表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/37

【第5話 戦士たちの日常・その3】

本日、二組目の試合も終了した。

オペレート・ボックスが口を開け、内部からシュナ・アスリードが姿を見せる。濃艶な顔立ちで、腰よりも下方に降りた黒髪。白皙の肌が玉潤を極める。黒い瞳からは気丈な光が籠もっている。

街中なら、視力が著しく低いもの以外は振り返る容貌の彼女。

しかしその表情は、あまり友好的とは言えない。桜色の唇を一文字に引き結び、乱雑な歩調で闊歩する。


「お疲れさま」


前方を塞ぐのは女の影。

ベリーショートの金髪に褐色の肌。シュナには劣るが、美しい部類の相貌。

だが、その容姿に反比例するように格好が野暮ったい。

カーキ色の作業ズボンに濃紺のタンクトップ。上着を腰に巻いている。

タンクトップから覗かせる豊かな胸元にだけは、さすがのシュナも舌を巻く。


「相手があの調子では、肩慣らしにもならない」


「それで不機嫌なのね」


指摘され、シュナは落胆の成分を含んだ溜息を吐く。


「見える?」


「ええ。今なら男は寄り付かないわ」


若干の皮肉混じりなニュアンスだ。


「だったら、マリカもこうするべきよ」


お返しと言わんばかりの口調。

マリカ・イブリークは含み笑いで受けとめる。


「私は大丈夫なの。扱い方を熟知してるから。シュナも私が愛用してる取説(取り扱い説明書)でも読む?」


そう言うと、マリカはズボンのポケットに忍ばせていた本を出した。

タイトルは『男を惑わすフェロモンの使い方100選』と、いかがわしさ全開。シュナは苦笑で答えを選定させた後、


「遠慮しておく」


と念を押して断った。

その言葉を最後にマリカと別れ、私室へ直通のエレベーターに乗った。

一瞬にして馴れ親しんだ自室の風景となる。

エレベーターの脇に設置された円筒型の装置の中に入り、手元のパネルを操作する。

すると身に纏っていたシャツとジーンズが光の粒に還った。

この装置は衣服を収納したり、脱着を円滑に行うことができるのだ。初期の段階には無い設備だが、ファイトマネーを少し貯めれば容易に購入できる。

飾り気のない白の下着姿になったシュナは、浴室に足を進めた。スライドするドアを抜け、中に。

長細い通路の先に、開けた空間がある。中央が半円形の硝子に囲まれている。そこがシャワールームだ。ブラとショーツを手前の脱衣所に乱雑に投げ置き、硝子の内側に入る。

お決まりのボタン操作。

数瞬して、四方から加減の良いお湯が吹き出し、シュナの身体に大量の水気を与える。目を閉じ、艶やかな黒髪にも受け入れる。

除菌と芳香の性質を併せ持つ水分なので、シャンプーなどは必要ない。

シュナは充足からくる溜息を吐いた。

有体に言って、オペレート・ボックスの中にいるのは楽ではない。湿度が高くジメジメしているため、まるでサバンナの密林のど真ん中にいる気分になる。自然に発刊していく気持ち悪さがシュナには堪え難い。試合後のシャワーは彼女の日課なのだ。

全ての部位に一通り浴びると、今度は丁寧な仕草で洗う。

まずは左腕に右手を滑らすようにして擦る。その腕は、柔らかさの中に普通の女性とは違う筋肉の動きがある。それは確かに細いのだが、弱々しさを感じさせない。よく鍛えられている。両肩を抱くようにしてから、脇や腰や腹部と、撫でるくらいの力加減で動かす。細長い綺麗な指と、それを支える幹で形成されたボディー・スポンジを。

やがて身体のラインでも起伏の激しい、極めて軟質な部位に手を添えた。

蒸気と体温で曇っていく硝子。シュナの吐息が水音と共に流れる。

重くなった髪を両手で持ち上げ軽く振った。煌びやかな水滴が舞い散り、シャワーのお湯にぶつかり弾ける。

ボタンを押し、シャワーを止める。そして、すぐに乾燥モードに入る。

数十秒の間、くぐもった音が耳を支配し、終に沈黙。いや、清々しい静けさ。

シュナは下着を引っ掴み、ドアの浴室から出る。

白を基調としたクローゼットの横にあるバッグに放り込む。中身をよく見ると、数枚の先客が。


「く、訓練で忙しかったからな」


誰にするわけでもない、言い訳を独白。

壁一面に広がった窓ガラス下半分には、立ち並ぶ灰色の波。

上半分には蛇の道。

雲の細疵から覗かせる青空が、画面一杯に繋がっている。

着替えの終わったシュナは、光のベッドを出し、俯せの状態で倒れこんだ。

手を伸ばし、ベッドの強度を弱にする。体重の掛かった部分は中にめり込み、光の粒が波形の歪みを生み出す。

いつものシュナならATのシミュレーション訓練に没頭するところだが、今日は気が乗らない。

なぜなら試合の内容に不満があったからだ。

結果自体はシュナの勝利。しかもATは無傷。完勝だ。

だが、その内容は対戦相手の事実上の無条件降伏。不戦勝ではないが、五分間だけ適当に逃げ回ってギブアップと、消極的すぎるもの。シュナの一番嫌いな方法だ。


(グルマンの奴め! そんなことでは引退も近いな!)


内心で毒突き、浅黒いボサボサ頭の髭面にパンチをくれてやった。

埋もれていた顔を起こし、ベッドの強度を戻す。降りると同時に光のベッドを消した。


「気分転換でもするか」


珍しく独り言が多いが、それも最後となった。

ドアが閉まる機械音が、室内に静寂が始まる合図をもたらした。



「これで待ってればいいの……?」


怪訝顔でエクサが訊く。

イリアに最初に案内されたのは、仮想空間で色々な景色が堪能できるという装置がある場所。

この施設には多々ある円柱型の筐体。その天井に輪がある。

エクサはその輪を掴んで、ぶら下がっていた。


「そ、そうッスね〜。もうすぐ……見えてくるよ」


イリアの口調は僅かに震え、頬の辺りの筋肉がピクピクと痙攣している。


「あと、どのくらい?」


「ほら、何となく見えてきたでしょ? どこまでも続く、あの大草原が……」


イリアに言われ、首だけ動かし辺りを見回すエクサ。そう言われてみれば、〈AMF〉の通路などの風景が薄くなり、緑一色になってきたような……。

揺れる草の音。吹く風。青空に疎らな雲。遥か向うに山のシルエット。

これが『仮想空間』なのか!

エクサは感動から自然と瞑っていた瞼を開いた。

装置の入り口付近に目をやる。

これは始めに気になっていたが、あのボタンは何だろう?

視線を正面にやると、従業員の人がこちらを見て、クスクスと笑っている。少年が指差し、ケラケラ。イリアに至っては腹を抱えて蹲っていた。

そこで初めてエクサは騙されたことに気が付いた。

急いで輪から手を放し、真っ赤に顔を染めイリアに詰め寄った。


「このイタズラはあんまりだよぉ」


目線を落し、縮こまった態度で言う。

そんな騙され方をする人間も珍しい。田舎出身の人種は重宝するべきだろう。


「ぷっ、ごめん。本当はそこのボタンを押すだけだよ」


聞くや否や、とにかく『穴があったら入りたい』心境だったエクサは、仮想空間に飛ぶ。

一瞬にして景色が変化を見せた。

皮肉にも、エクサが思い込みで見た景色と似ていた。微風が身体を擦り抜け、草原を駆けて空に昇る。前方には山が青のキャンパスに骨格を刻み、その下を流れる川は異色の絨毯と化している。

目と鼻が自然を全身に取り込んでいく。


「ごめんね? エクサ君。許してほしいッス〜」


イリアも転送されてきた。エクサは爽やかな気分に気持ちを漂わせ、一笑する。


「最初に言った通り、良い場所だね。俺、凄く気に入ったよ。ありがとう」


抑揚を盛った温和な口調。控えめな笑顔だったイリアが、パッと華やかに。


「喜んで貰えてガイド冥利に尽きるッス。あっ、あとね――」


言葉を切って、手元にあるコマのような丸い機械をいじりだした。

すると山が消えた。影も形もなく。

エクサが目を見開いていると、イリアは地面を機械を向けボタンを押した。

今度は立っている場所以外の草原が川となる。正確には海に近い。


「――こんなこともできるよ。どう?」


「いや、凄いよ……」


驚きが強く、その言葉より後を封じ込める。

イリアは自慢げな笑顔のまま、再び手元の機械を操作した。

景色が元に戻る。

その後、山の伸び縮みや岩石に出現などをやってみせた。


「エクサ君もやってみる?」


機械を手渡されたエクサは、その全容を注視した。


「変化させる対象に前のセンサー部分を向けて、親指で操作するんだよ。人差し指のスライドレバーは物体の指定。中指は色ね」


イリアは手元を指差して説明。

エクサが説明通りに実行すると、遠くの川に橋が架かった。


「そうそう。上手いよ」


手慣れたエクサはS字型の池を作ったり、山の中央だけを切り取ったりして遊んだ。目を輝かせ、子供のように。

イリアもエクサの横顔を覗きながら、はしゃぐ。


「楽しかったー。また時々、ここに来よう」


「その時は遠慮なく誘ってね? 仕事なんて放り出して付き合うッスよ」


「え……、それはさすがにまずいんじゃ……」


「いーの」


目が本気だと悟り、少しだけ戦慄する。

アイドルの仕事放棄。暇なのを確認して誘おうとエクサは心に誓った。


「あっ!」


突如、エクサが声を上げた。今、自らが操作している地面の起伏を見据えて。


「どうしたの?」


「い、いや、ちょっと面白いことを思いついたんだ」


イタズラッコ特有の笑みを使う。


「えー、なになにっ!」


早速、興味津々のイリア。その様子にエクサの瞳が閃燿する。

エクサはイリアから一歩離れ、手元の機械を山に向けた。

イリアの目も向う。落ち着きなく足踏みして待ちきれないと主張する。

エクサは口の端を吊り上げ、イタズラッコから、似合わない悪役系に変える。

山に向けていた機械を、イリアの足元へ。

スイッチ・オン!


「へ? うわわわ……」


いきなり地面が盛り上がり、不意を突かれたイリアは足を掬われる。

バランスを崩し、思いっきり尻餅をつく。


「ふぎゃ! いてて……って……ひゃあっ!」


すぐにスカート緊急閉鎖。ヘタリと座り込み、朱色の頬を膨らませて上目遣いに迫力なく睨む。

エクサは口元を押さえながら肩を笑わせ、指を空へ。


「お揃いだね」


仕返し完了。


「むぅ〜! そういう使い方は禁止ッスー!」


追うイリアに、逃げるエクサ。二つの影は、暫く草原で不恰好なダンスを踊り続けた。

シュナの私服はスカート系だと妄想した方に告ぐ。私は決して謝りません(笑)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ