「恥の多い生涯」
「ねえ」
「なに」
「昨日の文学で返すって話」
「ああ、あれね」
「覚えてる?」
「覚えてるよ」
「で、何で返すの」
「急ぐね」
「気になるから」
「太宰治」
「太宰かあ」
「嫌い?」
「いや、むしろ好き」
「じゃあ知ってるよね」
「何を」
「恥の多い生涯を送ってきました」
「ああ、人間失格」
「有名すぎる一文」
「でもそれで恋の返事ってどういうこと」
「どういうことだと思う?」
「難しい聞き方するなあ」
「文学的でしょ」
「ずるいよそれ」
「昨日君がやったことと同じ」
「確かに」
「で、どう思う?」
「うーん」
「うーん?」
「つまりさ」
「うん」
「自分に自信がないってこと?」
「正解」
「え」
「そんな顔しなくても」
「いや、ちょっと意外で」
「何が」
「君ってもっと器用な人だと思ってた」
「それは誤解」
「そうなの?」
「むしろ逆」
「逆?」
「人の前で普通にしてるの、かなり頑張ってる」
「え」
「笑うのも、冗談言うのも、空気読むのも」
「……」
「全部わりと演技」
「そんな風には見えないけど」
「見えないようにしてるからね」
「どうして」
「嫌われたくないから」
「そんなこと」
「あるよ」
「みんなあると思うけど」
「でもさ」
「うん」
「好きって言うのはさ」
「うん」
「演技じゃ無理なんだよ」
「……」
「だから怖い」
「なるほどね」
「何その落ち着き」
「少し安心した」
「え?」
「君も普通の人なんだなって」
「普通だよ」
「いや、ちょっと違うか」
「どういう意味」
「普通よりちょっと面倒くさい」
「ひどいな」
「でもさ」
「うん」
「私も文学で返すって言ったよね」
「言った」
「だから太宰で返したの」
「どういうこと」
「つまり」
「うん」
「恥の多い生涯を送ってきました、って言う人間でも」
「……」
「好きって言われたら嬉しいよ」
「……それ」
「うん」
「返事になってる?」
「なってると思う?」
「思いたい」
「じゃあ」
「うん」
「次の文学で決めようか」
「次?」
「夏目漱石の次」
「うん」
「『こころ』」




