表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/37

【第6話 ワリー&ファイト・その4】

敗北を喫したギフトは重たい足取りで、控え室のドアを開く。用途が様々なため、ミーティングルームなどとも言われているが、呼び方は自由。

もとは試合中に他のプロランカーたちの集合部屋として設けられたのだが、個性派の連中が一同に会す場合などは一度たりともない。そんな個性派たち。今日も疎らに集まっている。

向って左側の席の手前には、関西人。一つ奥には、酔っ払い。もう一つ奥には、無口少女。

右には、前世の用途が不明なロボットが一人で座っている。


「なんや、ギフトはん。今日はキレが悪かったんちゃうか?」


手前――紫羽が居た席に腰掛け、ギフトは倦怠感に襲われた身体を大机に預けた。


「まあ、言い訳するわけじゃねえけどよー。頭はガンガンだし、吐き気はするし、少し目眩がしたり、判断力が鈍ったり……。ぶっちゃけ、負けても仕方ないっいうか……」


「うわー、むっちゃ言い訳しとるわ」


「でもよー。本来の俺ならもっとやれたし、相手がアインスでも、序盤から手痛いダメージは負わなかったぜ。ってか、普通ならAランクの奴らも蹴散らして、そのまま総合優勝ペースじゃん?」


尚もぶつぶつと言い訳するギフト。しかも誇張表現が入りまくり。

蘭は適当に流し、虚空で揺れる色に目を向ける。


『先程とは打って変わり、互いに距離を取っての銃撃戦!』


ギフトも、熱を帯びた声を出すモニターに目を向ける。

〈デザートカロル〉と〈ラファル〉。どちらも機体自体には目立った損傷は無いが、武装や弾薬を消耗しているのが見て取れる。

傍から見ると戦闘の内容にも影響が出ている。

行き交う弾丸を避けては射撃。その繰り返しだけ。

ギフトは体調不良を一時の間だけ無理に押し出し、冷静に戦況を眺める。

そして一つの答えを導きだした。

……次だ。次に互いが接近戦に移った時、勝敗が決まる。

それに、この二人は最初から射撃武器で勝敗を決めるつもりがない。

動きを見れば一目瞭然。本命は格闘戦だ。

あとは銃器を使って、どれだけ上手く間合いを詰め、自分のペースに引きずり込めるか。

そこでギフトは額を押さえる。痛みが、また波状攻撃を仕掛けてきたのだ。

完全に大机に突っ伏し始めたギフトに、新たな声が向けられた。


「これでおめぇは一敗組の仲間だぁな。今日も飲みに行くかぁ? 残念会で」


グルマンだ。

しかも、これは彼だから分かる。出来上がり十歩前ぐらいのテンションだ。


「お前だってバツ一じゃねえか」


「おいっ。それ少しニュアンス変えろ。俺ぁ未婚だ」


言ってから、酒をがぶ飲みする。髭面オヤジには似合い過ぎる。

ギフトは溜息を一つ。すると今度は反対側から、


「ギフトさんは、お二人の戦況をどう御覧になりますか?」


セルの声。目の赤いセンサーは喋る度にチカチカと点滅している。


「まあ、両者とも格闘戦まで縺れ込ませるな。最初から、それが狙いだろ」


「ギフトさんなら、どうしますか?」


「俺だったらライフルだけでちゃっちゃと勝利して、そのまま残りの試合も全勝だよ」


どうしても、その結論までワープするギフト。

それを聞いたセルの眼が強く光る。まるで、『何かの好機』を察したように。

そして次の瞬間には実行に移された。


「なんでやねん!」


渾身のツッコミに場の空気が固まった。

ギフトの表情は突然のことにセメント固め。グルマンも酒を飲む手がストップ。アイネがちらりと視線を送る。

何とも言えない静寂。

やがてギフトが秒針も同様の言葉を入れて動かす。


「は? 何が?」


「いえ、ですから……ボケられたのでツッコミを……」


セルは若干、自信の無さそうな声調になる。

ギフトはどこかへ飛んでいった会話にサミットをさせ、ゆっくりと吟味した。


「つまり、残りの試合を全勝するってのが、ボケだと?」


「はい。そうです」


「ははは……。いきなり最新のAIに喧嘩を売られた俺は、どうしたらいいんだ?」


苦笑するギフトは、慌てて返答をしようとしたセルに飛び掛かった。

両者は勢いで倒れこむ。ギフトは立ち上がり様にセルにスタンピングの嵐。


「このっ! てめぇ実は俺のこと相当、下に見てやがったな!」


「ああああっ! 違います! 違いますぅぅぅぅぅ!」


人間とロボットの笑劇に、グルマンは大笑。

蘭は頬杖を衝きながら、目線を落として惻隠の情を表わす。


「問題は使い所やな……」



メインモニターに黄金色の弾道。

紫羽は〈ラファル〉の身体を横に逸らして躱す。

同時にハンドガンの照準を絞っている〈デザートカロル〉を狙い散弾銃を放つ。命中せず。

斜め上からの弾丸は落下し、地面で激突し打撃音を響動もす。

紫羽は焦燥していた。

予想以上の戦闘時間と、エネルギーの消費量。

背部の筒には高出力レーザー、一発分のエネルギーしか残っていない。

しかも、この一発は使えない。もし使用すれば、推力やビームの刄も出せなくなる。

そうなれば不利は必至。

何とか接近して勝負を決めたい。

散弾銃を〈デザートカロル〉の方向に構える。

だが、その時。

紫羽はメインモニターから、エクサ機の消失を確認した。

だが一瞬で状況を看破し、〈ラファル〉の視線を身体ごと真下に。

そこには地面を滑空している〈デザートカロル〉。

死角を利用して一気に決着を付ける魂胆らしい。


「甘いぜ!」


散弾銃のトリガーを引く。これは速度重視。狙いは雑だ。雑でいい。

撃った瞬間に〈デザートカロル〉が空へと駆け上がる。

体勢を直してから、二射目。弾丸は空を裂いて敵機に突撃。

〈デザートカロル〉は身を僅かに反らすも、腰部のノズルに被弾。しかし構わずに突っ込んでくる。

〈デザートカロル〉がハンドガンを棄て、肩と腰からECブレードを展開。

そこに本命の三射目の照準を合わせる。

相手と充分に距離を引き付けた。決して接近を許した訳ではない。

作戦とはいえ不安は残るが、それを反古し集中。

トリガーに指を掛け引き絞る。

砲口が爆音を奏でようとした直後、銀色の線が散弾銃を貫いた。

ECブレードの投擲だ。

視線を、武器を無くした手から正面へ。威圧の意を籠めて睨みつける。

〈デザートカロル〉は右手のECブレードを振り上げている。

距離がゼロのカウントを告げようとした。

砌。紫羽は賭けに出る。

直感を信じ、ECブレードの切っ先が下がる寸前で、大きく左に回避。

相手のナイフが振り下ろされた。

斬撃のポーズで停止した〈デザートカロル〉を見つめ、紫羽は勝利を確信する。

「こいつで……、終わりだぁーーー!」


体勢を崩した敵機を狙い、左の長剣を突き出した。



迫りくる穂先を見据えたエクサに、思考の波が押し寄せる。

もう、降参するべき時宜を逸していたのか。駄目だな、俺って。

このまま串刺しにされたりしたら、ショウたちに何と言えばいい? いや、言葉など出るものか。

脳裏には、こちらを軽蔑する顔。その目付きだけでも酷薄で、身を裂かれる思いだ。

苦しい。考えるだけでも。辛いよ。そう思えてくる心が。

感情に渦巻く負の連鎖が、自身を縛り上げていく。

――やっぱり俺、才能が無いのかな……。

陰に傾き始めた心肝で、それに相対する微かな光が零れた。

触れると、弾けた光の固まりが界隈を埋め尽くし、暖かな感情が入り込んでくる。

そして思い出す。

〈デザートカロル〉を送り出してくれた時の、皆の笑顔を。

たったそれだけで、バカな自分に気付く。

試合中に誓ったこと。こんなのは皆の好意を邪推した、身勝手な妄言。しかも全力で答えてくれる相手をも冒涜した。

バカ野郎。大バカ野郎。

いつから期待を重荷とした? 〈AMF〉を楽しむことを忘れ欠けていた? 元の自分であることを否定した?

正しい答えなんて、すぐ傍にあったのに。見失うのは簡単だけど、探すのは難しかったんだ。

もう離さない。一瞬たりとも。

〈デザートカロル〉が破損したって、こう言うさ。

身代わりを引き受けてくれてありがとう、と。

ショウ達は怒ると思う。でも、その時は頭を下げる。何度でも。

そうさ。同じ身勝手なら、俺は。俺は……!


「うっ……あああああああああああっ!」


咆哮が虚空を薙いだ。

〈デザートカロル〉は左腕を縦に振り、盾の先端で自らの脚部を殴り付けた。

隠しグレネードが作動し、右脚の膝から下を吹き飛ばす。

視界が黒煙で溢れた。

量は僅かだが、この距離なら二秒ほど前方の視界が遮られる。

すでに〈ラファル〉の動きは停止している。

〈デザートカロル〉は背中から青い光を吐いて、黒煙を抜けた。

見下ろす大地は、緑と青。目立つ、異の色の人型。

……景色が、やけに新鮮に感じる。

左肩のブーメランを手に取り、下方に投げる。それは縦に湾曲の軌跡を描き、〈ラファル〉の左手首を切り落とす。

更に、ブーメランと同時で急降下の肉迫を行った機体の右手。白銀のナイフで、背部に付いた右の筒も切り落とす。

火花が飛んだ。パーツが離れる、その刹那に。

〈ラファル〉が身を反転。左の筒を腰だめに構え、回転と共に振り払う。

エクサは〈デザートカロル〉の頭を垂れて下方に逃れる。

これは容易く回避。武器が一つしか残っていないので、攻撃方法はある程度、予測できる。

そして、これで止め。

払い切った筒の中央に目がけ、右のアッパーで隠しグレネードを叩きつけた。

破砕。

パーツの破片が飛び散り、やがて大地に降り注ぐ。筒の先端部から光の残滓が粒になり、徐々に空色に変わっていく。

エクサから見た〈ラファル〉は、最初の威勢を無くし、弱々しい姿に変貌していた。

相手から見た〈デザートカロル〉も対して変わらないかもしれない。

だが、勝敗が互いの見方の上下を決定する。

一刻すぎて、やおら――

紫羽からギブアップと告げられた。

耳朶で受けると、エクサは勝利の味を覚えた。

〈デザートカロル〉も、その味のことを何度も激賞していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ