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【第6話 ワリー&ファイト】

四日後。

本番を間近に控えたスタジオ内は騒然としている。

数人の男がセットを頻りに動かして位置を決め、カメラマンが画面の調整に入る。

界隈の慌しさの中心には、一人の女性。

片方だけの横ポニーテイルな黒髪。結わいた先からは、渦巻くように銀色が黒と混ざっている。顔はそこそこだが、髪型の所為か多少、童顔に見える。好みによっては美人に類別も可。


「本番まで、あと五分です」


女はその言葉を聞くと、カメラの正面へと移動した。手元の電子版に目を通す。高速で行を滑り、最下層まで辿り着く。

それから電子版を最大まで展開。女の胴体と同じ大きさまで広がった。

その電子版をカメラの視線から逃れる位置の空中に駐在させる。

男の一人が、一分前と宣告してから秒読みに突入した。

スタジオは先程までの様子を完全に隠し、異様に閑散とする。

女は背後を景色を埋める超巨大モニターに向き直り、男の秒読みを注視するのに専念した。

五秒前のカウントは指。

数え終わると、手を広げ女に合図した。

同時にモニターが六つの画面に分かれ、ATの戦闘シーンが映し出される。〈デザートカロル〉や〈トゥフェキア〉、〈アルケイン〉など。


「皆さん、こんにちはぁ〜! こちら〈AMF〉支局、ブロードキャスターのリノンでーす! 」


女――リノンが明るさ大爆発の第一声。

この者たちは、〈AMF〉のニュースだけを取り扱う専用の番組スタッフチームなのだ。


「それでは〈AMF〉の第一戦目の様子を、まとめてピックアップ!」


分かれていたモニターが一つの映像に変化する。エクサとギフトの試合だ。

〈デザートカロル〉が敵の砲撃を避ける。次には画面が飛んで両手でハンドガンを連射しているシーン。


「誰が呼んだか、とんでもルーキー! 疾風となって攻撃を避け、息も吐かせぬ連続コォォォォンボ!」


リノンは実況さながらの激しく熱い語調で、仕事をこなしていく。

ここで場面は切り替わり、今度は〈デザートカロル〉が不利に。


「しかしさすがはギフト・シュライク。ルーキーの猛攻を鎮圧して、カァァァァウンター!」


実況のが向いているではないだろうか?

〈トゥフェキア〉が最後の射撃を行い、〈デザートカロル〉が沈黙する。


「ここでエクサ選手は惜しくも敗退。ギフト選手の出だしは好調。今年こそ念願のAクラス入りを果せるのでしょうか?」


またもや画面が切り替わり、リノンは忙しなく口を動かしていく。


「同日の二試合目。シュナ・アスリードとグルマン・リカーの試合は、グルマン選手の降参といった、あまり盛り上がらないものとなりました。結果はともあれ、シュナ選手は二連覇に向けて、今年も幸先の良いスタートを切りましたー。二日目の第一試合はアイネ・ミリアルデとアインス・ライデンシャフト。序盤はアインス選手の猛攻。しかしアイネ選手の巧みな戦術により、惜しくも敗北。初戦からAクラス同士の激突に、専門家の方々も目を見張る一戦でした。同日の第二試合。赤青紫羽とランシェ・レケンス。これはランシェ選手の独壇場。紫羽選手は呆気なくギブアップしました。今年の優勝候補に挙げられた、戦女神ランシェ選手。彼女の活躍から目が離せません!」


ここで熱くなり過ぎた自分を冷ます深呼吸。一拍置いてから、


「続きましては三日目の第一試合。ブラス・タウとセルヴォラン。今年から急遽〈AMF〉に参戦が決定したブラス選手。新機体のお披露目の場が、彼にとって惨状に。セルヴォラン選手に手も足も出ず、機体も大破。次の試合に出場するのは困難でしょう。同日の第二試合。イリアとアララギ・蘭。相変わらず派手なパフォーマンスを見せた蘭選手。イリア選手に快勝。戦うアイドル、イリア選手にも頑張って欲しいところです」


再び画面が六つに分かれ、リノンが満足感に溢れた微笑。


「以上。〈AMF〉最新ニュースはここまで。それでは皆さん、シー・ユー・アゲイン!」


彼女を知らない者は、そんなノリでいいのか、と感じるかもしれない。

だが、このテンションと独特の口調こそが、彼女を人気キャスターにしたのだ。迷いなく、今日も元気にシー・ユー・アゲイン。



その二日後。

エクサの二回戦は、二日目の第二試合――今日の午後に組まれていた。

ここでの生活を始めて、早一週間。

いつもの時間に、設定の変え方が分からないので、仕方なく旧式AIの声に起こされる。変わらないメニューの朝食を摂り、洗面と歯磨き、適当に髪をセット。入居して一日目の朝と、何一つ変わっていない。しかし逆に見れば、生活に馴染んでいる証拠。

人間は状況適応能力に優れ過ぎている。専門的な知識が不必要な物なら、どんな文明の利器でも、五回も使えば大体は理解できてしまう。一ヵ月も一緒に住んでいれば、晴れて兄弟。

それはどのような辺境の土地で育っても同じこと。軽度の田舎病のエクサくらいなら、現地の人間より少し遅い程度だ。

その、最近は都会病の侵食が著しいエクサ。

今だに襲われる眠気と格闘。欠伸の勃発を、噛み締めて鎮圧する。

机上の〈アルメ〉を手に取り、最新のニュースが入ってないかを確認。件数はゼロ。

ここ六日間で試合結果が八通と、イリアからのメールが八十通。凄い割合だ。

主に質問系と、よく意味の分からない雑談。直接、会った時に話せばいいと提案もしたが、彼女の反応はこうだ。


『だって遠距離じゃん。何か燃えるッス。あの星にエクサ君が居て、連絡を……。はぁ、ロマンだね〜』


どこの星に飛ばしたのか。それは彼女にしか分からない。

とにかくイリアの恋愛哲学としては、共に過ごす時間は面白いことをして暴れるそうだ。『第一章八節』と序盤に随筆。

エクサにとって、これほどペースを乱してくる人間と知り合うのは最初最後だろう。

ここで本題に修正。

試合結果の八通の内、六通は一回戦のもの。残る二通は二回戦の一日目の二試合。

この試合はエクサも中継でリアルタイム観戦していた。

まずは初戦のアイネとブラス戦。これは前回の試合で機体が直らないブラスの棄権で終了した。

この結果は、後にブラスに会いに行くことをエクサに決意させた。

次にランシェと蘭。互いの機体にダメージは無かったが、紫羽と同様に蘭の大敗。

あのボーッとしたランシェが強いとは、驚きの言葉しかない。

エクサは今でも、初戦の高揚感を抜けきらない。まだか、まだかと次の戦いを待ち詫び、心身ともに踊っている。酒などで常時ハイな気分の状態だ。

〈アルメ〉の画面を見たのも、今日の初戦の結果を確認したかったのだ。誰かの勝敗ではなく、終了したことを。

しかし生憎と早朝。いくら熱狂的なファンでも、こんな時間に観戦には来ない。〈AMF〉も、やっていない。

エクサはとりあえず格納庫に向おうと、部屋の外へ。廊下に歩みを進めようとする足を抑え、また部屋の中へ。

そう。人間の状況適応能力は凄いのだ。軽度の田舎病のエクサなら、この程度で済む。

次には迷わず、直通エレベーターで格納庫に向った。



「うえっ……、気持ちわりぃー」


ギフト・シュライクは覚束ない足取りで自室までの繋がる廊下を航海中。酒という魔の海が身体を蝕む。

今日はアインスとの試合の日。この状態で試合だ。

頭を打つような痛み。吐き気。微かな目眩。

試合以前にオペレート・ボックスまで辿り着けるのか? 辿り着いたら着いたで、飲酒運転をAIに嗜めるのではないか?

ATにそんな機能はないが、今ならありそうな気がする。寧ろ、このまま眠りたい。ぶっちゃけ試合を放棄したい。だが一時の体調不良で給料が減るのはイヤだな。

己の愚行が招いた症状と戦闘しながら軽く葛藤。


「…………んあ?」


ギフトは気付いた。前方で人が倒れていることに。

しかしすぐに助けには行かない。それどころか渋面を作り、肩を落として頭垂れた。

彼には倒れている人間の正体が分かっていた。いや、正確には『倒れている』のではなく『眠っている』のだ。

一応、回り込んで顔を確認。


「やっぱりランシェかよ……」


柔らかな白皙の細面。青のショートヘアー。目鼻立ちも整い、潤沢を帯びる唇。今では彼女のパーソナル・カラーと周知される純白のサマー・ドレス。

ドレス姿なのが不思議だが、そこは彼女のこと。おそらく理由はないのだろう。ランシェ・レケンス。

ギフトは彼女が苦手だった。大半は寝てるし、起きていてもポケーッとしている。何を考えているのか想像も付かない。まことコミュニケーションの取りにくい相手だ。


「だけどな……」


だからと言って放っておく訳にもいかない。

地面に片膝を衝き、肩を掴んで揺さ振る。反応なし。激しく揺する。無反応。更に激しくするも応答なし。知り合いでなかったら、今頃〈AMF〉専属の医療スタッフが駆け付けている。残念ながら知り合いなギフトは身体を揺する。

ユサユサ。


「…………」


ユサユサ、ユサユサ。


「……………………。ん……」


ランシェの唇が微かに空気を揺らした。同時にそっと瞳が光を受け入れる。

半分だけ瞼を上げ、生気を失っていく悲劇のヒロインのような表情で口を開いた。


「……眠い」


「眠いのは分かったから、自分の部屋で寝ろよ。廊下のど真ん中は迷惑だからさ」


「…………すぅ」


「って、もう二度寝しやがった! おい、こら!」


相手の態度に半ば怒りが込み上がるがったが、それはすぐに中和される。ランシェの寝顔でだ。

『戦女神』と呼ばれる彼女も、今は『戦』外れ。

ギフトは溜息。

ランシェの腰に両の腕を回して引き起こす。両膝を地面に衝かせ、上体のみを背中に載せる。そこからバーベル上げの要領で立ち上がった。

そんなに負担でないとはいえ、直後に足がふらついた。体勢を立て直し、前進。ランシェも、これで起きないとは、並の神経でないと如実に語っている。


「ったく……この居眠り女神が!」


足取りは順調。

先程までギフトを襲っていた症状も、どこかに吹き飛んでいた。

廊下を歩く間、知人に見つからないよう祈った。本気で神に祈った。今まで神様などを崇拝したことながったが、今はする。最悪、女性陣に見つかれば、噂が流布する速度は計り知れない。

ギフトはそのような噂を嫌うし、ランシェにも迷惑な話だ。流布する原因を作ったのはランシェ自身だが。部屋に向う道程も、文句や悪態を吐き続けた。最も、それすらも女神の寝顔に中和されたものだった。

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