【第1話 とんでもないルーキー!?・その3】
青空に投げ出されたエクサの機体は急降下し、他の四体を追い越した。
「えーと、主兵装は右手に持っているマシンガンと、両肩部の小型ガトリングか。ランカー用じゃないけど、なかなか品質の良い武器だな」
エクサはコクピット内のサブモニターで呑気に武器の確認。正面モニターを通して崖が迫る。
衝突音。モニターが激しく振れる。
エクサの〈フラウジル〉は崖に頭を強打し、更に谷間に落下する。
「へ……? な、なんだ!? 故障か?」
コクピット内を左見右見する。そこでやっと天井モニターの光景に気付いた。
「ま、まずい! 上昇しないと……」
慌ててペダルを踏む。またしても正面モニターに崖が迫る。機体は全速力で目の前の崖に突っ込んだ。
「上手くいかないな。早く後ろに下がらないと。あ、あれ?」
サブモニター沈黙。取り扱い説明書だった画面が黒くなったまま動かない。
「壊れた!? そんな簡単に……!」
エクサの指摘は間違いだった。〈フラウジル〉は全身の半分を崖と同化させ、動けなくなっていたのだ。
混乱したエクサは、無闇にコクピット内のレバーやらボタンやらをいじくり回す。
やがてペダルをめちゃくちゃに踏み込む。
すると〈フラウジル〉は背中のブーストを点火させ高速で後退。
「よ、よし! これで――」
再び衝突音。今度は真後ろから。
エクサは後ろを振り向く。分かり切ったことだが、崖に激突していた。
すぐさま少し前進させ、崖から背中を離す。機体は安定し、その場で静かに浮けるようになった。
「コツが掴めてきた。次は上昇……」
手足の指先にまで神経を集中させ繊細に扱う。機体はゆっくりと浮き上がる。
「次はブーストで上昇しよう。パワーを上げるにはどうしたらいいんだ?」
斜め上のボタンがエクサの視界に入る。右から赤、青、黄色の三色のボタンだ。とりあえず、赤のボタンを押す。
ポチッ! ガコンッ!
何かが外れたような音。嫌な予感がする。
そこで突然ザブモニターが復活し、〈フラウジル〉の背中を画面に表示し、左肩部に矢印が当てられる。
「ぶそー……かい……じょ……。武装解除!?」
急いで機体の頭部――正面のメインモニターを動かし下を見る。
小型のガトリングが落下していた。
極限の狼狽。エクサは左のスティックから手を放す。そして放した手を素早く真横から突き出ているレバーに手を掛け、熟練された手付きで動かす。
ブーストのパワーが上がり、青い光を吐き出す。
目の前の光景が一気に降下していき、ガトリングに追い付く。
左手で掴み、左肩部に近付け青いボタンを押す。
鳴り響く機械音と同時にサブモニターに装備完了の表示がでる。
「ふぅー!」
エクサは安堵のため息を吐き、脱力してシートに持たれ掛かる。
何となく、天井モニターを仰ぐ。蒼昊――そして灰色の機体。
モニターに入った機体は、降下しながら左拳を振り上げた。
ボコッ!
エクサの機体の頭部に拳骨を食らわす。
『馬鹿野郎!』
機体のスピーカーから一喝。全く以て、その通りである。
その機体は全身が灰色の人型。昔の欧米の鎧に似た、曲線のフォルムをした立派な胴体。胸部だけが、複雑な出っ張りを見せるシンプルな形だ。手足は太く逞しい。頭部はイルカを連想させる作りで、目と思われる場所が繋がっている。
装備は右手のマシンガンと、両肩部の小型ガトリング。右手首辺りのレーザーブレードと左手と同化しているシールド。
腰に小型銃口と、何かを発射するための大型の穴がある。
エクサはサブモニターで外部スピーカーの使用方法を調べる。
検索モードに移した、その時――
そのサブモニターの画面が切り替わり、男の顔がドアップで表示された。
短い黒髪。壮齢のようだが、いかにも『苦労してます』といった老け顔だ。
『遅れてきた上に何やってるんだ! このことは報告書に書きまくるからな! 減給は確実だぞ!』
一方的にまくし立てると、モニターから男の顔が消える。
しかし、すぐに男の顔がモニターに復活した。
その間、一秒足らず。正しく一瞬だ。
今度は怒りではなく、唖然とした顔だった。数回に渉り口をパクパクさせて、
『おお、お、お前は、エエエ、エクサじゃないか? ルーキーのエクサ・ミューロウだろ?』
「そうです。訳あって参戦することになって……」
『…………。これは始末書じゃ済まないぞ。クビだな。短い〈AMF〉専属役員人生だった。最後に伝説的な――』
何やら染々と述懐する男に、エクサは親近感を覚えた。
男は奈落の底にまで届きそうな勢いの溜息を吐き出す。それから強い意志を持った瞳で正面を見据える。
『俺はブラス・タウ。ブラスと呼んでくれ。……エクサ君。ラストバトルは必ず勝とう! 力を貸してくれ!』
「はいっ! こちらこそ宜しくお願いします! ブラスさん」
双眼を重ね合う。
今ここに、鋼の結束が誕生した。
『とりあえず仲間と合流しよう。付いて来れるか?』
「いえ……、それがブーストを使った上昇や下降の仕方が分からなくて困ってるんです」
『な、何を言ってるんだ? 今やったじゃないか』
「へ……?」
そういえば、あの時。
無我夢中でガトリングを取りに行こうして。
……もう分かるぞ。意外に簡単だ。細かい機材のことは解らないけど動かせる。これなら――
「ブラスさん! 行きましょう!」
エクサの気力に満ち溢れた声が狭いコクピットの隅々まで行き渡る。
『ああ!』
二つの機体はブーストを点火させ、崖を昇る。
エクサは正面モニターを見た。
崖を抜け、少し上空に上がった場所に三体の〈フラウジル〉が待機していた。
仲間に挨拶をしようと、エクサが内線スピーカーを開こうとした。
その直後――
エクサの機体の正面モニターの左端――あの三体から見て正面の場所から、緑色のビームが空を裂いて迫る。
「っ……!? 避けろぉぉぉぉぉーーーッ!」
必死の叫び。しかし、もう遅い。
中央にいた〈フラウジル〉の胴体の中心に一筋の光が直撃。〈フラウジル〉は真っ二つに分断され、爆発する。
両隣にいた〈フラウジル〉は、爆発する仲間の機体を見て呆気に取られる。
『身を隠せっ! 早くっ!』
内線スピーカーでブラスが声を張り上げる。二機の〈フラウジル〉は急降下し始めた。
しかし、またしても光線が虚空を駆ける。二射目は右側の機体の右足の付け根を焼き切り、後ろのバリアまで伸び、衝突と共に弾け飛ぶ。
右足をやられた機体は、バランスを崩し落下する。
モニターから、その様子を見ていたエクサが口を開く。
「ブラスさんはここに残って、もう一人に支持を!」
『何? お前はどうする気だっ!?』
質問には答えず、機体を急浮上させる。
崖から飛び出し、界隈を見渡す。三百メートルほど前方。〈フラウジル〉が着地していた。
混乱しているのか、尻餅を着いて止まっていた。
「動いてください! そのままだとやられます!」
言ったのと同時。地面とほぼ水平の角度から三射目。動かない〈フラウジル〉の左肩を吹き飛ばした。
肩部の接続部分が顕になる。
『も、もうダメだ!』
弱きな男の声。
エクサは右手のスティックのトリガーを引き絞る。
右手のマシンガンがフルオートで発射され、動けない〈フラウジル〉の足元の地面を削る。連続発射により砂埃が舞い上がり、即席の煙幕となった。今度は砂埃に向かって接近するエクサの機体に光線が迫る。エクサの〈フラウジル〉は軽く飛び上がり躱す。
「正確な射撃に、冷静な対応……。間違いない。こいつはプロのランカーだ!」
砂埃に入り込み、急ブレーキを掛けて停止する。
「ここから退散します! 掴まって……!」
怯える機体に手を伸ばす。向こうも縋るように右腕を伸ばしてきた。
二つの手が触れ合おうとした瞬間、上空に影が射す。その影――先程から相手にしている機体に、エクサは目を丸くした。
言いたいことも、思ったことも、たった一つ。
疾い――いや、疾過ぎる。まるで、そこの空気から飛び出して来たみたいだ。機動性に違いがあり過ぎる。これが〈AMF〉のランカーが使う機体か。
――眼前には、紫色の機体が威容な姿を見せていた。全身が紫のクリアボディー。アメジストを人型にしたような感じだ。そして、とにかく細身。身体から手足までスラッとして長い。だが脆弱さは微塵もない。
鋭角な部分が多く、〈フラウジル〉とは対照的で、各関節には薄紫の飾りが付いている。
細面な人型の顔に、頭の両端が鋭く斜めに伸び、後頭部付近で交差していた。
その機体の武装。
まず眼に入るのは身の丈ほどある槍。そして両肩部に付いている三連砲門。右背部には高出力と思われるキャノン砲。白を基調に淵を紫に彩っている。その姿は『お前の負けだ』とでも言い、威圧するようだ。ここまで力と性能の差を悟らせる――敵。
紫色の機体が槍を水平に薙ぐ。咄嗟に左腕の盾を前に出し防いだ。
金属が悲鳴を上げる。盾には切り裂かれた疵跡がはっきりと残った。遠くから見ても分かるくらいに。
もう一度、槍を振りかぶる紫の機体。
(やられるっ!)
エクサはペダルを手前に引き込む。〈フラウジル〉は地面に背を向け、青い光と共に高速で水平移動する。紫の機体も追撃してくる。上からかぶさるように同じ位置まで追い付かれ、再び薙払らいの一閃。
〈フラウジル〉はその場で急停止し避ける。そして両肩のガトリングを乱射する。
しかし紫の機体の機動性は反則だった。槍を振り払っている状態だと思われた機体は宙を舞う。
ブーストを噴射させ弧を描くように飛び回り、レーザーの弾丸を躱す。そして振り切り様に両肩部の三連レーザーを放ってきた。
六本の黄色い光が迫る。
〈フラウジル〉は後ろへ跳躍。その直後にレーザーが地面を突き刺し、焦げ跡を残す。
間髪入れずに次の砲撃。
紫の機体は右背部のキャノン砲を肩の上に展開し、高出力レーザー砲を吐き出す。緑色のレーザーは地面ギリギリに放たれた。
地面を撓ませ、舞い上がる小石を食らう。
エクサは〈フラウジル〉の身体を盾で覆った。レーザー砲は盾の中心に辺り命中。盾は〈フラウジル〉の左肘から下の部分と一緒に、粉々に砕け散った。赤い炎と煙で歪む正面モニターに、紫の機体は圧倒的な存在感を示した。
「お、俺はこんなところで負けるのか……」
勝機が薄らいでいく。全身が脱力感に襲われ動けない。
強い。その一言に尽きる。もう成す術もない。武装も機体も死んでないが、勝てる気がしない。
――紫の機体のレーザーキャノンに光が集まる。
(ごめん。ブラスさん……)
レーザーキャノンが発射されようとした、刹那――
紫の機体に青い光線が連続で接近。仕方なく飛び退き、距離を取る相手。
『これでも、食らえぇぇーーッ!』
ブラスの機体が九時方向から現れ、突貫する。
紫の機体は空中から左肩部のレーザーを放つ。レーザーはブラスの〈フラウジル〉のマシンガンを破壊した。
しかしブラスは構う事無く、両肩部のガトリングを展開。
やけくそ射撃。それが相応しい呼び名だった。
二つの機体は接近戦にもつれ込み、〈フラウジル〉の両肩部のガトリングも煙を巻き上げる。レーザーブレードを振り回すブラスだったが、腹部を蹴り飛ばされ地面に倒れた。
ブラス機の最後――とはならなかった。
あの時すでに半壊した機体が戦意を取り戻し、レーザーブレードで切り掛かる。それも軽やかに躱され、槍の一閃。
頭部を跳ね飛ばされた〈フラウジル〉は、紫の機体の両手首が発射されたバルカンを続け様に受けバラバラとなった。
瞬く間に黒煙が上がり、空を焦がす。
そうだった。俺がやらないと……。
例え実力が違っても。恐がってる場合じゃない。今は仲間のために――
「――やるしかないんだあぁぁぁーーーッ!」
エクサは、マシンガン、両肩部のガトリング、腰のバルカンをフルオートで射撃し、機体を全速力で前進させた。
つ、疲れました。気合い入れ過ぎて空回りしてなければいいのですが……。それにしても一気に8000文字とか投稿する人は凄いですね(;^_^A




