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【第2話 無知なルーキー・その5】

街は入り組んでいて、まるで迷路だった。どこまでも露店の風景が並び、似た場所に見えるのも迷う要素である。

どうもエクサは迷路に縁がある。田舎者が決まって特有するスキルからは、エクサも逃れられなかったらしい。

恋愛石で気を良くしたのか、イリアは食べ歩きモードに入っていた。


「メカニックってどういう場所にいるんだ?」


エクサはつい独白した。

沢山の種類の人々が目に入るものの、それらしき人間はいないように思えてならなかった。


「あの、イリアさん……?」


横を向いて驚いた。

先程まで並んで歩いていたイリアが、影も形も無くなっていたのである。


「このパン二つちょーだい」


遠くに範囲を伸ばすと、イリアがまた露店で買い物をしていた。

いったい、何しに来たんだろ?

当然の疑問を覚えたエクサの側に帰ってきたイリアは、パンを一つ手渡した。


「どうぞ。奢りだよ」


「あのー、イリアさん。メカ――」


エクサは言葉を詰まらせた。理由は簡単。イリアの仰天とした顔を見たからだ。


「え? なになに? なんで『さん』付けなの? 呼び捨てでいいッスよ」


「でもイリアさんは俺のこと『くん』付けだし……」


そこまで驚くか、と思いながらもエクサは言った。


「ダメだよ! 遠い、遠いよー! 距離ができちゃうじゃん。今、一人ぐらいは身投げした勢いッスよー」


身投げ?

エクサはその場で思考したが、数瞬してから切断した。意味不明の一言に尽きる。

とりあえずパンを噛るエクサ。何とも言えない妙な味が口内に広がる。

首を傾げると、笑みを零したイリアが、


「どうッスか? 世界の珍味大全集パンのお味は」


「これって流行なの?」


「ううん。違うよ。新発売だったから気になって。栄えある毒味第一号さんッス」


「ど、毒味って……」


エクサはこれから生活を本気で懸念した。


「冗談、じょーだん♪」


屈託のない、瑞光とでも思わせる輝かしい笑顔。

あらゆることを許せてしまいそうだったが、今のエクサは溜息を吐くばかりだった。


「そこのバカップル。ちょっといいか?」


そんな二人の間に、軽い感じの口調の少年が割って入ってきた。

歳はエクサと同じくらい。切れ長の目に黒い瞳。チャコールグレーの髪。緑色の鉢巻のようなものを額に巻いている。

体格は標準で、首からゴーグルを垂らしていた。


「はぅ〜! カップルだなんて……。まだそんな仲じゃないよ」


都合良く『バ』が抜けている。


「ああ、そうなの? それよりさ、さっきメカニックがどうとか言ってなかったか?」


「メカニックを必要だから、急いで捜してるんです。心当たりはありますか?」


少年はエクサの質問を受け、不適に口の端を吊り上げた。


「いるぜ。最高のメカニックがな」


「本当ですか?」


「ああっ! お前たちが捜しているのは、目の前にいるこの俺、ショウ様だ! 世界最高のメカニックマン、野鏨ノノミ・ショウ・ディオースだっ!」


謎の少年――ショウの蛮声に通行人が立ち止まる。

ショウもそれに気付いてか、エクサとの距離を詰め、肩を組んで今度はそっと耳打ちした。


「いや、すまんすまん。第一印象は大事かと思ってな。それとお前ルーキーだろ? だったら無給でやってやるよ。メカニックには飯が支給されるはずだから、それで十分だ」


これはエクサにとっては好条件だった。名乗り出るからには技能もあるだろう。それにこのまま捜しても、見つけることができないかもしれない。


「それじゃあ――」


「止めとけ。そいつはおそらくモグリだろう」


快諾しようとしたエクサの言葉を、人混みの壁の向うから誰かが遮った。

人々が恐れ多いものを見たかのような表情を作り、道を開ける。

声の主はシュナだった。

顔に掛かった黒髪を外側に払い、堂々とした足取りで向かってくる。


「あん? 誰がモグリだって?」


ショウの声に怒気が籠もる。


「貴様だ。登場の仕方が不自然で、話の都合が良すぎる。何が目的だ……!」


シュナは眼光が鋭利な刃物の刀身のように輝く。黒い球体の中心を裂いた光。

形相は、刃物関連で例えるなら切っ先の如き鋭さ。

空気が凍えている。


「分かった、分かった。教えてやるよ」


両手を前に出し、宥めるポーズを取ってから続けた。


「実は情報屋もやっててな。この区域の人間の一部は俺の目や耳って訳さ。メカニック志願なのは本当だぜ。腕に覚えもあるし、ATについて語らせたら少し煩いぜ」


睨みを利かせていたシュナの表情が戻る。いつもの冷ややかな印象を与える顔に。


「では証明してもらおうか。……しかし、ここでは目立ち過ぎる。あの店に行くぞ」


シュナが指差した先には、比較的に小さい規模の、洋風の喫茶店だった。


「受けて立とう」


お互い牽制する視線を送りながら進む。


「ちょい待ちー! 勝手に盛り上がられても困るッス。シュナもいきなり仕切らないでよぉ!」


すでに事の成り行きを座視することしかできない体たらくなエクサの代わりにイリアが言った。


「食べ歩きしかしていないガイドよりはマシよ」


あっさり一蹴。

いったいどこから見ていたのだろうか。

がっくりと肩を落とした敗北者のイリア。トボトボ歩く。その背中、寂しいを通り越すものがある。

エクサも後に続いた。



同時刻。シュナが交渉と討論の場に選んだ喫茶店にて。


(やばいやばいやばい……、来るな来るな来るな……、あっちいけって!)


ウェイトレスの少年は窓の外の光景に、気が気ではなかった。

イリアがあの場に留まってから嫌な予感がした。そしてシュナがこちらを指差した瞬間、心臓の鼓動が十倍は早くなった。

シュナとイリア。知り合いがこの店に来てしまう。

知り合いに発見されてはまずい理由が彼にはあったのだ。

客の訝る視線にも、彼は何の反応も示さない。

極限の困却。彼は走りだし、奥の部屋に逃げ込んだ。


「し、シヴァちゃん!?」


カウンターで客と四方山話をしていた女店長も驚き声を上げた。

部屋に入ってすぐの洗面所にある鏡に、自分の顔を写す。

程よく整った顔。肩に触れる長さの、狼のようなツンツンとした紫色の髪。右が色彩の薄い赤色で左が透き通った青色と、色違いの双眸。彼の名は赤青紫羽セキセイ シバ

〈AMF〉のランカーだ。なぜここまで怯えているのか。答えは簡単。

〈AMF〉のプロランカーに課せられた数少ない規約の中に、『副業またはアルバイトを禁ずる』と云う項目があるからだ。

つまり基本的に殆どのことが自由だが、それは許されていない。

ピンチだ。

接客すれば、バイトをしているのが知り合いにバレる。かといってこのまま閉じこもるわけにもいかない。紫羽は瞼を閉じ黙考する。色々と思案した後、水を出すスイッチを押す。

手に水を浸け、髪を纏めてオールバックにした。更に近くにあった安物のサングラスを装着する。

変装完了。どことなく『その道の人』っぽい風体だが、なりふり構ってはいられない。

ドアの把手に手を触れる。いざ、尋常に勝負。


開けた扉からすぐ正面。窓際の席に四人が座っている。

横目で店長を見ると、彼女は落ち着きを取り戻し客と話をしている。店長は紫羽の視線に気付き、ウィンクで返事をした。

どうやら状況を悟ってくれたようだ。

紫羽は注文を取るべく迅速に戦場へ向った。恰好自体がすでに怪しいのに、行動まで挙動不振だと感付かれるかもしれないからだ。

先手必勝。これ〈AMF〉の鉄則。


「い、いらっしゃいませ!ご注文はお決まりですか?」


不自然に高い声色を出す。男女が対面の席に座っている。イリアと金髪が通路側でシュナと茶髪が窓側。

二人の男は見掛けない顔だった。

こいつら、イリアとシュナの恋人か?いや、イリアはともかくとして男嫌いなシュナに限って、そんなことがあるわけないか。シュナの恋人は〈アルケイン〉だからな。

意外にも冷静な分析をする紫羽。

シュナと茶髪は論争をしていて無視。金髪は慌ただしく何かを探している。

おそらくメニューだろうが、『それ』は彼の目の前に置いてある。


「エクサ君。これこれ」


イリアが『それ』を指差し、自分の席の電子メニューを手に取り開いてみせる。エクサと呼ばれた少年が、メモ帳ほどの大きさの薄っぺらな紙を広げ、中の赤く光る電子キーを押す。

メニューが空気中に解き放たれる。

一驚するエクサを見て、イリアが笑った。

紫羽にはその光景がとても微笑ましかった。

アイドルと〈AMF〉ランカーの二つの仕事をこなして来たイリアだが、最近は疲労の色が目に見えて分かっていた。年頃に合った青春を送る機会などはないに等しい。

だが、どうだろう。今の彼女は笑っている。アイドルとしてではなく、イリアとして。

それだけで『アイドルは副業では?』という疑問も吹っ飛ぶ。

紫羽はエクサに目を向けた。

どこかで聞いたことのある名前だが、思い出せずにいた。それに電子メニューが分からないなんて今時は珍しい。

田舎からやって来たのか?だが何をしに?

紫羽の脳裏に一瞬だけ〈AMF〉の文字が過った。

まさか、こいつがルーキーか? それにしては何だか……。

紫羽は自分の置かれた立場を思い出し、そこで思考を断った。

弛んでいた口元を引き締める。そしてイリアに視線を戻した。


「イリアちゃん専用チョコレートパフェでっ! 作る速度三倍のイチゴ色のクリームが特徴だからね!」


メニューに無いものを頼む神経もどうだろうか。


「え? そんなのメニューにないよ?」


とエクサがメニューを概観しながら言った。真面目にツッコミを入れる場面でもない。


「チョコレートパフェがおひとつですね?」


紫羽はボロが出ないように極力無視することを心掛けた。


「俺はオレンジジュースで」


『とりあえず』というくらいな表情でエクサが言った。

紫羽は注文を繰り返して声に出して確認すると、店長に伝えようと踵を返す。

すると注文の品がすでにカウンターに並べられてあった。

ここのウェイターである存在理由を考えながら、テーブルに運んだ。


「はうわ〜! 美味しそうだね? エクサ君」


「え? 俺?」


「ダメダメ! そこは『うん、そうだね』と落ち着いた口調で言わなくちゃ」


「……ご、ごめん」


紫羽は『こいつ変な女だよな』と胸襟でエクサに同情した。

その変な女。何やら神妙な顔つきで紫羽を凝視している。


「な、なにか?」


「ねぇ、店員さん。ちょっとサングラスを取ってもらっていいッスか?」


紫羽は顔面蒼白となる。

能天気イリアに感付かれるとは計算外だった。


「いい今は無理です! 目……、そう、目が難病でして!」


「そう言わずにちょっとだけ」


食い下がるイリア。

紫羽は狼狽え、首を何度も左右に振った。


「すいませーん。店員さーん」


折も折、他の客に呼ばれ、紫羽は逃げ道に急行した。


「う〜ん、どっかで見たことあるんだけどなぁ」


とイリアが顎に人差し指を当て呟いた。

紫羽は満面の笑みを浮かべて接客する。サングラスを掛けているため微妙に気味が悪い。

注文を聞き返していると、店の扉が開いた。


「いらっしゃいませー!」


紫羽は地声に戻っていることも忘れ、大声で言った。だが次には表情を厳しくし、唇を堅く結ぶ。

入ってきたのは柄の悪い男が五人。周りには目もくれず、エクサたちの席に向っていく。


「すげぇ、本物だぜ」


リーダー格らしき男がイリアを見て陋劣な笑みを漏らす。


「何なのさ。君たち」


「おお、近くで聴く生の声もいいな」


イリアが不快そうな声のトーンを落とすが、男たちは気にもしない。

嫌な空気を感じた紫羽は、男の一人の肩に掴む。


「お客さま。他のお客さまのご迷惑になりますので、こちらのお席を――」


「うるせぇ!」


手を弾かれた直後、頬に痛みが走る。

紫羽は殴られ、カウンターに身を乗り出し反対側に転げ落ちた。

女性客の悲鳴が店内に響く。


「シヴァちゃん!」


店長が叫ぶ。紫羽は頬を押さえてドスの利いた声で呟く。


「この野郎……」



騒然と店内で、エクサは正面の光景を見ていた。

最初に話し掛けてきた男がイリアの腕を掴み、むりやり連れ去ろうとしている。


「やめて! 放して!」


「いいじゃねえか。折角、会いに来てやったんだから、デートのサービスくらいしろよ」


「あんた達みたいのがいるから、アイドルって考えものなんだよね」


イリアの腰が席から離れ始めると、エクサは男たちを睨んだ。

もう黙ってるわけにはいかない。喧嘩は得意じゃないけど、やるしか――

エクサが席を立つのとほぼ同時。

机上のチョコレートパフェが宙を舞い、男の顔面に命中した。


「ぐおっ!」


イリアがエクサの後ろに身を隠した所で、怒号が飛ぶ。


「何しやがる! このアマっ!」


飛んだ先はイリアの隣に座っていたシュナだった。


「その方が少しはマシだな。『色』男……」


クリームとフルーツが張り付いた男の顔を見て、シュナが鼻で笑う。

男は顔を拭い、立ち上がったシュナに近づこうと、ソファー式の椅子に足を乗せた。

そこで。

事態を静観していたショウが、男の顔面に飛び蹴りを放つ。

男は昏倒。ショウは机の上に立って叫んだ。


「このショウ様の就職試験を邪魔すんじゃねえ!」


その言葉で、堰を切ったように大乱闘が始まった。他の四人がシュナとショウに殺到する。

シュナは前方に飛び、一人の顔面に飛び膝蹴り。着地と同時に迫る拳を流し、相手の首に腕を回し体重を掛けた。

男の身体は地面に引き寄せられ、途中の椅子に顔面を強打した。

ショウも男の一人を殴り飛ばし、カウンターからガラス類の高音が鳴る。

残りの一人はエクサに襲い掛かろうと拳を構えた。

しかし、横から割り込んだモップが頬にクリーンヒットし、あえなく地面に伏した。

モップで攻撃したのはサングラスの怪しい店員だった。

店員はサングラスを外して投げ捨てると、微苦笑を作り言った。


「〈AMF〉ランカーの一人、赤青紫羽。よろしくな。ルーキー」


「え……? あ……、よ、よろしく。エクサ・ミューロウです」


エクサが反射的に挨拶をすると、紫羽が乱闘現場に向って声を張り上げる。


「受け取れ、シュナ!」


シュナが視線を送るのを確認し、モップを投げる。シュナはモップを受け取ると、熟練された棒捌きで周囲の目を奪う。


「怪我をしたい奴から前に出ろっ!」



阿鼻叫喚。

乱闘が終わる頃には男たちは無惨な姿となっていた。机の上で腹部を押さえて呻いていたり、店の外まで吹っ飛ばされ力なく倒れていたり。

シュナがモップを武器にしてから一分も経たずしてこの状況だ。


「相変わらずの腕前で」


紫羽が破壊された店内を見渡して言う。


「これは返そう。ウエイター」


「ふっ……、今は紫羽さ。それ以上でも以下でもない」


語調に渋みを利かし格好付ける紫羽に、イリアが横から指摘する。


「すっごいアルバイトのこと誤魔化そうとしてるッスね」


「勘弁して欲しいッス……」


うなだれる紫羽に、シュナが止めの一言。


「最初からお前だと気付いていた」


「なにぃぃぃぃっ!?」


「……ド阿呆」


シュナと紫羽のやりとりに、エクサたちは大笑した。その後、数分だけ歓談し店を出た。

四人の殿に付いたエクサがカウンターの方向に目をやると、紫羽が店長に何やら説明をしていた。


「壊してごめん。この請求書をレークス宛てに送れば、弁償してくれるし、口止め料も貰えるから。金額に不満があったら、裁判にでもしちまってくれ」


エクサは苦笑いし、店を後にした。

店に集まった野次馬も引き始め、街は最初の光景で埋まっていた。


「何だかスカッとしたねー」

イリアが呑気に言いながら、ボクシングの真似をする。


「イリアは何もしてないでしょ?」


シュナにしては柔らかい口調。


「でも、やり過ぎだったんじゃないかな?」


「お前はなぜ何もしなかった。それでも男か」


シュナ特有の、言葉以上に辛辣な口調。

やおら、エクサたちは歩き始めた。


「あ……」


エクサは街に来た目的を、三度、思い出して振り返る。

ショウの姿を探すが、どこにもない。


「何をしている。早く来い」


面接官のシュナがこれでは、どうしようもない。


「あ、そうだ、エクサ君。あたしの車に忘れた荷物は君の部屋に届けといたよ」


「ごめん。忘れてた。ありがとう」


「気にしない。気にしなーい。アフターケアも万全ッス!」


エクサは、上空で城のように聳え立つ〈AMF〉の会場を眺めると、再び足を進めた。

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