「砂の女」
「今日は安部公房。急に現代っぽいの来たけど、タイトル分かる?」
「砂の女でしょ。砂に埋まる家に閉じ込められるやつ」
「正解。抜け出せそうで抜け出せない、毎日砂かきして、気づいたらそれが生活になる話」
「読んだとき息苦しくなった。逃げたいのに慣れていく感じが怖い」
「ねえ、それさ、恋にも似てない?」
「どういう意味?恋ってもっとキラキラしてるものでしょ」
「最初はキラキラしてても、いつの間にか“当たり前”になって、抜けたら不安になるみたいな」
「それは分かるかも。好きって気持ちより、習慣みたいになる瞬間ある」
「じゃあ今日の質問。君はこの会話、習慣になってる?」
「いきなりだな。でも、なってると思う。帰り道にスマホ見たら君の名前があるのが普通になってる」
「それって怖くない?砂の家に慣れたみたいに」
「怖いっていうより、落ち着く。落ち着くのが怖いって言うなら、まあ少し」
「じゃあさ、もし突然この会話が終わったら、どうなると思う?」
「やめて、その質問は砂が増えるやつ」
「ごめん。でも答え聞きたい」
「……多分、最初は楽になると思う。気を張らなくていいし、期待もしなくていいから」
「楽になるんだ」
「でも、その次が怖い。空いた時間に何を入れればいいか分からないから」
「砂をかく代わりに、空白をかく感じ?」
「うまいこと言うな。で、君は?」
「私は逆。最初が怖い。終わりそうな気配があるだけで落ち着かなくなる」
「依存じゃない?」
「依存って言われると嫌だけど、似てるかも。だから砂の女が刺さるんだと思う」
「じゃあ、出たい?それとも残りたい?」
「ずるい質問だな。出たいに決まってるって言いたいのに、残りたいも混ざる」
「どうして残りたいが混ざるの」
「だって、ここに君がいるから。砂かきが無駄じゃないって思えるから」
「……それ、かなり重いこと言ってない?」
「重い?でも本当。君と話すのって、砂かきみたいに地味なのに、終わると困るやつ」
「じゃあさ、砂の女みたいに、毎日同じこと繰り返すのは嫌?」
「嫌だよ。嫌だけど、同じでもいい部分はある」
「どこ」
「帰り道。今日あったこと。君の声じゃなくて文字だけでも、ちゃんと君だって分かるところ」
「それ、閉じ込められてるのに優しい言い方だね」
「閉じ込められてるから優しくなるのかも。逃げ道がないと、雑にできない」
「じゃあ最後にもう一個だけ聞く。君は、私を閉じ込めたい?それとも自由にしたい?」
「最悪な二択来たな。……自由にしたい、って言いたい。でも、少しだけ閉じ込めたい」
「正直だね」
「君は?」
「私も同じ。自由にしてあげたいのに、帰り道が終わるのがちょっと嫌」
「じゃあ、砂を増やさない約束しよう」
「どうやって」
「終わりそうな言葉を言わない。代わりに、明日の話をする」
「明日?」
「うん。明日も帰り道、あるでしょ」
「……あるね」
「じゃあそれでいい。砂じゃなくて、明日を増やそう」




