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「お前を愛する事はない」と言われたら「なんですって?」と私が言いますので、さらに一言続けてください。

作者: 衛朱
掲載日:2026/10/13


「いいか、私がお前を愛する事はないからな」

「なんですって?」


 夫婦の寝室に入ってきた新郎が、室内のソファーでくつろいだ様子の新婦を指差し間の抜けた発言をした。新婦はそれに表情も変えずに返事をしながら、目の前のテーブルに置いてあるベルを鳴らした。

 ベルの音に応えて隣接する待機部屋から寝室に入ってきたのは三人の侍女。入って来るなり、一人が挙手をする。


「はいっ!」

「はい、コニー早かった」

「はっ?」


 理解できない状況に新郎が驚いている間に、新婦と侍女達は言葉の応酬を続ける。


「『私には真に愛する娘がいる、妻だからと言って成り代われる等と思い上がるなよ』」


 コニーと呼ばれた侍女はくりくりとした目を少し細め、ちょっと顎をあげて見下ろすような態度でそう言った。

 新郎はギョっとしてコニーを見る。今まさに自分が続けようとしていた言葉がその口から出てきたからだ。


「ただの現状説明だけれど、初手にそれは正しいわ、答札(とうふだ)を一枚あげましょう」

「やったー!」


 新婦はそう言って何やら薄い紙を一枚コニーに渡す。ガウンのポケットにしまってあるようだが、紙幣ではない。


「「はい!!」」

「ではタフィ」


「『お前を愛する事はない』」

「『なんですって?』」

「『私には真心がないので愛せない、下心はある』」


「下心があるから恋はできますって?しゃらくさいですわね、次!」


 タフィと呼ばれた侍女は胸に手を当て彼方を見ながら言った言葉にダメ出しをされてがくりと頭をおとす。

 答札は渡されないのか…しかし真心と下心とは…となる新郎。そんな新郎を無視してやりとりは続く。


「はい!」

「ヘリヤどうぞ」


「『お前を愛する事はない』」

「『なんですって?』」

「『ところで貴女、どなたでしたっけ?』」


「…ボケの定番と言えば定番ですけども、新婚初夜と考えるとイマイチですわね…次!」


 ヘリヤと呼ばれた侍女は、おっとりとしたしぐさで首をかしげて続けた言葉にダメ出しされ、項垂れた。


「『実はもっと若い娘しか愛せないんだ』」

「犯罪の香りがしますわね、通報!次!」

「おい」


「『実はもふもふしか愛せないんだ』」

「それは敵う気がしませんわね、答札一枚!次」

「なにを」


「『実は同性しか愛せないんだ』」

「いっそ、それだったら追い出しやすかったですのにね…答札一枚…次!」

「きけ」


 口を挟もうとする新郎の言葉を遮る…というより、誰も新郎の言葉なんか聞いちゃいないのである。

 なんだったら視界にも入っていない。

 新婦は侍女達を見、侍女達は新婦を…いや、新婦が見せびらかしている答札なる物をギラついた目で見ている。


「『愛はアイスみたいに溶けちゃったんだ』」

「突然の方向転換ですわね、そろそろネタ切れかしら…次」

「『アイス食べたくなってきました』」

「主旨見失いましたわね…次で最後にしましょうか」


 新婦が思案するように答札を唇に当てる。

 一方、新郎は無視されつづけてそろそろ我慢も限界に近づいており、一喝入れてやろうと大きく息を吸った。

 さて新郎が初夜に相応しくない渾身のわめき声を上げようとした絶妙なタイミングで、侍女達のユニゾンが被せられた。


「いい加減にし「では最後は我々全員で」


 わざとなのか、立ち位置も被せられた。

 扉前に立ったままだった新郎の前に、綺麗に三人が並ぶ。

 至近距離ではないが、新婦を新郎の視界から隠すような位置に立つ三人が鬱陶しく、新郎は横移動して立ち位置を探る。


「愛がなんだと聞かれたら」

「答えてあげるが世の情け」

「お金!」

「縁故!」

「情と欲!」

「「「大体この辺だと思います!」」」

「あなた達……練習したのそれ?」


 立ち位置を探る新郎の視界を塞ぎつつ、キレよくポーズを取りながらリズム良く言葉を繋ぐ侍女達。

 新婦は呆れながらも、ちょっと面白かったのかボーナス答札を三人に渡していく。

 無視され続け、完全に背景にされた上にわけのわからないやりとりを見せられ続けた新郎が、わなわなと拳を震わせる。



***


 さて、この新郎新婦について軽く紹介をしておこう。


 新郎はユーザック、新婦はラーク=シアン、ソーティエ伯爵家で執り行われた本日の婚姻式の主役達である。

 二人の婚姻は完全なる政略であり、ソーティエ伯爵家はこの婚姻によって新婦の実家カテューラ子爵家からの援助を受ける事となっている。反対に、新興のカテューラ子爵家はソーティエ伯爵家の人脈との繋ぎが得られるという、珍しくもない提携の一種であるのだが。

 新郎ユーザックは、この婚姻が気に入らなかった。

 それもそのはず、ユーザックには『真実の愛』を誓った、かわいいコリアーナがいるのだから。

 見目は麗しくとも、平民上がりの卑しい(とユーザックは思っているが、三代目なので言うほど平民上がりではない)子爵家の娘と違い、隣領の由緒正しいサニティ伯爵家の娘であり、何よりメリハリのあるボディをしている。胸もいいが尻が実にいい、とはユーザック談である。


 しかし、この話を聞いた諸氏は思う事であろう。じゃあなんでそっちの娘と婚姻させていないのか? と。

 なんせソーティエ伯爵家には他にも息子がいる。家同士の繋ぎであるなら、別に後継ぎ予定の長子との婚姻でなくても良いはずだ。

 カテューラ子爵家にしても、ラーク=シアンの他にいるのは娘だけ。婿入りでも何ら問題はなかったはずなのに。


 諸氏のその疑問は正しい。

 かわいいコリアーナには、伯爵家が結婚を認めないに足るだけの瑕疵があった。


 唯一にして最大の理由。コリアーナはサニティ家にい(・)る(・)娘(・)であって、サ(・)ニ(・)テ(・)ィ(・)家(・)の(・)娘(・)で(・)は(・)な(・)い(・)。

 ユーザックは彼女と出会ってから二年以上経つと言うのに、その事に気付かず、彼女をサニティ家の娘と信じている。調べたらわかる事を調べもしないだけでもダメだが、そもそも貴族のお嬢様と言うにはあれもこれも足りてないのに、なぜ気づかないんだ! とは家族も指摘したものの、ユーザックには届かなかったそうな。

 いずれにせよ、それだけでも伯爵家の後継としては認められないのだが、バカな子ほどかわいいと言うやつだろうか、ソーティエ伯爵夫妻は一縷の望みをかけてラーク=シアン嬢に彼との婚姻を願った。

 家同士の繋がり以外にも、ラーク=シアンには一つ抱えている問題があり、その件を踏まえての打診だった。


 そんな訳で、ユーザック以外は全員計算ずくで今日という目出度い日を迎えたわけだが。

 ここに来て、何も知らないユーザックは、大方の予想に違わないやらかしをしたのである。


 ラーク=シアンとしては、ユーザックが真摯に初夜の対応をするのであれば共寝を辞さぬ心算であった。そこをソーティエ伯爵家も期待していた。

 しかしユーザックは真摯さの欠片もなく、お門違いのマウントを取りに来る有様。

 予想をしていたとは言え、まあこんなバカの対応を真面目にする必要もないだろう、と言う事で侍女達との大喜利大会を開催するに相成った訳である。

 尚、答札は十枚集めると願いを一つ叶えてもらえる代物だが、大喜利大会は不定期開催のため、開催時の侍女達の本気度合いはなかなかのモノになる事をここに添えておく。


 おっと、ついつい話が伸びてしまいました、寝室にお話を戻しましょう。 

 さてここから新郎の運命や如何に? ぜひその目でお確かめくださいませ。


***


「貴様ら! 私をバカにしているのか!」

「ええ、もちろん」


 打てば響くような答(いら)えを返したのは、勿論ラーク=シアン。

 侍女達を押しのけるようにして近寄り、テーブルに拳を叩きつけたユーザックを、冷たい目で眺める。

 侍女達はユーザックが拳を下ろすより早く、ラーク=シアンの両側に移動し、何かあればすぐさま動けるように位置取りしている。彼女達の愉快な大喜利メンバー姿は仮のモノ。本職はメイドもこなせるラーク=シアン専属護衛。何かあってもユーザックが彼女に指一本たりとも触れる事はできないだろう。


「初夜に新妻との閨事を放棄するような男をバカにしないわけないでしょう? これが恋愛からの婚姻であるならまだしも、私達の婚姻は家同士の契約、子作り・子育てが契約の内である事すら理解していないような男はこちらから願い下げです」

「なんだと…この…」


 全身から湯気が出そうな程に赤くなったユーザックは、そこでようやく自分の体が思う様に動かない事に気づいた。

 妙に重怠く、全身にえもいわれぬ痺れが走っている気がする。

 ろれつも怪しくなってきた。

 ふと、嗅ぎなれない甘い匂いに気付くユーザック。目の前のテーブルには、ラーク=シアンが使ったベルの他に香炉が一つ置いてある。思い返せば、普段屋敷の中では嗅いだ事のない甘い匂いはこの部屋に入ってきた時からしていたが、それを「初夜だからと香を焚き占めるなど、相手にされていない事にも気付かぬ哀れな女だ」と嗤った記憶がある。

 しかし、今の反応を見るにラーク=シアンがユーザックとの初夜にそんな手間をかけたとは思い難い。

 では、これは、何なのだ?

 そう、混乱したまま視線を彷徨わせるユーザックに、ラーク=シアンは華やかな笑みを向けた。


「……んぁ…? なん、だ?」

「あぁ、ようやく効いてきましたか、香を間違えたかと心配しておりましたが問題なかったようですね」


 私達は中和剤のおかげで影響がないので、間違えていてもわからないんですよね。と呟いたラーク=シアンは、先程侍女を呼んだ時とは違う鳴らし方で、再度ベルを鳴らす。

 すると、先程ユーザックが入ってきた部屋の扉が開き、白い長衣を纏った人物が入ってきた。

 上着が大きいため体形がわかりにくく、身長も男性の平均程度、細身である事から女性の可能性も否定できないその人物は、ユーザックの状態を見てため息をついた。


「やはりダメでしたか」

「そうでなければ寝室になど呼びません」

「そうですね…では予定通りに?」

「えぇ、お願いしますヤーマ先生」


 うまく動かない体で二人のやりとりを見るユーザックに、ヤーマと呼ばれた人物が近づいてくる。

 不穏な気配に逃げようとするも、力が入らず床に転がってしまう。


「一応危機感を感じるくらいの頭はあるんですねえ」

「体が思う様に動かなくなっても危機感を感じない人間はいませんよ、ラーク=シアン様」


 呆れたような声でラーク=シアンとやりとりをしながら、その人物はユーザックの体を軽く持ち上げた。

 細い体からは思いもよらない力で持ち上げられた事に驚くも、それより布越しとはいえ触れられた部分から甘い刺激が来たことに気付いたユーザックは、目に見えて狼狽え始めた。

 何かまずい気がする、逃げなくては、とユーザックの頭は警鐘を鳴らすが、体は言う事を聞かない。

 思うように体が動かせないまま、放り出されたのは大きな寝台の上。


「なに……なにを…」


 怯え切った顔で、自分を運んだヤーマと、その横から覗いてくるラーク=シアンを見上げる。

 回らない呂律で必死に問うてくる姿からは、先程までの傲慢さは見えない。

 最初からそのようにしおらしくしておれば良いものを、と言ったところでもうこの状況は覆らない。

 きちんと初夜に励んでいれば、香の効果は程よいタイミングで顕れただろうが、それを教えてやる義理もない。

 ラーク=シアンは嘲るように笑って、ユーザックに一言だけ告げた。


「初夜にする事は一つだけでしてよ?」


 本人にやる気があろうがなかろうが、必要なのは子作りに励んだという事実だけだ。

 実行にあたって、ど(・)う(・)い(・)う(・)方(・)法(・)で(・)行(・)っ(・)た(・)の(・)か(・)は問われない。閨の秘め事なのだから。

 そんなわけで、ユーザックが協力的でない場合は、本人の意思に関わらず子種を採取する事で各方面に話はつけてある。

 何だったら、こちらの方が気分としては楽なので、ユーザックが寝室に入ってきての第一声にほくそ笑んだくらいである。


「痛い思いとかさせるつもりはないし、生理反応上、気持ちいいとは思うけど、屈辱的な状況になるのは確かだから一応謝罪しておきますね、すみません」

「自業自得ですもの、そんな謝罪なんて必要ありませんよ?」

「気分的な問題ですよ」


 心のこもらない謝罪と、説明に恐々とするユーザックをよそに、ヤーマは淡々とユーザックの夜着をくつろげていく。

 思うように動かない上に、衣擦れにすら快感を覚え始めた体に、ユーザックの顔から血の気が引く。引いた血は、しかし上がり始めた体温を下げることはないし、敏感になった肉体を宥めてもくれない。

 やめてくれと懇願しようにも、舌は痺れてろくな音も出ない。

 唯一の救いと言えるのは、必要な箇所のみがくつろげられようとしている事だろうか。煌々と灯された灯りの下で行われているという事実が、その救いを木っ端微塵にしているとも言えるのだが。

 手際よくユーザックの下半身を下着だけにした人物は、そこでふと、自分と同じように寝台を覗き込んだままのラーク=シアンを見た。


「あの…女性がまじまじと見るには不適当なものかと思うのですが…

(意訳:お見苦しいモノが出るので部屋から出ていって欲しい)」

「え、嫌ですけれど? 今後の参考になるかも知れないですから、最後まで見学させていただきますわ」

「ひぅ」


 ヤーマの言葉にユーザックが光を見出すより早く、ラーク=シアンの拒絶が叩きつけられた。

 興味津々な様子で覗き込んでいるラーク=シアンに、引く気が一切ない事を察したヤーマ。もう一つ溜息をついて、今度こそ完全に同情した目でユーザックを見た。


「はぁ…気の毒ですがこのまま最後まで見られてください、貴方がどう感じようが、あの香は優秀なので萎えたりしませんし」

「ひぃ……ひっ…」


 目の前が真っ暗になったような絶望感に、涙が溢れる。どうしてこんな事になってしまったのか、とユーザックは考える。

 心情を文字にするとこう。


 かわいい我が愛、コーネリアにもまだ見せた事のない(いい雰囲気にはなるし、服の上からは触らせてくれるけど、一線はまだ越えさせてもらえていない)局部を、自分を金で買ったような下衆な女に暴かれようとしている。なぜ私がこんな辱めを受けねばならないのだ?!


 初夜の義務を果たさず、新婦を蔑ろにした自分の行いは棚上げで、反省は欠片もない。あってもなくても結末は変わらないのでどうでも良いわけだが。


「あら、かわいそうに、泣き始めてしまいましたわ」

「ラーク=シアン様がこんな状況を全部見たいとか言うからですよ……考えた事もないような状態下で、羞恥や怒り・恐怖等が渦巻いて感情の処理が追い付かなくなったのでしょう」

「人間の感情って本当に面倒ですわね…」


 しみじみと呟くラーク=シアンの意識が、目の前から逸れたのを察したヤーマは、今の内に採取してしまおうと必要な部分だけを露出させた。

 そのタイミングで、寝台の反対側から声がかかった。


「先生、それだと下着が汚れませんか?」

「もっとちゃんと脱がせた方がいいですよ」

「あと、寝台を汚すのもアレなのでタオル敷きましょう」


 いつからそこに居たのか、三人の侍女が身を乗り出して覗き込んでいる。一人は洗濯籠を持ち、二人は大きさの異なるタオルを手に持っている。

 ヤーマに、ユーザックの下着を剥ぎ取らせて洗濯籠に回収し、腰の下にバスタオルを敷き、腹と太ももの上にハンドタオルを乗せていく。

 なすすべもなく、なされるがままであったユーザックは、白くやわらかな布地の合間から自らの局部が出ているのを見て、何とも言えない感情になったと後に語る。笑えば良いのか泣けば良いのかわからなかった…と。相当に間抜けな状態である事だけは理解していたようだ。


「タオルとの対比のせいなのか、色が随分と綺麗ですけれども? 皆さまこのような感じなんですか?」

「え? いえ…多分あまり使用されていないのでしょう…あとは、元の肌の色とかですかね? ともかく、採取します」


 何か失礼な事を言われている気もするが、疲弊しきったユーザックの脳は考える事を放棄し、与えられた刺激に素直に反応した。

 そうでなくとも香の効果で抗う事はできなかっただろうが、採取自体は無事に済んだので、ユーザックは用済みである。

 茶色く透明な小瓶に採取された量を確認したヤーマは満足そうに頷いた。


「必要量は採取できました、一応この瓶には特殊処理がされていますが、すぐに処置しますか?」

「……そうね、面倒ごとは早い方が良いわ、私の部屋にお願いします」

「わかりました」


 そのやりとりを最後に、二人は主寝室から出て行った。


 侍女達はタオルでユーザックの下半身をざっくりと清め、使用済みタオルを回収した後、そのままむき出しの下半身に布団をかけて下がって行った。替えの下着等もあるのだが、香がまだ効いているユーザックの体を下手に動かすと、色々暴発する可能性があるとヤーマから言われたため、放置する事にしたのだ。

 自分達の主を蔑ろにした男への意趣返しとしては可愛いものだ、とは彼女達の言である。

 出すものは出したが、香の効果はまだ消えきらないまま放置されたユーザックは、不随意に動く自らの体と、布団との間に発生する刺激にビクつきながら朝を迎える事となる。ギリギリ暴発はしていなかったが、自分で動けるようになった頃には憔悴しきっていたのは致し方ない事であろう。


***



 ラーク=シアンの体に子種を入れるには、コーマゴゥメピペットなる物が活躍したのだが、それはさておき。


「おめでとうございます、ご懐妊です」

「懐妊してしまいましたか…」

「残念そうなのは隠してくださいよ?」


 診察をしたヤーマが、ラーク=シアンに苦笑を返す。

 初回で懐妊までこぎつけたので、契約に従えばこの子が産まれた時点でユーザックは廃籍さ(切り捨てら)れる。ソーティエ伯爵家としても文句なしの最速結果になるので四方丸く収まるのは確かだ。

 ただ、子を産まないで最速切り捨てができる場合もあった。

 三度の挑戦で、ラーク=シアンが懐妊しなかった場合は、その時点でユーザックを追い出す事ができた。その方が楽で早くて気分も良かったのに…と思いながら、彼女は診察を受けていた寝椅子から身を起こす。とは言え、子が欲しかったのはラーク=シアンも同じなので、産まれるのが楽しみだ。

 子は男女関係なく、この家の正式な後継者となる事が決まっている。


 ちなみに、ソーティエ伯爵家で無事に産まれれば次期当主確定となる命を最も寿いだのは、ユーザックのスペアとして控えていた次男キクォールその人である。

 では、その喜びの声をお聞きください。



「義姉(あね)上! ご懐妊との事、真におめでとうございます! ありがとうございます! これで! ようやく! 家を! 出られる!」

「あ…ありがとう、ございます」


 両手を掴んで上下に振るキクォールに、ラーク=シアンは気圧される。やや自己陶酔の激しい線細めのユーザックに対し、絵に描いたような直情型で骨太のキクォール、構成する色彩以外は似ていない兄弟は、見る度にどうしてこうまで違うのか…? と不思議に思う人がほとんどだろう。

 燦々とした陽光が良く似合いそうなキクォールは、見た目通り外で動き回る方が好きで、貴族籍を抜けて冒険者稼業に身を投じたいと両親に訴えていた。

 しかし長男のユーザックがあのザマでは、いつ廃嫡になってもおかしくなく、両親からスペアとして控える事を懇願されていたのだ。


「まあ、まだ懐妊した事がわかったばかりですし、無事に産まれて育ってくれるかと言う不安はありますが、それでも、先の見えない兄の尻拭い予備として置かれていた期間に比べれば、終わりが見えるだけマシです…」

「それは……長らくご苦労様でした……無事にこの子が産まれるよう、私も頑張りますね」

「私も全力で義姉(あね)上とお子を守らせていただきます!」


 遠くを見るときの虚ろな目が、キクォールの苦労を物語っていた。

 ユーザックは産まれた時点で切り捨てだが、キクォールがスペアの任を解かれるのはこの子が五歳を迎えてからだ。

 まだ先は長いが、その日を迎えてしまえば、あっという間だったと感じるだろう。

 冒険者になれたらやりたい事のリストを作り始めても良いかも知れない…と呟くキクォールを、流石に気が早いのではありませんか? と諫めつつも、微笑ましさを隠せないラーク=シアンであった。


***


 時は前後して、ユーザックはかわいいコーネリアと別れた……と言うか、逃げられた。

 原因はユーザックのユーザックが役立たずになったからである。 

 婚姻式の後の諸々を、素直にコーネリアには語れなかったユーザックだが、ラーク=シアンが妊娠する可能性は伝えた。教えて欲しいとねだられていたので。

 コーネリアの計画としては、婚姻後に子を孕めない女の代わりに、伯爵家に後継者と一緒に来て差し上げましたよと恩を振り撒く算段であったため、先に孕まれてはたまったものではない、となったらしい。短絡的ではあるが、本人の中では勝算があったのだろう。知らんけど。

 そこで、ユーザックにとってはめでたい初の一線越えの夜となる、はずだった。

 起こして入れる所まではスムーズだったので、まあ一線は越えたのだが、その後一向に……えー……いくにいけない状態になってしまったユーザック。

 遅いにも程があるわ! と怒ったコーネリアが、引っこ抜いてどうなってんだお前のソレはと目線をやった途端、暴発した。


 憐れ、ユーザックのユーザックは、見られていないとダメなブツに成り下がってしまったたのでした。

 原因は言わずもがな。


 一時的なものか、恒久的なものかはわからないが、そういう事が数回続けばもうコーネリアの計画には使えない事が確定である。

 気の毒なユーザックくんは、待てど暮らせど来ぬコーネリアを探し、久々にサニティ伯爵家を訪問し――小賢しきコーネリアは、出会いの初回サービス以外は街で逢瀬を重ねていた――コーネリアがサニティ伯爵令嬢ではない事を、そこで初めて知ったのであった。

 もっと早くに確認しろよと皆が思ったが、恋に溺れると言うのはそういう愚かさに気付かないと言う事でもあるのかも知れない。知らんけど。


 そこで慌てて我が妻よ…! となったものの、既に切り捨ての決まった身。

 無事に子供が産まれるまでは軟禁で済ますが、産まれた後は廃籍(放り出す)からなと言い含められて、衣食住だけ与えられる事となった。


 ああ、もっと早くに気付いてくれていれば…と嘆くも、撤回しなかったソーティエ伯爵夫妻は、子に甘くとも正しく貴族夫妻であった。


***



 その後、ラーク=シアンは玉のような男の子を産んだ。

 元気に泣く子を見て、ほろりと綺麗な涙を一粒落としたユーザックは、子を抱く事もなく、そのまま伯爵邸から去ったと言う。


 ユーザックは死んだ事とされ、ラーク=シアンはソーティエ伯爵家の三男と言う男性と再婚をしたと言う事になった。表向きは。

 その三男こそ、ラーク=シアンが抱えていた問題――ある意味でユーザックとコーネリアの関係とも通じるのだが――貴族籍を持たぬ、ラーク=シアンの想い人、ツァルマであった。

 想い合ってはいたが、それ以上の行動に出る事なく、互いを思い出にする覚悟でいた二人に、ソーティエ伯爵家が提案した結果が現在である。

 ツァルマが、ソーティエ伯爵家の血筋を汲む者であった事も幸運ではあったのだろうが。

 二人の幸せな再婚を招いたのは、間違いなくユーザックの愚かさであった。彼の涙に乾杯……。




 風の噂によると、近頃、下町のいかがわしい『ノゾキ部屋』なる歓楽施設で見目麗しい青年が一躍大人気になり、かなりの大金を稼いだらしい。

 一生を遊んで暮らせるほどに稼いだ後も『仕事』をやめない青年に、理由を尋ねた人がいたが、泣くとも笑うともつかない顔で『こんなことになるとは、おもってなかったんだ』と返されて、それ以上追及するのをやめたと言う。


 迂闊な一言が人生を劇的に変えてしまう事ある、そんなお話でございました。おあとがよろしいようで。

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虚無の目。
ニャーんてニャ
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