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【第1話 とんでもないルーキー!?・その5】

「すみません。役に立てなくて……」


エクサは威勢の萎み切った口調で、サブモニターに映るブラスに言った。


『いや、謝るのはこっちだ。助けに行くのが遅れてすまない』


紫の機体のキャノン砲を破壊し、退かせたまでは良かった。しかし、エクサとブラスの機体には疲労が目に見えて分かる。

特にブラスの〈フラウジル〉は深刻だ。機体自体は無傷に近いが、マシンガンとガトリングを失い、遠距離の攻撃手段は無いに等しかった。

エクサは機体の右腕で右肩の真横に装備されているガトリングを掴んだ。そして、それを取り外し、左背部に付け替える。

ランカー用の自機にも同じような武装があったのを思い出しての行動だ。


「あの紫の機体は――」


『〈アルケイン〉だ。天才少女、シュナ・アスリードの機体だよ』


現在は対戦相手な為か、ブラスは気持ち苦々しげに説明した。

エクサは軽く頷き、


「〈アルケイン〉は接近戦を多用するようですので、横幅よりは縦で狙った方が有効なはずです。それと、これを受け取って下さい」


エクサは右腕のマシンガンを軽く放る。機体の間を飛んだマシンガンは、ブラスの〈フラウジル〉の右腕に収まった。


『いいのか?』


「はい。射撃武器がないと満足に戦えませんよ。〈アルケイン〉とは……」


フィールドに一陣の風が流れる。これからの激戦を予兆するような風だった。

エクサはモニター越しで、ブラスの顔色がおかしい事に気付く。

心配になり声を掛けようとした、その瞬間――


「しまった!」


口を開くや否や、〈フラウジル〉は背中のブーストを噴かせ移動した。

エクサも急いで後を追う。何かに対する焦燥に、血相を変えたブラスは尋常ではなかった。


「いったい、どうしたんですか?」


『〈アルケイン〉が退避した場所の近くに、仲間を待機させてるんだ! 早くしないとやられちまうっ!』


その言葉にエクサも顔付きを変える。一瞬だが、無残にも破壊された〈フラウジル〉が脳裏を過っていた。二つの機体はブーストを最速にし、青い光を尾に退き、渓谷に飛び込んだ。

〈アルケイン〉からは少し距離をとった場所に。

こんな非常事態でも二人は冷静だった。〈アルケイン〉が待ち伏せしている可能性を考慮に入れ、渓谷侵入の際に狙撃されない角度から入る。

狭間の形に沿って突き進む。緩やかなカーブを描く岩壁が瞬く間に機体に近づく。正確には機体が近づいているのだが、高速で景色を移動させるメインカメラからは、そう映る。

エクサは微細な調整を加え、無駄のない動きで徐々に壁を避ける。


『もうすぐだ』


大曲りなカーブを曲がり切ると、ブラスの機体が急ブレーキを掛け止まった。

エクサも機体を止めた。上空の崖に『瘤』が出来ていて影が射す。

エクサは幅の広くなっている地帯の床を見下ろした。そこには、壮絶な光景だけが存在していた。

そう……。エクサの予感が的中したのだ。

待機していたはずの〈フラウジル〉は、下半身を切り取られ、〈アルケイン〉に頭を掴まれた状態で浮いていた。

〈アルケイン〉は手を放し、見せしめとばかりに胴体に槍を突き刺した。高熱を持つ槍から赤い光が広がり、〈フラウジル〉の胴体は溶解し、そこは風通しのよい穴となった。

〈アルケイン〉が顔を上げる。悪魔の化身、とでもいうか。センサー部分である双眸が、一筋の光を僅かに空気に泳がせる。

その直後に跳躍。地面に円形の跡を残し、燻る黒煙を裂く。煙を巻いた装甲が、また一層と力強さを誇示する。


「うわあぁぁぁああああぁぁぁああぁぁぁーッ!」


砲号。エクサだけではない。ブラスと、二機の持つ武器からも。

ビームの嵐と小形の弾丸が〈アルケイン〉に降り掛かっていく。更にブラスの機体は、腰にある大口径からグレネードを射出する。

それでも相手は躱しながら接近してくる。まるで通れる道を見透かしているように。


(駄目だ。このままじゃ……)


思考を巡らせるエクサだったが、万策が出てこない。分かっているのは、撃ち続けても勝てないということ。

すでに隣の〈フラウジル〉はマシンガンを左手に持ち換え、右手首からレーザーブレードを発生させていた。接近戦に出ようとしている。

でも無茶だ。悔しいが、機体の性能と、パイロットとの力量が違う。幾ら拒んでも、諦念と云う言葉が波状となって迫ってくる。限界か……。

――ブラスの機体が前のめりになり、突っ込む体勢に入った。

その時――

地面で四つのグレネードが爆発し、球体の炎を拡大させた。

目に飛び込んだ情報を察知したのと同時。

エクサは崖の頭を狙い、グレネードを四連発。二発は正面。残りは脇に。

〈アルケイン〉が槍を突き出す構えに入る。

しかし崖から傾れ込んできた『瘤』によって、互いの敵が死角となった。


「ブラスさんっ! 早くっ!」


エクサの〈フラウジル〉は空で踵を返し逃走。今度はブラスがそれを追う形となる。

悪あがきかもしれない。

逃げたって、すぐに発見され息の根を止められるだろう。……でも。それでも。まだ敗北とは認めたくはない。



谷底に身を隠してから約一分。息が詰まってしょうがない。

だが文句を言える立場ではなかった。あの時、もしも格闘戦に突入したとしても、十中八九こちらがやられていた。エクサ君も感付いてるだろうが、圧倒的だ。何もかもが……。

〈フラウジル〉など体格が良いだけで、見かけ倒しもいいとこだ。これでは蟻と人間。勝機などない。

背中を見せるエクサ機も、くたびれているように思わせる。


『ブラスさんっ!』


沈み切った雰囲気の中でエクサが声を弾ませた。


「どうした?」


『もしかして、〈フラウジル〉にもATと『同じシステム』が付いてるんじゃないですか!?』


エクサの指摘に、ブラスは正面――メインモニターで遠くを見据えた。そして再びサブモニターに目を移し、機能をいじり始めた。

眼球を鋭敏に動かし、隅々まで観察。すると指摘通りに、その機能が存在していた。


「俺たちには『全く関係ないシステム』だから見逃していた。ははは……」


ブラスは喉から吹き出してきそうな笑い声を噛み殺した。今の状況では不適切だったからだ。

そこで重ねて、


「使うのか? スピリット・リンク・システムを」


『それしか道はありません』


エクサの意志を確認したブラスは口元を曲げ、相好を綻ばせる。


「無理はするな。そのシステムはやばいんだろ?」


問い掛けると、エクサは不適に自信の表れを顔に出した。


『そのやばいシステムを使うから、貴方は俺をルーキーと呼んだ……。違いますか?』


――ほんの一瞬。目の前の少年にゾッとするような感覚を覚えさせられた。それはシュナ・アスリードから感じるものと同じ。

どちらも俺からしてみれば、十代の子供だというのに……。まったく。

ブラスは、エクサから受けた感覚を繋ぎ止め、軽く笑った。


「時間はどのくらい掛かる?」


「うーん、三十秒もあれば……」


「それじゃあ、早速――」


ブラスはそこで切り、空を見上げた。すでにエクサも気付いている。舌打ちの音を、スピーカーが拾っていた。

上空には〈アルケイン〉の姿があった。こちらを見下ろし、槍で空を薙払う。

それは死刑宣告の合図のようだ。


「こいつは長い三十秒になりそうだ……」


〈アルケイン〉は肩部の砲門から光線を放った。

一直線にエクサ機に向った光線を、ブラスは正面を遮り盾を前に出して護る。


「三十秒ぐらいならっ!」


ブーストをフルパワーで点火させ、〈アルケイン〉に突っ込んだ。

左手のマシンガンと腰部のバルカンが無数に駆ける。マシンガンのビームは鮮やかに青空を彩ったが、それだけだった。間合いに入った〈アルケイン〉の槍が真横から迫る。

何とかレーザーブレードの側面で受ける。切っ先の間から火花を散らす。

再びバルカンを発射しようとしたブラスだったが、腰部の小口径が火を吹くことはなかった。


「くそっ! こんな時に限って!」


メインモニターが激しく揺れる。直接的な打撃を食らったのだろう。次に映ったのは、槍の柄の部分。

頭部を打たれ後退りするブラス機。シュナ機は槍を振りかぶる。

咄嗟にブレードを頭部の前にかざすも、槍は軌道を変えフェイント。右肩部を突かれ、小規模な爆発。

視界がゼロとなる。しかし槍は爆煙を貫き、正確に左肩部に刺さった。

左腕はエクサ機の真上に落下を始めた。


「くそったれがぁあああああっ!」


大声の悪態と同時にブラスは〈フラウジル〉を前進させ、〈アルケイン〉の腹部に頭突きを見舞う。

二秒ほどの間を置いた後、モニターが強制的に動かされ、正面に〈アルケイン〉の眼が現れる。

近くで拝むと、迫力のある顔だ。

左拳を頭部に入れられ、吹き飛ばされる。間髪入れずに左肩部の武器での砲撃。黄色の光が胴体の中心に貫通した。直撃。


「ジャスト三十秒。頼んだぜ、ルーキー……」


モニターが死んでいく。〈アルケイン〉の姿が消え、辺りは闇に包まれた。



エクサは自分の頭を覆っていた機材をシートの横に退け、正面モニターを見た。落ちていく〈フラウジル〉の全身から煙が湧き出ている。


「ブラスさんがやられたのか。間に合わなかったか……、くっ……!」


歯を強く噛み合わせ、操縦レバーを握り締める。

落ちてきたマシンガンを受け止めると、残骸の左腕が勝手に外れた。おそらく切り落とされる直前に、ロックを緩くしたのだろう。


「やってやるさ!」


青い光が背部のブーストに集まり、周辺の岩陰にも僅かに灯る。

噴射。地面から足を放した〈フラウジル〉は見えない翼を羽撃かせる。

サブモニターに映る文字――〔exceptional-spirit-link system〕が液晶画面に吸収されていった。

スピリット・リンク・システム。

それは〈AMF〉専属のプロである証。世界中で一握りの人間だけに存在する、生まれ付いての特別な精神系統を持つ者だけが使用を許可されているシステム。つまりは天賦の才。

これを使えば、機体のポテンシャルを極限まで引き出すことができる。

それが一般のAR乗りと、プロのAT乗りとの違いだ。そして、これからが本当の〈AMF〉である――

エクサは、〈アルケイン〉が撃った両肩部のレーザーを躱すと、マシンガンのトリガーを引き絞った。

更にペダルを踏み込み、ビームと共に接近。横に避けた相手の反対側に回り込み、レーザーブレードを振り払う。

しかし頭部にカウンターの蹴りを食らい、機体が怯む。


「ぐっ……!」


衝撃がエクサの身体にまで伝わり、視界が激しく振れる。

視界が戻る頃には、目の前は紫色となっていた。エクサは槍の中心に左膝を当て、斬撃を阻止する。


(射撃は間に合わない……)


思考と同時に手が出していた。右手のマシンガンで敵の頭部を殴り付けた。

だがお返しの拳を胸部付近に受け飛ばされる。

相手との距離が離れていく。

高度を下げ、地面ぎりぎりで水平に後退。小型ガトリングを正面に撃つ。

すでに正面から迫る〈アルケイン〉は、槍を俊敏に動かしビームを遮った。砂塵を巻き起こし、突っ込んでくる。

マシンガンを向ける〈フラウジル〉。刹那、〈アルケイン〉は忽然と姿を消す。


「上っ!?」


機体を跼す。直後に槍の剣鋒が頭上で弧を描いた。

すぐさま背中を向けた敵を狙いにいったが、両肩部の三連砲が反対を覗くのを見て、その場から退いた。

移動の度に重力が身体に圧迫する。

レーザーが地面を砕く。間に駐在した薄い煙の向こう側から、黄色い閃光。

右に避け、矢継ぎ早な水平の斬撃も跳び上がり躱す。その勢いで回り込んだ相手の背中を蹴り飛ばし、残った射撃武器で乱射した。


「この勝負は、絶対に勝つ!」


地面が崖で途切れ、舞台は渓谷となった。



絶対に勝つ――はずだったんだけどな……。

大破した〈フラウジル〉の反応が筺体から完全に消える。

暗闇の中、エクサは大きな溜息を吐く。

――楽しい。

そのたった一つの感情がエクサの心を支配していた。初めての実戦。あの緊張感と迫力。子供の頃から夢見た〈AMF〉の舞台。

楽しい。最高に楽しい。こんなに楽しいことはない。感触の余韻を惜しみ震える手に、グッと力を入れ拳を作る。

でも、これで終わりか。

大した不祥事をやらかしたもんな。剥奪されても、またライセンスは取れるかな? ……今から考えても仕方ないか。

――筺体の天井が開き始めた。

隙間から漏れる光に目を細め、騒がしい声に耳を傾けた。

第1話はこれで終わりです。次話でも引き続き、お会いしましょう。〈AMF〉の本領はこれからです(多分)

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