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【第7話 勝者と敗者の同調・その5】

ゲームセンターまでの道程には、とてもマニアックな一画が存在する。

趣味の領域を凌駕してしまった者が訪れる場所だ。

第一話で打ち切りとなったとされた伝説のアニメの全話を収録した端末や、不良品として世間から消えた筈のゲームソフトなどが販売されている店もある。

蘭はそれを知っていた。例に上げた商品は過去に蘭が購入したものだ。

そしてこう思う。また珍しい商品が店頭に並んではいないのか、と。

そんな稀覯品の宝物庫を前にして、半ば発狂状態にあった。娯楽街には頻繁に足を運ぶ彼女だったが、店を見る目は『未開拓のダンジョン』を目の当りにした瞬間のそれである。

瞳が輝く。唾を呑む。身体の向きが店側へ。

あかん。ウチはここまでや。

そんな言葉が喉まで込み上げ、タップダンスをしている。

息が自然と荒くなってくる。理性という名の鎮静剤の効果は、もう余りない。

ビースト・モードへの移行。

その直前。不意に横から声が掛かった。


「あの……大丈夫ですか?」


エクサだ。こちらを覗き込む動作で、黄金色の髪を微かに揺らした。

その口調が遠慮がちなのを悟り、

……うわ、変な奴やと思われとるわ。絶対。

慌てて自己フォローから人格高評価への道を探る。だが、その行く手を阻むレア商品。

理性と欲望の最終戦争が始まった。

真人間を主張派と、変人でも大いに結構派だ。

勢力は互角。どちらも譲らない。時間がないと言うのに。

決着は付かない。

しかし返答への間が不自然に空いてしまうのを恐れた口が、フライングした。


「へ? イヤやわ、エクサはん。ウチはどこも悪いとこあらへんで? ……ちょいと悪魔相手に、魂を半額セールに出し取っただけやで」


「え? それってまずいんじゃないんですか!?」


蘭は、つい漏れた本音にハッとして、口を噤んだ。

今ので軍勢内部の政治事情が筒抜けとなってしまった。

焦る蘭。目が泳ぎまくる。その正面。エクサの表情に、どこか怪訝を示す色が表れ始めていた。

……緊急事態や。何か他の話題を……。

そう思い店頭の商品を見る。すると偶然にも、今の自分の窮地を救うものと出会った。

だから手に取り、迷わず声を上げた。


「おー! これはウチが昔、見とったアニメやないか。懐かしいわー」


動揺している時の声調だと、自分でも解る。しかし付き合いの短さが功を奏したか、エクサには感付かれていない。

その証拠にエクサの興味は、懐かしのアニメへと移った。


「どんなアニメだったんですか?」


よっしゃ、と心の中でガッツポーズを決めてから、


「簡単に言うたら、魔法使いの男――魔男ま・おとこが、浮気星人から地球を防衛するっちゅー話やな。社会風習を詠った、その年、最高の問題作やで」


「そ、そうなんですか」


困惑したような表情でいるエクサ。おそらく継ぎ足しで返す言葉を考えているのだろう。


「そのアニメなら俺も見てたぞ」


次の言葉。それは背後から。


「ほー、ギフトはんも見とったんか」


「あれほど衝撃的だった作品は今までに無かったからな。確か題名は『魔男の衝動編。これだから止められない』だったか? しかも次回予告で『スリリングな浮気、サイコーーー!』とか叫んで。子供ながらに矛盾の言葉の意味を知ったよ」


「せやな。ギフトはんの言う通り衝撃やったわ。見た瞬間、ウチの親はこぞって電話で苦情入れとったなぁ。そんで第二話が最終回で、予告の叫びでピー音連発しとったわ」


「ありゃ、笑ったな」


僅かな笑みを含んで言うギフト。誤魔化しの行動から思わぬ話題が生まれたことに、蘭は戸惑いながらも一笑する。

見ればエクサの顔からも怪訝な色が消えていた。代わりに微苦笑で話を聞いている。


「なにやってるのー? 早く行こ、行こ!」


そこで前を行くイリアが、後ろ歩きをしながら声を掛けてきた。


「よし、いくぞ。エクサ」


ギフトはエクサを引き連れ店を離れた。

蘭は内心で安堵し、ウチも早よせんとなー、と黙考すると、手に取った商品をレジまで持っていく。

唇の前で両手を組み、なるべく可愛らしい仕草で、


「おっちゃん。もーちょい、まけてーなー? ええやろ?」



広い空間がある。

付近は明るいが、奥や天井に近づくほど暗澹としている。

壁は紺色に統一され、地面には数台のコンピューター、壁ぎわにはAT用のパーツが入ったカーゴがある。そのコンピューターの傍。そこに一人の少年が立っていた。

切れの長い目に、チャコールグレーの髪。緑色のヘアバンドに、首からはゴーグルを突っ掛けている。

野鏨・ショウ・ディオースだ。

ショウは〈デザートカロル〉の戦闘データを纏める作業をしていた。こうしておけば弱点などを見つけることができる。

エクサの操縦に、更に磨きを掛けたい。その一心から、こうしたボランティアに踏んだのだった。

ああ、俺ってなんて良い奴なんだ。

軽く自己に陶酔する。

その時、格納庫の扉が勝手に開いたのを、耳が確認した。同時に音を追って見た上方に人影を捉える。


「無断で開くなんて、いい度胸してやがんぜ」


ショウは視線を鋭く、小走りで簡易エレベーターへ。通常、個別の格納庫に入るのには許可がいる。格納庫を所持者か、担当主任のメカニックのどちらかだ。

これは偵察や不正行為、ATのパーツやデータを狙った窃盗などを防ぐためである。

そして先程の人影は入室の条件を満たしていない。立派な不法侵入に値する。

だからショウは細長い通路を移動し、人影に呼び掛けた。鋭角な声で。


「おい! 何やってん……だ?」


言ってから気付く。人影が割りと大きいことに。

身長はそこそこなのだが、横幅はとにかく巨大だった。それも肥えている系統ではなく、がっちりとした体系だと解る。

更に二つの異変を見た。

一つは、暗闇で光る、赤い点が一つあること。

もう一つは、身体が皮膚組織で構成されていないこと。

そう。相手は人間ではなかった。

全身グレーな、ずんぐり人型ボディー。背中に触角のような二本の棒がある。

そのロボットはビクッと身体を震わせた。何とも繊細な動作だ。

すると『それ』は一瞬でショウの腰を掴み、身を寄せ縋り着いた。


「た、助けてください! 追われているのです!」


感情の入った声ではないものの、どこか畏怖してそうに聞える。


「追われてるって……、誰に?」


そこまで言うと、通信が入った。『それ』が侵入したドアの横側にあるモニターからである。

現在は映像処理を行なっていないため、音声のみだ。


『セルヴォラン。居るのは解ってるぞ。早く出てきなさい』


呼ばれた『それ』――セルヴォランとの名称を持つロボットは、頭部を強く振った。拒否の意だろう。

ショウは、その尋常でない様子が気に掛かり、


「なんで追われてんだ?」


つい会話にしてしまった。セルの頭部センサーが、より強く光った。待ってました、と言わんばかりに。

ショウは危険を感じると同時に後悔した。


「あの人たちはワタシを検査解体するつもりなのです。……ワタシはどこも悪くないのにですよっ! もう純情なくらい、正常セイジョウ!」


相づちを打ちながら、引き渡そうかと思考していると、再び音声通信が入った。


『セルヴォラン……。私たちは君を心配しているんだよ? 本当に、君に異常はないのか? そう考えると夜も眠れない』


「いい奴らじゃねーか」


ショウは頻りに感慨深く頷きながら言う。

ところがセルは先程よりも首を強く振り、


「だ、騙されてはいけません。彼らはアイネ様の息が掛かった人達なのです。無防備に出ていったらAI用のショックガンで気絶させられ、理不尽な……」


言うに耐えきれなくなったのか、言葉を間断したまま地面に泣き崩れた。

しかしそんなセルは無視して、モニターからの言葉は紡がれる。


『頼むよ、セルヴォラン。私たちを信じてくれ。……では、こうしよう。元気な姿を見せてくれたら、検査は無しだ』


半ば、置いてきぼり状態で事態が解決の方向へ。

セルも乗り気でないながらも、少しずつドアに向かっている。

……感動モノなのか?

などと思い、後は当事者同士に任意することにした。踵を返した直後、ドアの向こうから、また声がした。今度はひそひそ声なのだが、集音機はちゃんと拾っていた。


『……おい。ショックガン部隊は左右に展開。必ず生け捕りに……って、馬鹿者! 通信を切らんか! ……セルヴォラン。私たちは君が心配なのだよ』


「うわああああ! 科学者の仮面を取って、正体を現しましたよー! しかも、また付け直しー!」


通信機から舌打ちの音がし、ドアを蹴る音が連続で響いた。


『おい、セル! 開けろよ、ゴルァ! こちとら、お前を適当に解体して早くアイネさんとのツーショット撮影にしゃれ込みたいんじゃ、ボケェ!』


「買収も完璧です。もうダメかもしれません……。絶命、ゼツメイ……」


あああ、と唸って地面に倒れ、懊悩するセル。

その姿を見たショウは、機械なのに、感情が豊かだなー、などと呑気にそんなことを思う。

ややあってから、セルが急に立ち上がった。なにやら勇壮感に溢れた態度で。

センサー部をこちらに向けると、音が漏れてきた。


「確かショウさんでしたね? 貴方の声を使わせて頂きます」


名前を知っている。これには、ショウは驚かなかった。

何故なら、情報を通じて聞いたことがあったからだ。〈AMF〉に属する高性能ロボットの中には、莫大なデータベースがあることを。それも常時、最新の情報が更新されている。更に自らの意志を持ち、ATをも動かせる。

史上初、機械であるがプロランカー。その名はセルヴォラン、と。

そんな凄い奴が目の前にいるが、今一、感動する気になれない。状況が状況なだけに。

だか、それでも事態は進行するもので。


「先程から騒々しいですね。セルヴォランって人なら、ココにはいませんよ?」


見事にショウの声色だ。

驚嘆から、口調の違いを注意することも忘れてしまう。

ドアを蹴る音が止んだ。どうやら相手も理解したらしい。自分たちが勘違いをしていた、と。

沈黙。

緊張――という感はセルだけから伝わってくる。

ややあって、その空気を破ったのは研究員だった。


『早口言葉シリーズ!』


クイズ番組よろしくな口調で、


『隣の客は――』


「――よく塀を乗り越え国外逃亡っ!」


即答したセルに、槍声が飛んだ。


『やっぱりセルじゃねぇか! ……おい。電子ロックは、まだ解けないのか!?』


「ああっ、しまった! しかも最初から疑われてた」


『当たり前だ。人間様をナメるなよ!?』


「ナメてはいません! ただ、頭脳や身体能力がワタシたちより劣るのにどうして威張るんだこの低俗な生物めっ。……と少し思っただけですー!」


「ショックガン、集中放火用ォー意!」


ひぃ、と短い悲鳴を上げたセルは、扉から離れ簡易エレベーターを下る。

同時に電子ロックが解除され、研究員たちが傾れ込む。

一人が下方を指差すと、全員で射撃態勢を敢行。

しかし、セルは〈デザートカロル〉の影に消えていった。あの先には、エクサの部屋に続く直通エレベーターがある。


「回り込め!」


研究員の内の一人が叫ぶと、全員で格納庫から飛び出していった。

騒音の余韻が、静寂に吸収される。

ショウは完全に置いてきぼりとなり、唖然としていた。

数瞬した後、セルの情報を思い出す。それから、ある答えが導きだされる。


「俺の情報に、何か間違いがあったのか……?」


この日、初めて自分の能力に疑いを持った。

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