sep1:幼女戦奇
本外伝エピソードのサブタイトルはカルロ・ゼン先生の『幼女戦記』リスペクトになります。
本編は同作品とまったく関係ありません。
ーーー百瀬波奈子 観 蛇眼陽暦106年より107年ーーー
あの日のことは今でも覚えています。急に地面がゆれて、世界が震えると避難すると兵隊さんや自警団のおじさんに連れられて港の方まで行きました。文化人形のフミちゃんだけを抱き抱えて行きました。
港に集まった大勢の人たちの中にその方はいました。おマヤさんです。
白いお馬さんに乗って白い合羽みたいな格好をしてました。あまり大きくないしその方の周りには同じような格好をした人もいっぱいいたのですが、その方だけ、夜の蛍のように平たい絵の中で飛び出している家や動物のように目についたのです。
兵隊さん達は建物が壊れて危なくて、水道や電気もいつまでも使えるかわからないのでお船にのって安全なところへ行きますと言いました。
私達はみんなお船に乗り込みます。少し乗り切れない人も膨らませた箱みたいな形をした筏をお船で引っ張って運ぶみたいです。
私はお船に乗り込む為に列に並んでいる間。その方を探していました。白いお馬さんに乗ったその方を探していました。キョロキョロしていると離れた所にその方がいました。
目が合ってしまい。その方はフワリと最初から最後までそのような感じです。羽が舞うように指を自らの唇に当てて「ヒミツ」と言うかのように私に微笑むと風のように去ってしまいました。
どことなく文化人形のフミちゃんを思わせるお顔立ち、真っ白なお馬さんと衣装、初めて人をキレイだと思いました。お母さんにあの方について聞くとおマヤ様という高貴な方だそうです。
大きなお船に乗って帝都を出た私達は、尾州にある水上避難村に身を寄せています。前よりもキレイな家で私も兵隊さんからお菓子を度々貰えました。けれど、大人達は何やら不安そうです。
「帝国は今後どうなるのか?」
「帝都が陥ちたってよ」
「店が燃えちまった……」
難しい話はわからないので私はこの新しい町を探索したり、おマヤ様のお話を聞いて回っていました。おマヤ様という方は文弘厩克彦親王様というお名前らしいです。他には……。
近所のおじさん曰く「昔は私たちの家の割と近くに住んでいらした」そうです
大陸帰りのお爺さん曰く「ジャンカイでのレンポウとの戦争で多くの人を助けてご活躍なされた」とか。
女学生のお姉さん曰く「とっても可愛らしく。見ることが出来ると幸せな気分になる」とか、これは私もよく知っています。
おマヤ様について聞いて回っていると隣りの市の海上避難村に今おマヤ様がいらっしゃるようです。
そうと聞いた私は貯金箱のクマさんを縁側から庭へ叩きつけて粉々にし、広場の野花をつんで路面電車で隣町へ行きました。
きょろきょろとおマヤ様を探していると。
「あら、おハナちゃんおハナちゃんもカツヒコ様を見にきたの? 私も見にきたけどちょっとしか見れずに行ってしまったわ。そう言えばおハナちゃんお母さんは?」
ご近所のおばさんの話を聞いて気がついたらそのまま家に帰っていました。おばさんが一緒に路面電車に乗ってくれた事と手に持っていた野花が萎れていた事だけ覚えています。
野花さんが可哀想なので押し花にしてお父さんから貰ったボタンと紐のついた封筒にしまいました。
この前はおマヤ様に会えなかったのは残念ですが、おマヤ様についてアレコレと聞いたのは無駄では無かったようで、陸の図書館におマヤ様のお写真が載っている新聞やら雑誌やらがあると駐在さんから伺いました。その上、複写機でコピーできるそうです。
早速学校から帰りランドセルを置くと陸へと出かけ、図書館まで来ました。おマヤ様が皇籍へ復帰された時の新聞記事やらおマヤ様の特集している雑誌やらを集めて早速複写機の所へ。
複写 10貨
天然色 20貨
物資供給不安定の為1人10枚まで
そう書かれた張り紙がされている複写機で選りすぐりのおマヤ様をコピーします。路面電車に乗ってお金を使ってしまったので天然色を諦めて白黒で10枚目一杯選りすぐりのおマヤ様を複写しましたともそうしてホクホクと新聞やら雑誌を戻しに行くと……『文弘厩克彦親王、帝都目前まで快進撃!!』
大きく、そう大々的に扱われたおマヤ様の記事が追加されていました。今の私は無一文、それに複写機の上限も使い切ったのでコピー出来ません。
泣きそうな顔でその記事のおマヤ様を目に焼き付けて家に帰りました。ボタンと紐がついた封筒、玉紐封筒と言うらしいです。それに今回のおマヤ様を仕舞いました。
大変です。大変です。神の月になられてからおマヤ様が居られる要塞が反乱軍に囲まれたそうです。駐屯している兵隊さんに助けてくださいってお願いしに行っても「我々ははここを守るのが任務だから、それに向こうの戦況はそんなに悪くないと聞いていますよ」と宥められて返されてしまいました。
神社の賽銭箱に5貨玉を入れて、とにかく片っ端からおまじないを試すしかありません。
「御呪いね。コレなんかどう? 千字帳。1人1人がその人の為に1字ずつ好きな字書いて1000字書かれたら無事らしい。
マドカルブル戦争の頃からある伝統的なヤツ。3冊セットで買ったからハナちゃんが協力してくれるなら1冊あげる私のなけなしの呪力も込めたよ」
克の字を女学生のお姉さんの千字帳に書いて、女学生のお姉さんから千字帳を手に貰いました。コレにおマヤ様の名前を書いてページをめくり私とお姉さんが一字ずつ書きます。
「そうだ。他にもおまじない知っていますか?」
「えーとね……大人の毛をあげるやつ……ハナちゃんにはまだ早いし、おマヤ様には難しいかもね、うん辞めておこうそれは」
やめておいた方が良さそうだ。
学校の友達や家族、ご近所と書いてもらって回ったがまだ100もいかない。会う人会う人に頼んで書いてもらうがどんどん日にちが経っていきます。
あー、もう、なんで全然集まらないのですか!?
そうこうしている内に月が変わりどんどん気持ちばかりが焦燥していきます。
「緊急速報! 本日国家総力戦会議『廟算堂』は交告城塞を包囲する反乱軍を撃退した事を発表。
情報筋に拠ると文弘厩親王少将殿下が少数で要塞を脱出して味方を募り包囲軍へ奇襲を敢行しゆりしい大勝利!
まさに古陶土の再興光帝の如くご活躍!
新皇帝陛下万歳! 大円帝国万歳!」
あー、良かった。おマヤ様が助かって良かった。けど、やっと千字が半分集まったから千字が集まってから『助かって』欲しかった。
さて、秋に戦争が起こってもう冬。停戦がされれば軍医をしているお父さんも一度お家に帰ってきます。
急な引越しで来てしまった、この海上避難村にもだいぶ慣れてきて、陸のお味噌が少しキツイ以外は大丈夫です。
ただそれは同時に日々の新鮮味が失われる事なので少し微妙な気分であったりました。ふと公園の広場を見たら、男の子達が戦争ごっこをしています。
「俺、絶旗元帥」
「じゃあ僕、遠智谷少将」
「じゃあボク、文弘厩様」
「「「わー反乱軍をやっつけろ」」」
ぜんぜん違います。あの子はおマヤ様ではありません! 似ても似つきません。
「ちょっとお待ちなさい。アナタはおマヤ様じゃありません。バーカ」
「なんだよ。女子は遊びの邪魔すんな」
「コイツ健ちゃんの事バカいったぞ」
衝動的に動いてしまった結果。わーわーと騒ぎが起きて……私は私のお母さんに連れられてマヤ様を名乗った健ちゃんと健ちゃんのお母さんのお家まで謝りに来させられました。
「ほら健ちゃんに謝りなさい」
「私は悪くありません。この子はおマヤ様じゃありません」
「いい加減にしないとお尻叩きますよ」
「私は悪くありません。この子はおマヤ様じゃありません」
一つ、二つ、三つ、いっぱい。お母さんに担がれるや否や私はお尻を叩かれました。
「ほら」
「私は悪くありません。この子はおマヤ様じゃありません!」
「あんまりワガママなようだと次はパンツ下ろして直に引っ叩くよ。お父さんにも言いますからね」
お母さんの声色で心が折れて謝罪の言葉を絞り出します。お母さん私がお嫁に行けなくなったらどうするんですか。
「ごめんなさい」
悔しいやら恥ずかしいやら痛いやらで胸がいっぱいになりその日のお夕食は食べられず。翌朝おかわりしました。
「ねぇなんであんな事をしたの?」
教室で健ちゃんが話しかけてきました。アナタの顔を見たくありません。昨日のことを思い出して私は機嫌が悪いです。
「もしかして文弘厩様のこと好きなの?」
そう言って健ちゃんが出したのはおマヤ様の消しゴム人形。作りは雑で余り似ていませんが間違いなくおマヤ様です。
「何がお望みですか? 卑劣な」
「ボクも弘厩様が好きなんだ。カードとか他のゴム人形とかも家にあるよ。遊びに来ない?」
おマヤ様のお人形を人質に取られた私は放課後健ちゃんの家にお邪魔させていただく事にしました。健ちゃんのコレクションを見せてもらいます。
おマヤ様のカード3枚、ゴム人形が5つ、写真が入ったビー玉が4つ。健ちゃんが駄菓子屋に通い詰めて揃えたそうです
あと他の軍人さんや戦車とか飛行艇の模型とかカードとかも見せてくれましたがそっちには興味ありません。
健ちゃんは私の知らないおマヤ様のお話をよく知っているので、その後も度々お邪魔させていただいてます。
年が明けて、お父さんも帰ってきました。今年はいつもよりも多めにお年玉をいただきましたが、半分はお母さんが貯金してしまって、
残りの半分もおマヤ様が載っている雑誌や新聞のコピーやら、おマヤ様のカード、ゴム人形やら使いたい物が多すぎてすぐに無くなってしまいました。
「ハナちゃんは克彦様のことが好きだね。どうしてだい?」
「へへへヒミツです」
「お父さんとどっちが好き」
「おマヤ様」
「困った厩様にはちょっと勝てない」
年明けて気がつけば玉紐封筒がおマヤ様関連の品でいっぱいになってしまった。睦の月の末頃。
「皆さま、心してお聞きください。我々は苦難に耐えついに帝都が解放されました!!
廟算堂及び軍部からは詳細は追って報告するとのことです」
「「「うおおおおおおおおおお」」」
あの日以来、帝都震災のあの日以来また世界が揺れました。あの日と違うのは喜びや歓声や熱狂の声。
ラジオから臨時放送が流れて、学校は急遽祝賀休み。お祭り気分の街を抜け、お家へ避難住宅へ帰ります。途中おマヤ様が大きく印刷された号外を掴むと握りしめて駆け足に、家にいたお母さんに賞状でも見せるように号外を広げて見せました。
蛇眼陽暦107年の卯の月帝都。新年度も始まり、私は急造の学校へ戦闘でボロボロになった道を通って通学します。多分私が大人になってもここ半年の事は忘れないでしょう。この非日常にあふれた半年間の事を。




