その殺戮には数秒もかからず、劇的な展開も無く、ただ粛々と行われた。
「…………え?」
まるで母親に甘える赤子のように、聖剣の刃がカイナの胸へと埋まっていく。少しだけ左寄りの胸の中心、確実に臓器を貫く深さまで。
仰向けに倒れ行くカイナの顔は穏やかで、その胸に立つ聖剣は墓標のようでもあった。
「な、なんで……? どうして……カイナ兄?」
よろよろと四つん這いでカイナに縋り寄るチェル。今にも絶えてしまいそうな弱々しい呼吸で虚空を見つめるカイナは、もはや治療すらも無意味であろうことが見て取れた。
チェルの頭の中を疑問が駆け巡る。何を間違えたのか、そもそも間違えているのかもわからない。カイナが何をしたいのか、そもそも意図通りの行動なのかもわからない。
ただ確かなのは、チェルの唯一の味方が死に絶えようとしていること。そして混乱しているチェルを、リザンが見下ろしていること。
「自死か? この状況に絶望して死に逃避したようだな……ふん、小癪な真似も無駄に終わったというわけだっ!」
「あぐっ!?」
リザンのつま先がチェルの脇腹を抉るように蹴り上げた。チェルは痛みに呼吸が詰まり、小さく体を丸めながらカイナの隣に倒れ伏した。
一杯食わされたことによる私怨を晴らすかのように、リザンはチェルの膝を踏みつけた。
「これまでの反抗的な態度から、大人しくするつもりがないことは明白だ。ライフルでぶち抜いて速やかに終わらせてやろうと思ったが、その反抗心はここで砕いておいた方が良さそうだ……こんな風になっ!」
「ぎゃああああぁぁっ!!??」
チェルの細い喉から、凄惨な悲鳴が上がった。
関節が曲がってはいけない方へと、じりじりと力が加えられていく。木の枝を割り折るかのように、リザンはチェルの膝へと体重をかけていく。
「安心するといい。右膝が終わったら次は左膝だ。膝が終わっても肘が残ってる。まだまだたくさん痛めつけてやろう。ちゃんと命には別状は無いし、四肢は二度と使い物にならない。今まで聖剣で奪ってきた命に見合うように、たくさん苦しめてやろう。だから、好きなだけ後悔しながら反省するといい」
あまりの激痛にリザンの言葉もチェルの耳には届いていなかった。
痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――助けてっ、止めてっ――助けてっ――助けて、カイナ兄!
「――っ!?」
救いを求めて必死にカイナの方へと視線を向けたチェルは、信じられない物を見た。それは今となってはありえないはずの光景だった。
「なんだ? 何を驚いて――んなっ!?」
チェルの様子を不審に思い視線を動かしたリザンも驚愕したことから、それが痛みよって生み出されたチェルの幻覚ではないことが証明された。
倒れ伏すカイナの胸に突き刺さっていた聖剣。それが、宙に浮いていた。その切っ先からぽたぽたと鮮血を零しながらも、確かに宙に浮いていた。
「こっ、今度はどんなトリックだ? 今さら、そんな虚仮威しに騙されると思ったか!?」
「ひっ!?」
チェルの膝を踏み砕かんとリザンは足を振り上げる。しかしその足が振り下ろされることはなかった。その足が振り下ろされることは、今後二度と無いであろう。
「あっ……がっ……!?」
リザンが足を踏み下ろすよりも、聖剣がリザンの足を斬り落とす方が早かった。膝から先で斬り飛ばされた足はぼちゃんと川の中に落ち、バランスを崩したリザンは尻もちをついた。
「オートガード……聖剣が、守ってくれたの?」
チェルの質問に聖剣は何も答えない。ただかつての日々と同じように、静かにチェルの傍らに仕えるように浮遊していた。
「ふざ……けるなっ! ふざけるなふざけるなふざけるなぁ!! そんな都合よく、聖剣の力が戻ってたまるかっ……お前は正義の味方じゃない……敵であり、悪魔なんだ! 悪魔に都合の良い現実など、あってたまるかぁ!!」
リザンは膝からの出血も気にせずに、チェルへとライフル銃を向けて発砲した。
それを、チェルは正面から見続けた。真っ黒な銃口を、その先端から一直線に飛んでくる銃弾を、怯えずに、竦まずに。発射された銃弾よりも素早く動き、聖剣がチェルを護る盾となることを、その両目で見届けた。
「ばかなっ……そんなっ、馬鹿なっ!?」
「ごめんなさい……多分、正しいのはそっち……だけど、殺すね?」
「あっ、あくま――っ」
リザンの喉は聖剣に貫かれた。チェルは明確な意思を持って、殺意を向けてくる敵を聖剣で以て殺した。
「リザンっ! くそぉっ!!」
仲間の敵討ちをしようと銃を向ける者。腕を落とされた仲間と共に逃げようとする者。容赦の無い殺人に恐怖を覚える者。その全員を、チェルは聖剣で殺した。
その殺戮には数秒もかからず、劇的な展開も無く、ただ粛々と行われた。
「ごめんなさい……悪いのは僕だけど……。でも、ごめんなさい……逃げ延びる為には、逃がせないから……」
かつてのチェルのように、自分なりの正義を真っ当して悪人を殺したわけではない。
チェルを追って来た彼らのように、脅威となりうる可能性の芽を潰そうとしたわけでもない。
ただ自分のために。死にたくなくて、生き残る為だけに殺した。逃げる者にも容赦なく、聖剣を振るった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
謝意はあるが、後悔は無い。山のように死体を積み上げてきたチェルは今初めて、その背に人の命を背負ったのだった。




