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ep19:戦時の民/即位/3人だけの結婚式.

 蛇眼陽暦106年長の月の6日、尾州の水上避難所を訪れて、和多志は包丁を振るっている。


「何か足りないモノはないでしょうか? なんなら近い時期に奏上いたしましょう。さあ遠慮しないで元は税金と鼎や転に支払った代金なのですから」


 その場でフルーツを飾り切りして作った兎や花を配りながら避難民に聞いて回る。


「わー凄い」

「この子……本当に皇族なんだよな?」


 水路陸路で帝都を逃れた人々の多くがこの地の水上避難所に身を寄せている。マロウド由来の技術でメガフロートと呼ぶらしい。


 「帝国は大丈夫」、「今に帝都に帰れる」と類する言葉を折に挟み、リズムや音程を意識する。

 おおよそ。反感が11%、無反応もしくは決めかねているのが27%、好意的なのが62%。


 反感を持つ者達。中でもその感情が強そうな者、周囲に影響を与えそうな者にはさりげなく目線を合わせる。そして本人だけにわかるよう「わかっている」とアイコンタクトを送っておく。


 おおむねコレで悲観や厭戦に流されない状態となる。今日でこの手の場所は3ヶ所回った。


「殿下、そろそろ出発のお時間です」

 護衛兼秘書として随員してくれる造彦君が出発を促してくれた。


「ではご機嫌よ」

 手を振り避難所を後にすると秘書モードが解除された造彦君が半分引き気味の笑顔を半分悪戯坊っちゃんの笑みを浮かべて話しかけてきた。


「だんだん悪魔か教祖じみて来ましたね殿下」

「酷くないか。それはある程度計算や手法は用いているが悲観したり自棄になって欲しくない気持ちは本物だよ」


「平民のままでいたなら殿下は議員やれますって」

「議員やっている土嚢(どのう)のおじさんから教わったからね」


「本職からですか……」

「皇太子様が腰を上げてくださればまだやれる。勝てるカードは揃っている。朝廷では耐え難きを耐えて降伏した方がいいと言う意見もあると聞きます。


だけど、弱った円国にたちまち攻め入ってきた勢力に降伏した未来は果たして担保されるのか?

町を焼き、共同農場を作って臣民は寒い所へ……そう皇太子殿下に奏上する」

 移動手段は鉄道を選択した。今の国や臣民をもう少し見ておきたかったから。車窓から花束を握って立ち尽くしている女の子が見える確か帝都で一度見た子だったかな。


 蛇眼陽暦106年長の月7日。旧都臨時宮廷。

 阿能(あのう)老は支援や義勇軍の為の交渉で諸外国を飛び回り、園生(そのう)女史は軍需や企業協力の取りまとめ、近羽(このう)伯は皇太子殿下に付き従いながら貴族衆連名で徳大羅公爵への宰相打診、土嚢(どのう)議員は民衆へ協力を訴えて駆け回っているそう。


 皇太子様はだだっ広い謁見の間で玉座に1人腰をかけていた。側には近羽伯が控えている。光が差し込み、調度も明るさ、健在さを主張しているのにこの部屋は暗く陰鬱で息苦しさすら感じられた。


 この青年皇族の苦悩がそれを発している。


「数日ぶりです皇太子様。道中、良い魚や貝が得られました。海の幸は変わらずお好きですか? 宜しければ和多志が仕立てましょう。洋食が得意ですが一通りのモノは作れます」


「そう。奏上を読んだ。字、また巧みになったのだな……」

「はい、陛下から、いいえ先帝からそれもあり文弘厩の宮号をいただきました」

「そう?」


 元気がない、覇気がない。この異母兄には少しハッパをかける必要がありそうだ。その場で和多志は傅く。

「陛下、臣文弘厩克彦が言上申し上げます。叛徒敵国に帝都が奪われ、臣民が奪われ、先帝たる父上も奪われました。


取り戻しましょう。国を家を民を誇りを……帝都の宮廷に帰りましょう父上と和多志と3人揃って……臣が道を開きます」


「……………………。文弘厩、そうだ戦の前だ。湯漬けを所望する」

「はい」


 和多志が作った湯漬け。冷飯に湯通しさせた切り身、白胡麻と刻み海苔の薬味、鰹節の出汁をかけて、お好みで浜塩を振るだけの簡単なモノ。


 兄は流し飲むように食べる。決して上品とは言えない侍従や側近がいたら叱られるような食べ方なのに皇としての気品も風格も覇気も纏っているように見えた。


「ふう。近羽伯、余は即位する」

「準備は既に」

「良き。克彦様、お世話をかけました。余はもう大丈夫です」


 メガネの向こうでそう微笑んだ異母兄。この日、簡易即興ながらも皇太子殿下は、盤条帝の期間後に譲位すると宣言して即位。クーデター政府と北方人民連邦への対決姿勢を明らかにした。


 ほぼ同時に北方人民連邦軍ウリエル元帥主導の下で『旧都の資本主義帝国勢力の撃滅』を戦略目標とする。帰順円国軍と北方人民連邦軍の混成軍60万が帝都を発った。との報せ。

 ここまで早期に大軍を編成して動かせる敵将の手腕は本物である。


 蛇眼陽暦106年長の月7日宵の口。最低限の準備を整えて甲辛国際学園への強行軍を行おうとした矢先に知っている声に呼び止められた。


「お待ちくだされ」


 ーーーッ!! ー柾彦卿ー。

「武威が1人に集中するよりも適度に分散した方が戦略の幅が広がります。遠智谷大佐の力量は殿下もご存じのはず。急がず後詰めに徹しくだされ」


「脇役に徹するので、行かせてくれませんか?

相手は大軍かつ力量を備えた将帥。遠智谷大佐と筺関の要害でも備えはあった方が好ましいのでは?」


 軍事的な視点から意見を述べる。柾彦卿の事だ理由があるのだろう。


「一方面に全てのリソースを注げませんよ。殿下は北方人民連邦軍への追撃に間に合えば宜しい。それに殿下にはやっていただく事がございます」


「やる事?」

「結婚してください」

「誰と誰? ボク婚約者」


「そう婚約者。克彦殿下とモイタリア王女ですよ。王女は阿能老と合流して諸外国を周って円国への支持や支援や援軍を集める為に旅立つと……」


「モイタリア王女……」

 物陰から婚礼衣装のモイタリア王女が出てくる。


「克彦様の読んでいた少年誌では戦後結婚しようとすると縁起が悪いと見ました。結婚してください今」

「このように観衆もいない。道端でいいのですか?」

「今が良いのです」

「わかりました」

「ふふ、決める時に決められる方だと言うのは本当だったようですね」


「僭越ながら禰宜の資格があるので立会いましょう。酒精を飛ばした酒と盃です。三々九度くらいならできる時間はありましょう」


 柾彦卿立会のもとモイタリア王女と共に三々九度を行い、自らの髪の一部を蛇斬丸で切って結い指輪にして彼女の指にはめる。どちらからとなく唇を重ね初めての接吻は御神酒の味がした。


「我が背。次に会うときは戦後だな。世界を味方にして来る」

 夫に生きて再開する事を告げた妻に和多志も応える。

「乱を平定して君を待っているよ。ちゃんとした式は後でしよう。歴史を確定して来るマイワイフ」


 湊までの公用車に乗るモイタリアを見送ると和多志達は再び甲辛国際学園へ戻る為に帰路を駆ける。

 ちょうど横切る事となった旧都近く仇篠原(あだしのはら)、奇しくも人魂現象が見られた五彩を放ち無数に漂う火の玉は季節外れの蛍のようだ。


 この地に生きて死んでいった者達へ見送られ和多志達はまた戦場へ向かう。


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