【第2話 無知なルーキー・その4】
「いたた……」
強打した腰を擦りながら、エクサは会場の外に出た。二回目とあって、痛みから及び腰となっている。
イリアが忙しく左右前後に移動し、心配そうに声を掛けている。その内、眉をキッと吊り上げシュナに目を向けた。
「もうっ、シュナは乱暴ッスよ〜。それじゃモテないよ?」
「ふんっ! そいつがバカなのが悪い。それに私は普通の男に興味はないから遠慮はいらない」
第一に人の身を案じてくれ、と意中してエクサは渋面を作る。
「なんで俺が投げられるの? この星って病気の心配は禁止なの?」
まだ投げられた理由を理解していない。
イリアが苦笑し、
「ハハ……。エクサ君って、ちょっち天然?」
次にシュナ。
「こいつはただの田舎者だ」
刺々な台詞に反応し最後はエクサ。
「確かに田舎かもしれないけど、そこまで馬鹿にすることないだろ」
「本当のことを言ってるだけだ」
「言って良いことと悪いことがあるじゃないか」
二人の間に火花が飛び散る。その火花をイリアが身体を張って断つ。
「お二人さん、喧嘩しない。早くメカニックさんを捜しに行かないと」
エクサはイリアの言葉で本来の目的を思い出した。
下方にある街を俯瞰できる通路の切れ目まで走り、手摺りから身を乗り出す。そして遥か遠くまでを眺望した。
「うわぁ、広いなー!」
先程と同じような感想を述べる。
「そういえば、エクサ君って歩いて街に出るの初めてだね。案内がてらに人捜しってことで丁度いいかもね」
イリアの朗々たる声と、水分を補給したての花のようなエネルギッシュスマイル。更には熱血ロボットアニメの指揮官並みに大仰な腕の振りから街を指差した。
「出発ッス!」
エクサは元気よく走りだしたイリアの後を追う。
二人の背中を見てシュナは嘆息を漏らした。
「まったく、子供ではあるまいし……。これ以上、付き合っていられるほど暇ではない」
美しい黒髪を翻し、入り口へと戻っていった。
イリアに導かれて向った先には、エレベーターくらいの大きさの箱があった。
乗るように指示を受けたエクサが足を踏み入れる。
イリアもひょいっと乗り込み、脇にあるボタンを押す。
薄い青色の光が入り口を閉ざすと、身体が浮いたような感覚に包まれた。
箱が降下を始めたわけではない。
エクサは不思議な感覚に驚き、心を踊らせる。心臓の鼓動が早まり、興奮しているのが分かる。新生アースにある装置の全てが彼には珍しく、心情はサーカスを楽しむ子供だった。
次の瞬間には、景色が変わっていた。
周りには多くの露店が開かれ、道行く人は活気が溢れる声で買い物をしている。光の看板や空を散歩する小型ロボットなどが天井までも埋め尽くす。
それが箱の正面から溢れた光景。
一歩外に出ると、人々の熱気が空を伝っているのが肌で感じ取れる。
「凄いでしょ?」
二、三歩前を行くイリアが後ろ歩きをしながら聞いた。
エクサは口で答える代わりに何度も頷いた。言葉など出なかったからだ。
目線はあっちこっちと一ヶ所に集められない。
エクサは近くの露店を覗いてみた。中では矍鑠たる様子の老人が商品をアピールしている。手に取った商品の説明している内にエクサに気付き、声を掛けてきた。
「そこの若いの。もしや旧アース出身ではないかのぉ?」
「え? そうですけど……」
エクサは意外な第一声に驚いたが、言葉を返す。
「ほっほっほっ! いや、驚かせてすまんな」
愉快そうに高笑いすると、真っすぐ瞳を捉えて続けた。
「良い眼をしておるな。こんなに澄んだのを見るのは久しぶりじゃ」
「…………」
エクサは返す言葉を失う。この老人から只者ならぬ気配が漂っていた。
数秒の沈黙を経てから、老人はおもむろにカウンターの下から綺麗な石を取り出した。
「信念石……」
打って変わった厳かな声に、他の客すら黙り込む。
「その名の通り、信念を貫く者に与えられし聖なる石じゃ。これはお前さんの持ち物に相応しいやもしれん。半額の五百ルースでどうじゃ?」
『ルース』とは新生アース誕生と同時にできた、世界共通の通貨単位のこと。
エクサは呪文にでも掛かったかのように、信念石に手を伸ばした。
だが、そこで第三者が介入する。
「お口が上手なお爺さんだね〜。でも大衆は騙せても、このイリアちゃんは騙せないよ!」
言いながら、エクサの手首を掴む。
エクサは無意識化にあった自分に、やっと気が付いた。
老人はイリアを鋭く光る瞳で凝視した後、いっきに相好を崩した。
「ほーっほっほっ! 悪いことはするもんじゃないのぉ」
ここ一番の大音声で笑う。それから少し強引に笑みを引かせ、エクサに謝罪した。
「エクサ君。修業が足らないッスよ」
イリアが脂下がる。
カモにされかけたエクサは、ただ引きつった笑みでその場を後にしようとした。
「ところで娘さん。恋愛石をご存じかの?」
老人が再び真面目な表情で語りだし、『カウンターの下』からクリアレッドの石を取り出した。
「この石は恋愛成就のお守りで、身に着けたものは必ず意中の相手と結ばれる伝説があるのじゃ」
エクサは唖然とした。
さっきとまるで同じ手口だなんて、度胸がいいのか、はたまた健忘症なのか。
とりあえず、『えぇーっ!?』と心中で三回は叫んだエクサと共鳴してか、同じ声をイリアが出した。
違う意味での。それは喚声だった。
「えぇーっ!? 本当に!? 欲しい、欲しい! それいくらッスかー?」
今度は簡単に騙された。
恋は盲目――というよりは二つの節穴が原因。
エクサが心を落ち着けている間に、イリアの買い物が済んでしまった。
満足そうに石を眺め、サービスで付いてきた紐の部分を〈アルメ〉に取付けストラップにする。
「ふふーん♪ これで彼氏いない歴が現在の年齢な状況を脱却できるぞー! 見える、見えるよ! ああ、青春だねぇ!」
彼女の目はどこか遠くに行った。
彼女が幸せなら、もう何も言うまい。エクサはそう固く誓った。
「メカニックを捜しにいこう」
本来の目的を達成するため、エクサは街の奥へと進んだ。
〈AMF〉会場。
ギフトは選手控え室の扉を開いた。
部屋では、アイネがキーボードを叩く音だけが寂しく響いていた。
「あれ? ランシェは?」
ランシェとはギフトと蘭が部屋を出る前にはいた、妙齢の脱力系の女のことである。アイネはパソコンから視線を動かさずに、頭を振った。おそらく知らないとの意思表示だろう。実は振ったかも微妙な動作だったが、いつものことなのでギフトも慣れていた。
近くの椅子に腰掛け、
「またデータ収集か? ご苦労なこった」
「…………」
疑問や質問でなければ大抵は無視。分かっていても、やはり息が詰まる。
特に用はないので退出すればいいだけの話だが、ここ以外で行く場所は自室くらいしかない。つまり暇なのだ。
(それでも此処よりゃマシか……)
ギフトが腰を浮かせたと同時に、アイネが口を開いた。
「エクサ・ミューロウの印象は、どう?」
何の前振りもない質問に、ギフトは一考してから答えた。
「どう、と言われてもな。別に普通の男だよ。訓練を受けてきたAT乗りには見えねえな」
「そう」
簡潔に返し、無言に戻る。
「気になるなら一緒に来りゃ良かったのに」
「べつに」
心なしか、キーボードを打つリズムが早くなった気がする。
ギフトは用件は済んだとみなし立ち上がり、扉の前のボタンまで歩き立ち止まった。
そこで丁度、扉が開いた。正面に立っていたのは、恰幅の良い中年の男だった。肌は黒く、アジア系の人種。ボサボサの黒髪で口の周りは髭が伸び放題となっている。
賭博場に一人は居そうな、柄の悪いおっさんだ。
「よお、ギフト! 捜してたんだぜ。どうだ? 一杯やりに行かねえか?」
「グルマン。良いタイミングだぜ。早速、街に繰り出すか」
グルマンと呼ばれた男と、ギフトは意気投合した。
グルマンはアイネの後ろ姿を確認すると、陽気そうに言った。
「嬢ちゃん。また対戦するときはお手柔らかに頼むぜ。最近は飲み屋の親父にもこう言われるんだ。『あんた自分の子供ぐらいの年の娘を相手に亀だね。手も足も出てないぞ』ってな。まだ俺は独身だけどな。がーっはっはっはっ!」
何が面白いのか知らないが、品のない声で笑う。
そして会場の入り口に向かった。
ギフトとグルマンの歓談する声が遠ざかると、アイネはボソッと呟いた。
「〈AMF〉のランカーが変り者な確率、……九十パーセント以上」