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【第7話 勝者と敗者の同調・その6】

そこは、いくつもの大音量が重なり響く場所だった。室内のスピーカー。ゲームの筐体。人々の感情が詰まった声。

どれも激しく、耳朶に触れて心地よいものとは言い難い。しかし熱情があるのだけは感じられる。

そんな中でエクサは、やはり驚いていた。

ゲームセンター自体は初めてではないが、集まった器材や人を見て圧倒された。埋め尽くすように並ぶ筐体は、最新の機種ばかり。どれも〈AMF〉にある、オペレート・ボックスに似た形をしている。

内部で人が操作し、その状況は虚空をスクリーンとして投影される。

内容はアクションやシューティングなど様々。〈AMF〉のシミュレーション機能まである。

無論、ESLなどの装置は無しでだ。

殆どがマルチプレーも楽しめ、それが多くの人の関心を呼んでいる。


「うわー、早くも賑やかだねー」


入り口の付近に居た一団から、イリアが先だった一歩を踏んだ。

左見右見しながら、奥へと進んでいく。


「くぅー! やっぱゲーセンに来ると、血が騒ぐってもんやで」


蘭はすでに戦闘体勢へと移行している。

その背中を見ていたエクサの視線を、腕が遮った。アインスの腕だ。

興奮から身震いしていた彼女の肩に触れる。


「ふふふ、燃えているね。私もこの熱き会場で君との決着を付けようと思うぞ」


すると蘭は困ったような笑みとなり、


「いやー、もうええって。あんさん……思わせ振りに登場しといて、弱いやないの」


アインスは、むう、と唸り、一瞬だけ肩を落とした。だが次には胸を張り、口端を吊り上げ不適な笑みとなる。


「あの時の私とは違うさ。あれから家庭用ゲーム機を購入し、秘密の特訓をしていたのだ」


その体は、自信に溢れるオーラが滲み出ていた。

ただならぬ様子に、蘭は半歩を引き辟易する。

そして顎の辺りを手の甲で撫でた。おそらく、理由なきプレッシャーを受けた時に出る、汗を拭う演出だろう。

某野球漫画などで凄い球を見せ付けられた瞬間に、何故か息が切れているのと同じ原理だ。


「なんや、この威圧感は……。ふふ……おもろいやないか。ウチを倒せるものなら、倒してみぃや!」


両者は睨み合ったまま、奥の筐体の影へと姿を消した。

エクサは横にいるブラスを見る。視線が合うと、ブラスは無言で肩を竦めた。

続いて反対側。腕を組み、入り口の硝子に背を預けているシュナの姿がある。

さっきまで周りに二人の男がいたが、シュナの物凄い形相をするや否や、這々の体となった。

呆然と注視していると、

……あ、やばい。睨まれた。

飛び火を恐れ、顔を背ける。

背けた、その先。ブラスを通り越した先にあるカウンター。

そこにギフトが立っていた。脇には従業員と思しき人もいる。

何やら自分やこちらを指差ながら説明している。歯を剥いて笑みを作ると、そっと耳打ち。

その内、従業員の面持ちが明るくなり、肩を組んで意気投合する様子となった。ギフトは従業員からカードを何枚か受け取った。

満面の笑みで戻ってきたギフトは、


「おーい、みんな! このカードやるよ。なーに、俺の奢りだから気にするなって!」


とタダで貰っていたカードを配っていく。


「あれ? 蘭とアインスはどこいった? それにイリアも……」


首を緩やかに振って界隈を探してから、まあいいか、と言い、カードを余分に渡す。

一枚はエクサに。残り二枚をブラスに、だ。

ブラスは手に取ったカードを眺め、苦笑した。


「あの二人に渡すのか……。巻き込まれないようにしないとね」


「ははは……さすらいの占い師ギフト・シュライク! オチが見えたなぁ! 頑張れよ、ブラス……」


「なんだその発言!? イヤなこと言うなよ。……あと同情するような顔で、肩に手を置くな!」


そこで二人の遣り取りを見ていたエクサが遠慮がちに片手を挙げた。


「あの、良ければ俺が配りますけど……」


二人は口を閉じ、一度、目線を合わせてから、


「いや、いいんだよ。エクサ君はイリアにカードを渡してやってくれ」


軽く手を振る動作でも否定の意志を告げる。

次にギフトが笑いながらブラスを指差し、


「ブラスは何だかんだ言っても大好物なんだよ。……自爆系が」


「違うと否定したい気持ちは大いにあるけど……。ここは譲って……絶対に違うっ!」


ギフトは、うんうんと頷く。


「ってな訳だから、気にするな」


「え? でも違うって……」


「解らねえかなぁ。……自らオイシイとは言えないから、本心とは逆に否定してる訳よ」


「自爆系、大好きー!」


いきなりブラスが叫んだ。その言葉を聞き、ギフトは笑みを濃くする。


「ほらな。好きだってよ。だから気にするなって」


「結局、どっちでも同じかー!」


新しい自爆系キャラが誕生したところで。

いまいち納得がいかず首を傾げていたエクサが、理解の動きを見せた。ほんの少しだけ頭を下げてから、二枚のカードを握り直す。


「解りました。イリアを探して来ます」


踵を返す間際、エクサは二つの表情を確認した。

一つは、ブラスがこちらを感懐するように見送っているもの。

もう一つは、ギフトの気疲れしたというようなものだった。



エクサが去ると、ギフトは溜息を吐いた。

……こういうことに気を遣うと、疲れるなー。まったく。

落ち着きなく、不自然な動きをする。

頭を掻いたり、地面を見据えたら、首を小刻みに振ったり、足をその場で二、三度、踏み直したり、だ。

柄ではないことをしたことでの、気恥ずかしさからだろう。

一頻りの動作の後、平常心を取り戻す。それから横のブラスに目をやり、


「お疲れさん。……色々と微妙にぶっ飛んだ発言もあったけどな」


「君がこうまで気の回る男だとは知らなかったよ」


「今更、気付くな。俺はスナイパーだぜ? 人の心を読むのが得意なんだよ」


親指を立て、それを胸部の中央に当てながら言う。

でも、とブラスは前置きしてから、言葉を返した。


「上手くいのかな? あの二人」


「さあな。そこまで責任は取れねえよ。エクサの気持ちはどうか解らねえ……」


だけれども、


「今を楽しみたいって思ってるイリアの気持ちは尊重してやりてえよな」


言い切ると、顎に手を当て無駄に格好良さげなポーズを取る。


「どうよ? しぶい?」


「……ああ。しぶいよ、おっさん」


率直な感想が飛んだ瞬間、ギフトは抗議の声を返した。


「おいおい、こんな美男子を捉まえて……。しかも老け顔のお前に言われたくないぜ」


「あ……、人が気にしてることを……。くそぉ〜、クリティカルヒットだ!」


「さすがは自爆系だな」


「そのキャラ決め、本気だったのか!? でも、そういうのも悪くないか。うーん……」


両手で頭を抱えて真剣に悩むブラスを無視した。

……さて、と。俺も遊ぶか。

ジャンルは違うが、ここも遊戯場には変わりはない。遊びを生業とする男の瞳は、モニターのフラッシュよりも輝いていた。



シュナは一つのゲームに夢中になっていた。

内容は至って簡単。高速で移動する電子光を、ボタンを押して指定の場所に止めればいいだけ。

なのだが、シュナは苦戦を強いられている。

画面を注視して、思うことはこうだ。

速い。速すぎる。

数個ある長方形の枠を、超高速で反復する光。それは人間の反射神経で、捉えられるかどうかのスピードだ。

レベルは四段階に分かれている。現在、挑戦しているのは最高レベルの『み、見えるかな? 見えちゃってるかな?』である。

このレベルになると、指定の場所である赤い長方形で止めるのは至難の業だ。

だが遣り遂げなくてはならない。

その理由は、

……ここで退いては、シュナ・アスリードの名が廃る。

もっと明確な理由は、ゲーム機の頭上。景品の欄にある物体にあった。

それは、ぬいぐるみ。デフォルメによって、やけに巨大な目を持ち、やたらとボロボロな服を来ている犬の縫い包みだ。色は毛並みが白と黒。服が赤。それが、なぜか蓙の上に正座している。

あれが最近、シファリュードで流行している『ゴザ犬』だ。

シュナはゴザ犬を凝視して、一刻の間を保ってから思う。

なんとも、愛くるしい! あんな愛くるしい物は、未だかつて見たことがない!つまりは景品が欲しくて奮闘していたのだ。

目標を達成するため、一時の辛い別れを惜しみながら、視線を正面へ。

真剣な眼差しで光を追い掛け、終に見切る。


「はぁ!」


気合いの声と共に、指でボタンを押した。

それが機械の伝達系統の回路に伝わり、電子光の動きが止まった。

中央の赤で。

喜びが喉から這いずり出ようとした。そのとき――

半ば業務的に光が一つ横に移動した。残念の音楽が流れる。

地面に手を衝き、がっくりと項垂れるシュナ。もはや抗議の言葉もない。

落ち込んでいると、再びゲームがスタートした。

顔を上げると、誰かが代わりに始めていた。レベルは先程と同じだ。

ボタンに伸びた指が、慎重に押し込まれる。

そして――

なんと祝福の音楽が流れた。景品が機械の下から飛び出す。

いとも簡単に当てた手が、ゴザ犬を掴む。

シュナの目は、引き寄せる手を自然と追った。

……私ですら無理だったのに。……何者だ!?

立ち上がり、謎の手の正体を見る。


「な……っ!?」


シュナは絶句した。

そこには一人の男がいた。十五歳、前後の少年だ。不揃いな金髪。穏やかな目付きに茶色の瞳。端整な顔だが、どことなく田舎臭い。エクサ・ミューロウである。

エクサは困惑したような表情だった。ややあってから、手に持ったゴザ犬を差出し、


「はい。シュナにあげるよ。俺さ……、なんかこういうのだけはよく当たるんだ」


頬を指で掻き、そして微笑した。

シュナは無意識にゴザ犬を受け取ろうした自分に気付き、両手を抑止する。


「そんなもの、欲しいとは言ってない」


「え……? でも、同じ事を五回もやってたし……」


「お、同じ事を五回も見るな! ストーカーか、貴様はっ!」


「ご、ごめん」


辟易するエクサに、シュナは溜息を持って会話を分断する。

それを契機に深い沈黙が生まれた。

シュナは少傾すると、ちらっとゴザ犬を盗み見た。

ゴザ犬は身を竦めるエクサの両手に抱えられている。その様子は、こちらに助けを求めているように感じられた。勿論、シュナの妄想ではあるが。

しかし沈黙を破る要因としては十分で、


「エクサ・ミューロウ!」


「は、はい……!」


やはり欲しい事には変わりなく、


「貴様がどうしても処分に困ると言うのなら、貰ってやらなくもないが……?」


出来る限り素直に答えた結果、エクサの微苦笑を誘った。

じゃあ、とのエクサの言葉で差し出されたゴザ犬を受け取る。


「イリアにカードを渡すように頼まれてから、もう行くよ」


その声は、シュナには届かない。既に強大な満足感に浸っているからだ。

暫くしてから、シュナは我に返る。

すぐさま緩んでいた顔を無理に固めたが、それは徒労と知った。

エクサはその場に居なかった。思考が遅れてくると、彼が去る間際に挨拶をしていたのが、薄らと思い出される。

両手で大事に抱えていたゴザ犬を見て、

……ふん。余計なことを。シュナは〈アルメ〉を取出し、転送ゲートを開いた。こうすることによって、ゴザ犬を手早く自室に転送させられる。槍もこうやって転送したのだ。

後は目標に光を当て、データベースに記憶すれば、転送装置まではひとっ飛び。その筈だった。

だが、シュナは転送を断念する。

ゴザ犬に哀願されってしまったからだ。自分に連れていって欲しい、と。

これも確実にシュナの妄想ではあるが、気にしない。周りに知り合いが居ないのを確認すると、足早に建物の出入口へと向った。

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