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【第7話 勝者と敗者の同調・その4】

何とか槍の餌食にならずに済んだエクサは、胸を撫で下ろした。

彼にとって、この街――シファリュードに移住してから、最大級のピンチであっただろう。

あの後、男を警察に引き渡し、詐欺騒動は事無きを得た。

警察は何度も謝礼を述べていた。少し異常な程に。

気になって聞いてみれば、こうした詐欺の件数は枚挙に遑がないらしい。

従って警察側も他の事件の対処に追われながら、更に悪戦苦闘を強いられていたという。

しかし、あのように稚拙な詐欺に引っ掛かる、シファリュード市民の愚鈍さも考えものである。

それは、さておき。

エクサたちは娯楽街の雰囲気が漂う往来へと戻ってきていた。


「うむ。街の治安を正すのは、実にやりがいのある仕事であるな。諸君もご苦労」


アインスは満足そうに頷きを繰り返す。


「うわ……、なんか一人で締めに入ってるッスねー」


気抜けた口調でイリア。それから横にいる仏頂面な人物に声を掛ける。


「シュナも駆け付けてくれて、ありがとう」


シュナは表情を少し柔和にしてから、


「別に、私にとって薙刀の威力を試せれば、事件はどうでも良かったのだけれど……」


そこまで言い、エクサを一瞥する。どこか薄ら寒い、冷たさを含んだ眼差しで。


「……そう。あの痴漢が起した事件以外は、な」


痛烈な嫌味に、エクサは身を強ばらせた。あはは、と乾いた声を出し、苦笑して視線を背ける。

ビジター風の空気が流れ始めた所で、イリアが動く。強引な高笑いと同時に。


「もぅー、シュナも終わった事を言うのは止め。……それに本当は皆と遊びたいんだよね?」


「なっ、ななな……何でそうなるのよ!?」


明らかに動揺している。

付け込むようにして、イリアが意地の悪い笑みを浮かべて言った。


「またまたぁ! 槍まで先に転送しちゃって。遊ぶ気、満々って感じッスよねー」


「ち、違うわよ! 私はただ、この面子だとまた事件を起しそうだから、監視をと思って……」


「ふーん。監視ね〜。監視ぃー、かーんしー♪」


変なリズムに乗せて揶揄する。

その様子を見て、エクサは二つ目の安堵を得た。

その理由は簡単。二人の間には何のわだかまりも残っていなかったからだ。

互いに、この前の口論は胸の内に仕舞ったようである。いや、寧ろそういった関係なのかもしれない。

同僚。友達。仲間。あるいはその全て。

言葉にしなくとも、既に意識で自然と感じているのだ。意見をぶつけ合ったり、喧嘩したり、でも最後には仲良くなってたり。

なんか、いいな。そういうのって……。

エクサは微笑した。いつもよりも深く、楽しげに。実際、楽しい気分へと感情が移行していた。

だが、数秒後に微笑は固まる。熱が冷めたばかりの鉄のように。

前方。シュナがこちらを見ている。キッと、鋭い目付きでだ。

背中から冷や汗が出ているのが解る。

シュナは闊歩しエクサに近付くと、無造作に両手で胸倉を掴んだ。


「どうした? 何か可笑しなことでもあったのか? エクサ・ミューロウ。あったなら、言ってみろ。さあ、言ってみろ。さあっ!」


僅かに頬を朱に、少量の怒りと気恥ずかしさの融合した曖昧な表情で詰問する。例えるなら『にへら笑い』のぎこちないバージョンだ。

ここは首を左右に振るのみ。全力で振るのみ。

もしも縦に振ってみろ。口から理由を出すより先に、血が一番乗りだろう。

シュナはエクサの身体を激しく揺さぶり、頭をシェイクする。


「本当だな? 本当に本当だろうな? うそ偽りは無いないんだな?」


凄まじい振動。

耳鳴りが脳に響き、周囲の景色が霞む。

これはATに搭乗しているのと同等の激しさ。切迫感。

まずい。〈デザートカロル〉の体勢を立て直さなくては。

スピリットアブソーバー作動。ブーストのパワー操作を、オートからマニュアルへ。微細なエネルギー排出により、機体の安定化を測り、同時にショック耐性を維持。

コンマ一秒の遅れが命取り。素早く正確に。機械の如く流麗に。

そして――


「止めなよ、シュナ!」


イリアが制止するため、間に割り込んで来た。

振動が収まる。エクサは眉間を詰め、声を高らかに叫んだ。


「俺の敵は、どこだっ!」


何となく『人型兵器に搭載してあるシステムに幻覚を見せられたパイロット』の体だが、そこは気にしない。


「ほらー、エクサ君がおかしくなっちゃったよ」


「不気味にニタニタと笑っているのが悪い」


身体ごと外方を向くシュナ。イリアは眉尻を下げ、こちらの顔を覗き込む。

エクサが手を前に出し、正常だと告げた。

そこで今まで沈黙を保っていた、老け顔の男が口を開く。


「よし。ここらで立ち話も打ち切って、次の行動を考えよう。……ははは、今の決まったよ。年長者として決まったよな? 勤続八年で最も決まった瞬間だよ!」


自己満足に耽るブラスを、全員で無視した。

しかも提案した意見だけは有効に使用させてもらう、との意志も一致のようで、


「どうしよーか? 何なら、もう一件イリアちゃん御用達のお店に」


「――結構だ」


アインスが一蹴。

その対応に不満ありのイリアは頬を膨らませる。


「今度はまともッスよ。直径、二メートルの輪を投げてARに通せば、そのままARが貰えるの。凄いッスよね?」


エクサは苦笑する。また捕まえないといけないのか、と思いながら、痛みが復帰してきた腰を擦った。

それから、行き先の決定のみを引き伸ばした雑談が続く。

数分して、早くも解散のムードが漂い始めた。

その折も折。

道行く人波の一部から声が掛かった。


「よっ。どうしたんだ? お揃いで、こんな所にいるなんて」


藍青色の髪に黄色の瞳。遊び人の風体をした男。ギフト・シュライクである。


「ほんまに珍しい面子やなぁ。特に後ろの、お二人さん」


その隣。浅葱色の長髪にハリセン型の髪留めした少女、アララギ・蘭が続けて言う。


「ふっ、たまには良いだろう? 熱血少女よ」


「まあ、そうだね」


アインスとブラスは銘々に言葉を返す。


「そんで、お前らこの後どこ行くんだ?」


「んー、それが決まってないんだよね」


ギフトの問いに、イリアが即答する。

ギフトは、なんだそりゃ早いな、と一笑してから、


「なら俺たちと来るか? 今から新装開店したゲームセンターに行くけど」


「お、いいッスねぇ。――エクサ君も行くよね? 行くよね?」


「あ、うん……」


「そんじゃ、決まりだな」


弾んだ口調のギフト。踵を返し人混みの中を歩いていく。

エクサは浅く溜息を吐いた。

つい肯定してしまったが、本音を言うと腰の不調から休養したいところだった。しかしイリアのテンションに押されると、どうも断れない。

その観点でいえば、

……苦手なタイプかな?

黙考していると、不意に真横から風が流れる。

気になり、そちらに目をやると、思い切りシュナと視線が重なり合った。

シュナは無表情でその視線を切り離すと、前へ。やがて背中を見せる。

……苦手なタイプだな。

心中で断言すると、エクサも一団の後に続いた。



数百メートル進んでも単調な景色の止む気配は無い。高層ビルが壁のように聳えるだけだ。

内装こそ違うのだが、逐一、確認していたら日が暮れてしまう。

遊び人を自称するギフト。しかしその実、娯楽街には滅多に来ることがない。

その理由は此処の趣向と関係している。

店舗を占めるのは主に個人が趣味として求めるものばかり。

漫画。ゲーム。蘭の大好きなCMDコンパクト・メタル・ドール。マニアックな商品から少し外れても、アウトドア用品やスポーツ関連の道具。果ては、珍獣屋まである。

ギフトが『遊び』と定義するためのキーワードは其処にない。

それは酒と女。

気分よく酔って、女に持て囃されて、仮想空間で夜空でも眺めながら四方山話でもする。目が覚めたら温かなベッドか、冷たい道路か。昨夜まで確かに存在した女の残り香。それを求めるのを理由してまで、また夜の街に消える。

それがギフトの『遊び』だ。侮蔑する訳ではないが、蘭などが行いそうな『遊び』は幼稚に思える。嫌でも、そう感じる時がある。

まあ、それも人それぞれではあるが……。

閑話休題。

では、ギフトが何故ここに足を運んだのか。

理由は二つ。

まずはグルマン。奴は酔いが回り過ぎて、昼間から爆睡しやがったのだ。起そうと頭に冷水をぶっかければ、逆ギレして殴り掛かってくる始末。当然ながら店を追い出された。

グルマンは次の店に千鳥足で向っていった。普段なら付き合うのだが、そこで第二の理由。

思いの外、体調が芳しくなかった。二日酔い程度なら酒を流し込めば治る筈だったが、どうにも拒否反応が大きく出た。さすがに大事をとって、今回は流儀を捨てたのだった。

それでも遊びを敢行するのは、プロ根性である。彼の辞書に『休養』という熟語は存在しないのだ。

そんな年中無休の遊び人に、隣を歩いていた仮面男が話し掛ける。


「これは前から考えていたのだが……。体調管理を怠るのは、プロランカーとして致命的だとは思わないかね?」


「……実は全てを理解した上でのことだな?」


「当然。百パーセント不純物なしのイヤミだ」


ギフトは反論を考える。しかし良案がない。否定ができないことが最大の弱みだ。

今や酒に罪を被せ始めた自分に対し、嫌悪感を抱く。頭を抱えて懊悩。葛藤が喉まで押し寄せ、言葉となって空気中に無算な音の微粒子が飛んだ。


「ダメだ。酒は……悪くねぇ。悪くないのに、悪役に……。だぁーーー! なんだ、もうっ! 全てのアルコール飲料さん、ごめんなさいっ!」


「…………。君は相変わらず、変人だな」


「仮面野郎に言われたくねえよ!」


「喝ーーーっ! 仮面に触れるな! 〈AMF〉のトップシークレットであるのと同時に、基本規約であるぞ!?」


「はっきりと矛盾だな。とりあえず、そんな情報は俺の〈アルメ〉の中には無かったぞ」


そこまで言い切ると、ギフトは溜息を吐いた。

我ながら、なんて馬鹿な会話だ。

自嘲気味な笑みを一つで、周りを見る。個性派ぞろいのメンバーたちを、だ。

イリアは笑顔でエクサと話し、そのエクサは表情を豊かにして聞いている。

笑い。驚き。その他、諸々。

イリアは精神科医とか向いてるんじゃないか、と思いつつ次へ。

やはりというか、蘭はCMDショップを高速で覗き見ている。

新しいショップを見つけては、興奮。過ぎ去る時に落胆。

興奮。落胆。興奮。落胆。早変わりな表情が面白い。左斜めにはブラスと、その奥にはシュナが見える。二人とも、黙然と歩く動作だけを繰り返していた。

それでは団体での徒歩移動だけに、ほこしゅもない。風景的にも、ある種の刺激がないと。

ギフトは頭上に豆電球を点灯させた。口元をニヤつかせてブラスに近寄る。

自然な動きで肩を組むと、耳元で囁いた。


「今からゲーセンまでの旅路を楽しくしようぜ」


「どうやって?」


「なあに、お前がちょっとシュナに『結婚を前提にお付き合いしてください』って言うだけだ」


「殺す気か!?」


ブラスは満面の畏怖で叫んだ。

ギフトは、馬鹿野郎、との呟きを送ってから、シュナの居る方向を確認する。

ゆっくりと慎重に。

シュナはこちらを訝る視線を送っていた。だが、さほど興味が無いらしく、すぐに正面を向いた。

ギフトは額の汗を拭ってから、


「……なら駄洒落でいい。カマして来るんだ」


「意味の解らない接続詞から、急に妥当案を出すな。なんで俺がやらなきゃならない。ギフトがやればいいだろ」


ギフトは額に手を当て、首を横に振った。顔には落胆の色を浮かべて。


「解ってねえな。よく考えてみろ。それがシュナに出来れば、初の快挙だぜ? こんなおいしいチャンスを滅多にないぞ? 勤続八年で培ったのが、今のブラスなのか?」


諭すように、重い口調で言葉を紡いでいく。次に、だとしたら、と続けてから、真面目な面差しで瞳を重ねた。


「……がっかりだぜ」


「!?」


ブラスは雷にでも打たれたようにして身を強ばらせた。

数瞬してから、どこか悲壮な覚悟を決めた顔になる。僅かに震える唇で、


「そうだ……。これは俺に与えられたチャンスだ。……解ったよ、ギフト。ブラス・タウ! 出撃する!」


ブラスは歩幅を調整しながら、シュナとの距離を詰める。間合いを測り、一気に正面に出た。

ギフトとアインスが感嘆の声を出して、瞠目する。

ブラスの口が何かを告げた。

瞬間、シュナの右手が伸び、脇腹に突き刺さった。

ブラスは乾いた悲鳴を上げ昏倒。

思わず立ち止まるギフトとアインス。呼吸も忘れていることが、明確に理解できた。

イリアと蘭は気付いてない。エクサはこちらを気にするも、イリアゾーンの効果で強引に前進させられる。

極度の沈黙。

道行く人も息を殺す。

かつて、これほど娯楽街が静かになったことはないだろう。

そう。新たな伝説が生まれたのだ。勇者ブラスによって。もしかしたら、愚者かもしれないが。


「ははは、このオチは予測を越えてないな」


アインスが腕を組み、好き勝手ほざいてから高笑いする。

ギフトも遺体を見てから肩を竦めた。


「しかも、あんまり面白くなかったな」


直後。ブラスがガバッと身を跳ね起こして抗議の声を上げた。


「君たちっ! 目上に対する扱いが酷くないかっ!?」


的確な指摘。

ギフトは若干の反省の意を込め『目上』を見てから沈思黙考。

……目上には、虚空があるな。もしや、空気の扱い方が下手だったのかもな。

確かにシュナを相手に奇行をするなど、空気を読んでいない証拠だ。

隣のアインスも同じ考えに行き着いたらしい。何やら、頻りに唸っている。

そして同時に答えを返した。


『空気の読める大人になれよ、ブラス』


「お前らだよー!」


すでに周囲の人間は興醒め、雑踏と賑わいを取り戻しつつあった。

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