期待なんてしてないもん
太陽が地平線にかかり赤く染まる夕暮れ時になると、森の中はほとんど日が差し込まなくなってしまう。チェルとカイナは完全に暗くなる前に夜営の準備を始めていた。
「……」
カイナが馬の世話をしているのを背にして、カイナが用意した焚火にあたるチェル。夜営の準備はカイナに任せきりにしているが、カイナからは特に何も言われない。チェル自身も手伝ったところで邪魔になるだけだろうと開き直っていた。
パチパチと焚火が弾ける度に舞う火の粉を目で追っては、持て余している手を使って水筒の水を口に含む。段々と視界がぼやけ、思考が夢に落ちかける度に不意の落下感で目を覚ます。数時間に及ぶ乗馬によってチェルは十分に体力と筋力を消耗しており、このままでは寝落ちしかねない。
カイナがチェルに声をかけたのは、チェルが眠りこける寸前のことだった。
「そろそろ夕食にするか」
「っ!」
カイナの言葉を聞いたチェルの姿勢がわずかに前のめりになり、眠気が一気に覚めていった。
不味いパンを水で流し込み無理矢理にお腹を膨らませて昼を乗り切ったのもこの時の為。カイナが村で調達したという食材を、チェルは自分でも意外な程に楽しみにしていた。
「期待はするなと言ったはずだが?」
「別に……期待なんてしてないもん……」
落ち着かないチェルを牽制するように窘めるカイナに対し、チェルは強がりを返した。
チェル自身も期待することが良くないことはわかっていた。厳しくて優しくないカイナが、チェルの好物である野菜や果実を用意してくれるわけが無い。
木の実や茸などの山菜の類か。魚や肉の可能性もある。店でのカイナの言葉から考えれば、パンよりも不味い可能性すらある。
それでも、チェルの心は勝手に良い方へと期待を膨らませてしまうばかりで、胸の高鳴りが止められなかった。
「まったく……」
溜息を吐きながらも、カイナはついに麻袋の口に手を突っ込み、中から小さい何かを取り出した。
それはカイナの指と同じくらいの大きさをしていた。楕円形が二つ連なったような形をしていて、黄色と黒の縞模様が目立ち、数本のひげのようなものが伸びていて、薄く透明な物が付いていて――
「……え?」
それが何であるかを理解した途端に、チェルの全身を悪寒が走り、汗が噴き出して鳥肌が立った。今からそれを食べると思うだけで、身体が震えて寒気がしだした。
なぜならそれは、チェルにとっては食べ物では無かったから。
「さっきの村の外れに運良く巣を見つけてな。村長に許可を取って、除去するついでに中身を取ってきた。栄養が豊富だし、加熱すれば食感も良く食べやすい……味は少々独特だし、見た目は慣れが必要だろうけどな」
「カイナ兄……それ、食べるの? ほんとに? だって……虫だよ?」
カイナが麻袋から取り出したのは頭をもぎ取られた蜂だった。黄色と黒の派手な警戒色、折りたたまれた細い足、そしてお尻から伸びる針が否応なく食欲を減退させる見た目をしていた。




