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【第5話 戦士たちの日常・その2】

プロのランカーの個室には、大きな収納スペースが設けられている。

材質は光の椅子やベッドなどと同じだが、形や色などは様々。手軽にワンタッチで設定できる。しかも収納の総量は無限に近く、取出しにも困らない。数万世紀には存在した『片付けられない主婦』など、今はいない。

叡知はニュース・バリューの結晶をも食い尽くすのだ。

閑話休題。

エクサはその収納スペースに荷物を詰め込んでいく。リュックの脇のファスナーを開け、写真立てと一枚の写真を取り出した。

それを中央の机に置き、微笑してから話し掛ける。


「ここが俺の新しい部屋だよ」


無論、返事などない。

声は部屋全体から抜けられる場所を探す間に消滅した。

エクサは他の荷物の整理に取り掛かろうとリュックに手を伸ばす。だが部屋の外から通信が入り、行動を後回し。

ドアのすぐ傍にある、表面が広辞苑ほどの大きさはあるモニターからだ。通信というよりは、インターホンに近い。

エクサは特に相手を確認せず、ドアのロックを解除した。

ドアがスライドする。相手が視界に飛び込んでくると同時に、エクサはつい半歩ほど後退った。

尋ねてきたのは、仮面の男。知らない人物だった。

SFモノに使用頻度が高い宇宙服のような格好をしていた。色は黄色を基調に、所々で黒が混じっている。肩で止まる色素の薄い金髪は、洋梨の色を連想させる。端整な顔だと思われるが、目が見えない。目の部分は仮面で隠されているからだ。

エクサは強制的に沈黙せざるを得なかった。不審者の無言のプレッシャー。

体格はエクサと変わらないのだが、何せ仮面だ。それが拍車を掛けている。

しかし、このままでは何も始まらない。

エクサは思い切って、話し掛けることにした。もしかしたら寡黙な人物なのではないかとの、妙な解釈を胸襟で導きだして。


「えーと、何か御用ですか?」


その瞬間、仮面男の目の部分が微かに光を発した。急にエクサの両肩を掴み、顔を近付ける。

これがまた近距離。まさに目と鼻の先。

エクサはこの期に及んでもまだ、ド近眼なのだと自身に言い聞かせた。

仮面男は距離を作り、ビッと勢いよくエクサを指差した。


「今日から君は、『運命ツー』だ!」


エクサはドアのロックを解除したことを本気で後悔した。


「え? 何ですか?」


「失礼。自己紹介が遅れたな。私はアインス。アインス・ライデンシャフト。現在はここでAT乗りの仕事をしている」


「あ、ということは……プロのランカーですね? エクサ・ミューロウです。よろしくお願いします」


いつも通り丁寧にお辞儀をすると、アインスはエクサの肩を軽く叩き、


「タメ口で構わないさ、運命ツー」


自己紹介は呆気なく水泡と化した。

言い方に悪意などは無いが、どうにも言動がおかしい。先程から気になっていた単語に触れてみた。


「あの、運命ツーって何?」


「僭越ながら試合を拝見させてもらったよ。そして君から溢れ出た、あの情熱は私の目に焼き付いて離れない。ぜひとも良い試合になるよう、より一層、精進に励んでくれ」


答えになってない。

エクサはどうにも対処する方法が見つからずに黙り込む。

アインスは満足したのか、部屋から離れていく。

エクサがその背中を見送っていると、彼は踵を返し、


「運命ツー。私は君を待っている!」


エクサは目が点の状態で、頭だけを上下に反復させる。

それから、要するに期待されているのだと、結論づけ荷物の整理に戻った。



暫くすると、また通信が入った。

件で学習したエクサはモニターから人物を確認する。長身痩躯。耳に触れている藍青の髪に黄色の瞳。一見すると、遊び人のような風体。

ギフト・シュライクだ。

エクサは尋ね人の正体に安堵しするが、同等に緊張もした。

先程まで戦っていた相手。しかも、さすがはプロランカーと言うべきか、ATから通したギフトの印象はエクサに戦慄を教えていた。深呼吸を一つ。今度はこちらからドアを開いた。


「うぃーっす」


適当な挨拶と一緒に部屋に入るギフト。そのまま窓際まで歩き、街を見下ろした。


「うはーっ、眺めの良い部屋だな」


弾んだ語調。


「ギフトさんの部屋は眺めが良くないんですか?」


「いや、最初は良いかなぁーって思ったけど、最近はなんつーの、こう……単調なんだよな」


つまりは飽きただけではないだろうか?


「はぁ、そうですか」


エクサはたどたどしく言葉を紡いでいく。自身でも不自然なのが分かるくらいに。

ギフトはその空気を感じ取ったのか、振り向きエクサと目線を繋いだ。


「戦闘中に訊いただろ? 『戦ってると普段の俺じゃないみたいだろ?』ってな。逆に普段は自由奔放、超不良で遊び人なギフトだよ」


自分から遊び人と言明するのも珍しい。

だがエクサにはツッコミを入れる程までには、ギフトの裏の印象を払拭しきれてはいなかった。

ギフトは額に指を当て、黙考してから口を開く。


「戦ってるときは、全員――イリア以外はあんなもんだよ。特にシュナはおっかねえぞ。まるで脅されてるみたいだぜ。ま、普段も〈アルケイン〉並みに仏頂面だけどな」


これにはエクサも笑みを作ることができた。


「そういう訳で、あんま気にするな。いつも辛気臭いのは苦手だし、試合中以外は仲良くしようぜ」


「はい」


ギフトは表情を軟質化させ、小さく溜息を吐いた。

ドアまで戻り、淵の部分を掴んだ体制で軽く片手を挙げた。


「そんじゃ、またな」


最初の挨拶と同じく適当に挙げた手を横に振る。

ドアが閉まると、エクサは吐息した。

本当は表面だけで、嫌われいたのではないか。一時はそんなことまで考えていた。しかし実際は、こうして気を遣ってまで友好な態度で接してくれた。

ほんの一部の印象から、競争から啀み合うだけの環境を想像していた自分に忸怩する。

エクサは爽快な気分を教えてきた身体を動かし、荷物の整理に進めた。



エクサの部屋を後にしたアインスは、娯楽室の前で立ち止まった。

感じるのだ。並々ならぬ、この波動を。

何かに打ち込む執念と気迫。運命ナンバーに相応しいかもしれない。


「むぅ……!」


部屋から伝わる熱がアインスをドアから遠ざける。

これは彼の第六感が見えざる波動を無意識に具現化させていることで起こる現象だ。

情熱。根性。努力。

熱血魂は妄想をも実体験とする。

アインスはすでに現実とはかけ離れた存在。唯一絶対の存在。即ち、神!

深く見解すると、必然的にそうなってしまうのだ。

どこの神かは、さておき。アインスはバリアを突き抜け部屋に闖入する。

転がり、飛び跳ね、物陰に避難。

『熱』の正体を確かめる。鋭い熱風がアインスの身体に危険を知らす。しかし彼は怯まない。そこに未知の情熱がある限り。

視線の先にはゲームの筐体に座る、女性。

腰で揺れる浅葱色の髪を大きなハリセンで纏めた、独特の後ろ姿。


「あれはアララギ・蘭ではないか。この『熱』は彼女が……」


アインスは両手で地面を叩き這いつくばった。

己の心眼が曇っていたなんて……。

今まで何回も出会ったが、自分は気付けなかったのだ。彼女にここまでの情熱が秘められていたなどと。不明を恥ずべきだ。情けない。


「次は負けんでぇ! 見てろやぁ! どおぉぉぉぉりゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」


気合いの詰まった蛮声が耳朶を通過すると、アインスはすべきことを悟った。

それは蘭の情熱を受け止めること。今からでも遅くはないのだ。

アインスは仮面の下から流れた雫を振り払い、筐体の裏側に陣取った。

蘭が気付き、爆発した声調で言った。


「今のうちに挑むとは命知らずやで。……覚悟しいや!」


「よかろう。君の想いを私が受ける。……命を掛けて!」


噛み合わない会話は戦いのゴングとなって、二人を奮った。



荷物の整理が終わったエクサに、またも来客。

モニターを覗き込む。

本命登場。イリアである。今はピンク色のキャミソールに白のミニスカートといった格好だ。片方だけ長い右側の髪は白いリボンで結わっている。左の耳たぶからは、細長いピアスが腰まで降りている。


『エクサ君に告ぐ。無駄な抵抗は止めて、おとなしくドアを開けるッス』


エクサはギフトの場合とは違う意味の深呼吸を一つ。ドアのロックを解除する。開かれた空間からイリアが飛び込んできた。


「こうじょーせんを制し、突撃ぃー♪」


エクサは会う度に疑問に思う。このテンションの高さはいったいどこから?

とりあえず思考を止め、飾り物の場所を決めることにした。

時計やら携帯蛍光灯やら、この部屋では実用性皆無の見栄えのみを重視した物を置いていく。


「あぁーーーっ!」


イリアが叫んだ。

エクサが慌ててそちらを見ると、机に置きっぱなしであった写真立てを持っていた。穴を空けてしまいそうな凝視ぶり。


「ねえ、エクサ君! これっ!」


イリアはエクサに接近し、写真の中央を指差した。

そこには端麗な女性が笑っている姿。エクサよりも少し年上ぐらいの風貌。


「まさか……彼女じゃないよね?」


恐る恐るな様子のイリア。エクサは苦笑してから答えた。


「だから彼女はいないって。姉さんなんだ」


「へぇー、美人ッスね。お義姉さまかぁ」


「?」


エクサは微妙なニュアンスの違いを確認したが、ここは看過した。

イリアは僅かに邪な感情を含んだ笑顔で言った。


「ぜひとも会いたいッスね」


「そうだね。ここの人達と仲良くなって、皆で会いに行きたいな」


「あたしとしては個人面談が……」


「え?」


「何でもないッス〜」


エクサは新たな疑問を生みつつも、さほど気にせず作業に戻る。一通り物を置くと、椅子に座り一息吐いた。

イリアはそんなエクサの背丈に合わせて中腰になり、瞳の奥で輝く光の訴えを口にした。


「あとで会場を回らない? エクサくん専用のガイドをやってあげるッス」


「ありがとう。お願いするよ」


これはエクサにとっては願ってもないチャンスだった。〈AMF〉会場の構図を熟知した者と一緒なら、まず迷わない。しかも善意で案内を務めてくれると言う。誰かに頼むのも気が引けたエクサには、魅力的な提案だ。

エクサの表情が綻ぶ。

それ以上に満面の笑みになる自分を覚えるイリア。

二人の気持ちは擦れ違い、目的も違いながらも一応は『不の最寄り』で一致を見せた。

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