ep6:新緑/大演習/先生と秀才.
蛇眼陽暦101年、月が変わって翠の月。文字通り新緑が美しい今日この頃。ワタシは殿下から裏純田の離宮に呼ばれた。
「ほう、自警団の手伝いや後援ですか」
「訓練だけでなく僕の兵達にも現場の経験もさせたいのです」
「実はワタシも同じような事を考えていました。もうそこまで形になったのですね」
「はい、最低限ですが遠智谷大佐からのお墨付きも頂きました。これからの事を考えると早い方がいいかと」
「そこまで進んでいるのならワタシは反対致しませぬよ。向こうにとっても殿下の後ろ盾が得られ与力戦力が期待できるのは悪い話ではない筈、こちらからも進めましょう」
鉄冑蓮という自警団体が存在する。利平屋の被害者が多く。返金や見舞いをした事がキッカケに交流するようになった。その自警団やそこの紹介、他にも幾つかの団体と提携を結ぶ。
ひとまず親衛隊には夜警や誰何などの基本的な業務や依頼問屋と連携して外来のアヤカシの駆除などをさせることとなった。
親衛隊に帝都の土地勘を養わせたり、臣民との交流をさせるのが主な目的である。
後日、ワタシと殿下と数人の隊員で提灯を持って夜廻りしていた。別にトップや幹部がやる必要はない任務。
上の者が出てくるのは士気が上がるのも期待できるが反面、(わざわざ出てきて気を使うし疲れるな)って思われかねない諸刃……。この隊員達は市井の時代からの殿下のご友人か楽しそうに話しておられるな。
「あ! 陶土蕎麦の屋台」
「夜廻りを終えたら食べましょうね。 毒味はさせていただきますが」
「こうして夜中に出歩くのは、年明けくらいだった。養父さんも養母さんも許してくれない。
色々変わったけど、変わらなかったら皆んなでこうして夜の帝都を歩く事もなかった」
何気なく、そんな事を皇族になってしまった少年は呟く。
街の明かりで少し薄まった星光、周りの人で少し和らいだ夜風。提灯に照らされた殿下の姿が絵画か映画のように見えた。
「……? 殿下ッ!?」
黄昏ていた刹那、さっきまで側にいた殿下がいない?
「アイツは時々迷子になるんだ」
「流石に皇族になってからもそれは拙いだろ」
「応援を呼ぶか?」
「一刻だけ探してからだ。毎回だとアイツが狼煙の王様になってしまう」
平民時代から殿下との付き合いがある隊員達は、手慣れた様子で探索を始めた。
「狼煙の王様」か。寵姫の為に狼煙を上げて軍を集める事を繰り返した王が信を失った話だと聞いている。
気が逸れた馴染みの隊員は慣れているようなのでワタシは探すのを手伝いつつ任せよう。
結論から言うと殿下はすぐに見つかった。あと大した事ではないが殿下が迷い込んだ先で皇族に対して爆殺を企てる革命派の陰謀を見つけたので御用した。
月が変わって蛇眼陽歴101年、水の月。円国の気候ではこの時期はよく雨が降る。あの一件の後も殿下が迷子になるがその都度何か見つかる。
後日、旧徳大羅軍閥連合政権時の埋蔵金。後々日には、共産系結社のアジトを発見。後々々日、北方人民連邦経由で入ってきた薬物アー・ピスを摘発……といった具合でもう1月である。
あれだ。殿下は花咲爺のポチか何かなのか? 最近すっかり居座るようになった裏純田の離宮で紅茶をしばいていると造彦君が愚痴を言いにきた。
葛原造彦、利平屋の財産を奪った後に関わりが増えた親戚だ。彼の方が本家筋であり殿下と同い年なので礼法等フォロー要員として殿下に側仕えをさせている。
「決定事項として生意気な平民どもを解らせます。柾彦殿はどこまで黙認してくれますか?」
開口一番これである。
「相変わらずクソガキで安心しました。何故ワタシが黙認するのが前提なのですか?」
ボブカット近い黒髪、半ズボンの軍服風衣装、可愛らしいが生意気そうな印象を受ける顔立ち。造彦君は歳の離れた従弟のようなものだ。
「本家筋の僕が平民どもにお作法を教えようと思っているんですよ。何故黙認しないんですか?」
理解できないと言うような表情をして聞いてくる。アホガキ。
「君こそ何を言ってるんですか? お友達が取られて悔しいなら仲良しグループに入れてもらいなさい。
元々殿下はアチラのグループです。第一ワタシが黙認しても橋科殿か乱段殿あたりが止めますし」
「アイツらと馴れ合いたくありません」
頬を膨らませ、不満そうな顔をして造彦君は出て行った。さて、如何にする? 別に子供の喧嘩だ。ワタシがでしゃばる必要などなく、そんな義理もない放置してもいい。
だが、殿下にも、平民達にも、造彦君にもプラスにならないだろうな。窓に目を向けて、青空に隠れた星々を読んだ。
どんなカードを引いても自らに有利になるように立ち回るのが玄人のゲーマーなのだ。これを奇貨にして……。星辰は悪くない。
裏純田離宮、殿下執務室。殿下に策を奏上する。
「大規模な演習ですか?」
「ええ、国軍や自警団、傭兵などを集めて数万単位の大規模なものを行います。費用や物資などはワタシにお任せください」
資料に目を通した殿下が質問してきた。
「次の戦に備えた軍略と、名を高めつつ各所と交流を行う政略。けど他の意図があるようにも見えますが」
「もちろん、あわよくば殿下の御旗本である親衛隊がまとまれば良いかと他にも2、3程狙いがありますがその辺りはオマケですな」
演習の目的は、古の無尽王。平安期に反乱を起こしたが今も慕われている豪族への慰霊奉武を建前とした帝都府と蛮東諸州の動員訓練。及びそれに付随する様々な効果。
要は祀っている昔の人を山車にして兵隊を集める訓練をしましょう。ついでにこの機会に各々色々やろうという催しだ。
ウチの親衛隊は与根淵連隊と模擬戦を行う。「やれるかい? 克彦君」
あえて激励と挑発の意味をこめて殿下を付けずに問いかけた。
「人事は尽くしたけど勝負は天運。されど確としたものが我が心地にある」
我が主君は光陰の矢の如く疾さで既に皇族としても将としても様になってきたようである。
水の月下旬。蛮東北部の丘陵地帯。
与根淵大佐以下彼の連隊は革命党派ひいては北方人民連邦との繋がりがある。親衛隊もとい克彦殿下派閥のプレーンはワタシも含めて将来的にぶつかると想定している。
今回の演習におけるベストな結果。それは、『舐められないように警戒されないように勝つ』。
文弘厩の親衛隊は出身バラバラの新造部隊である。それ故か普段は親衛隊の内部でしっくり来ない。だからこそ頂きの如く難易度の目標を設定して納められる物を互いに納めさせて手を取り合わさせる。という意図もあった。
演習は3回を予定。殿下も案を出した初の幕僚軍議、試運転として組み上げた策。演習が始まってみれば手品である。
「初撃てぇー!」
「撃ち返せ。連射と時間効率を心がけろ! 」
造彦君の一隊を擬似退却させ。
「退却ーッ!」
その穴を六門君ら平民出身の部隊が支える。
「丘に寄って相手を止めろ! 塹壕も鉄線もある」
そして、造彦君らの部隊が……。
「さあ、やってしまいなさい」
「敵部隊出現! 丘陵の影を利用して接近を許しました」
別ルートで与根淵連隊の本営を強襲、側面攻撃で局地戦勝利。
次戦は……。
「北方人民連邦が北海島近海で軍事演習を開始。翼畠の地で革命派による暴動も発生しました。演習を切り上げて対処部隊を抽出し他部隊は即応体制にて待機されたし」
演習の責任者である閑居厩大将の声が放送設備を通じて丘陵地帯に響く。
偽情報で北方人民連邦と反乱予備軍を釣り出して有耶無耶にしてなし崩しにして中止。その時、疲弊が大きい戦術をとった親衛隊は足並みを整える為に一時体制を整えてから、翼畠の暴徒へのラストアタックと追撃を担う。
結果、模擬戦において親衛隊がリードした状態での終了と、与根淵連隊と翼畠の親革命派勢力の同士討ちが達成された。
策を執りまとめた幕僚統括の牛隅先生は語る。
「与根淵大佐。彼はね自分が賢いと思っている。ある方面においては事実だろう。士官学校では秀才だったし、今日までの実績が証明している。
だからこそ、自分の判断を自分の常識を信じてしまう。
『対外的には美事な勝利をし、彼だけに欠陥を信じ込ませる』
生徒が答えにたどり着りつけるようにヒントを提示する。自信がない子にはさりげなく、危うい子には間違えやすいルートを歩かせてあげるんだ。
親衛隊が乾坤一擲で初戦を制し、次戦の以降を捨てるつもりだったと思わせる戦い方、考えさせる動き。それが模擬戦での戦術。
それが一時体制を立て直してからの再出撃。相手よりも広い戦場で戦略目標を達成する策」
後日、信頼できる筋から「厩様の勝利に水を差すのも紳士的ではないでしょう」との与根淵大佐の証言を得る。
今回の演習。ほぼ、理想的な結果に収まったと見て良いだろう。




