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【第2話 無知なルーキー・その2】

エクサは極度の緊張から、不自然な深呼吸を繰り返した。

猛獣に怯える小動物のような目をイリアに向ける。

イリアは笑顔でウィンクまで決め、余裕綽々といった表情だ。

彼女には悪いが『それは他人事だと思い過ぎなのでは?』とエクサは心事してしまう。

扉が開き切る。逡巡との名が付く足枷を引き摺り部屋に足を踏み入れた。

その内装は豪華だった。

高級そうな虎の皮の絨毯や絵画。社長室には必然的に存在する大きな机。

卓上にはパソコンや書類などがある。

その机の向こう側。光の粒子で形成された椅子に、男が座っていた。

歳は三十代半ばといったところ。東洋系の肌色。黒の短髪。一片の油断もない目付きと薄い唇。

長身で細身。高級そうな黒いスーツに身を包んでいる。政治家向きな、利発そうな風情だ。

男は立ち上がり、机の端にあったリモコンを手に取り、ボタンを押した。光の椅子がそれに反応し姿を消す。

リモコンを置くと、威圧感を漂わせながら歩き、エクサの正面で足を止めた。

それから表情を僅かに和らげ、右手を前に出す。


「エクサ・ミューロウ君。直接会うのはこれが初めてだったね? 私が〈AMF〉の最高責任者、レークス・エーデルシュタインだ」


堂に入った威厳ある口調で社長――レークスは言って、右手に視線を送った。

握手を促す態度に気付いたエクサは、急いで手を握った。普段は即座に取れる行動も、今のエクサには難しかった。

何と返したらいいのだろうか?

それだけが脳内を駆け回っていた。当然だ。前代未聞の不祥事を起こしたのだから。それこそ新聞のトップスクープものである。

気まずくなり目線だけを横に向ける。

ブラスは一歩出てはその足を下げる行為を繰り返し、発言するのを躊躇しているようだ。

これも当然。結果的な職務怠慢だった上での発言など以ての外だ。しかも厚かましいことに弁解ならば尚更のこと。終には足が動かなくなり、完全に沈黙した。


「エクサ君……」


「はは、ははいっ!」


レークスが言葉を繋いだだけなのにビビリまくるエクサ。

レークスは再び視線を自分の右手にやり、


「自分から求めといて、言うのも気が引けるが……。そろそろ手を離してくれるかい?」


指摘され、エクサは早急に手を離した。

後ろから数人分の溜息が聞こえてくる。

そこでイリアがひょいと前に出て、真剣な面持ちで話し始めた。


「いきなりクビにするのは可哀想ッスよ〜。エクサ君にはイリアちゃんが叱っとくから、今回はそれで手を打たない?」


エクサの顔から一滴の汗が流れ落ちた。

せめてもう少しだけ、誠実な交渉は出来なかったのだろうか。


「まあ、今回のことは的確な指示をしなかったあんたにも責任があるな。幸いマスコミ共から飯の種の要求はないし、隠蔽しちまえば? お得意の」


「せや。エクサはんは才能あると思うし、捨てるのはもったないわ」


今まで黙っていたギフトと蘭も抗議する。

エクサは三人の親切心が嬉しかった。ギフトの言い分が穏やかではないが、今は気にならない。

出会ってまだ数分なのに、同じ〈AMF〉のランカー仲間として扱ってくれている。その気持ちが、本当に嬉しい。

だからこそ自分で言わないと。自分の口からはっきりと。そうしないと後悔だけが胸の中に残り、前に進めない気がするから。


「俺……、俺は〈AMF〉が好き――」


「おや? 君たちが何を言いたいのか、私には分からないな」


途中でレークスの冷静な声が割って入った。彼は怪訝そうな顔をしている。


『へ?』


異口同音。全員が同じタイミングで『?』マークだ。レークスはエクサの肩に手を置き、穏健な声で言った。


「すまなかったね。君には大役を押しつけてしまって……。だが君なら出来ると信じていたよ」


次にブラスに視線を移し、


「ブラス君。君にも迷惑を掛けたね。何しろ初めての試みだから、段取りも上手く行かなかった。許してほしい」


喋り終わるとレークスは何かを悔やむような顔を見せる。

『何のことか分からない』とのレークスの言葉だが、エクサにはこっちの方が意味不明であった。

先程から違和感を持っていたが、レークスからは自分を咎めようとする意志が感じられない。

大役? 初めての試み?

何のことだ?

しかも謝罪までされた。益々、意味が分からない。

――困惑するエクサは、ブラスを見た。ブラスも同じく、目を丸くしているだけだ。

イリアも、やはり混乱している。シュナは睨むように、こちらを注視していた。レークスは机の向こう側まで戻ると再度リモコンを手に取り、それを机の後ろの壁に向けた。

今度は壁に変化が生じる。壁の全体が一瞬でガラス張りとなり、そこから〈AMF〉の会場が一望できる。


「混乱のないように、君達にも話しておこう。……エクサ君とブラス君には新しいイベントの実験を行なってもらった」


レークスは外を眺めたまま続けた。


「それはエキシビジョンマッチにプロのランカーを混ぜること。ATとARの性能の違いを計測する意図もあるが、やはりAR側の弱体化を防ぐためだ」

リモコンのボタンを押し、普通の壁に戻してから振り向く。


「実験は成功だよ。高視聴率で観客の反応も良かった。しかし……」


言葉を区切り、自嘲気味に笑う。


「よく考えてみれば、次からは使えない手だ。ドッキリでなくては意味を成さないからね。……そのことも含めて、改めて二人に謝罪するよ。すまなかった」


レークスの声を全て吸収してからの部屋は、粛々としていた。

つまりは沈黙。誰か喋ってくれと希求したくなる。さりとて用も無くなったので退出が普通なのだが。

これほど嫌な空間も珍しい。

しかし意外にも、レークスが簡単に沈黙を打ち破った。


「用件は以上だ。解散してくれて構わない」


レークスは光の椅子を出現させ、そこに腰掛けた。

一同はその声に促されるようにして部屋を後にし始める。


「そうだ。エクサ君」


呼ばれてエクサは振り返る。

レークスは平べったいカード状の物体を差し出していた。


「これは電子コミュニケーション機器の〈アルメ〉と呼ばれる通信機だ。豊富な機能があり、〈AMF〉に関することもメモリーされているので持っておきたまえ」


「あ、ありがとうございます!」


エクサは〈アルメ〉を受け取り、踵を返した。


「それとブラス君」


「はい」


「君にはもう一つ話がある。悪いが残ってくれ」


ブラスは頷き、その場に待機した。

エクサは〈アルメ〉を物珍しそうに眺めながら部屋を出た。



「エクサ君も人が悪いッスよー。あたし達まで騙すなんて……。この役者ぁ〜!」


イリアは悪戯っぽい笑みを浮かべ、肘で脇腹をちょんちょんと小突く。

現在は大型エレベーターで一階に降りる途中だった。


「いや、それは――」


「そんなわけないでしょ」

真実を知らないイリアに、焦って訂正を入れようとしたエクサの役目を奪ったのはシュナである。


「嘘よ、嘘。イリアもこれくらいの嘘は見破れるようになりなさい」


「えぇーっ! 嘘だったの!? ねぇ、エクサ君! あれって全部、嘘なの?」


「全部かは分からないけど、あの人に頼まれたのは嘘。あれは俺が間違えたんだ……」


「で、でもなんで? 理由は? ……うぬぬぬぬ(思考中)」


イリアは両手の人差し指で頭に円を描くようにして考える。

慌てない。慌てない。


「ぷしゅ〜!(オーバーヒート)」


イリアの頭から煙が出てきた所で、シュナが溜息を吐いてから説明を始めた。


「レークスは虚言で、『事実を曲げた』のよ。最初からエクサはイベントをするための駒だと言って。もうマスコミなどにも『曲げた真相』が伝えられている頃ね」


エクサには、語るシュナの声が鬱陶しそうに聞こえる。今日の出来事に、まだ腹を立てているようだ。


「そんでだ」


とギフト。


「高視聴率や客ウケは本当だから、エクサとブラスがヘマした事実さえ塗り替えれば、ご馳走様だぜ」


だが一つ疑問が残る。その疑問に即座に辿り着いたのはイリアだった。


「だけど、あたし以外は気付たんだよね? それじゃあ、嘘の意味がないッスよ」


「ちゃうて。それが真実なんや。うち等が嘘と決める権利も、もうない」


その質問に答えたのは蘭。イリアは頭を抱えて懊悩する。顔を俯かせ、唸っては停止。

エレベーターのドアが開くと同時に顔を上げ、


「ま、いっか☆難しいことは無しッス!」


何とも気楽。羨ましい脳みそ。


「市民に感謝するんだな。レークスは利潤が無いと、こんなことはしない」


「隠蔽工作なんて、あいつの十八番な手だよ。気にするな」


「要は『黙ってろ』ってことやな」


気落ちしているエクサに対し、シュナの厳しい口調、場慣れしたギフトの変わらないテンション、蘭の生気に満ち溢れた声が送られる。

エクサがこれから先の生活に不安を感じているのは言うまでもない。

そんなエクサの心情を知ってか知らずか、〈アルメ〉からも激励の音楽が鳴る始末だ。

曲は『Resplendent you』

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