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ep7:軍議の湿/氷菓の涼/偶像の熱.

 蛇眼陽歴101年、水の月末。雨の降り続ける中、牛隅重二郎、葛原柾彦らだ克彦殿下陣営のブレーン格が裏純田の離宮に集まった。

仮面道化団(マーシカ・クローウン)か……」


 議長役の牛隅先生が口を開く。

「先日の演習で確認された、複数の証言があった……親衛隊の斥候も接触があったと」

「いずれ動くだろうと見ていましたが存外早かった。推定する相手のスピードを上方修正いたしましょう」

 口々に幹部、参謀、識者が意見を述べる。仮面兵団は列強筆頭である大国ポンド・ドールでの活動を主にしている北方人民連邦の諜報工作部隊だ。目的は北方人民連邦の南下政策の尖兵、破壊工作や諜報活動が狙いだろう。



議論を重ねた末……。

・仮面道化団への対応策を再検討、実施。

・仮面道化団への情報の収集。

・国内の親北人連(北方人民連邦)勢力への掣肘、可能ならば潰して仮面道化団の活動を妨害する。


 オーソドックスな策だ。しかしその詳細を詰めたら会議は終わった。


 月が変わって蛇眼陽歴101年 文の月。帝都はレンガの建物が多い。なのでただでさえ暑い季節がより暑い。蛇眼黒点以降寒冷化しているのが嘘なのではあるまいか? と思えてくる。


 裏純田の離宮に空調魔導機械を付けたら、涼を求めてか、普段より人が屯している。それなりに付き合いが続き打ち解けて来たのだろう。親衛隊の事もそれなりにわかり始めたと思えた。


 今私の方に視線を向けている親衛隊員は(お前の家にはエアコンがあるのだから暇しているなら帰れ)くらいに内心思っているのだろう。あの野郎舐めてやがる1回〆(シメ)ておこうか?


 ここ最近はおおよそ平和である。帝都湾で怪物騒ぎなども起きているが、怪異もテロルもこう暑いとやる気がなくなるのかもしれない。


「アイスだぞー」

 克彦殿下が給仕用大型台車に手作りであろうアイスクリンを満載して登場。氷菓を配って回っておられる。料理を作る事で鬱憤を晴らすお方なので関係者や周囲は流れでこうして餌付けされていく。


 アイスを受け取るとエアコンで若干体が冷えたのでバルコニーで風に当たっていた。すると造彦君が現れる。

「食べないのですか? 溶けてしまいますよ」

「少し溶けたくらいが好きなんだよ」


 互いに会えば皮肉を飛ばし合うくらいの間柄であるが、彼とワタシは仲が悪い訳ではない。こんな機会なので雑談でもする。

「殿下が帝都市民風情にぬいぐるみや子犬の如く可愛い可愛いと評される。ご不満のようですよ相談役。良きにに計らえよ相談役」


 宗家気取りのクソガキめ。勝手なことを言う。

「可愛いものは仕方がないのでは? 可愛いのも徳目ですよ。孔孟が酒を飲みながら言っておりました。降って湧いた王子様でガワも愛想もいいなら人気になるのは順当なのでは」


「嘘はやめろ」

 無茶振りである。別に無視しても良かった。何なら造彦君が味を占めて次があっては面倒なので無視した方が正解に近い。


 ただ殿下に気分よく働いてもらう事は重要。外理的な要因でパフォーマンスが大きく変わる。現に殿下の親衛隊についての人選もそう言った精神面の影響を優先して行なっている。


 要は殿下が可愛いと騒がれる事を納得し、受け入れてくださる。そういう流れ、そういう因果を描けばいい。造彦君に見せつけるようにアイスを食べ終えると殿下のもとに向かった。


 離宮、厨房。

「殿下アイドルやりましょう」

 調理長の子爵やメイド達とアイスの器や匙を洗っている克彦殿下に献策をする。「卿は暑さでおかしくなったのか?」と克彦殿下の表情が雄弁に語っている


「アイドル? マロウドが広めた文化だったと記憶しています……柾彦卿、暑い日が続くが息災か? 休まれては? 休まれよ」

「少々ハイコンテクストが過ぎました。順を追いましょう。アイドルとは偶像の意味。殿下には可愛らしい衣装を着て大衆の前で歌って踊っていただきます」


「何の誤解もないじゃん。仮眠室で寝てなさい。ライスミール作るからチキン、コンソメ、チーズ、卵、ライス、オニオン、パセリ……」


 少々驚かせ過ぎたかもしれないが……まあ、交渉のための顔扉(ドアフェイス)はこんなところでいいだろう。西洋オジヤはそれはそれとしていただきます。


 交渉中。


 だいぶ渋られたが殿下には帝都民との握手会を行う事を取り付けた。


 後日、帝都日々山公園。

「ほえー。前にやった大演習より人多くない」


 会場を埋め尽くす群衆に克彦殿下はドン引きし、若干怯えも見てる。ちなみに殿下には何とか言い包め、ギリギリ皇族男子が着ても良さそうなアイドルテイストのベレー帽衣装を着せた。


「殿下。陛下の宮廷費やお立場は大きな目で見れば臣民によって支えられています。言わば、お客様です。相応の対応を……」

「お客様か、お客様。うん、お客様にはちゃんと対応しないとね」


 ワタシの言葉に若干チョロく納得された殿下。動揺も緊張も恐怖も消えて、殿下は段上へと駆け出していく。ただの小走りが見るものに躍動する妖精のような物語のワンシーンを幻視する。


「どうされたのですか殿下は? 急に雰囲気を変えられて」

 造彦君が首を傾げる。

「殿下の養父殿を知っているか?」

「そりゃ知ってますよ。離宮の厨房に居ますもん。確か殿下をお育てになった功績で子爵の爵位やら官職やらを賜った。なのに物好きですね」

「親心さ。血も籍も違っても美味しいものを食べさせたいと以前語っておられた。殿下をお育てになったのがあの方でワタシは良かったと思っている。接客として殿下は民に接する」


 握手会の後、殿下は自身に向けられる嬌声に少し納得されたようだ。臣民との触れ合いで思うところがあったのだろう。


 君から少年時代を奪った臣を忘れないでいずれ、……してください。


庶族兄(しょけい)、庶族兄っ! 何不穏な気を出しているんですかゾクっとしました」

 考え事をしていたら造彦君の声で呼び戻された。

「そんなんだから奸臣予備軍扱いされるんですよ」


 後日、裏純田離宮のバルコニー。缶詰コーヒーを片手に末盧に絡む。

「末盧、ワタシが奸臣扱いされているの甚だしい心外なのだが」

「俺が言えたことではないが、革命派とは言えど高官を襲撃した反革テロリストで、訴訟成金、妾を大量に囲い道楽三昧、果ては幼い皇族を何か企んでいる不穏な陰謀家。それがお前だぞ客観的に見ると」


「高官の件はお前がもちかけたんだろコイツめ」

 それに、と一呼吸おいて続ける。

「そもそもあの治事の死は事故死と言うことになっている。今更出頭しても多分無視されるだろうな向こうさんも都合が悪いんだろ」


 昼の白月を見て、缶詰コーヒーを傾ける。ドリップに劣る部分も多いがコレはコレで趣がある。思えば遠くに来たものだ。あの暗殺から大凡一年。気温は暑いのに、気分は涼しいものである。後味が仄かに苦い。コーヒーと白月で口が渇く。

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