【第4話 遊び人はスナイパー・その3】
『意識はあるな? 二分しか話せないから手短に用件を言うぞ』
エクサは深刻そうなショウの表情を見つめ頷いた。
『ここらが引き際だ。降参しよう』
その瞬間、ハンマーで頭を叩かれたような鈍い感覚に陥った。ショウの真意すら、まともに読み取ることができない。
「ま、まだやれる! 俺は負けてないよ!」
『ジリ貧だぞ。悔しいだろうが相手に分がある。それに、お前は良くやったよ。充分に戦った。次の戦いに備えよう』
諭すような口調に、エクサはやっと鈍い感覚から逃れると、冷静に思考を働かせた。
ショウの言い分は正しい。ここで消耗すれば次の戦いにも支障をきたすかもしれない。
焦って同じことを繰り返して自滅して……。
予想は簡単だ。〈デザートカロル〉の大破。
だからこそ、ショウはそれを危惧し、提案もしてくれている。
分かるよ。心配してくれているんだって。
嬉しいよ。知り合って間もないのに、ここまで親身になってくれて。
だけど、ここで逃げたら俺は皆と対等じゃない。胸を張って、プロのランカーとは言えない。
なによりも、負ける恐怖など微塵も感じず、享楽に近い感情が体中を占めているのがよく分かる。まだ戦いたい。
『おいっ、エクサ! 馬鹿なこと考えてるんじゃねえよな?』
サブモニターからショウが叫んでいる。必死に。
「……ごめん」
渦巻く感情の荒波から一時的に這い出ると、エクサは通信を遮断した。
「ごめん」
沈痛そうな面持ちから、言葉を絞りだす。
エクサはメインモニターから頭上にいるであろう、〈トゥフェキア〉を足場を睨んだ。
左右から飛び出せば、スナイパーライフルの餌食。かといって、飛び出さねば戦えない。
渋面を作ったエクサだが、ふとした考えが脳を過ると、表情を和らげた。
「待てよ……」
〈トゥフェキア〉の足場?エクサは思わず顔を緩めた。それから、すぐに口元を引き結ぶ。
ハンドガンを引き抜き、〈デザートカロル〉は『相手の足場』に向って前進した。
轟音と共に天井を突き破り、落ちてくる机などを弾き飛ばす。
この瞬間、ATがビルの解体工事を行ったという珍記録が歴史に更新された。
「いっけぇぇぇぇーーーっ!」
何枚かの天井を貫通すると、蒼昊がモニターを埋め尽くした。
横を向くと〈トゥフェキア〉の背中。コンクリートの破片を四散させ、正面のATに狙いを定める。
『何っ……!』
意表を突かれ、喫驚したギフトだったが、すぐさま〈トゥフェキア〉が高速で反転させた。凄まじい反射神経だ。
「つぅあああああっ!」
エクサは相手のライフルの銃口を左足で蹴り飛ばす。これで主武器での射撃は不可能。
続けて、左手で腰からハンドガンを抜こうとする〈トゥフェキア〉の顔面を殴り付けた。
〈トゥフェキア〉は宙に投げ出され、無防備となる。そこへハンドガンのフルオート射撃。
弾丸は〈トゥフェキア〉の装甲に被弾していく。
「うおおおおおおっ!」
咆号し、右手のハンドガンを捨てると、ECブレードを展開して肉薄する。
左腕を狙い、垂直に振り下ろす。
機鋒が肩から入り込み、火花が舞うと同時に腕を切り落とした。
今しかない。そう思うよりも早く身体が次の動作に入った。
もう一撃。胴体への一閃――とはいかなかった。
反対に素早く後退した〈トゥフェキア〉からの砲撃。左腕のハンドガンが吹き飛ばされる。
『惜しかったな。ルーキー』
悠然としない、焦りを含んだ語調。
「そんな呼ばれ方の戦士はいない!」
『ふっ、そうだな……エクサ・ミューロウ!』
エクサは声の主に向って肉薄すると、ECブレードを突き出す。
しかし難なく躱された。
〈トゥフェキア〉は陽光を遮るように、俯せの状態で〈デザートカロル〉の真上に。
向けられた長身の砲熕。
前のめりになった〈デザートカロル〉は背中を取られている形。
しかも近距離。砲腔から発射炎の光が溢れてくる瞬間が――
砲撃音。
発射された弾丸は貫いた。遥か眼下の大地に敷かれた固い絨毯を。
〈デザートカロル〉は身を縦に反転させ、左足でライフルの銃身を逸らしていた。
その一瞬の状況が永遠まで引き伸ばされたかのように停止する。
そして再動。
エクサは〈デザートカロル〉のブーストを吹かせ、肩から体当たり。
矢継ぎ早に左手で腰の後ろにあるECブレードを展開すると同時に薙ぐ。
切っ先が〈トゥフェキア〉の装甲に擦った。今度は前進して、右の刄。
『させるか!』
振り上げた右手は〈トゥフェキア〉の左足に蹴り飛ばされた。
落下するECブレード。
再び胴体へと向けられたライフル。
だがエクサは、攻撃手段の減少したギフト機の動きを先読みしていた。
右腕に装着された前半分の残ったシールド。
それをライフルの砲門にぶつける。
シールドが展開し、中に隠していたグレネードが爆発を起こす。
これがエクサの切り札。
接触が発動条件なので、ゼロ距離での攻撃を強いられるが、直撃すればATの装甲さえも簡単に砕く威力がある。隠し場所は左右のシールドの前端に一つずつ。最高弾数は二発だ。
〈トゥフェキア〉のライフルと、〈デザートカロル〉のシールドが砕け散った。
「やったぞ! 主武器を――」
機体に衝撃が走った。
〈トゥフェキア〉の蹴りを食らい、高層ビルの間に吸い込まれていく。
エクサは激しく首を横に振り、意識を引き戻す。
正面から接近してくるギフト機。
〈デザートカロル〉は左肩部の装備に手を掛ける。
これはショウが考案してくれた武器だ。
銀色でVの字の形をしたブーメラン状の物体。中に幾つか穴が開いている。
その武装の二辺の長さが伸びた。
狙いを定め投げ付ける。
曲線の軌跡を描き、熱を帯びたブーメランは〈トゥフェキア〉の脇腹に刺さる。横から押された〈トゥフェキア〉は空中に停止した。だがすぐに顔を上げ、赤い糸目が光を放つ。
加速。全身で風を裂き、青い光を尾に引いて。
何も持たずに――接近戦。振り払ったナイフを躱され、懐に入られた。
〈トゥフェキア〉は右手で腰部に刺さったブーメランを引き抜き、〈デザートカロル〉の右肩の接合部分に振り下ろす。
刺さった場所から異変が様々な起こった。
火花。小規模の爆発。煙。動作不良。
「くっ……!」
エクサは噛み殺したような声を唸らせた。
右手からECブレードが外れない。これで全ての武装を失った。
「でも、まだ……!」
左手で〈トゥフェキア〉の顔面を掴む。せめてもの抵抗。
〈デザートカロル〉は数回に渡り胴体に膝蹴りを食らい、僅かに身体が離れる。右肩を蹴られ、ついに右腕の部分が綺麗に分離した。右腕と共に落下。地面まで真っ逆さま。
エクサは思わしくない機体状況でも、不恰好な着地を成功される。
しかし、そこまでだった。ビームの嵐が容赦なく降り注ぐ。
〈トゥフェキア〉が右手でハンドガンタイプのビームマシンガンを連射していた。
左腕を盾代わりにするも、微々たるもの。数発まともに貰い、左腕が大破。
続いて機体が襲われる。
脚部の間接を打ち抜かれ、両腕を失った〈デザートカロル〉は転倒した。
モニター全面が強烈なノイズを発生させる。
「まだ……、やれる……さ……。そう……だろ? デザートカロル?」
エクサは鋭敏にレバーやペダルを動かし、〈デザートカロル〉を奮い立たせようとする。
その想いは届かない。届くはずがない。
〈デザートカロル〉の機能は停止寸前。このダメージで動けば奇跡だ。
全モニターからノイズも消え去ろうとしていた。
蛍火のような薄緑色が内部の闇に覆い隠され始める。エクサは息を整えると、自らの敗北を悟った。
完全に光が消えた蒼然とした空間で、脳裏を走馬灯のように駆け回る先程の戦闘。
復習を終えると、エクサは口元を軽く緩め溜息を吐いた。どことなく心地よさを含んだ、溜息。