【第8話 飛魚!・その3】
エクサは速度に任せて突っ込む。右手にECブレード、左手には変わらずハンドガンを握り。
囮で時間稼ぎしたとはいえ、〈カレント〉との距離は遠い。安全に突撃できるのも一瞬のことだ。
もはや安全ではない。
すでにガトリングの銃口はこちらに向き、無数の弾丸を吐き出している。
だが、エクサは速度を緩めない。ここで怯えていては、何の為の策だか解らなくなってしまう。
ATと弾丸。互いに距離を詰めれば、到達は瞬時よりも更に速い。
激突する。
右の楯で防ぐも、肩部と胸部への被弾は避け切れなかった。重症ではないが、ミサイルのダメージが残っている以上、軽視は許されない。頭部にも命中したが、こちらは問題ない様子だ。
右の楯を胸部の前に出し、ハンドガンで反撃。
胡乱な照準で飛ばされた弾丸は、大半はビルや地面へ。少数派が〈カレント〉の正面に行くも、これは呆気なく防がれる。
しかし、それでいい。この攻撃も単なる時間稼ぎなのだから。
全ては一瞬のため。
メインカメラに迫る弾丸を警戒した時。看過できない弾を防御した時。攻撃に転じるのか迷う、そのとき。
ほんの僅かだ。だが、その全てこそが〈デザートカロル〉を前進させる。少しでも前へ。前へ、と。
「おお……!」
腹部の底から溢れ出すのは声。何かを望み行く時に叫んでしまうもの。
望んだことの答えは、ECブレードの切っ先が教えてくれる。
それはガトリングの砲身の分断。切り裂いた部分は熱量を高める。〈カレント〉が離すと同時に爆発した。
風景の一部が黒煙となるも、構う者はいない。そこには、闘いの空気のみが残っている。
二つの機影は遥か遠く。背後にビル群を控え、その背の半分の高さまで、機体の跳躍力とブーストの推力によって到達していた。
後退する〈カレント〉。不利な立場を脱するのに必死なのが伝わってくる。
対する〈デザートカロル〉は離れない。それどころか、まだ踏み込む。
〈カレント〉は〈デザートカロル〉の振り下ろしたECブレードを、手首の付近を楯で押さえて躱す。
次に内側に巻き込むように弾く。
〈デザートカロル〉は体勢を崩す。狙おうと構えたハンドガンも無力化されてしまった。
……でも、まだ俺の優勢は保っている。
〈カレント〉は接近戦を行うのに重要なECブレードを展開していない。展開しても、生じた隙に付け込まれる。
逆にエクサの方はナイフで攻撃しつつ、ハンドガンも撃てる。ハンドガンを放棄し、もう一本を引き抜くことすら出来るのだ。
従って、離れなれば勝利は約束されている。エクサはそう考えていた。次の瞬間までは。
反撃は思わぬ場所からきていた。エクサが『それ』に気付いたのは偶然だった。
〈カレント〉の楯の先端。尖った部位に黄色い光が収斂していき、刃を形成した。
『ティブローン!』
気合いの掛け声と共に、一閃。長いビームの刃が、ナイフを根元から切断した。
意表を突かれた攻撃に、身を僅かに後方へと傾けるのが精一杯だった。しかし、その並外れた反射神経が無ければ腕ごと持って行かれていたであろう。攻撃までの動作に気付けたのが僥倖であった。
何とか避けたことで生まれた安堵を締め出した。
そう。攻撃はまだ終わったわけではない。始まったばかりなのだ。
攻勢の意思がくる。
楯で胸部付近を隠して突っ込んでくる〈カレント〉。もう一回、振り払いからのティブローンを放つつもりか。
エクサはメインモニターから楯の先端を注視した。 〈カレント〉は予想通り楯を振った。身体の前方へ弧を描くように。
後は刃の軌道を見切り、楯で防げば問題はない。同時に生じた隙は、
……ECブレードを展開するチャンスだ。
集中する。もはや全神経は一カ所からの攻撃を警戒していた。
楯が通り過ぎる一瞬。今か、今か、と待ち続けた。 だが結局、来なかった。 え? と呆然とした面持ちで眺めたのは、一度、通過した筈の楯が、軌道を戻っていく場面。
左手は振り払う前の位置で止まり、右手の物体の柄先を握り締めた。
その物体はECブレードだ。エクサには見慣れない形状をしていたが。ただATの装備では珍妙なだけで、人間サイズならば名称すら知っている。
両手で振り下ろした『それ』は、
『ハリセン――』
蘭の言葉通り、どこからどう見てもハリセンの形をしていて、
『――ボンバァアアアアアアアアア!』
凄絶な声を発した先に、ハリセンの一撃が届いた。 命中したのは〈デザートカロル〉の左腕に装着された楯。
エクサからしてみれば、武器の性質が特定できない以上、まともなダメージは避けたかった。その思考を叶えたのが、左腕を突き出すことで存在を確立した防御の意志だ。
しかし、その意志をも砕く更なる一撃は来た。
接触しただけでは考えられない力が、ハリセンと楯の間に形を成した。
それは爆発だった。おそらく、ハリセンに成型炸薬弾でも付着させていたのだろう。
一瞬にして、ハリセンと楯は空中で四散する。凄まじい圧力を持った風が、二つの機体の距離を空けていく。
押される力に敵わず、〈デザートカロル〉は地面へと降下していく。エクサは必死に機体を制御しようとするも、言うことを訊かない。
背中で地面を穿って跳ね上がり、何かの施設を潰してから停止した。
衝撃の感覚の残滓を振り払い、即座に機体を浮き上がらせる。
それからサブモニターで異常を確認。各部の動作も確認する。
正常だ。ここまで疲弊しながらも正常なことに違和感はある。だが敢えて無視し、上空を見る。
そこに〈カレント〉の姿はない。あの重い一撃を放った直後だと、そんなに離れてはいないはず。
急いで辺りを探索する。 少し離れた上空。高層ビルの隙間。下方に移り、背の低い工場周辺。
見つけた。
青い色の機影は、工場の屋根に脚を衝くようにして動きを止めていた。
距離は百メートル前後。最高速度のATならば二秒程度で到達できる。
間には何もない。唯一の障害物だった建物は、〈デザートカロル〉が破壊してしまった。
こちらの視線に気付いたのか、〈カレント〉は、今こそ、とでも言いたげに右腕で虚空を薙いだ。
同時に武装が展開。今度は両背部に付けていた箱型の装備を肩の上に。
外部センサーは、スピーカーからの音声を鮮明に拾い上げた。
『ド派手に行くでぇ! ――飛魚っ!』
箱型の武装が白煙を噴き上げ、その砲門から二発の大型ミサイルが飛び出した。
飛翔を始めた大型ミサイルは直ぐさま下方へと落ちる。地面に接触するかしないかの限界地点まで来ると、再び水平に飛んだ。
エクサは、その滑るような独特の軌道に驚きながらも、トリガーを引き絞る。 弾丸は向かっていくも、当たらない。ミサイルの速度が速い所為である。
それでも狙い撃つ。何とか一発を迎撃するも、
……マグレだ。
残る大型ミサイルとの彼我差は、約十メートル。もうハンドガンで狙う余裕すら残っていない。
エクサは回避行動に移った。ブーストを吹かせ、斜め後ろの上空に後退する。 地を這うのならば、空に逃げればいいだけのこと。エクサの思考は瞬時に対応を決めさせた。
直後、その思考は稚拙なものだと知る。
〈デザートカロル〉が飛んだタイミングを見計らったように大型ミサイルが動作した。加速し、地面から離れ、こちらの正面まで一気に跳ね上がったのだ。
まるでその姿、水面を突き破る飛魚の如し。
大型ミサイルがメインモニターを半面を喰らった。もはやゼロ距離だ。
「ダメだ……!」
回避は不可能。そう答えを出したと同時に直撃した。
黒煙が空に広がっていくまでの様子を、蘭は注視していた。すでに口元は綻び、勝利を確信した証拠となっている。
……完璧にキマッたで。 手応えがあった。ミサイル自体の火力で出る煙の量を超えているし、何より相手側に動きがない。無事ならば、次を優位にすべく機動を開始するべきだ。もう、そのタイミングすら逸脱した。
煙が晴れる。薄い埃の膜の影がある。
思った通り、〈デザートカロル〉はその場で停止していた。大破はしていないものの、
「左腕を楯の代わりにしたんやな? ……ほんまに――」
〈カレント〉は背中から炎を吹き出し、前方――〈デザートカロル〉に向かって突撃した。
「あんさん……しぶといでぇ!」
直近でティブローンを放つも、これは避けられた。 斜め上空。相手がブーストを用いての跳躍だけの場合、単調な追撃でも合格点だ。
行った。
邪魔をするハンドガンの弾丸を、待ち構えていたナイフをも防ぐ。弾き返してから敵機の上方まで上がり、顔面に膝と拳のコンボを見舞う。
吹き飛ばされ、急に高度を下げた〈デザートカロル〉が地面に脚部を衝いた所を、楯で薙ぎ払う。
しかし、これも紙一重で躱された。回避の動きは、頭を低くしてこちらの脇を抜けるもの。〈カレント〉から見て左手に抜けた為、カウンターの斬撃がしにくい位置だ。
蘭は〈デザートカロル〉が抜けた側に回転。左に回れば、ティブローンが振り向き様に出せるからである。しかも左腕の肘から下を失っている〈デザートカロル〉では、防御は難しい。一瞬の内にそこまで計算した。
放つ。
胴体を寸断する軌道を持った一撃は、果たして楯に遮られる。〈デザートカロル〉は身を斬撃の方向に傾けた体勢だ。
蘭には、これも予測済みだった。
バランスを悪くした敵機の腹部を、左足で蹴り飛ばす。強制的に一歩分の距離が空く。
体勢の整わない今の〈デザートカロル〉ならば、防御も攻撃に遅れを取るのは必至。更にその右手からECブレードが離れてしまっているのも確認できた。おそらく武器のロックを忘れていたのだろう。
いくら高速の白兵戦といえど、この状況に及んで主武器を手放してしまうとは、間抜けとしか言いようがない。
〈カレント〉はティブローンによる腹部への突きを行うべく、楯を真正面に構えた。突きに備え、肘部を背部の後ろまで振りかぶる。
そこでふと、蘭は〈デザートカロル〉の異変を知った。右手に注意を払っていたから気付けた。微細な違いに。
それは、
……楯。短くなってへんか?
確かに、ほんの僅かだが短くなっている。
試合中には展開されている前部。隠しグレネードがある部分の長さだけ無くなっている。
その時、メインモニターの上部が、視界に微かな変化を教えた。降り注ぐ陽光が、歪んだのだ。
「まさか……」
これまでの流れが蘭の脳裏を過ぎった。
自分は有利となった戦場で追撃を行った。エクサは激しい白兵戦の上で、主武器を落とすミスを犯した。従って勝利を確信し、止めを刺す体勢に入った。
だが、落とす場面を目撃しただろうか?
あの時、左手の脇を抜けて行った〈デザートカロル〉は回避行動の最中だった。いや、こちらからは『そうとしか』思えなかった。 本当に落としたのか? 今に至ると、断言はできない。回避した〈デザートカロル〉の上半身は見えなかった。
もしも『落とした』のではなく、『捨てた』のだとしたら?
見えなかった一瞬の時間に、何かしらの細工が可能になる。
なんで楯は短くなっているのか? なぜ、こんなにも頭上が気になるのか?
光の歪みなど、動き回るモニターなら当たり前のことなのに――
蘭は思考するの止め、直感に賭けた。〈カレント〉の左腕を頭上に掲げ、楯で身体を覆う体勢とする。
直後、零距離での爆発と共に楯が砕けた。
次回、決着!アララギ・蘭との一戦は、ここまでを頭脳戦と銘打って置きましょう(^_^;)