「格上の縁に転んだのだろう」と笑うお宅へ——いいえ、二年払わぬ石工と屋根葺きの請取、束でお返しします。槌の音は止みます
足場は、二年立ったままでございます。
丸太を縄で組んで、二年。縄は日に灼けて白くなり、上の段の板が一枚外れて、そこだけ空が四角く抜けている。屋根は半分だけ瓦が載って、残りには筵。その筵の端が、風の吹くたびに垂れ下がっては、また戻る。
(丸太が四十二本。縄は掛け替えなしで二年。あれは掛け替えずに外そうとすると人が落ちます。落ちれば、また払いが増えますわね。もっとも、払っていらっしゃらないのですから、増えようがございませんけれど)
十日に一度、わたくしはここへ参ります。嫁ぐ前の娘が他家の普請場に立つのは行儀の悪いことでございますけれど、来なければ人役が数えられません。数えなければ、いくらお渡しすればよいのか分かりません。分からないままお渡しすると、それは施しになってしまいます。施しは、職人衆にいちばん効かない金でございます。
「千鶴」
恭一郎様が縁から降りてこられた。新しい外套でございます。仕立ておろしの折り目が、まだ肩に残っている。
「伯爵の話が来たとたんにこれか」
「まあ。もうお耳に入りましたの」
「町じゅうが言っている。妬いたか、転んだか。どちらだ」
「どちらでもございません」
「では、なぜだ」
「お尋ねになりたいのは、なぜ、でございますか。それとも、なぜだと人に言い触らしたらご自分の体裁が保てるか、でございますか」
「……口の減らん女になったな」
「伯爵家のお話は、受けるのか」
「お返事はまだでございます」
「ふん。もったいぶるところが、いかにも女らしい」
「もったいぶってはおりません。数えているのでございます」
「何をだ」
「いろいろと」
恭一郎様は足場を見上げて、それから鼻で笑われた。
「分かった。おまえが銭を出し渋るから普請が死んだのだろう。そう言われるのが嫌になったのだな」
わたくしは足場を見上げたまま、袂の中で指を折った。石工六人に二年三月。休みを引いて、およそ六百人役。手間賃を掛ければ、目の前の外套と、去年新調なさった馬車が三台と、それでもまだ釣りが出る。
「いいえ。足場を止めたのは、わたくしではございません」
「では誰だ」
わたくしは答えませんでした。恭一郎様も、答えを待たずに笑って母屋へ戻っていかれた。
誰も、では誰が止めたのか、とはお尋ねにならない。二年、一度も。
* * *
翌日、東の家の座敷に親族が集まりました。
お義母様はわたくしの手を取って、目尻を押さえていらっしゃる。
「千鶴さん。女心は移ろいますものね。責めやしませんよ」
「お義母様」
「若い娘さんですもの。格の高いお話が来れば、心も動きましょう。ねえ皆様」
親族の膝が、一斉にこちらを向いた。
「千鶴さん。お若いのだから、正直におっしゃい。伯爵家のほうがよくなったのでしょう」
「……」
「黙っていては分かりませんよ」
「申し上げても、お信じにならないと存じます」
「あら、言ってごらんなさいな」
「では、申しません」
座がざわりといたしました。強情な娘ということになったのが、その日のうちに町へ回ったそうでございます。
(お義母様。その袱紗、去年の暮れのお誂えでございましょう。左官の弥助さんが十日働いた値でございます。弥助さんはその十日ぶんを、まだ受け取っておりませんけれど)
「あの、屋敷のほうは、いつごろお仕上げに」
親族のどなたかがそうお尋ねになると、お義母様は袂を口に当ててお笑いになった。
「趣向を凝らしておりますの。急いては良いものはできませんもの」
「はあ、趣向」
「屋根も、あの筵のところは、わざと残しておりますのよ。風の抜けを見ておりますの」
二年です、と申し上げたかった。趣向というのは、金を払ったうえで凝らすものでございます。筵は趣向ではございません。筵は、瓦を買っていないという意味でございます。
その帰り道、近隣の奥方が三人、こちらへ聞こえる声で立ち話をしていらした。
「お気の毒に。二年もお待ちになって」
「でもねえ、伯爵家からお話が来たとたんですって」
「まあ。それはねえ」
「わたくし、あのお嬢様はもっと辛抱強い方かと思っておりましたわ」
「若いうちは、綺麗なものに目が移りますものね」
(奥方様。お宅の門、去年の野分で歪んだままでございましょう。卯之助さんに直させたいのなら、順番はわたくしより後ろでございます。もっとも、いまはどなたの順番も回っておりませんけれど)
いちばんこたえたのは、その次でございました。
普請場の脇を通ったとき、屋根葺きの佐吉さんが道具を担いだままこちらをご覧になって、目を逸らされた。
「佐吉さん」
「……お嬢さん」
「梯子、片づけていらっしゃるの」
「へえ。もう上がることもねえもんで」
「そう」
「……お嬢さんが縁をお切りになったから、槌の音が止んだんだって、皆が言っておりやす」
「佐吉さん。あなたは、どう思っていらっしゃるの」
佐吉さんは道具の縄を結び直して、それきり何もおっしゃらなかった。
わたくしはそこで初めて息が詰まりました。二年、瓦を待っていた人にまで、そう思われている。
弁明をしなかったのは、意地ではございません。二年ぶんの払いの話をここで始めれば、それは金を返してほしい娘の話になります。そうなった途端、権三さんも佐吉さんも、娘の金の揉め事に巻き込まれた気の毒な人になってしまう。巻き込まれた職人には、次の請けが来ません。口を開くなら、あの方々が顔を上げられる場でなければならないのでございます。
弁明はしませんでした。ただ、その晩、母屋の廊下で恭一郎様がご友人に話していらっしゃるのが聞こえた。
「職人の払いなど、いずれまとめて済ませればいい話だ。女が二年黙っていたのなら、それは惚れているということだろう」
* * *
権三さんに手間賃をお渡しするのは、いつも普請場の裏の、材木の陰でございます。
「親方。今月ぶんでございます。石工六人、二十六人役」
「……お嬢さん」
「足りませんか」
「足ります。足りますが」
権三さんは材木に腰を下ろし、膝の上で紙を広げ、鉛筆を舐めて、名前と人役と額を書いて、いちばん下に受け取り申し候と書いて、判を押される。宛名はいつも、わたくしの名でございます。
「うちの人が書くもんです、こういうものは」
「はい」
「けど本当は、東の旦那さんに書くもんだ」
「はい」
「お嬢さん。二年、書かせちまって」
「ですから、束が重うなりました。持って帰るのが難儀でございます」
「重いのは紙じゃねえ」
「存じております。ですから、こうして数えているのでございます。数えているうちは、重さも人役でございますから」
権三さんは笑われなかった。この方が笑ったのを、わたくしは二年で一度も見ておりません。
別の日には、左官の弥助さんに。
「お嬢さん、壁下地の二度目でございます。あっしの人役は」
「十一でございましょう。三日目に雨で半日お休みでしたから、十一と半」
「……半までは、いいですよ」
「いけません。半は半でございます。半を切り捨てられるのが、いちばん腹の立つものでございましょう」
弥助さんは鼻をすすって、紙に判を押された。
その月、わたくしは自分の帯を一本、質に置きました。田の上がりが入るのは秋で、瓦の手付はその前に来る。順番が合わないのはわたくしの都合でございます。職人衆の都合ではございません。
帰りに井戸端で、おきんさんに呼び止められた。
「お嬢さん。うちの人には内緒ですけどね」
「なんでしょう」
「うちの娘の祝言、一年延びましたのよ」
「……存じませんでした」
「支度の金が、そっくり普請に化けちまって。いえ、お嬢さんのせいじゃありませんよ。お嬢さんが出してくださらなかったら、一年じゃなく三年でしたから」
「三年」
「三年です。うちの人、東の旦那さんに催促に行くのを、いっぺんもしませんでね」
「……なぜ」
「催促した親方には、次の請けが来ませんもの」
「おきんさん。祝言のとき、お赤飯は炊けますかしらね」
「炊けるといいねえ」
家に帰って、束の紐を締め直しました。二年三月ぶん。初めのころの紙は白くて、去年からのは色が悪い。同じ店で買えなくなったのだと、権三さんはついにおっしゃらなかった。
わたくしの手元金は、自分名義の田の上がりと、嫁ぐために貯めた分でございました。二年で、それがそっくり束に化けた。
化けた先が、あの屋根でございます。
(外套。あれは石工二人が半年働く値でございますね。あなた、その背中に人ひとりの半年を羽織っていらっしゃるの。せめて雨の日はお召しにならないで)
* * *
棟上げの披露は、屋根が半分のまま行われました。
体面のためでございます。足場の下に筵を敷いて、親族と近隣と、そして職人衆が並んだ。
棟上げというのは、本来なら棟木が上がった日に、その日のうちに行うものでございます。屋根が半分の家で披露をするのは、支度した膳を先に食べてしまうようなもの。それでも人をお呼びになるのは、呼ばなければ二年の遅れが人の口にのぼるからでございます。呼んでしまえば、遅れは趣向になる。
振る舞いは握り飯と味噌汁。
(……これ、おいしい)
塩が効いている。梅も入っている。座敷の膳より、こちらのほうがよほど身になる。わたくしは行儀を捨てて二つ目に手を伸ばしました。
「千鶴さん、まあ」
「お義母様。わたくし、こちらのお握りのほうが好きですの。塩が効いておりますもの」
「はしたない」
「はしたないのは、握り飯の数だけ人役を払っていないことでございましょう」
「……なんですって」
「いえ。おいしい、と申し上げました」
握り飯を配っていらした卯之助さんの手が、わたくしの前で少しだけ止まりました。
「棟梁。ひとつ、いただいてよろしい」
「……どうぞ」
「二つ目も、いただきましたけれど」
「へえ」
それだけでございました。二年、この方たちに払ってきたのはわたくしでございますのに、この日のわたくしは、槌の音を止めた娘でございます。
わたくしはその日、いちばん良い装いで参りました。髪も結い直して、その足で泥の足場の下に立っている。
恭一郎様が縁に立って、盃を上げられた。
「本日はお運びいただき、かたじけない。この屋敷は、まあ、ご覧のとおりだ。仕上がりが遅れているのは——」
そこで一つ、間を置かれた。人の顔が揃うのを、待っていらしたのだと思います。
「うちの嫁になりそこねた女が、家格に転んだせいでな」
どっと笑いが起きた。奥方連中が扇を口に当てる。
職人衆は、誰も笑わなかった。
「二年、待たせた。だが心配はいらん。じきに槌の音は戻る」
「恭一郎様」
わたくしは立ち上がりました。膝の上に、綴じ紐の束を載せて。
「読み上げても、よろしゅうございますか」
「なんだ、それは」
「お読みになれば分かります。……いえ、失礼いたしました。お読みになったことがございませんでしたわね」
* * *
紐を解く音は、思ったより大きく響きました。
「石工。権三、以下六名。明治十九年三月より二十一年六月まで。二年三月。休みを引いて六百人役。手間賃、支払い——わたくし」
座がしんとした。
「屋根葺き。佐吉、以下四名。瓦上げ十四日、下地二十二日。支払い——わたくし」
「千鶴、何を」
「左官。弥助、以下三名。壁下地、二度。支払い——わたくし」
「やめろ」
「大工。棟梁卯之助、以下八名。刻み、建て方、二十九人役——」
「やめろと言っている!」
わたくしは紙をめくる手を止めませんでした。一枚ごとに、紙の色が悪くなっていく。
「まだ十七枚ございます。二十一年の正月ぶんから、お読みいたしましょうか」
「……」
「正月は、瓦の手付でございました。手付だけは入れておかないと、春の分が押さえられませんもの。あれは、どなたのお名前で入っていたと思し召します」
「その紙はなんだ。おまえが勝手に書いたのだろう。誰でも書ける」
「では、どなたが書いたことになさいます」
「知るか。おおかた、おまえが」
そのとき、筵の端で権三さんが立ち上がられた。
「その紙を書いたのは、わしらです」
はじめは、たった一言でございました。
佐吉さんが立った。弥助さんが立った。卯之助さんが立ち、その後ろで七名の大工が順に膝を立てた。
「親方、待て。おまえたちは」
「東の旦那さん。判はわしのです。見ておくんなさい」
「……そんなものは」
「わしらが嘘をついているとおっしゃるなら、それで結構です。そのかわり、明日から誰もこの足場には上がりません」
親族の顔から色が引きました。憐れみの顔をしていらした奥方が、扇を下ろして顔を見合わせている。
「……嘘でしょう」
「二年、払っていらっしゃらなかったの」
「では、あの方が、ずっと」
「二年三月といえば、うちの息子が学校を出た年から」
「では、あの筵は」
「瓦を買うていらっしゃらないのでしょう」
奥方のお一人が、扇で口を隠すのをおやめになった。隠したところで、もう聞こえてしまったからでございます。
事件の主語が入れ替わった音を、わたくしはそこで聞きました。誰の心の話でもなくなった。あなたのお家が二年払わなかった、という話になった。憐れむ顔をしていた方々が、いま、払われなかった側の顔を見ている。
わたくしは次の紙をめくりました。
そこで、指が止まりました。
権三、と書いてある。
二年、この名を数えてまいりました。人役と、日数と、額と一緒に。数えるたびに、あと何月でこの屋根が仕上がるかを勘定していた。その勘定が、いま初めて回らなくなった。
声が落ちるのが、自分でも分かりました。
「……わたくしはあの屋根を、わたくしの家の屋根にするつもりでおりました」
足場が、風で少し鳴りました。
お義母様が座敷のほうへ立とうとなさって、親族の膝に阻まれた。
「お待ちなさいまし、お加津さん。二年というのは、本当ですか」
「それは、あの、そのうちにと」
「そのうちにを二年ですか」
権三さんが筵の上で頭を下げられた。誰にでもなく、束のほうへでございます。
佐吉さんが筵を回り込んで、わたくしの前に膝をつかれた。
「お嬢さん。あっしは、あんたが縁をお切りになったから止まったんだと」
「存じております」
「……面目ねえ」
「佐吉さん。梯子を、もう一度お出しになりますか」
「この家じゃ出しません。けど、あんたが施主なら出します」
* * *
翌日から、その普請場に槌の音は鳴りません。
権三さんが出入りを断ち、佐吉さんも弥助さんも卯之助さんも来ない。三日目に材木屋が来た。
「東さん。今後は現金で願います」
「掛けで二十年やってきただろう」
「二十年、払っていただきましたから掛けでございました」
材木屋の番頭さんは、それだけ言って荷車を引いて帰られた。荷は下ろさずにでございます。四日目には、どの親方も東の家の新しい請けを取らないという話が町を回っておりました。
足場だけが、そのまま立っている。誰も外しに来ないからでございます。外すのも仕事で、仕事には手間賃が要る。
奥方連中のお噂は、その月のうちに向きが変わりました。二年もお払いにならなかったんですって、という話に。噂というのは、人が入れ替わるのではなく、向きが変わるだけでございます。門前を通る道順まで変えていらしたのには、さすがに感心いたしました。
半月して、東の家は親族筋から金を借りて、立替分をわたくしに返しました。
借りて返すというのは、払ったことにはなりません。二年払わなかった金を、こんどは親族筋へ払う番になっただけでございます。順番が一つ後ろへずれた。ずれた先が身内でございますから、あのお家の座敷では、これから先、二年の話が何度も出るのでございましょう。
紙に包んで、お義母様が持っていらした。
「これで、なかったことに」
「頂戴いたします」
「まあ。素直ですこと」
「素直でございましょう。返していただくものを返していただくのに、揉める理由がございません」
「……あなた、そういう人でしたかしら」
「二年前からこういう人でございます。お義母様が、勘定のできる女は嫁にいらないとおっしゃるので、黙っておりました」
わたくしはその足で権三さんのところへ参り、包みをそっくり置いてまいりました。
「お嬢さん、これは」
「二年、遅れたぶんでございます。利は付けられませんでしたけれど」
「……受け取れません」
「親方。わたくしが受け取ってしまいますと、二年のあいだ立て替えていたのはわたくし、という話のままでございます。お渡ししてしまえば、払われなかったのは職人衆で、払わなかったのは東の家でございます。そのほうが、勘定が合いますでしょう」
権三さんは、しばらく紙包みをご覧になっていた。
「……娘の祝言が、来月になります」
「まあ。それは、お赤飯を炊かなくてはなりませんわね」
「お嬢さん。餅は投げますか」
「投げていただきます。わたくし、下で受けますので」
* * *
秋に、権三さんの口利きで、北の御屋敷の普請の勘定と差配を任されました。
若い当主が、坪と間口の図面を広げて言われた。
「石工の親方が、あんたなら人役の勘定が合うと言うのでね」
「合わせるのではございません。初めから合っているものを、そのまま書き写すだけでございます」
「合わない家のほうが多い」
「書き写す前に、払わないからでございます」
「勘定は月に一度でよいか」
「十日ごとにお願いいたします」
「細かいな」
「十日でしたら、遅れても十日で済みます。月にいたしますと、遅れは一月になります」
「……なるほど」
「それから、雨で休んだ日は休んだと書きます。休んでいない日を休んだことにされるのが、職人衆はいちばん堪えますので」
北の御屋敷の朝は、まず鑿の音から始まります。それから槌、それから瓦の擦れる音。二年、わたくしが聞けなかったのは、この順番でございました。音のしている普請場というのは、金が回っている普請場のことで、金が回っているというのは、どこかで誰かが十日ごとに払っているということでございます。
初めての支払いの日、わたくしは自分の名で銭を渡し、権三さんから紙を受け取りました。宛名はやはりわたくしの名で、けれど今度は、支払人もわたくしの名でございます。
(わたくしの名で、一枚目でございます)
その紙を綴じ紐に通していると、東の家の使いが参りました。
「若旦那様が、お目にかかりたいと」
門の外に、恭一郎様が立っていらした。外套は春に誂えたもので、裾が擦れている。
「金は返した。母も心を入れ替えると言っている。……戻ってくれ。屋敷を仕上げたいのだ」
「どなたが仕上げるのでございますか」
「それは、だから、職人を」
「どの親方も、東のお家の請けはお取りになりません」
「おまえが口を利けば違うだろう。親方はおまえの言うことを聞く」
「聞きません。あの方が聞いていらっしゃるのは、払う人の言葉でございます」
「金は返しただろう」
「二年ぶんを、二年遅れてお返しになりました」
「……ならば、何が足りん」
わたくしは、二年前と同じ言葉を申し上げました。
「いいえ。足場を止めたのは、わたくしではございません」
恭一郎様の顔が、そこで変わりました。二年、どなたも問わなかったことの答えが、いま初めてご自分に返ったのでございましょう。
心をお入れ替えになるのはご自由でございます。けれど、鳴らなかった二年は、鳴りません。
門を閉めて戻ると、普請場では棟上げの支度が始まっておりました。
「施主さん、餅はいくつ投げなさる」
「うちの施主さんは勘定が細かいからな、とうに数えてあるだろうよ」
「百と、それから半端が十二ございます」
「なんで半端があるんです」
「人役が半端でございましたから」
笑い声が上がりました。屋根の上で、佐吉さんが手を振っていらっしゃる。
(百と十二。半端の十二は、二年三月の半端でございます。どなたにも申し上げませんけれど)
わたくしは梯子を上がって、いちばん初めの一つを、下にいる権三さんに向かって投げました。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
作者ページには他の短編も並んでいます。よろしければどうぞ。




