【第2話 無知なルーキー・その3】
エクサたちは紺色の壁で統一された広々とした空間に出た。
上下の高さは、エクサたちが歩いてる通路を境に十階建てのビルくらいある。つまり部屋の高さは二十階建てのビルに相当するということだ。
「うわー、広いなぁ」
エクサはただただ驚嘆の声をあげた。広すぎて、どこに焦点を合わせたら良いのか分からずに左見右見している。
「ここが君の機体を収納する格納庫だよ」
横に付き添って歩いているイリアが、にこやかに告げる。
「キョロキョロするな。田舎者」
エクサの背後を着いて回るシュナが、仏頂面で告げる。
「まあまあ、純粋に驚いてるルーキーさんに、きつい言葉は無しッス」
「純粋に驚いたから〈フラウジル〉で戦うのもどうかしら」
オブラートに包むイリアと、痛烈な嫌味を言うシュナ。
エクサは定まらない視線を、更に激しく泳がせた。
なぜ三人は格納庫へ来たのか。
戦うアイドルのデビュー曲と一緒に運ばれてきた情報がその理由だ。
エクサの〈アルメ〉に送られてきたのは〈AMF〉本部からの通達であった。内容は格納庫への機体の搬送がもうすぐ完了するというもの。
イリアは相変わらず高いテンションで案内役を買って出た。
シュナもぶつくさ言いながらも結局エクサに同行した。
ギフトと蘭は用事があるらしく、適当に挨拶をしてその場を後にした。
移動する間もシュナの嫌味攻撃が続いた。その手数、〈アルケイン〉の斬撃よりも多かっただろう。
イリアのフォローも全く役に立たなかった。
そして現在に到る。
通路の真中付近までくると、切目の入った床を隔てた先に、成人が四人は乗れるスペースのある床が横脇に見えた。
エクサは手招きするイリアに誘われ床に乗る。イリアが手元のパネルを操作する。
床が降下を始め、前後左右に緑色の光の壁が現れた。程無くして地面まで降下する。
光が消えたのを確認して、豁然とした広場に足を進めた。慣れた様子のイリアとシュナは幾分か足早に、エクサは徐行中。
後ろを向いたシュナが、
「何をしている。もたもたするな」
との厳しい言い方。エクサは不服そうに唸ってから歩調を早める。
リフトから少し歩くと、エクサたちの前に一人の女性の姿が見えてきた。その女性はこちらに気付くと、早足で近づく。
慇懃に頭を下げて挨拶すると、正体が〈AMF〉のスタッフだと看破できる、はきはきとした喋り方をする。
「エクサ・ミューロウ様ですね? 機体の転送準備が整いました。許可を頂けますか?」
「は、はい」
スタッフの女性がにこっと微笑む。
「では、転送を開始します。あちらの機材にご注目ください」
腕の動きに促されエクサは真横に身体を向けた。
前方には円柱型をした長大な物体があった。その長さは降りてきた通路を越し、通路と天井の中間あたりまで延びている。
「エクサ君の機体ってハンサムさんかなぁ?」
「へ……!?」
イリアの微妙な質問に、エクサは思わず素っ頓狂な声を出した。
そんな反応を気にせず、回答を求めるイリア。それも明月よりも澄み渡った瞳で。
果たして、どう答えたらいいものか。エクサは、その質問を受け困惑していた。格好良いなどは有りがちだが、ハンサムとは。意味合いだけは同じかもしれないが……。
彼女にはそういった独特の感性があるらしい。
感心した。その言葉が回答そっちのけで頭の中を巡っていた。
エクサがまだ注目を解かないイリアに気付いた時には、気まずい空気になっていた。何年振りかに感動の再会を果した家族が、実は間違いだったような感じた。その間に堪え切れずエクサが口を開こうとした、その時。
突如として、円柱状の機材に目映く細長い白光が浮き出た。徐々に濃くなり、次には四散する。
光の中からATが現れた。体格は〈フラウジル〉と〈アルケイン〉の中間ぐらい。赤と黒の迷彩色。
機動性を重視した細い足と腕。両の腕の側面には長さの揃った盾。胴体は前後に少し出っ張りがあるような形。頭部には、両眼の部分を覆う、中央が円形となったゴーグルのようなものが付けられている。
腰の両側面には銃身の短いハンドガンタイプの銃が装備され、背面には、僅かに腰からはみ出たノズル。
棒の形状をした長い黒色の武器が右肩部に掛かっている。
全体的に、エンターテイナー向きの見栄えはないが、兵器としての力強さが伝わってくる。
「これは一昔前の機体だ。昔の機体を現在のAT仕様にしたものか」
静閑が辺りを包んでから数瞬して、シュナが第一声を発した。
エクサはシュナに向けた眼を、もう一度その機体に移した後、
「〈デザートカロル〉。これは父さんが使ってた機体なんだ」
「やはりな。どこかで聞いた名前だとは思っていたが……。お前、ダウラ・ミューロウの息子か」
シュナの指摘に、エクサは一気に目線を戻した。
「父さんのことを覚えてる人がいるなんて意外だな」
「〈AMF〉がまだ今のように発達してない頃に活躍した、トップランカー。知らないだろうがレークスも同期だ」
「そうなんだ。全然、知らなかった。あの頃の俺は父さんしか見えなかったから……」
まるで思い出話を語り合うような口振りの二人。
そこに先程のスタッフが戻り、営業スマイルで言った。
「それでは、大会の方も頑張ってください!」
エクサは軽く頷き、スタッフの後ろ姿を見送った。
「よし! 明日からも張り切っていくぞ!」
早くもやる気満々のエクサ。
「あれ?」
イリアが何かに気付いたらしく、頻りに首を傾げる。
「ねぇ、エクサ君。……そのー、メカニックの人はどこにいるの?」
「へ……!? 何それ?」
知らないと即答したエクサを見て、イリアとシュナは仰天した。
「えーっ! いないの!? メカニック! だって、あの、ほら……」
上手く舌が回らないイリアを押し退け、
「こいつの修理をお前が一人でやる気か!? 普通は専属のメカニックを雇うんだ!」
胸倉に掴み掛かりながら、〈デザートカロル〉を指差し言うシュナ。
エクサは焦燥を顕にし、どうしよう、の二の句を継げない。
シュナはエクサを掴んでいない方の手で目元付近を押さえる。
「頭痛がしてきた」
「いきなりくるのは心配だ。大丈夫?」
皮肉たっぷりな台詞を流し、本気で憂色を漂わすエクサに、ついにシュナがブチ切れた。
「大馬鹿ものぉおおおおーーーっ!」
背負い投げ、一本。




