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ep16:克彦親王北へ/二度目の邂逅/開戦前夜.

 書斎にて、机の上を確認するとまた殿下からの手紙が届いていた。座り、呼吸を整えて読む。


『柾彦卿


 名残惜しいものでバベッジ校での留学生活も実質もうお終い。従兄殿と交代してポンド・ドール本島南部フォイ領の円形石並遺跡に来ています。


 これよりこの遺跡の魔術的な補助を受けて北方人民連邦内に転移し潜入を開始いたします。

 

 転移が終わり着いたのは陶土北、黒龍河沿いの鬼城街。裏主席以前に計画され廃棄された老朽ビルディング群に流れてきた者達が勝手に住み着いている。


「地下に潜りますよ」とポンド・ドール人のエル老大尉が案内してくれた。

 鬼城街の地下、暗渠街。

 荒涼として人もまばらな鬼城街とは打って変わり、下の地下街は乱雑な印象を受けました。


 暖かく湿り臭いの混じり合った空気。土や敷石の上には屑籠をひっくり返したようにさまざまな物が散らばる道。無数の人種がごった返し怪しげな店々が並ぶ通り、十に七八危うい印象を受ける様々な様式の建物。


 連邦の支配が弱いこの街で準備を整えた後に本丸。モスク・グラードへ乗り込むのだとか。

 僕には3畳ほどの個室があてがわれた。

 

 まだら黒ずんだ鼠色の壁。藁の筵とくたびれた毛布。雑にエメラルドグリーンのペンキが塗られた鉄の机。ボコボコになった多目的真鍮バケツ。


 卿が旅先で浄化の術を撃ちまくる気持ちを今は察する。さりとて、両国の潜入員達が精一杯用意してくれた寝床だ。これで英気を養おうとおもいますおやすみなさい』


 一瞬、異界伝いの転移を繰り返してモスク・グラードに行けば良いのでは? と思ったが向こうも外理学が発達しているためアナログな手法が有効なのかもしれない。


『柾彦卿


 早い時間に寝たので、目が覚めてしまいました。外はまだ暗いです。地下なので1日中暗い訳ですがこの街の人達はどうやって夜昼の感覚を持っているのか疑問ですね。


 暗渠街を散策してみることにしました。浅薬ピース、軍艦ラムネ、韃靼担々麺、トカルフ銃、没落姫、竿竹、義和大刀賊のホルマリン漬け……なんともまとまりのない店々。


 平民時代に肝試し感覚で覗いた帝都スラムや国際街の3倍は乱雑としています。気配を殺し人買いなんかに攫われぬように警戒しながら一回りして宿に帰りました。


 物資の調達の為に同行して欲しいと依頼されたのでこの街の商人やヤクザ者、通信員などと何名か会いました。


 これは経験則ですが、僕のじっと見ている様や笑いかける様に対して好意を抱く人が多い。以前健康診断の問診で舎人先生に「君に対して多くの人は影を見る信仰対象や近しい者の影を」との人物評をいただきました。


 なので使えるモノは使って行こうと思います』


 なるほどな。舎人先生も上手い事を言う末は千の影持つ英雄かな。早晩の未来へ思いを馳せながら紙表面を指で滑めた。


『柾彦卿


 さて善良では無いが趣きある方々と将棋を指したり、お茶をしばいたり、ボクがシゴかれたりしました。その甲斐もあり、物資調達や交渉は概ね順調にまとまり明日にはこの暗渠街を去る事になりそうです。


 衛生的とは言えず水が合わない場所でした。しかし離れる寂しさは少なからずあります。さよなら暗渠街。ここに来れてよかった』


 …………。いよいよか。殿下は己の宿命と対峙することになる。部屋を暗くしてもう一度ワタシは手紙を読み返した。


『柾彦卿


 ルブルの地を東西に横断するカスティーナ・サン・ド・アン鉄道に乗り、モスク・グラードを目指します。窓から見えるのは延々とカスティーナ・サン・ド・アンの荒涼とした大地が流れていく風景。


 夜は寝台車のベッドで鉄道特有の揺れを楽しみ、昼はモスク・グラードでの計画を詰める日々がしばし続くでしょう。


 そう言えば以前演習で話した将校殿がこの鉄道に乗った時に密室殺人があって大変だったとか。確か……虎山という方です。


 さて、いくつかの丘陵地帯やトンネルを抜けると西ルブル。北方人民連邦のコアエリアに到達しました。


 カスティーナ・サン・ド・アンと総称される東ルブル地帯と比べると湿り気や温暖さが感じられました』


 トントンと机の何度叩いただろう。焦らされているような心持ちだ。扉を開けて書斎を覗き手紙の確認を何度か行っただろう。落ち着かない。


『柾彦卿


 モスク・グラードに到着しました。そのなんと言うか西洋北方で見られる建築様式をより実質堅固にしたような街並み。


 本国やポンド・ドールで見た混沌な部分、エントロピーが感じられず。薄寒い感覚に陥ったのは僕の主観ではないと確信できます。


 この街を中心に北方人民連邦と言う国家全体が発展と戦争準備に向けて合理的に駆動している事を皆が悟りました。


 肌で感じる巨大な機構が動いている兆候に圧倒されるのに初めての者達は皆時間を要すると聞いてます。


 軍事パレードが行われる日、彼の顔が見える高い場所に立つ。互いの引力で惹かれ合っている事を知っている。裏主席レディン。


 瞬間すれ違うと私は踵を返してその場を離れました。これで以上は充分だと、戦う敵を見定めのには充分だとモスク・グラードを飛び出しいざ故郷へ』



 時は流れて、蛇眼陽歴105年葉の月。北方人民連邦による震災後侵略戦争の開始『Xデー』が近づく今日この頃。


 夏の盛りで日が差していると言うのに風が涼しく快適であった。蛇眼黒点の影響と思われる涼しさは人少なく流水の音だけ響く静けさを強調している。


 都内の公園、ボートに揺られながらワタシと克彦殿下は釣竿を取り出した。


「ここの浄水設備は最新のヤツだから水が綺麗で魚も小ぶりだけど臭みが少ないんだ」

「ああ、餌と釣り針は結構。今日のワタシはただ静かに水面を見ていたいのです」


 穏やかな時間である。戦が迫る中、やった方がいい事はいくつかあるが、しかし、今やる必要がある事は英気を養う事の一つしかない。

「ボクに釣らせて食べる気か君だぞまったく卿は……」


 この時間が、ここの英気が、最後の一撃、最後の一計になってくる。

「聞きたいことがあって呼んだ」


 殿下は既に釣り上げた魚をさっと捌き。持ち込んだフライヤーを使い揚げている。

「卿の半生を聞かせて欲しい。この妖精眼で見えるモノがある。でも卿の言葉で聞かせて欲しい」


 観念したのか、あるいは望んでいたのか口を開き主に語りました。

「ある一族が存りました。千年の昔朝廷を荒らした妖后の裔、その分家のまじないを生業とする一族が


 ある時、一族の長は力のある後継者を望みました。娘へ外道下法を行い子を産ませました。異なる世界の魂を意図的に落とす術です」


 魔術、気、チャクラなど性質によって異なりますが外理の力の根源は世界との位相エネルギーだ。それが生命や精神や式で倍増する。異なる世界の魂であるマロウドはそれだけ世界と離れているため強い外理の力を持つ傾向にある。ワタシは語り続ける。


「上の1人は上手くいかず廃人に、下の1人は失敗ではなかったという結果になりました。下の方の子供は童になり、才能と性質の悪さで悪戯三昧の日々を送ります。


 どんな悪戯もどんなご馳走もどんな玩具も童の心を満たしませんでした。ある日、童は運命に出会いました」


 カラリと揚がった白身の小魚に少し酸味を強調したタルタルソースにつけて摘む。温度が程よい。ワタシはさらに語り続ける。


「遊び場にしていた異界である人に出会い。自分の目的を見出したのです。


その後はその為に動いて医者に診断せられた時に因果を収束する術具を勝手に使いアナタが産まれやるように調整しました。


 いつの間にかそんな事も忘れ、適当に食堂征伐を鎮圧し、騒ぎを起こして居づらくなった学秀苑を飛び出して空栗先生の所へ。


 ある治事が空栗先生を追放すると末盧と一緒にぶっ殺しました。そう言えば前に植えた種が成長している予定だったなと思い出して。


表向き悪徳商人、裏革命派のフィクサーぶっ殺したり、そんなこんなでアナタを皇族に復帰させて……ここからの話は必要ですか?」


 釣り糸の先、直針をワタシが水面に着けると円形の波紋が広がった。

「いらない。卿。卿の目的は? いつぞやの続きだ。この国を革命派や北方人民連邦から救いたいの? ボクを利用して楽土をつくりたいの? それとも私欲?」


「初めは私欲でした。延々と続いた輪廻の旅……最後に一大満足をして終えたい。ちょっとした休憩所をね。


今は……どれも否定できませんね。応報稲妻媛命-オウジムクイイネツマヒメノミコト-それが貴方の魂、貴女の神名です」


「そうか、その為にここまでの舞台を整えたと。柾彦卿、ボクはこれより和多志(わたし)と称します。多くの志しを和にする者。アナタの舞台の主演は和多志が勤め上げます。では和多志も切り札を魅せましょう」


 殿下が水面に掌を浸けると底から軍刀が浮き上がってきて手に収まった。

「蛇斬丸。田村坂氏と共にこの地に渡ってきた陶土の皇帝の剣を転財閥とマロウド達が鍛え直して改造した物を先日貰い受けました。


 マロウド達の外理力、外理処理力でサポートしてくださるそうです」


 夕焼けが赤々としてきた。どちらともなく道具を片付け始める。


「では、派手にお願いします。他所に横槍を入れられてグダグダになる意図間もなく胸空くような勝利を!


 サブプランも幾つか用意がありますがそれが本命です」

「了解した。犠牲は減らしても構わないね。最後に次に卿と会うときは戦場で」


 その後は2人とも何も話さなかった暗い路を横から帝都の灯りに照らされながら帰路についた。月が見えていた、星が見えていた、夜が見えていた。黄昏の中で君臣になった2人にはこの先の夜明けが見えていた。


ーー第一部 開戦編 完ーー

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