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【第6話 ワリー&ファイト・その2】

直通エレベーターの扉を抜けると、真横には長大なATの収納スペース。彼の家。

〈デザートカロル〉は、ギフト戦の前と変わらない姿で待機している。ATの修理や整備が許される二日間で、ショウたちが寝る間も惜しんで作業してくれたお陰だ。

加えて、パーツの破損具合だけは幸運だったのも、その要因だ。

フィールドに落ちていた武器や腕などのパーツは回収し切断面を繋げば使用できるものが多かったのだ。そのため予備のパーツを取出し、運搬の時間も大幅カット。作業効率が修復具合に直結した。

しかしショウによると、見えない部分の修繕や微調整が完全ではないため、次の試合で全開とはいかないらしい。

それでも九割がたの出力は可能。

充分すぎる。

自分の失態をここまでカバーしてくれたメカニックたちに、感謝の言葉を口にするのも難しくなった。

寧ろ感謝の言葉はいらない。代わりに試合で示さなければならない。勝利は勿論のこと、どれだけダメージを負わないかも要求される。

エクサの握り拳が小刻みに震える。


「よっ! 朝早くから来るとは、良い心掛けだな」


耳への触りが良い、快絶な口調。野鏨・ショウ・ディオースである。

チャコールグレーの前髪を掻き上げ、


「どうした? 真剣な顔して。まさか、また緊張してるのか? 肩の力を抜いとけよ」


「別に緊張なんか……」


「嘘吐け。俺なんか一瞬、お前が余りにもガチガチ過ぎて小型のATに見えちまったよ。危うく、整備までしそうな衝動に駆られた」


戯けるショウに、エクサは柔和な微笑を返した。

ショウもニカッと笑う。

ポケットから板型の通信機器を取出し、電子ページを空中に開いた。


「次の相手は赤青紫羽だ。ギフトと同じBクラスで、主に下位だ。まあ、俺が勝手に立てた一年目のお前の目標がこのクラスだから、ライバルってことだな」


Bクラス下位が目標。

エクサはその意味を咀嚼すると、目線を落とすしかなかった。

不服そうなエクサに気付いたのか、ショウが言葉を続ける。


「焦るなって。お前には才能がある。だけど一年目から欲張って戦っても逆効果さ。勝負は深く経験を積んだ三年目だよ」


言葉の一つ一つに現実味がある。

ショウはエクサの顔に一瞥をくれ、脅すわけじゃないけどさ、と切り出してから更に継いだ。


「じゃないとお前、自滅するぜ」


重々しい声。

ショウの目付きも鋭く、威圧してくるようだ。何よりも『自滅』という単語に、胸を射ぬかれた。

勢いで戦って自分を見失い、次の試合まで考えがいかない。次の試合を棄権し、その次の試合で強者と対戦し、また大敗。悪循環を繰り返し、困惑して打ちのめされている内にワンステージが終了。早ければ、そこでクビを宣告されるケースもある。

それが〈AMF〉のルーキーが最も陥り易い罠。

エクサはそのことを知っている。だから思案を重ねるのだ。

戦いたい自分をコントロールするか、本能のままに戦うか。

ギフト戦では突っ走ったが、万が一、紫羽戦でも似たような展開ならどうする?今度はギブアップするのか。それとも……。

まだ、答えは出ていない。〈デザートカロル〉の顔を見る。素顔を隠すゴーグル状のセンサーは、あまり光が届かない頭上で沈黙を保つ。

寡黙な巨人からの答えはない。アドバイスがあるとするなら多分こうだ。

全身から唸りを上げる、戦いの咆号。

……気楽だよな。

そこでエクサは自嘲気味に笑った。自分の思考がおかしな方向に行ってると自覚したからだ。


「おーい、エクサ。調整を始めんぞー」


いつの間にかオペレート・ボックスの横に立っているショウ。

エクサはもう一度、強固な拳を作り、歩き始めると同時に解放した。



調整は一時間弱で終わった。初戦以外は整備規定があるため、後は待機状態。

メカニックたちは銘々の用事を済ませに出掛けた。

エクサは空いた時間を利用し、動向の気になっていたプロランカーの下を訪ねることにした。

一昨日。ニュースにも取り上げられた、ブラス・タウのAT大破の件。

機体は報道通りの結果だが、その本人もショックを受けていることだろう。

同じ一年目の選手として、ここは鼓吹しに出向かなくては。

格納庫の簡易エレベーターに乗り、上空の通路へ。

降りて左に進む。右側は〈AMF〉の会場に通じる道。

通路から格納庫を見下ろすと、その地では凡そしか計れない景色の浩々さもよく分かる。

ふと横に目をやる。

そこには威厳に満ちた、彫像のような〈デザートカロル〉の横顔。

遥か足元を見ると、予備のパーツが詰まったコンテナ。左の片隅に、オペレート・ボックス。

後は足場。AT同士で鬼ごっこができる程の空間。

通路を進み、〈デザートカロル〉の背後。首の辺りを通過する。

すると見えてくるのは、簡易なスライド式のドア。

エクサはその横に付いているパネルに注視した。パネルの下には窪み。


「えーと、これだよな?」


自分の記憶に訊ね、答えを手繰り寄せる。

ズボンからライセンスカードを取出し、窪みに横滑りにして通す。

横のボタンを押し、空中にモニターとキーボードを出現させる。メニューからブラスの格納庫への直接通信回線を検索し、選択。

数瞬して、モニターの映像が切り替わった。

映し出されたのは、作業員と思われる男性。


『何か用か?』


「えー、エクサ・ミューロウです。ブラスさんと会いたんですけど、転送してもらえますか?」


男は目を開いて驚きの顔に浮かべると、次に感嘆するような声を上げた。


『君がエクサ君か。丁度よかった。ぜひ来てくれ。歓迎するよ』


エクサは軽く首を縦に振り、ドアの中に入った。

すぐに視覚が白色に濁り、微少の暗転の後、景色が安定。

そこは先程と変わらない格納庫。

ドアを出ると、通路の先から一人の男性が駆け足でやってくる。

通信を受けた人だ。


「初めまして。どうぞ、こちらに」


言うなり、来た道を戻る。エクサも、その背中に続く。通路を進み、簡易エレベーターに。

内装はエクサの格納庫とほぼ同じ。細かい備品の散乱具合の外には、違いはない。

下に着くと、無残な〈フラウジル〉の姿があった。

右手と両足のパーツを失った状態で筐体内に収められている。浮いているのは重力制御付きの拘束をしているからだ。

足りないパーツの他にも、胴体が破損、頭部は右目のセンサー部が剥き出しになっていた。

一瞬だけ戦慄を覚えるエクサ。だが、すぐに訪ねにきた用件を思い出す。


「それでブラスさんはどこに……」


「あっちの隅だ」


男が指差した先。確かにブラスが居た。

壁と向き合い、体育座りで身を縮めユサユサと身体を振り、何かブツブツと囁いている。

重度の精神病患者の風付だ。


「そろそろ生ごみと一緒にエネルギーにしちまう予定なんだが……」


エクサは苦笑。

隅っこに居る、完成間近の廃人の肩に軽く触れ、


「大丈夫ですか? その……、元気を出して下さい」


呼び掛けに、いつにも増して老け顔のブラスがエクサを見る。


「まだ、幾らでも挽回できますし……これからですよ」


「そうだね。あの日、俺たちは日が暮れるまで遊んだよ。秘密基地とか、冒険とか……。ロマンだったよ」


エクサは〈フラウジル〉の惨状を目にした時より、戦慄を覚えた。間違いなく、ブラスのが重症だ。

次元がぶっ飛んでしまったブラスに、術も術なさ。


「……ずっと、この通りなんだよ」


出迎えの男が言った。ブラスの背中を眺め、溜息。


「さっきなんて、下駄箱にラブレターの存在を発見しただの、どーのこーの呟いてたよ。まったく、時代劇ならテレビで見ろっての」


「…………」


すでに困却の境地なエクサに言葉はない。だが、それではダメだ。何とかしなくては。

また壁の方向を視界に映した、呟きブラス。

エクサは彼の背中が、『ある物』の反対側を向いているのに気付いた。

あ、と声を漏らして振り向く。

そこには修理途中の〈フラウジル〉。

エクサは確信した。


「もしかしたら、大破した〈フラウジル〉の姿を見たくなくて、こうなってるのかもしれません。修理が終えた〈フラウジル〉を見せてあげれば元に戻ると思います」


根拠はないが、ここはプロの勘。

男はエクサに瞠目し、ほう、と嗟嘆の一歩手前のような声を出す。


「なるほど。さすがはプロ! 生ごみを生かすには、それごと料理するしかないよなー、うん」


やはり一歩前から、それを行動に移した。それにしても、酷い言われようだ。


「それじゃあ方法も分かったことだし、俺たちは料理に取り掛かるとするよ。ありがとう」


「いえ、実際はそこまでお役に立てなくて……すみません」


「いや、こっちこそ。後でブラスには謝礼をさせに行かせるよ」


言い切ると同時に〈フラウジル〉へと歩を進める。そこでは、すでに数人が作業中。

損傷率が七割を越えたのが理由で棄権した場合には、特別に許可されているのだ。

エクサは〈アルメ〉でメールの有無を確認。試合結果後の定時連絡はまだない。代わりに私用のアドレスには一件。イリアからだ。

内容は、〈シファリュード〉の郊外から車で移動中に撮った風景の動画だ。

褐色の山が遥か向うの地面に生え連なっている。次に映像が移動し、イリアの顔が映った。眩しい笑顔だ。


『綺麗だよね〜? なんか、あたしとセットだと癒し系のオーラ発生装置ッスよね?』


自称、癒しオーラを受けたエクサは、その場に座り込んだ。

さて。どう返信するか。

〈フラウジル〉の修理作業を眺めながら、自分の苦手な作業を進めていく。

横ではブラスの呟きが物語化を始め出した。

竜が火を吹きATがそれに立ち向かう。そんな内容だ。


     ◆


入り口の造りだけは豪勢な控え室。質素な内装に慣れた視覚は文句たらたら。

紫羽は入り口から最寄りの席に座り、左側の手前に居る酔っ払いに話し掛けた。


「よお、グルマン。今日は飲み屋には行かないのか?」


奥には、周囲の変化に無反応の少女が定位置に座っている。紫羽はグルマンの返事を待たずに、一言。


「アイネも、お早ようさん」


「…………」


アイネは目線だけを紫羽に送り、一ミリ程度、頭を下げた。

相変わらずだな、と所思していると、


「俺だって、しょっちゅう飲みに行ってる訳じゃぁねえさ」


こちらも相変わらずの口調。


「酒は親友だが、女房じゃない。いつも一緒じゃない時もあらぁな」


「じゃあ、そのテーブルの上にあるアルコール飲料は何だ?」


「こいつぁー、俺の女房だ」


あっという間に前言撤回のグルマン。

紫羽は幾分か冷たい目付きで、そうか、と言って流した。

その後、沈黙。

絡んだのはいいが、会話が続かない。ここで第三者も参加するなら話は弾むかもしれないが、アイネでは望み薄。

寧ろ参加したら、それこそ逆に会話が途絶える原因となる。物珍しさから、言葉が喉の奥底に轟沈だ。

そこで突然、蘭の姿が脳裏を過った。

蘭なら今の場面、髪留めのハリセンでグルマンにツッコミを入れていただろう。だが、今はいない。

紫羽は軽い不足を覚えた。場は沈黙を保ったままで、寂然と語る。

しかし、その空気を断ったのは意外な人物だった。


「試合、始まる」


望み薄な少女――アイネである。

機械的に動いていた手と眼球を休め、モニターに傾注。

グルマンは『第二の女房』と浮気中。紫羽が見た限りでは、これで二本目。


「おい。それは何人目だ?」


「さぁてな。俺はモテるからなぁ。強いて言うなら、星の数だ」


「金の切れ目が、縁の切れ目だぞ?」


「大丈夫だ。贅沢な女には手を出さねえ主義だ」


そんな庶民派のグルマンは、飲みかけの缶をテーブルに置く。


「おい、ギフト! なぁに、やってんだ!? いつものへたくそな射撃はどうした?」


応援とも罵声とも取れる言葉を、大声で浴びせる。

そんなグルマンを見るたびに、紫羽は心の中で忠告するのだ。

程々にしろよ。この不良が。



「あー、眠っ。明らかに寝不足やわー」


選手控え室に続く廊下。

重たい目蓋を擦りながら歩く、浅葱色の長髪の少女、アララギ・蘭。

その隣ではセルヴォランが快調な足取りを見せる。

地面に響く機械の重低音。セルは目のセンサーを蘭に向ける。


「昨夜は遅かったのですか?」


「ちょいとCMDの完成に手間取って……。あと新旧の〈デザートカロル〉を見比べとったら、もう朝やったわ」


「試合の予定が無いのでしたら、そのまま睡眠を取られたら宜しかったのでは? バクスイ、バクスイ♪」


繰り返す語尾だけ、なぜか陽気に『超』が付いたテンション。

しかし、これはいつもの調子。既に慣れた蘭は、気にする事無く答える。


「それもそーなんやけどなぁ……、今日はどっちも見逃すと惜しい試合やから、終わるまで我慢しとかなあかんのや」


蘭は覇気に欠いた笑みを作る。

壁際では、薄い緑の光の中心にATのホログラムが映っていた。これもレークスの細かい配慮。

AT好きな蘭にとっては、評価するべき所だ。


「そうでした。前から蘭さんにお伺いしたいことがありまして……」


「ん? なんや?」


「『なんでやねん』の使いどころについてです」


思わず鳩が豆鉄砲、子供がビターチョコを食ったような表情になる。

セルもその感情の表れを受け取ったのか、少し重量の増した口調で、


「実は人間とのコミュニケーションを取り方について勉強中なのです。感情などは、それとなく判断できるのですが……。とにかく色々な方法を学びたいのです」


切実っぽく言うセル。

蘭は、こりゃまた人間っぽいわー、と思いながらも黙考。

こういう場合、人なら大まかな説明で納得できるが、機械はどうだろう?

唇に当てていた指を離す。


「ボケって知っとるか?」


「はい。主に人を罵る言葉に該当します。あとは漫才などで間の抜けた発言で笑わせる役の者と記憶しています」


「せや。その後者の方。ボケに対してのツッコミとして使うんや」


「なるほど。勉強になりました。これは安全ですね」

「安全?」


最後の単語に蘭が反応する。するとセルが脚を止め、静かに遠くを見入る様子となった。

蘭が『?』と訴える視線を送ると、セルが話を切り出した。


「以前、イリアさんに女性ついての礼儀を学びました」


その時点で頭が嫌な予感で一杯になったが、一応、黙視。


「それをアイネさんに実行したところ、ワタシの会話機能が疑われてしまいまして……。レークスさんに整備届けまで提出され、危うく検査解体に……」


壮絶なエピソードを語られ、蘭は唖然とした。慰めようとも思考したが、上手い言葉が思い浮かばない。

セルは面を下げ、嘆息――のような唸り声。


「そ、それは大変やったなぁ……」


それしか言えない。

機械に取って、人間とのコミュニケーションがどれほど危険なのかを思い知らされた。というが、実際こんな災難に遭うのはセルぐらいのものだが。

しかし今の蘭には、そこまで考えが及ばない。

その場に固まっていると、セルが遠かった視線を手元に戻した。


「蘭さん。もう試合が始まっています。急がなければ……」


蘭は遠出の切符を購入し旅に出始めいた意識を引き戻す。


「あかん! 早よせんと」


言下、目的地を見て倉皇に走りだす。重低音も復活し、後に続いた。


     ◆


碧霄を弾丸が駆け抜ける。軌道は天井へと続き、バリアと衝突し四散する。


「外したか」


ギフトは周囲を警戒。

メインモニターには背の低い民家の連なり。

右には民家の頭上に覗かせる起伏の低い山。左側には影が過る。

〈トゥフェキア〉はブーストを吹かせ、斜め後ろに後退。

直後、敵ATの拳が民家の横腹を貫いた。破砕音。

ギフトは狙いを定め、トリガーを引き絞る。

砲声。

しかしどうしたことか、弾丸は、拳が刺した民家に。


「くそっ。よく狙え、俺!」


自らに叱咤激励。だがこの行動は無意味だった。

狙いが曖昧な理由、そしてそうする理由も、既に分かり切っている。

ギフトは額を押さえ、軽く首を横へ振った。頭が針に刺されたような痛みを伝える。

更には眩暈。嘔吐感。体調は最悪。

敵ATが地面を離れたと同時に、射撃。

遅すぎる。

当然のことながら弾は地面に命中し、コンクリートを撓ます。

……頭がガンガンしやがる。まるで脳から何かが出たがってるみてえだ。それが痛みなら大手を振って見送ってやるけど、残念だがこいつはヒッキーだ。

ランシェを部屋に送るまでは体調が戻ってたのにな……。

そこでギフトはまた集中力が散ったことに気付く。

モニター正面には風景のみ。


「やばっ」


つい口から出た言葉は、すぐに押し戻された。

右側からの攻撃。致命傷にならなかったが、体勢が悪い。

迫るAT。

ペダルを踏み込み、またもや全力で後退。

敵との距離が開いたところで体勢を直し、正面で向かい合う。

しかし、その時――

〈トゥフェキア〉が何かと衝突し、動きを止めた。

伝う衝撃が頭に響く。周りにも轟音を響動もした、その背中。

街並で一際、背の高い三角形のタワーの鉄骨を歪ませている。

地形確認には戦いの基本。ギフトはそれを怠っていた。否、怠ったのではなく、忘れていたのだ。

普段なら絶対にありえないミス。

ギフトは己で招いた体調不良を怨んだ。

他への回避は間に合わない。即断すると、ライフルの砲身を詰め寄っているであろうATの方向へ。

それでも遅かった。敵ATは目と鼻の先。射線軸上にも、当てることができない。

敵ATは青いレーザーを帯びた拳を、突き出す。

一気にモニターが青い光に埋まる。


「しまっ――」



エクサは自分の格納庫の簡易エレベーターを下り、オペレート・ボックスまで走る。

先程、メールでギフトの敗北を報されたのだ。

既にショウやメカニック達は集まり、会話に華を咲かせていた。

その間を突っ切り、操縦席に飛び乗る。ライセンスカードを差し込みと、


「いいか、エクサ? 試合が終わるまで余計なことは考えるな。集中しろ」


ショウが屋根に手を乗せ、内部を覗き込みながら言った。口調と内容から、まだ心配してくれているのが判る。

エクサは気力に満ちた瞳でショウと視線を絡ませ、力強く頷いた。


「よし! 暴れてこい!」


エクサはそれを耳朶に受け取ると、天井を閉めた。

闇が広がり、ATが寝起きの欠伸をする。欠伸はすぐに勇ましい駆動音となり、雰囲気を盛り立てた。

ヘッドギアの装着から、ESLの起動。正しい手順を踏み終わってから、深呼吸。

幽暗に舞う、全身の鼓動。跳ね返り身を震わす。

三回目の出撃でも、エクサは思う。

やはり楽しい。この高揚させる緊張感が堪らなく心地良い。それなのに、どこか物足り無さも感じる。

その答えは今、エクサの口から。


「勝ってみたいな……」


弱い呟きはコックピットに吸収される。

そこから数分間は無言。

精神を研ぎ澄まし、来たる戦いに備える。

僅かな光の動き。開始は、もうすぐだ。

腹部辺りに刺激がある。

緊張と興奮の成分が混ざったクセになりそうな感覚。レバーを握り、視線は正面。

光が闇を支配した。

同時。〈デザートカロル〉は光を裂いて、外に飛び出した。

まずモニターに入ったのは、自然の地形。

前のフィールドとは違い、森林や山、小川などがパズルのピースのような形で確認できる。

高いビルがないので隠れる場所に困るが、そんなことは無視できる。

綺麗な風景だ。

吸い込まれんばかりの勢いで〈デザートカロル〉を地面に着地。モニター越しに自然を満喫。

エクサが楽しんでいるのは戦闘だけではない。

ATから見るもの。聴くもの。感じるもの。全てのものを純粋に楽しむ。

この爽快感がいい。

目の前には丘陵があり、その脇から小川が列を成す。森林は背が高く、〈デザートカロル〉の腰辺りまである。疎らに立てられたログ・ハウスが目立つ。

何とも風情がある。

高層ビルでの戦いも悪くはないが、此処のが魅力を感じる。

数秒の間、ほのぼのと満喫すると、〈デザートカロル〉は視線を上に。

そして飛び上がる。

自然観賞が目的ではない。あくまでも戦いに来た。それを忘れてはいけない。

敵ATの姿を探す。

山の頂き隠れる向こう側にも警戒を払いつつ、九時方向から時計周りに三時方向まで。来るとすれば、この半球の範囲のどこかからだ。背後からはないだろう。それは相手が反対側から出撃するからだ。こちらから出向かない限り、可能性は薄い。

予想通り、敵機の姿。

しかし予想していたものの、エクサは驚愕。

理由はそのATのスピード。

疾い。背中に青白い光を背負い、突っ込んでくる。

両手でハンドガンを抜いて構える。

相手は虚空を蹴って高く跳ね上がり、一気に照準から姿を消す。

モニターには接近する脚部。そして肩幅ほど空けた二つのノズルから飛び出たビームの刄。


『先手必勝っ!』


エクサはシールド展開し、腕をクロスさせて身体を覆った。

直後にビームの刄が盾に激突。勢いに押され、〈デザートカロル〉は吹っ飛ばされる。

小川に墜落し、水飛沫が上がった。光りに反射した粒が、機体を輝かす。

すぐさま地面を蹴って跳ぶ。

次には高出力のビームが突き刺さり、小川の一部を消し飛ばす。灰色の穴ができ、清水が表面を滑る。

空中に身を投げた〈デザートカロル〉は横臥したままの体勢から、右背部の榴弾砲を肩の上に。

射撃後で動きの止まるATを狙い、発射。

砲弾は一直線に機体に突撃。着弾と爆発。黒煙が背景をも隠す。

エクサは反動で背後に引っ張られた〈デザートカロル〉の体勢を戻す。モニターの風景も通常。


「やったのか?」


黒煙が晴れると、前の言葉を飲んだ。

敵ATは無傷。前方を緑の光が覆い、ただ悠然と誇らしげな姿を強調する。

ノズルと思われたものは肩から繋がっていて、様相は羽のよう。長い円形のパーツが先に行くほど細い。

敵機はそれを肩の後ろに持っていく。

両者の動きが停止。空気の振動を沈める。

ビームが作った穴の底。僅かに溜まっていた水も、息を潜めた。

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