【第6話 ワリー&ファイト・その4】
敗北を喫したギフトは重たい足取りで、控え室のドアを開く。用途が様々なため、ミーティングルームなどとも言われているが、呼び方は自由。
もとは試合中に他のプロランカーたちの集合部屋として設けられたのだが、個性派の連中が一同に会す場合などは一度たりともない。そんな個性派たち。今日も疎らに集まっている。
向って左側の席の手前には、関西人。一つ奥には、酔っ払い。もう一つ奥には、無口少女。
右には、前世の用途が不明なロボットが一人で座っている。
「なんや、ギフトはん。今日はキレが悪かったんちゃうか?」
手前――紫羽が居た席に腰掛け、ギフトは倦怠感に襲われた身体を大机に預けた。
「まあ、言い訳するわけじゃねえけどよー。頭はガンガンだし、吐き気はするし、少し目眩がしたり、判断力が鈍ったり……。ぶっちゃけ、負けても仕方ないっいうか……」
「うわー、むっちゃ言い訳しとるわ」
「でもよー。本来の俺ならもっとやれたし、相手がアインスでも、序盤から手痛いダメージは負わなかったぜ。ってか、普通ならAランクの奴らも蹴散らして、そのまま総合優勝ペースじゃん?」
尚もぶつぶつと言い訳するギフト。しかも誇張表現が入りまくり。
蘭は適当に流し、虚空で揺れる色に目を向ける。
『先程とは打って変わり、互いに距離を取っての銃撃戦!』
ギフトも、熱を帯びた声を出すモニターに目を向ける。
〈デザートカロル〉と〈ラファル〉。どちらも機体自体には目立った損傷は無いが、武装や弾薬を消耗しているのが見て取れる。
傍から見ると戦闘の内容にも影響が出ている。
行き交う弾丸を避けては射撃。その繰り返しだけ。
ギフトは体調不良を一時の間だけ無理に押し出し、冷静に戦況を眺める。
そして一つの答えを導きだした。
……次だ。次に互いが接近戦に移った時、勝敗が決まる。
それに、この二人は最初から射撃武器で勝敗を決めるつもりがない。
動きを見れば一目瞭然。本命は格闘戦だ。
あとは銃器を使って、どれだけ上手く間合いを詰め、自分のペースに引きずり込めるか。
そこでギフトは額を押さえる。痛みが、また波状攻撃を仕掛けてきたのだ。
完全に大机に突っ伏し始めたギフトに、新たな声が向けられた。
「これでおめぇは一敗組の仲間だぁな。今日も飲みに行くかぁ? 残念会で」
グルマンだ。
しかも、これは彼だから分かる。出来上がり十歩前ぐらいのテンションだ。
「お前だってバツ一じゃねえか」
「おいっ。それ少しニュアンス変えろ。俺ぁ未婚だ」
言ってから、酒をがぶ飲みする。髭面オヤジには似合い過ぎる。
ギフトは溜息を一つ。すると今度は反対側から、
「ギフトさんは、お二人の戦況をどう御覧になりますか?」
セルの声。目の赤いセンサーは喋る度にチカチカと点滅している。
「まあ、両者とも格闘戦まで縺れ込ませるな。最初から、それが狙いだろ」
「ギフトさんなら、どうしますか?」
「俺だったらライフルだけでちゃっちゃと勝利して、そのまま残りの試合も全勝だよ」
どうしても、その結論までワープするギフト。
それを聞いたセルの眼が強く光る。まるで、『何かの好機』を察したように。
そして次の瞬間には実行に移された。
「なんでやねん!」
渾身のツッコミに場の空気が固まった。
ギフトの表情は突然のことにセメント固め。グルマンも酒を飲む手がストップ。アイネがちらりと視線を送る。
何とも言えない静寂。
やがてギフトが秒針も同様の言葉を入れて動かす。
「は? 何が?」
「いえ、ですから……ボケられたのでツッコミを……」
セルは若干、自信の無さそうな声調になる。
ギフトはどこかへ飛んでいった会話にサミットをさせ、ゆっくりと吟味した。
「つまり、残りの試合を全勝するってのが、ボケだと?」
「はい。そうです」
「ははは……。いきなり最新のAIに喧嘩を売られた俺は、どうしたらいいんだ?」
苦笑するギフトは、慌てて返答をしようとしたセルに飛び掛かった。
両者は勢いで倒れこむ。ギフトは立ち上がり様にセルにスタンピングの嵐。
「このっ! てめぇ実は俺のこと相当、下に見てやがったな!」
「ああああっ! 違います! 違いますぅぅぅぅぅ!」
人間とロボットの笑劇に、グルマンは大笑。
蘭は頬杖を衝きながら、目線を落として惻隠の情を表わす。
「問題は使い所やな……」
メインモニターに黄金色の弾道。
紫羽は〈ラファル〉の身体を横に逸らして躱す。
同時にハンドガンの照準を絞っている〈デザートカロル〉を狙い散弾銃を放つ。命中せず。
斜め上からの弾丸は落下し、地面で激突し打撃音を響動もす。
紫羽は焦燥していた。
予想以上の戦闘時間と、エネルギーの消費量。
背部の筒には高出力レーザー、一発分のエネルギーしか残っていない。
しかも、この一発は使えない。もし使用すれば、推力やビームの刄も出せなくなる。
そうなれば不利は必至。
何とか接近して勝負を決めたい。
散弾銃を〈デザートカロル〉の方向に構える。
だが、その時。
紫羽はメインモニターから、エクサ機の消失を確認した。
だが一瞬で状況を看破し、〈ラファル〉の視線を身体ごと真下に。
そこには地面を滑空している〈デザートカロル〉。
死角を利用して一気に決着を付ける魂胆らしい。
「甘いぜ!」
散弾銃のトリガーを引く。これは速度重視。狙いは雑だ。雑でいい。
撃った瞬間に〈デザートカロル〉が空へと駆け上がる。
体勢を直してから、二射目。弾丸は空を裂いて敵機に突撃。
〈デザートカロル〉は身を僅かに反らすも、腰部のノズルに被弾。しかし構わずに突っ込んでくる。
〈デザートカロル〉がハンドガンを棄て、肩と腰からECブレードを展開。
そこに本命の三射目の照準を合わせる。
相手と充分に距離を引き付けた。決して接近を許した訳ではない。
作戦とはいえ不安は残るが、それを反古し集中。
トリガーに指を掛け引き絞る。
砲口が爆音を奏でようとした直後、銀色の線が散弾銃を貫いた。
ECブレードの投擲だ。
視線を、武器を無くした手から正面へ。威圧の意を籠めて睨みつける。
〈デザートカロル〉は右手のECブレードを振り上げている。
距離がゼロのカウントを告げようとした。
砌。紫羽は賭けに出る。
直感を信じ、ECブレードの切っ先が下がる寸前で、大きく左に回避。
相手のナイフが振り下ろされた。
斬撃のポーズで停止した〈デザートカロル〉を見つめ、紫羽は勝利を確信する。
「こいつで……、終わりだぁーーー!」
体勢を崩した敵機を狙い、左の長剣を突き出した。
迫りくる穂先を見据えたエクサに、思考の波が押し寄せる。
もう、降参するべき時宜を逸していたのか。駄目だな、俺って。
このまま串刺しにされたりしたら、ショウたちに何と言えばいい? いや、言葉など出るものか。
脳裏には、こちらを軽蔑する顔。その目付きだけでも酷薄で、身を裂かれる思いだ。
苦しい。考えるだけでも。辛いよ。そう思えてくる心が。
感情に渦巻く負の連鎖が、自身を縛り上げていく。
――やっぱり俺、才能が無いのかな……。
陰に傾き始めた心肝で、それに相対する微かな光が零れた。
触れると、弾けた光の固まりが界隈を埋め尽くし、暖かな感情が入り込んでくる。
そして思い出す。
〈デザートカロル〉を送り出してくれた時の、皆の笑顔を。
たったそれだけで、バカな自分に気付く。
試合中に誓ったこと。こんなのは皆の好意を邪推した、身勝手な妄言。しかも全力で答えてくれる相手をも冒涜した。
バカ野郎。大バカ野郎。
いつから期待を重荷とした? 〈AMF〉を楽しむことを忘れ欠けていた? 元の自分であることを否定した?
正しい答えなんて、すぐ傍にあったのに。見失うのは簡単だけど、探すのは難しかったんだ。
もう離さない。一瞬たりとも。
〈デザートカロル〉が破損したって、こう言うさ。
身代わりを引き受けてくれてありがとう、と。
ショウ達は怒ると思う。でも、その時は頭を下げる。何度でも。
そうさ。同じ身勝手なら、俺は。俺は……!
「うっ……あああああああああああっ!」
咆哮が虚空を薙いだ。
〈デザートカロル〉は左腕を縦に振り、盾の先端で自らの脚部を殴り付けた。
隠しグレネードが作動し、右脚の膝から下を吹き飛ばす。
視界が黒煙で溢れた。
量は僅かだが、この距離なら二秒ほど前方の視界が遮られる。
すでに〈ラファル〉の動きは停止している。
〈デザートカロル〉は背中から青い光を吐いて、黒煙を抜けた。
見下ろす大地は、緑と青。目立つ、異の色の人型。
……景色が、やけに新鮮に感じる。
左肩のブーメランを手に取り、下方に投げる。それは縦に湾曲の軌跡を描き、〈ラファル〉の左手首を切り落とす。
更に、ブーメランと同時で急降下の肉迫を行った機体の右手。白銀のナイフで、背部に付いた右の筒も切り落とす。
火花が飛んだ。パーツが離れる、その刹那に。
〈ラファル〉が身を反転。左の筒を腰だめに構え、回転と共に振り払う。
エクサは〈デザートカロル〉の頭を垂れて下方に逃れる。
これは容易く回避。武器が一つしか残っていないので、攻撃方法はある程度、予測できる。
そして、これで止め。
払い切った筒の中央に目がけ、右のアッパーで隠しグレネードを叩きつけた。
破砕。
パーツの破片が飛び散り、やがて大地に降り注ぐ。筒の先端部から光の残滓が粒になり、徐々に空色に変わっていく。
エクサから見た〈ラファル〉は、最初の威勢を無くし、弱々しい姿に変貌していた。
相手から見た〈デザートカロル〉も対して変わらないかもしれない。
だが、勝敗が互いの見方の上下を決定する。
一刻すぎて、やおら――
紫羽からギブアップと告げられた。
耳朶で受けると、エクサは勝利の味を覚えた。
〈デザートカロル〉も、その味のことを何度も激賞していた。