「山椒魚」
「今日は井伏鱒二。静かな話だけど結構有名なやつ」
「当てていい?」
「どうぞ」
「山椒魚」
「正解。岩の穴に閉じ込められる話」
「出られなくなるやつだよね」
「そう。気づいたら戻れなくなってる」
「ちょっと怖い話」
「でもさ」
「うん」
「恋にも似てない?」
「どういう意味?」
「いつの間にか入り込んでて」
「うん」
「気づいたら戻れない」
「なるほど」
「じゃあ今日の質問」
「来た」
「もしさ」
「うん」
「この会話が終わったら」
「うん」
「元に戻れると思う?」
「戻れるって?」
「月の話する前の関係」
「……」
「沈黙長いね」
「ちょっと考えてた」
「なにを?」
「たぶん戻れない」
「どうして?」
「もう知りすぎたから」
「何を?」
「君の考え方とか」
「うん」
「好きな文学とか」
「うん」
「沈黙の意味とか」
「それ結構細かい」
「だから戻れない」
「なるほど」
「そっちは?」
「私も同じ」
「ほんと?」
「うん」
「この会話」
「うん」
「ちょっと特別になりすぎた」
「山椒魚の穴みたいに?」
「そう」
「でもさ」
「うん」
「悪い場所じゃない」
「むしろ」
「うん」
「結構居心地いい」
「それ閉じ込められてるのに?」
「うん」
「変だね」
「恋ってだいたい変でしょ」
「否定できない」
「ねえ」
「なに」
「もしこの穴」
「うん」
「出られる日が来たらどうする?」
「難しいな」
「出たい?」
「少し」
「少し?」
「でも」
「うん」
「出たら終わる気もする」
「この会話?」
「うん」
「それ寂しい」
「だからさ」
「うん」
「もう少しここにいよう」
「山椒魚みたいに?」
「うん」
「二人で」
「それ結構危ない提案だよ」
「なんで?」
「居心地よすぎる場所って」
「うん」
「出られなくなる」
「……」
「どうしたの」
「ちょっと思った」
「なにを?」
「もう」
「うん」
「少し遅いかもしれない」




