プロローグ
快晴の青空の下に広がる美しい高原。
放牧された牛が草を啄み、透き通った小さな川が流れている。その中心に一つの小さな小屋が建てられており、その側には1人の少年が佇んでいた。
空のような青い瞳をした美しい容姿に、目にかかる程度の黒髪。名前は宮下秀、今年で12歳になる。
「…。」
心地いい春の風が髪を揺らし、2羽の小鳥が秀の肩に止まる。秀はただただボーッと地平線を眺めていた。
それだけで幸せだったから。
「秀ー!そろそろお昼ご飯だよー!」
背後から秀と一緒に住む義母が声をかける。彼女の名前は宮下楓、まだ二十代前半だ。
「あぁ、今行く」
そう返し秀は家に入った。
「美味そうだな、これは今日俺が釣ってきたやつか?」
「うん!油で揚げてみました!さっ!冷めないうちに食べよ食べよ!頂きまーす!」
「頂きます。」
今日のメインは秀が川で釣ってきたばかりの新鮮な魚に米。サイドは2人で育てた野菜に果物。
特段豪華でも無い、いつも通りのメニューだ。
2人の住む家も豪邸などでは決してなく2人で丁度いい程度の広さの木造の小屋。立地も下町へ買い物に行くのにも歩いて30分はかかる。便利とは言えないだろう。
だが秀にとってはそれが心地よかった。
不便と贅沢を引き換えに好きな時間に起き、好きな時間に好きな事が出来る。
眠ければ一日中寝たって良いし、気が向けば山菜を摘んだり、今日のように釣りに行くのも良いだろう。
家で明るく優しい義母と一緒に過ごすのも良い。
逆にこの生活に飽きれば都会に行くのも楽しいだろう。自分の行動を咎められたり奪われたりする事は無い。
“自由”
この頃の秀は誰よりも自由を謳歌していた。
自分だけじゃ無い、多少残酷な事はあれど世界は平和で幸せで、愛と自由に満ち溢れてると思っていた。この頃までは。
秀に転機が訪れる、それは一ヶ月後の話。何の変哲もない日だった。
秀は楓に頼まれ下町へと買い出しに出かけていると、路地裏で1人の小太りの男に絡むガタイのいい3人組を目にした。秀は躊躇う様子も無く仲裁に入る。
男達は自分の半分程度しか無い背丈の少年が絡んできた事に激しい怒りを覚えたが、何かを察したのか、その怒りはすぐに収まり何も言わずに立ち去った。
小太りの男は何度も頭を下げた後、一枚のチケットを秀に手渡した。これこそが男達に絡まれていた原因らしく、転売すれば相当の値が付くと言う。
秀は特に深く考えずお礼と思い、チケットを受け取った。話を聞くとこのチケットは夜中、この街のある場所でのみ使えるらしく、秀は早速行ってみる事にした。
一度家に帰り、楓に断りを入れ秀は夜更けに再度街へと繰り出した。
こんなに深い時間に街を出歩いたのは初めてだった。辺りは店の明かりでぼんやりとして、黒いスーツを着た男に、露出の多い女が目配せを送ってくる。その意味も分からぬまま秀は目的の場所についた。
そこは地下で石造りの階段が下に続いている。降りていくと給仕服姿の爽やかな青年が立っていた。チケットを渡すと笑顔で扉を開く、秀は期待の眼差しで中に入る。
だがその光景は秀の思っていたのとは違った。
皿の上に手枷をした裸の女が料理を上に乗せられ、それを下卑た笑みを浮かべた男達が啄んでいる。他にも間隔をおいて両手足が欠損した男や酷い火傷など様々な身体的欠損を負った男女がケージの様な檻に入れられ動物園の様に展示されている。その中には今朝絡んでいた男達の姿もあった。そして中央奥のメインステージでは司会と思わしき男が木槌を叩き、首輪に鎖で繋がれた人をオークションの様に売り捌いている。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
秀の鼓動が激しく脈打ち目の前が真っ白になる。意識を失いかけ膝をつき、浅く呼吸を繰り返す。
「…大丈夫ですか?」
自分を気遣う女性の声、顔を上げると首輪をした布切れの様なボロボロの服を着た秀と同い年程度の見た目の少女が跪き自分と目線を合わせ、心配そうな表情で秀を見ていた。
「おい!勝手に喋るんじゃない!!」
首輪から垂れる鎖を握った肥満の男が少女の顔を思いっきり引っ叩く。
少女は顔を顰めるも声すら上げず床に倒れた。
それを見て秀の中で何かが切れた。次第に動悸も収まり呼吸も落ち着く。だが拳を握る力のみが増し、やがて体中の血管が浮き出るほど体が力み、力が湧き出てくる。
そして少年の瞳と同じ色の謎の青い光が全身を包み始めた。
「貴様!謝罪はどうし…」
男が今一度振り翳そうとした瞬間、秀の裏拳が男の顔面を吹き飛ばし床に散らばった。
会場が阿鼻叫喚に包まれる中、少女は秀を見つめていた。男の末路にすら気付いていない。秀、そして秀を包み込む青い光の美しさにただただ見惚れていたのだ。
それから秀は少女と同じ境遇の者を除く全ての人間を殺した。事件はたちまち公になり大騒動になったが、警察は集団自殺と世間に公表した。
この出来事によって秀の価値観は大きく変わった。この世界は自分の思った世界とは違った。醜悪で残酷で欲望に満ち溢れている。だが秀は諦めない、そして誓った。
必ず、またあの頃の自分に戻ると。
自由になると。




