボロボロになった服に手をかけた。
ビィィィ!!
少年が服を破り捨てた光景に、私は驚愕も露に叫んでしまった。
「なんだとっ!?」
服を脱ぎ去った少年の体には、一筋の傷も残っていなかった。
よく考えれば、これだけ斬りつければ、普通の人間なら辺りを血の海にするだけの血液を流していなければおかしい。
おびただしい血痕が辺りには散見しているが、血溜まりは全くできていない。
なぜだ?
私は確実に少年を八つ裂きにしたはずだ。手応えもあった。なのに今、少年の矮躯に傷はない。
まさか魔族?
だが少年の体にそんな特徴はない。魔族とは押し並べて醜悪な姿の化け物のはずだ。
ならば何だ!?
幻術?あり得ん!そんな予兆はなかった。
私は混乱し、少年の異常さの答えを求めるあまり、致命的な隙を作ってしまった。この時、すかさず魔法を放っていれば、結果は違ったのだろうか。
「じゃあな、寂しい聖騎士さん」
肩に奇剣を担いだ少年が、私に杖の先端を向けた。
何を?
いぶかしむ暇もなく―――それは起きた。
雷鳴が響き渡った。