10・エピローグ
朝、目が覚める。最初に、スマホで現在時刻を確認する。十時二分だった。窓の外は明るかった。
自分に向けて「おはようございます」と言いながら、わたしはのそのそと起き上がる。床には、昨日飲んだお酒の缶が散らばっていた。片付けるのが面倒だなと思いながら、わたしはトイレに向かう。
ぼやっとしながら用を足し、洗面所で歯を磨き、顔を洗って、ようやく意識がはっきりとする。昨日の夜にお風呂は入ったので、朝はいいやと思いわたしは洗面所を出る。ユニットバスの利点は、こういう朝の動きがスムーズにできる点にあった。
「……うーん」
今からでも学校に行くべきだろうか、とわたしは考える。学校から連絡は来ていない。わたしを疎ましく思っている学校側からすれば、当然のことだろう。とはいえ、それでもわたしは一生徒である。もしネットに今の状況を載せたら、学校が大炎上しそうだ。
面白そうだなと思いはしたが、すんでのところで思いとどまった。流石に、そこまで酷い人間になったつもりはない。
わたしはあくまでも、悪いことをしている人間であって、悪い人間でも酷い人間でもないのだ――そんなことを考えながら、わたしは朝ご飯の支度をする。
とはいえ、料理をするつもりはない。昨日、買い出しに行ったので、冷凍食品もカップ麺も菓子パンも揃っている。ただここで、あることに気が付いた――飲み物がない。そうだ、飲み物を忘れていた。
食料がないことに最初に気が付いた時は、まだ飲み物が残っていた。だから、無意識に頭から飲み物の存在を追い出していたのか――ああ、面倒だ。冷蔵庫にはお酒しかなかった。
朝からお酒を飲むのは、流石にマズい。わたしは、そこまでお酒が好きなわけではないのだ。朝からストゼロを飲んだら、死んでしまうかもしれない。また、倒れてしまうのは勘弁である。倒れていたって、誰も助けてはくれないのだから。
「……買いに行くかぁ」
飲み物がないのに、食事をすることはできない。だから、わたしは飲み物を買いに行くことにした。近くにコンビニがあると、とても便利だなと改めて思い知った。とはいえ、面倒ではある。徒歩一分だろうが三分だろうが十分だろうが、結局外に行かなければならないという事実は変わらない。事実を捻じ曲げる力も持っていないわたしは、渋々着替えることにした。
最初は制服を着ようと思ったが、ふと気が変わって私服を着ることにした。GUで一番安かったパーカーに、ユニクロで一番安かったジーンズを合わせてみる。安いからといって、粗悪品ではない。相変わらず似合ってはいないのだが、それでも人前に出れる格好にはなっただろう。髪のセットが面倒なので、帽子でも被ろうかなと思ったが、流石にやめた。そこまでお洒落をする必要はないのだ。
洗面所で寝ぐせを整え、髪をくくる。ロングヘアも、そろそろ飽きてきたなと思った。
財布をポケットに入れて、携帯を忘れずに持って、わたしは部屋を出る。靴はサンダルにした。
「あら」
隣からがちゃ、と音が聞こえる。音の鳴った方を向くと、そこに居たのは常盤さんだった。
「おはようございます」
「おはよう……」
常盤さんは気だるげな声で、挨拶に応じた。かなり眠そうだが、スポーツ選手がそんなんで大丈夫なのだろうか……。
まぁ、スポーツはわたしの専門ではないので、確かなことは何も言えない。
「お仕事、頑張ってくださいね」
だから、そんな心にもないようなことを言って、わたしはコンビニへと向かった。常盤さんは返事をしてくれなかった。
コンビニに到着し、店に入ってからまずはメロンソーダやファンタなどの炭酸飲料を手に取り、カゴに入れる。どうせならコーヒーでも飲もうかなと缶コーヒーにも手を伸ばし、色々とカゴに入れていく。飲み物だけをカゴに詰めて、わたしはそのままレジに向かった。
レジ袋を二枚買って、その袋に商品を詰めてもらう。流石はプロ、かなりの手際だった。現金で支払い、会計を終えて、わたしは両手で二袋持ちながら、頑張ってボロアパートに帰宅する。
部屋に戻り、飲み物を冷蔵庫に詰めていく。だが、流石に全部は入りきらなかったので、冷蔵庫の上に置いておくことにした。絶対飲まずに忘れるだろうな、と思いながら。
布団を片してテーブルを用意し、メロンパンと今買ったファンタをテーブルに置いた。ああ、やっとご飯が食べられる。
「いただきます」
そう言って、わたしは菓子パンの包装を開けた。一口食べて、二口食べて、三口食べて、一度休憩をする。ファンタを飲んで口内を潤してから、また同じことを繰り返す。
その繰り返しで、なんとか完食することに成功した。「ごちそうさま」と言って、ゴミを片付ける。
洗面所でもう一度歯磨きをして、それからやっと、今日は何をするか考える。
この退屈を、どうやって埋めようか。
「……」
ここで何も思いつかないあたり、わたしの感性と発想の乏しさが窺える。人生は、死ぬまでの暇つぶしと言われることが多々あるが、わたしの場合は人生が暇である。
人間関係もダメダメで、学校も行っておらず、趣味も特になく、悪いことだって、ただやめられないだけだ。楽しいから犯罪を犯しているわけでも、面白いから自傷行為に興じているわけでもない。嬉しいから非常識なことをしているわけでもないのだ。
悪いことはドラッグで、依存性がある。
罪悪感や背徳感、そして、自分は特別だという優越感。それらの感情には、中毒性がある。
「……遊びに行こうかな」
久々に、遊びにでも行こうかと思った。ボウリングでも、カラオケでも、映画館でも、ゲーセンでも、好きな時に好きなだけ好きなところに行けるのが不登校一人暮らしのいいところである。もちろん、お金は必要だが。
お金は一昨日に稼いだので、問題はない。
そうと決まれば、わたしは早速出発することにした。
出発しようと、玄関のドアを開けた。
すると、ドアの前に一人の少年が立っていた。
「え」
その少年は目を見開いていた。そしてその手は、インターホンを押そうとしていた。恐らく、インターホンを押す直前にわたしがドアを開けたのだろう――そこに居たのは。
そこに居たのは、和城桃花くんだった。
「……桃花、くん?」
「……ミラ」
彼はわたしの名前を呼んで、それから、なんといきなり胸元に飛び込んできた。対応できず、そのままわたしは後ろに倒れてしまう。彼の下敷きになりながら背中を床に強打、わたしの身体は少年と床に挟まれた。
「ごへっ!」
変な声を出してしまったが、幸いなことに意識はあった。というか、ダメージはそこまで受けなかった。ギリギリ頭は打たなかったからだろうか。状況がよく理解できなかったが、わたしは言った。
「こら。いきなり飛びつかないでよ」
もちろん、わたしの声が少年に聞こえるはずもない――彼は、耳が聞こえないのだから。
「……全くもう」
タックルをしてきたのかと思ったが、普通に抱き着いてきただけだったらしい――仕方ないので、わたしも抱き返した。
温かい、と思った。一昨日の仕事の時も、感じなかった温もり。人間の温かさ。
「……」
相変わらず軽い。そりゃ、二日三日で太るわけもないのだが。最後に会ったのは、一週間前だったはずである。あれから体重が変わっていなかろうが、おかしいことは何もない。おかしいのは、元の体重である。
薄いし、細い。女子であるわたしなんかよりも、よっぽど細い。そして貧弱だ。
「桃花くん、そろそろ……」
そう、意味もなく声に出しながら、わたしは彼の背中をポンポンと叩く。すると、彼はやっと起き上がってくれた。おかげで、下敷きになっていたわたしも起き上がれるようになった。
「……ミラ、あの……」
「桃花くん」
向かい合い、目を合わせ合って、わたしは口を動かす。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
少年は、照れたように頬をかいて、そう言った。
そして、そこで終わればハッピーエンドだっただろうな、とわたしは思う。
だが、残念なことに、わたしに幸せな終わりは訪れないようだ――と、真夜中。少年に包丁を突き立てられながら、わたしは思った。
完全に油断していたとしか言いようがない。電気はまだ付いているので、彼の顔がはっきりと見える。彼はまた、目を逸らしていた。
今の状況は、非常にピンチである。わたしは彼に押し倒されていて、身動きが取れない。いや、取れないこともないのだが、残念ながら取る気になれなかった。抵抗する気が、微塵もない――そのことに、少しだけ絶望する。
そして、彼は包丁の切れ先をこちらに向けて――というか、突き立てている。あと一ミリズレれば、その包丁はわたしの柔肌に食い込んでしまうぐらいには近い。包丁は、首に触れている。
「……やっぱり、わたしのことを恨んでたの?」
答えは期待できない。耳が聞こえない彼に何を喋っても、無意味であることはもう知っている。だからこそ、もう打つ手がないことだって当然のように知っていた――チェックメイトだ。わたしが。
王手をかけられた状態、ということになるのだろう。ああ、実に清々しい気分だ。
実を言うと、本当に怖い。身体は震えているだろうし、もしかしたら涙を流してしまっているかもしれない。死、というものがこんなに身近なものだとは、思っていなかったのだ。事件が起こるまでは。
死ぬって、どんな気持ちなんだろう。どんな感覚なんだろう。どうなるんだろう。分からないからこその不安が、わたしを襲う。
ああ、こんなことなら、もっと贅沢をしておけばよかった。彼を連れて、遊びに行けばよかった――わたしは後悔する。彼が帰ってきたことを、柄にもなく喜んでしまったせいで、わたしは遊びに行くことをやめてしまったのだ。人と触れ合う時間も大切だが、遊ぶ時間だって大切である。
人と遊ぶ時間であれば、特に。
「……」
恨まれていたのか、と思うと悲しくなる。もちろん、それが自業自得であることなんて分かっている。共感はできなくても、理解はしているのだ。ちゃんと、納得している。
だから、わたしが彼を恨むようなことも、恐らくないだろう。
あとは死を待つのみ、か。
人生の終わりは、どうしてこうも唐突なんだ。別れと同じように……。しっかし、死というものは世界との別れという見方もできそうだ。ならば、別れは唐突で、別れは死だから、死も唐突だというふうに説明も付くだろう。もちろん、そんな説明が付いたところで誰が得をするんだという話になってくるのだが。
しかし、いきなりだからといって未練があるわけでもない。人の手で、それも彼の手で殺されるのであれば、甘んじて受け入れようとわたしは思った――思ったところで、
「ミラ」
少年は、声を発した。
「これは伝言だ」
「……伝言?」
相変わらず、彼は目を逸らしている。わたしの口の動きを見ないようにしているらしい。
それにしても、なんだ? 伝言……?
「誰からの?」
「外咲奏音」
わたしは言葉を失った――なに?
カノンからの、伝言? いやいや、ちょっと待てよ。
そもそも、少年とカノンに繋がりがあるという時点で意味不明である――本当にどういうことなんだ? わたしの頭が、一瞬で疑問に埋め尽くされる。
そして、本当の答え合わせの時間が始まった。
「……ミラはおかしいと思わなかったのか。俺がどうして、あの拘束から抜け出せたのか」
「!」
別に、忘れていたわけではない――ただ、思い浮かばなかっただけである。確かに、それは謎だ。
どうして、彼はあのガムテープの拘束を抜け出したのだろうか? しかも、場所は空っぽの浴槽である。周りに道具があるわけでもないし、そもそも腕を出すこともできない。また、ガムテープを破れるほど、少年に力があるとも思えない。
なら、どうやって――そう思っていると、彼はその疑問に応じてくれた。
「答えは簡単だ。第三者の協力があればいい」
「だい、さんしゃ……」
……あ。
「もしかして」
「俺の拘束を解いてくれたのはカノンだ」
カノンは、わたしの部屋の合鍵を持っている。正直、鍵をかけた覚えはないが、もしかけていたとしても、カノンならわたしの部屋に入れたのか――でも、なんで。
「どうしてカノンは知ってたの?」
わたしは思わず訊いてしまった。だが、それは無意味である――少年は、わたしの顔を見ないようにしているのだ。こちらからの質問は通じない。
わたしの質問を無視して、彼は言った。
「カノンは俺の拘束を解いて、俺に言ったんだ――『ミラを殺してくれ』、と」
彼は、そう言った。
「……え」
ミラを殺してくれ。殺してくれ。殺せ。殺せ。殺せ。死ね。死ね。死ね。死ね。
わたしは、どう反応すればいいか、分からなかった――反応する必要は、ないのだが。
「……カノン、が」
「だから俺は、渡されたナイフとその場にあった包丁を持ってお前を殺そうとした。失敗したけどな」
失敗した。わたしも、失敗された――失敗されたから、こんな気持ちになる羽目に。
「そして、俺が失敗したことをカノンに伝えた。ナイフを返すついでにな。すると、カノンは言ったんだ――『明日の早朝三時ぐらいに、部屋に来てくれ』って」
……ん?
明日の早朝三時。
翌日。
……その時間って、もしかして。
「だから、カノンの言う通りにした。言う通りにして、朝の三時にカノンの部屋へと行ったんだ。そしたら――」
そこは、血塗れだった。
「……血塗れ」
「そして部屋の中央にあるベッドに、カノンが居た。ナイフで刺されてた」
波久礼さんに、殺されていた――ということか、とわたしは納得しかけたが、しかしそれは全くの思い違いだった。
「その時は、まだ息があった」
「え」
まだ、生きていた……?
「もしかしたら、あの時に救急車とか呼んでれば、カノンは助かったかもしれない。だから、俺にも責任はあるのかもしれない」
それは、ないと思うが。しかし、生きていた? なら、カノンの最期を見送ったのは、彼なのか?
「カノンは死にかけの状態だったが、それでもかろうじて生きていた。虫の息って感じだった」
「……そこまで詳細に言わなくても、いいんだけど」
別に、そんなことを聞きたいわけではない。とはいえ、わたしの文句も彼の耳には届かない――そもそも、耳がないのだが。
「その状態で、カノンは命令してきたんだ。『ミラに近付いて、助けてもらえ』って」
……。
「『ミラならきっと、きみを見捨てない』とも言ってた。それはないだろって思ってたけど、本当だった」
なんだ、それ。
そんな証拠はどこにもないだろう。保証も何一つない、ただの賭けみたいなもの――それなのに、彼はその命令に従った。
賭けに出たのだ。
「『いずれ、ミラはきみに対して警戒心を緩める。だから、その隙を突け』。今回は、きちんと成功してよかった」
よかったのは、お前だけだ――そんなことを言いたくなった。わたしの心が、荒れている。
確かに、カノンであればそれができるかもしれない。そうだ、そうすれば――悪いことをやめさせることができる。カノンは、わたしに悪いことをしてほしくなかった。
「……」
「ちなみに、現場の後片付けも頼まれた。だから、部屋の隅々まで綺麗にした。髪の毛一本、残されていないはずだ」
ここまで来れば、分かってしまう――全ては線で繋がっていた。
カノンは、波久礼さんを利用した。そうとしか、思えない。
煽ったのか、脅したのか――どちらにせよ、カノンは自ら殺されたのだ。自殺ではなく、他殺として死ぬために。
将来の夢を叶えるために。
「なんだよ、それ……」
わたしは思わず声に出した。もちろん、彼には聞こえない。それでも、言わざるを得なかった。
「なにが、夢だよ。なにが、他殺だよ。なんで」
言わずには、いられなかった。
「カノンが殺してくれれば、よかったのに」
どうして先に死んだんだ――そんな文句を、言わずにはいられない。
置いてかないでほしかった。死にたくはなかったけど、置いてかれたくはなかった。
でも、そんなことを言う資格が、わたしにはない。だって、見捨てたのはわたしなのだから。
だから、それすらも分かっていたということなのだろう。もしかしたら、常盤さんがあの時何もしなかったのは、カノンにお願いされていたからなのかもしれない――『もし夜中に物音が聞こえても、黙っていてください』。
どんな方法を使ったのかは知らないし、どんな方法も使っていなかったのかもしれないが、それでも――そう考えると、強引でも筋は通る。
「一度ミラの前から消えたのは、色々と整理をするためだ。俺だって、そこまで完璧な人間じゃない。ミラに情が湧いたんだ」
昔と比べて遥かに饒舌に、彼は言った。
「だから――後戻りできないようにした」
後戻り?
「前に言っただろ、俺の父さんのこと――殺してきた」
「っ」
その声は、非常に冷たかった――その冷たさが、もしかしたら殺人者の温度なのかもしれないと、わたしはそう思った。
「……これで、後戻りはできない。いずれ、絶対に捕まる。少し手間取ったけどな。そして、ミラを殺したら、俺は自首をする」
「そんな、の」
そんな酷い話があるか、とわたしは思った。思っただけで、結局最後までは言わなかった。
どうせ、彼には聞こえないのだ――聞いてくれないのだ。
「……俺が人の命令を絶対に聞くようになった原因は、父さんがいたからだ。アイツのせいで、俺は――人の言うことを、断れない」
断ったら殴られるから。酷い目に遭わされるから――虐待されるから。
案外、この一連の事件において一番の被害者は、彼なのかもしれなかった。あまりにも、惨い。
しかし、いくら惨くたって、少年はこれから連続殺人者になるのだ。命令を遂行するために、合理的な判断しかできない。
そんなロボットみたいな少年に対しても、法律は平等である――少年法があるから、少しは罪が軽くなるだろうけど。
それに、情状酌量の余地は十分にある。もしかしたら、前科も付かないかもしれない。そう考えると、なんだかほっとしてしまった。
これから、殺されるのに。
「……最後に」
そして、彼は言った。
「カノンから遺書を預かってるから、読み上げる」
「……おねがい」
わたしは、意味もないのにそう願った。
彼は、遺書を取り出すこともせずに、遺書を音読し始めた。
「『ミラがこの手紙を読み聞かせてもらっている頃には、私はもう死んでいることだろう』」
テンプレートか、と場違いなことを思った。
「『恐らく、ミラはもうすぐ死ぬだろう。酷いと思ったかもしれないが、どうにか許してくれ。桃花くんに罪はないよ』」
「……うん」
「『私の計画は上手くいったかな? いや、別に上手くいかなくてもいいんだけどね。その場合は、人が一人助かるだけだ』」
捻くれているというか、斜に構えているというか――なんか変、というか。やっぱりカノンの遺書は、遺書って感じがしない。
「『でも、なるべく上手くいってほしいな。私の夢のためにも、ね』」
夢。将来の、夢――わたしを支えたいという、カノンの夢。
「『まずは、私の願いを聞いてほしい。ミラには、悪いことをやめてもらいたかったんだ。ミラを支える重要な役割を果たしているのが、その悪いことだからね――悪いことをする、という行為にミラは支えられている』」
だから、邪魔だったんだ――カノンが考えそうなことである。
要するに、わたしを支えるという役割を、独り占めしたかったということなのだろう。
「『でも、ミラは悪いことをやめないだろう? 少なくとも、生きている限りは――だから、ミラには死んでもらうことにしたんだ』」
あたかも普通のことみたいに、少年は読み上げた。
「『しかし、ここで問題が生ずる――ミラが死んだら、ミラを支えられないじゃないか、ってね。だから、私も死ぬことにした』」
そうすれば、死後の世界で一緒にいられるだろう――ということらしい。死後の世界なんてものを、本気で信じていたのか。
「『ま、つまりはそういうことさ――ねぇ、ミラ』」
「……うん?」
「『私はミラを愛しているよ』――これで終わりだ」
あ、終わってしまった。
最後の最後に、適当なことを言って終わった。終わってしまった。
後には、何も残らなかった。
彼は言った。
「じゃあ、そういうことだから。最期に何か、言いたいこととかあるか? 特別に聞いてやる」
その偉そうな態度を改めてくれ、とお願いしてもいいのだろうか。別に、そんなことを気にするほど器の狭いわたしではないのだけど。
少年はようやく、こちらを向いた。今なら、『わたしを殺すな』と命令することもできる。でも、そんなことをする気は、とっくのとうに失せていた。彼の心配は、とっくのとうに杞憂だったのだ。
やっぱり、わたし達は出会うべきじゃなかったのだろう。出会ってしまった時点で、運命は決まっていた。
こうなることは、必至だったのだ。それでも、わたし達は出会ってしまった。
だから、受け入れなければならない。カノンと出会ったわたしを、否定してはならない。
出会うべきじゃ、なかったけど――出会ってよかった。
そう思わなければ。
そう思えれば、この終わり方は、わたしにとって。
みんなにとっての、ありとあらゆるありふれた終わりではなく。
「ありがとう、桃花くん」
あらゆらない、たった一つの救済だった。




