0・プロローグ
出会ってはならなかった。
出会うべきではなかった。
わたしと彼女の関係は、そういうものであり、またそういうものでしかなかった。
この世界を生きるということは、それなりの努力を必要とする。それは全人類が承知している常識であり、また共通する認識であり、それができない人間は徹底的に阻害される。そして、わたしと彼女はそういう人間だった。
異端として阻害され、何もされないという迫害をされる。社会はわたしを見放しているし、わたしも社会を見放している。この人生を見下している。天才でもなければ秀才でもない、そんなわたし達。
生きるのには資格がいる。幸せになるのには資格がいる。努力ができず、頑張ることを知らず、全力を尽くさず、挑戦を拒む――そんなわたし達に、生きる資格なんてあるわけがない。幸せに、笑って生きる資格なんて、あるはずもない。
お前なんか死んでしまえ――なんて、何度言われてきたことか、分かったもんじゃない。
それなのに、わたしも彼女は今もこうして、ダラダラと生きている。死んでなんかいない。死んでいるようなものなのかもしれないが、それでも今を生きている。怠惰に、努力もせず、頑張らず、目標も持たず、何も変わらず。
わたし達は生きている。
「死ぬのは簡単じゃない」
230回目の自殺――未遂。失敗して、彼女はそう言った。漁港から、海に飛び降りて溺れ死ぬつもりだったのだ。しかし、それは結局失敗した。失敗の理由は――単なる、恐怖である。つまり、怖気付いたのだ。
「飛び降りるのって怖いね」
20回目の自殺未遂の時にも、彼女はそのセリフを口にしていた。一語一句違わない。
結局、自殺には勇気がいる。死という概念は、あまりにも簡単に存在しているくせに、それはあまりにも難しい。
わたしは言った。
「今日はもう、帰ろっか」
そうだね、と彼女は言った。このやり取りも、230回目だった。
そして帰り道。わたし達は自転車に乗りながら、近くのコンビニで買ったアルコール飲料を飲んでいた。もちろん、法律違反である。わたしは缶チューハイで、彼女は缶ビール。子供みたいな話だが、わたしはビールが飲めないのだ。
「未成年飲酒、飲酒運転、そして深夜徘徊――私達はかなり悪いことをしているね」
「わたし達、結構イケてるかも」
まだ高校一年生になったばかりのわたし達だが、やはり悪い友達と悪いことをするというのは楽しいものだ。こういうのは、中学生で卒業しなければならないと、分かってはいるのだが……。それでも、思春期は未だ続いているのだ。だから、しょうがないだろう。
しかし、わたしは本当に何を言っているのだろう。もし本当にわたし達がイケていたら、彼女は自殺未遂なんてしないし、わたしは彼女となんかつるんでいないというのに。
「彼女彼女うるさいな。カノンって呼んでくれればいいのに」
「名前呼びは、ちょっとハードルが高いなって」
彼女――外咲奏音はわたしの友達である。小学生からの付き合いではあるが、それでも名前呼びは些かハードルが高いだろう。というか、普通に恥ずかしいと思う。だから、わたしは彼女のことを『彼女』と呼んでいる。わたしが人と仲良くなれない所以は、そういうところにあるのかもしれない。
「それ以外にないのかい」
「いっぱいあるよ」
そういうところにもある、という方が正しい。
わたしを構成する全要素が、わたしが人と仲良くなれない、それどころか相手にされない理由になる。
まぁ、
「理由なんて、単なる言い訳でしかないとわたしは思うけどね」
「理由は理由じゃないのかい?」
彼女の疑問に、わたしは何も返さなかった。適当なことを言っただけである。
だから、真剣には訊かないでくれると助かる。
コンビニを出た先にある信号を渡って、全く舗装のされていない歩道をしばらく直進してから、ガソリンスタンドのところで左折。下り坂だったので、少し不安になりながらもブレーキのない自転車で前へ前へと進む。歩道がなかったので、車道で。深夜二時の道路は、車が全く走っていないので、わたしとしてはかなり助かる。わたしは運転が荒いのだ。恐らく、自動車の免許は取れないだろう。
警察官の巡回ルートから外れていることを祈りながら、スピードを出して住宅街を走る。右折して、左折して、Uターン。道を間違えた。
彼女は文句を言った。
「方向音痴なのに前に出るなよ」
仰る通りだった。わたしは彼女に前を譲って、なるべくの安全運転を心がけながら暗闇の中を走る。ここの住宅街には街灯が設置されていない、または設置されていても壊れているので、自転車のライトだけが唯一の頼りなのだ。
しばらく彼女に着いていくと、ようやくわたし達の住んでいるアパートが見えてきた。ボロボロで、築何十年と経っているであろう木造建築。いつ倒壊するか分からないところが、程よい味を出している。さっさとお金を貯めて引っ越したい。
彼女は自転車を一階の部屋の前に停めて、鍵をかけた。そして、
「じゃあ、また」
そう言って彼女は、あっさりと自身の部屋に帰っていった。
それじゃあ、わたしも帰ろう。
階段を上って二階の部屋。ドアを開けると、部屋の中から呻き声が聞こえる。具体的には、浴室からである。わたしはその声を無視して、部屋着に着替え始める。現在、訳あってお風呂が使えないのだ。だから、明日の朝に彼女の家のお風呂を借りようと思う。
「……」
呻き声が、ずっと響いている。流石に煩わしく思えてきたので、わたしは浴室に向かった。浴室に入ると、ぴたりと声が止んだ。どうやら、彼はわたしがいることに気が付いたらしい。耳が聞こえなくても、感覚で分からないものなのかとわたしは疑問に思ったが、とりあえずわたしは言った。
「うるさいよ」
「……っ」
浴槽の中で、縛られているその少年。名前を和城桃花という。女の子みたいな名前だが、ちゃんとした中学一年生の男の子である。耳を千切られ、口を塞がれ、後ろ手と両足を縛られ、体中がガムテープでぐるぐる巻きになっているため、身動きが取れなくなっている。可哀想な姿だとは思うが、自業自得である。
何故なら、彼は泥棒だからだ。わたしの部屋を泥棒に入ってきた記念すべき一人目であるからだ。
わたしは子供に言い聞かせるような口調で言った。
「いい子にしないと、苦しいよ」
既にこの状況が苦しいのかもしれないが、とりあえずわたしはそう言った。眠ることはできるのかもしれないが、食事も取れないし、水分補給もできない。トイレにも行けない。耳も痛いだろう。そもそも、自由に動けないという時点で既に地獄である。
「……」
わたしの唇の動きから、わたしの言ったことを理解しコクリと頷く少年を確認して、わたしは浴室から出る。そしてそのまま、寝る準備をする。
漁港にいたので、海のにおいが身体に染みついていそうだが、しかし少年がいるせいでわたしはお風呂に入れない。だから、海のにおいを漂わせながらわたしは眠るのだ。ああ、本当に面倒なことになってしまった。
布団を敷いて、横になる。程よい睡魔がやって来て、わたしを安眠へと誘おうとしている。でも、その前に──
「……カノン」
練習をしてから、おやすみなさい。




