【第6話 ワリー&ファイト・その3】
警戒は解かない。
ハンドガンを構えた状態で敵機を見据える。
典型的な人型。色は、赤、青、白の三色でバランス良く塗装され、今までの機体の中では派手な様相。
曲線と鋭角で繋がるフォルム。細部に渡ってデザインの細かさが窺える。その人を魅了する造りの中に、底知れぬ、隠れた強さを感知させる精悍さも持ち合わせている。
体格は〈デザートカロル〉と同じくらい。
目立つ特徴は、肩のパーツと背部の筒。
肩の装甲は包み込む型ではなく、弓状で縦に広がったもの。二本の筒は、羽を抽象的に模したような形となっている。
先程のビームの刄は、この筒から放たれたのだろう。右手に装備するは、散弾銃。銃身が短く、コンパクトな造りをしている。左手には何も持っていないが、側面に丸い板のような物体が付いている。
エクサは数秒間、その機体に目を奪われていた。
ハンドガンは構えたままだが、今なら相手の動きに対応できないだろう。
これはエクサの悪い癖。初めての機体を目にしたことで得た興奮を抑える精神は持ち合わせてはいないのだ。
子供が何かに気を取られ、警戒心を無くすのと同じ。純粋に少しずつ興を削ぐしか興奮を収める法がない。時間に換算すれば、ほんの数秒。だが時には、その数秒が致命的な欠点になる場合もある。
しかし敵機は散弾銃を構えてはいるが動かない。
こちらの出方を窺っているのか?
脳を戦闘モードに切り替えたエクサが、黙考する。
肌にも感じる。静まった空気の中に、この闘争心。発信源は紫羽の機体。
闘争心は燃える仕草をひた隠し、やはり空で息の整頓。言葉で表すと、『さっさと始めようぜ。待ちきれない』というのに近い。
果たして、どう出るのか?銃撃戦を行うにしては近距離。此処からなら、互いに接近戦のが早い。
ハンドガンを腰に戻す動作が遅くて一秒。そこからECブレードの取出しで一秒。計二秒、前後。
微妙だ。そんな多大な時間を有せるのなら、幾らでも対応できる。
相手の裏をかくのは……。例えば接近戦と見せ掛けて、近付いてから飛び退き榴弾砲かブーメランで仕留める。しかし相手に行動を読まれ、逆に高出力のレーザー砲で撃墜される恐れもある。
思考を重ねるエクサ。
普段は思い切りは良い方だが、今は状況が問題。
ショウやメカニックたちが懸命に直してくれた、この機体。リスクは最小限に留めたい。
これらの思考はジャンケンのように確率次第の戦法。敵が読み違いをするのを前提とした、運任せな部分もある。
吐息。
いや、待てよ。紫羽には攻撃的な一面があった。
それは酒場でのモップ攻撃。一見、関係ないようにも思えるが、何気ない生活からも相手の行動パターンは判断できる。
あの時、喧嘩の最中に彼はモップを武器にすることを思い付いた。しかもシュナが有利なることも考慮して。
機転が利き、優れたウィットを備える人格。ならば、この思考は全て無意味。
なぜなら彼がAT戦でも同様の技能を使えば、臨機応変に挑んでくるはず。どのような攻撃からでも、自分の優位を確立させ、戦闘を進めることができるのだ。どうする? 思考が無意味なら、こちらも直感で行くしか……。
そこで深呼吸――が、その行為が端緒となった。沈黙は消えた。銃撃音を生んだ。
僅かに拡散した粒の弾丸を左シールドで受け、反撃。お返しの弾丸は、空を切った。
メインモニターの右端には機影が穹窿を駆ける。二本の筒が青い炎を吐き出し、加速を手助けしていた。
こうなったら直感オンリー、出たとこ勝負。
紫羽機は左手を振った。すると丸い板が光を帯び、すぐさま独立したビームカッターとなる。
時間差で二発。曲線を描いて飛ぶ、光の輪。鋭い刃は、波に打たれて出来た岸壁のように不揃いだ。
エクサは右手の盾で接近してくるビームカッターを横薙ぎに払った。盾の表面に叩かれ、四散。
散った光の残滓の向こう。距離はあるが、紫羽機は正面。筒が肩の上に――
瞬間、筒の奥から重圧を感じた。砲腔が赤い光に溢れていく。
ブーストをフルパワーにして回避。擦れ違いに足下を包んだ赤い光は、遠くで獣声を上げた。
〈デザートカロル〉はハンドガンを乱射。無数の銃弾が不出来な壁となり迫る。だが紫羽機は動かない。いや、動きはあった。
肩の上の筒が滑り降り、身体の正面に。表面が開き、前方を緑の光で覆った。
波紋の如く揺れる光の水。それは機体に命中するはずの弾を全て遮った。
……あの筒。武器に推力、盾にもなるのか。
〈デザートカロル〉は左肩部のブーメランを展開。
横に大きく弧を描く軌道で投げる。同時に榴弾砲を発射。
一発目と同様、敵機のバリアに阻まれ黒煙だけが虚しく空を塗る。
しかし一発目と違い、ブーメランが黒煙に飛び込む。すると紫羽機は煙を掻き分け脱出。
エクサは口元を吊り上げ、笑みを作る。
なるほど。物理的な攻撃は防げないのか。
有効な策を見つけたエクサだが、代償もある。これで榴弾砲の弾数は、あと一発。威力重視な武器のため、どうしても弾数が犠牲になってしまうのだ。
円を描き戻ってきたブーメランを左肩部に戻す。それからブーストを吹かせ、突撃。
散弾銃での攻撃を避け、間合いを詰める。敵機は身体ごと背部の筒で前方を薙ぐ。
対するエクサは機体を反転。脚部が敵機の頭上で泳ぐ。
筒が振り切れると同時、〈デザートカロル〉は相手の頭部にオーバーへッドキックを見舞った。
地面に向かい降下していく敵機はお返しとばかりに射撃。
広範囲に割れた実弾。盾でガードするも、群から離れ過ぎた弾は機体を叩く。
ダメージはない。だが、この攻撃はエクサを動揺させた。
――機体に疵が……!
ふと脳裏に過るは、ショウ達の顔。初日から重労働を押しつけられても、疲労や倦怠を隠した表情で次の試合に送り出してくれた。
ここで深いダメージを負っては、あの人達に会わす顔がない。例え勝利したとしても。
(だから、これ以上は傷つけさせない!)
自ら心肝に銘じさせる。
しかし、その一瞬の隙が相手の体勢を直す時間を作った。
紫羽機は高速で空に昇り、〈デザートカロル〉の目の前に。背部の筒がビームの刄を展開し、振り子のように腰を通り斬撃。
エクサは〈デザートカロル〉の身体を前のめりにし、両方の腕を肘から突き出す。刄は盾に直撃し、金属の悲鳴が辺りに響動もした。後退。そして乱射。またもや弾丸での手応えは無し。機体を縦に回転させ、高く舞った敵機。降ってくると、筒を横に広げた。
肩から突き出す形で伸びる筒。先端には刄。
「くっ……!」
食い縛った歯から洩れる、苦しげな声。
身体に掛かる重力を無視し、全速力で後退。
紫羽機はその場で回転し、独楽のように虚空で暴けた。
首に擦るビームの刄。まだ攻撃は終わらない。
停止からの散弾銃を上方に躱し、矢継ぎ早に迫ってくるビームカッターを身体を左右に振って避ける。
ハンドガンを前方に構え、反撃に転ずる行動に出た。直後にそれを強制停止。
眼前には紫羽機が肉薄してきていた。肩からの体当たりで弾かれ、機体が斜めに降下。
脚部の底が地面を抉る。
それから数メートル後方に引き摺られた。
揺れる機内で、エクサの瞳はメインモニターだけを注視する。
右手のハンドガンを地面を落とし、肩からECブレードを展開。
鋭い剣戟音。
すでに密接している。紫羽機は左手に長剣を携え、目のセンサー部はこちらを睨む。
そこでお得意の筒が、肩の上から降下。これは両方のシールドに受け止める。
向けられた散弾銃には、左手のハンドガンで銃口同士の接吻。
均等な力が二つの機体を駆け巡り、重低音を唸らす。近くで木々が揺れ、葉が互いの身を擦り合う。
地面を伝う振動を密告するのは川。水面に横波が立ち、岸を打つ。溢れた水は渇いた雑草を癒す。
『やるな……。お前もだが、えー、その機体は何だっけ?』
紫羽は話し掛けるも、緊の状態の神経を片時も放さない口調。
だからエクサも答えに気合いを乗せた。
「〈デザートカロル〉だ!」
『憶えとくぜ。……こっちも礼儀で自己紹介してやらぁ。〈ラファル〉……空駆ける音速の疾風!』
蛮声を轟かせると、二本の筒が引き上げる。
刹那、エクサは〈ラファル〉の動きの数秒先を読んだ。
機体を飛び退さる。
同時に〈デザートカロル〉の居た場所を、ビームの刄が切り裂いた。
筒は上から下に。肩の上から脇の下の通路を歩んだのだ。
これまでの筒の動きから咄嗟の判断で回避行動に出たが、やはり正しかった。
この試合で、最も大きな隙が生じた。
さあ、反撃開始だ。
やられたっ!
その台詞だけが、紫羽の脳内を隅から隅まで駆け回る。
完全に攻撃を読んでの、思い切りの良い回避。
〈デザートカロル〉は――いや、エクサ・ミューロウは強敵だ。
〈デザートカロル〉が動きを見せた。左手のハンドガンをフルオートで速射。
「躱せるか!?」
筒の推進力も借りて後退。弾丸は左手のビームカッター発生装置を砕く。
これだけならば上出来。被害は最小限と言っても過言ではない。
紫羽は透かさず散弾銃で撃ち返す。〈デザートカロル〉の右手に命中。ECブレードを吹き飛ばす。
しかし相手は構わず地面に着地。そして榴弾砲が動作。
紫羽も反射的に筒を胴体の前に。バリアを作動。
だが、機体に初めて外部からのダメージで衝撃が走った。これは物理的な攻撃。紫羽は眼窩は物事の一部始終を捉えていた。だから唖然とする。
当たったのは、地面に落ちていたハンドガン。
なんと〈デザートカロル〉はハンドガンを弾丸の代わりに蹴り飛ばしたのだ。
そんなアホな。エクサという男。とんでもない奴だ。機体には更に横殴りの衝撃が伝わった。
あれだけで驚愕に値するが、エクサの奇抜すぎる攻撃が続いている。
今度は榴弾砲を背部が取り外し、棍棒代わりに打撃。ぶん殴りやがった。
こんな戦法は前代未聞。
なんて――
胸中に湧き出た思いの前に、口から言葉が飛び出していた。
「原始人か、お前はっ!」
脚部を地面に突き刺す勢いで固定。体勢を切り返し、ECブレードを振り払う。長剣の機鋒が榴弾砲を真っ二つにする。
互いに空へと飛び退き、射撃。
〈デザートカロル〉はハンドガンから弾倉を取り外した。紫羽も散弾銃の弾倉を抜き、右肩部に携帯していた予備と交換。
同時に構える。射撃はしない。動きが止まった。
――なんて、面白い奴だ。殴られた拍子に出た台詞。それは意外にも、自分が楽しんでる時に出る語調だった。
そうだと感じたのは、経過した時間の後。一瞬だけ、楽しさの余り己の精神を見失った。
こんなことは、初めてだ……。
次回で決着です。紫羽戦は白熱してますねぇ。白熱してますが、正直、読みにくくないか心配してたりします(;^_^Aそれと遅くなりましたが、読者数2000人を突破しました。嬉しい限りです。これからも鋭意努力していきますので、〈AMF〉を宜しくお願いしますm(__)m