【第3話 夢の一歩・その3】
格納庫に帰ってくると、ショウが入り口で待っていた。
「いいかエクサ。最初の相手はギフト・シュライクだ。こいつはかなり手強いらしいから、機体の損傷を見て棄権のタイミングを決めよう」
「棄権もできるの?」
「知らないのかよ!? ……まあ、いい。とにかくシーズン戦は先が長い。高ランカーとの戦いはなるべく避けて、堅実に勝てる試合で白星を上げるぞ」
「…………うん」
下まで降りると、エクサは気のない返事をした。
そのまま独り黙考し、オペレート・ボックスに乗り込んだ。
〈アルメ〉を取出し、〈AMF〉大会の項目を開いた。
実は最近のルールには疎いため、しっかりと確認しておきたかったのだ。
〈アルメ〉から画面が虚空に投影される。
歴史や概念の欄を飛ばし、公式ルールの枠を指定した。
その瞬間。
「誰よっ! このクソ忙しいのに、あたしを呼ぶバカはっ!」
声がしたと同時に、ミニチュアサイズの女の子が〈アルメ〉から飛び出した。
それは赤い目、赤い髪の美しい少女だ。
背中から羽が映え、白いレオタードのようなものを着ている。手首と足首は機械のリングで装飾され、カチューシャの両端から、槍のような突起が頭上に伸びている。その姿は妖精を彷彿とさせる。
「大会の開催日は呼び出すなって言ってるでしょ!? あんた達がのらくらってる間に、あたし達がどんだけ膨大な情報処理や激務に追われてると思ってるのよ!」
居丈高、まくし立てコンボにたじろぐエクサ。
「あー、もう! 仕舞にはストライキするわよ!? そんでもってスカしたレークスに、高級サーバーの仮想リゾート空間で三泊四日の休暇を要求するわ」
不満に叫び終わると、目を細目、エクサをじぃーっと見つめる。
「あんた、もしかして噂のルーキー?」
『噂』という部分が気になるが、エクサはおそらく自分だと思い頷いた。
少女は怒り顔をニヤつかせ、空中で胡床をかいた。
「なるほど〜。あんたが『ブルー』の仕事を増やしたのね。それは、それは……」
一旦、口を閉じ、悪魔的な笑みを浮かべる。
「やばいこと、やらかしちゃったわね」
「やばいこと?」
「あとで分かるわよ」
一抹の不安を覚えるエクサは捨て置かれ、少女はコホンと喉を鳴らしてから話を続けた。
「あたしはアルメ。ランカーの皆は赤アルメって呼ぶわ」
次に僅かに苦い顔をして、
「ネットの連中からの呼び名はアカメらしいけど……誰よアカメって」
どうやら仕事上での不満が沢山あるらしい。
「それで聞きたいことって何?」
「え?」
「『え?』じゃないでしょ。あたしの業務範囲を指定しといて、何でもありませんとか言ったら、ぶっ飛ばすわよ」
赤アルメは『シュッ、シュッ』と言いながら拳で空を打ち、ジャブのポーズを取った。
エクサはやっと自分が知りたかったことがルールの部分だと思い出した。
「その……、ルールについて一通り知りたいんだ」
赤アルメはしかめっ面を見せた。面倒だと顔で語っている。
「これだからルーキーは……。忙しいから簡略して伝えるわ。勝てばいいのよ、勝てば」
それでは呼び出した意味がない。
「もっと詳しく頼むよ」
赤アルメは盛大に溜息を吐き、
「分かったわよ。……たくっ、仕方ないわね」
エクサは若干、理不尽だと感じつつ話に集中した。
――赤アルメの解説はこうだ。
特殊ルールの科せられていない勝敗の決定方法は、主に四つ。
一つ目は相手の機体を完全停止、又は破壊する。所謂、ノックアウトだ。
相手の機体の五体――頭、両手、両足、それとブーストを破壊する、フォースアウトという勝ち方もある。胴体を狙うのが主な戦法なのだが、これは技量の差を見せ付けるために用意されたルールだ。プロランカーにとって、この負け方は屈辱らしい。
二つ目はパイロットの気絶。意識を無くした方は、その時点で敗北が決まる。
三つ目はギブアップ宣言。負けを宣言した方は、その場で敗北となる。
ただし、ギブアップは試合開始から五分が経過した時点で有効となる。
四つ。試合開始の前に棄権。棄権した方に黒星が付き、更にペナルティーとして次の試合でのギブアップは認められない。
また、連続で試合を棄権することはできない。
因みに損傷率が七割を越える機体は試合が出来ず、棄権扱いとなる。
「まあ、ざっとこんなものね。これより細かい規定事項は自己の判断で熟読して。質問は?」
「……うーん」
とても一回では内容を覚えきれなかったエクサは、ただ唸り声を上げるばかりだ。
「その内、覚えるわよ」
赤アルメが投げ遣りに言った。
エクサも根拠はないがそう楽観し、下の項目に目をやった。
次は運営。ショウからも確認するように念を押されていた項目だ。
「運営なら、あたしの範囲外ね。『ブルー』が教えてくれるわ」
そこでなぜか笑みを堪える仕草を見せる。
「精々、頑張りなさい」
赤アルメは、くるりん、と一回転すると〈アルメ〉の画面へと消えた。
エクサは赤アルメが消えたのを確認すると、運営の項目に指を触れた。
「お呼びだし頂き、光栄に思います」
また〈アルメ〉から小さな女の子が現れた。
赤アルメと格好は同じだが、瞳と髪の色が深い青色だった。
「えーと、もしかして君の名前って」
「アルメです。青アルメとお呼びください」
『赤』などの分別にはこういう意味があったのだ。赤アルメが『ブルー』と呼んでいたのは彼女だろう。
エクサは赤アルメの言葉を思い出し、何か起こらない内に話を進めた。
「早速、説明してくれるかな?」
「はい」
青アルメは自分の真横に長方形の電子板を出した。
そこには色々な言葉が書かれている。
〔題・ルーキーがミスした噂
1:ペアルック(HN)
レークスは実験だとマスコミに報じたが、果たして真実はいかなものか?
2:匿名のアスリード家
私には関係ないな
レークスが何を企もうと、私は自分の試合に勝利するだけだ
3:無名
↑にせもの 乙〕
こんな書き込みが続いている。
それが何なのか分からず戸惑うエクサ。頼んだのは運営の説明のはずなのだが。青アルメが静かに口を開いた。
「〈AMF〉専用サイトの掲示板です。私はここの管理も担当しています。昨日、今日でこの類の書き込み総数は百万件を越えます。こちら側に害をなすものが混じっているといけないので、逐一、見回ってます」
「百万は凄いね」
淡々と言ったエクサに、青アルメが表情が少しムッとなる。
「そうですね。確かに凄い反響です。ルーキーさんには感謝の言葉もありません」
言ってることとは裏腹に、悪意に満ちた口調だ。
「加えて私のスリーサイズなどの質問をする、ふざけた内容も多々あります。これはいつものことですが、百万件の中に混じっていますと、ルーキーさんの所為ではないかとさえ思えてきます」
今度は、はっきりと言った。
エクサに何となく罪の意識が芽生え始めてきた。
赤アルメの子悪魔的な笑みの真意はこれだったのだ。これなら叫び狂って怒りをぶつけてくれた方がまだマシである。
エクサは静かな怒気に畏怖しつつ、
「そ、そろそろいいかな? 運営の説明を見せてくれる?」
本題へと話を移した。
青アルメは粛然とした態度で頷く。そして掌を画面に向け、軽く触れる。
すると画面全体が小難しい文字と文章で溢れ出した。文字の洪水に目を泳がすエクサ。
同時に青アルメの説明口調で喋りまくる。しかも難しく、高速で。
何を言っているのか、勿論エクサには分からない。
「ごめん!」
エクサは堪え切れなくなり次の項目に指を触れる。
青アルメが強制的に〈アルメ〉に引き込まれ、姿を消した。
エクサは安堵の溜息を吐く。
仕方がないから運営に関する説明は受けたことにしよう。そう心に誓った。
「すいませ〜ん?」
「へ……?」
間の抜けた声を発したエクサは、〈アルメ〉を見た。そこには緑の瞳と髪をした女の子がいた。出で立ちは赤と青の両方のアルメと同じ。
「もしかして、緑アルメ?」
「は〜い? 緑アルメだよ?」
語尾が吊り上がっているため、疑問系に聞こえる。
そこでエクサは、慌てて押したボタンがシステム欄だと気付いた。
「説明してくれるかな?」
「はい? 分かりました?」
独特の口調で緑アルメが説明を始める。
システムとは〈AMF〉の全行程とプロランカーについての仕組みのことだった。
〈AMF〉はワンシーズンを三つのステージ(この場合は場所ではなく回数)で分担されている。ワンステージを総当たりのリーグ形式で行い、勝利数を競い合う。三つのステージの勝利数が最も多い選手が総合優勝者である。
ファースト、セカンド、サードとも基本的なルールは一緒だが、ランダムで特殊ルールが追加される。
その他にも、〈AMF〉では色々なイベントが不定期で開催されることも稀ではない。
シーズンの流れは終わり、ワンステージの行程に移行する。
ステージの流れは単純だ。一日で二組の試合をし、それを三日連続の計六試合ペースで消化する。
全員が一度は戦うと、二日間のインターバル。その間のみ、メカニックは機体の修理や強化、装備の変更などが許される。これは主に修理速度を公平にするためである。
上記の流れを、あと十回繰り返すとワンステージが終了する。
尚、この計算は現在のプロランカーの人数に合わせた場合のものとする。
次にプロランカーの仕組み。
ランカーは前シーズンの成績で三つに分類される。
これは単純に上位から、A、B、Cとなる。
A1がトップで、そう表記された者はシーズンで最も勝利数の多い者――つまりは総合優勝者だ。
現在は十二人のプロランカーがいるので、振り分けは均等に四人ずつとされている。
――エクサは頭を抱えて煩悶する。やはり一遍には覚えられない。
「その内、覚えられるよ?」
緑アルメの投げ遣りな台詞。どうも擬人化アルメにはそういった傾向が強いらしい。
「それでは、さよなら?」
沈黙を用無しと受け取ったのか、緑アルメは素早く〈アルメ〉の中に潜っていった。
「あと一つだけ訊きたいことがあったのにな……」
溜息混じりにそう呟いた。しかし多忙な彼女たちに迷惑は掛けられないと思い、〈アルメ〉の画面を閉じた。
同時に背後からショウが顔を覗かせた。
「よしっ。試合が始まるぞ。しっかり頼むぜ、エクサ」
「もうそんな時間? いつの間に……」
エクサは急いで〈アルメ〉をズボンのポケットに押し込んだ。
「運営の項目でもチェックしてたのか?」
「いや……、ルールを確認したくて……」
ショウが眉を顰めた。
無理もない。普通、プロはルールに精通しているはずだからだ。それは〈AMF〉に限らず、どんな競技でも同じこと。
「なあ、お前さ。本当に、ホントーに大丈夫なんだろうな?」
かなり心配そうなショウの表情を見て、エクサは微笑んで答えた。
「大丈夫! 勝ってくるさ!」
鋭気の乗った語勢を放ち、親指の背筋だけをグッと伸ばした拳を縦にして前に出す。そして、その手でボタンを押し、オペレート・ボックスの屋根を閉めた。
全てのメインモニターが格納庫の風景を映し出す。サブモニターにはショウの顔。
『じゃあ、会場に送るからな』
モニター越しに話し掛けていたショウの顔が暗闇に変わる。いや、全モニターが薄暗い闇だけを映す。
〈フラウジル〉の時と同じく、機体が檻の中で鼓動を潜ます。
だが、今度はエアトレイトと呼ばれる猛獣だ。
エクサはヘッドギアに似た機械を頭に装着し、ESLを作動させた。
離れた筐体に乗っていた感覚が消え、『檻の中の猛獣』の気分をリアルに感じ取れるようになった。
これからAT同士による真の〈AMF〉が幕を開ける。
エクサは極度の緊張と興奮から身体を震わせた。
やっと夢の舞台に立てる。この箱を飛び出れば、すぐそこ。
足でハイテンポのリズムを刻む。ぶつぶつと何かを呟き、出口だけを真っすぐに見つめる。
「デザートカロル……」
足元に細長い光が差し込んできた直後、前方の視界が黄金色のみとなる。
「エクサ・ミューロウ! 行きます!」
足元の射出台に押し出され滑走した〈デザートカロル〉は、空けた視界の先に飛び込んだ。
おそらく、これで第三話は終わりだと思います。次回は戦闘です。撃って、斬って、叫んで、暴れます。 肩透しにならない程度に期待してください。では……