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第八話 それぞれの馬車の中で

 城塞都市セレバスはセレスティア王国領の西部に広がる荒野から東に二十キロほど入った場所にあった。


 そこへ向かう道中。

 紅焔騎士団百名を混じえた一団は、セレバスに繋がる街道を進んでいた。


 その中にある黒塗りで僅かな装飾が施されている馬車の中に、アリステルとカレン、そしてエレノアが乗り込んでいる。


 馬車が走り始めてからしばらく、アリステルは考え込んだように黙っていたが、正面に座るエレノアに向くと口を開いた。


「賢者殿。貴殿も人が悪いぞ。…あの者達とは知己の仲であったのか?」


「はい。私は向こうの世界であの二人の上官を務めておりました。」


「では、この世界に賢者殿がいるということは、召喚魔術が過去において使われた事がないというのは偽りであったのか?」


 アリステルの表情に疑いの色が浮かぶ。

 それはアリステルの隣に座るカレンも同様だった。


「いえ。偽りではごさいません。その事については、非常に長く難解な話になりますので、セレバスに到着してから、あの二人も交えてご説明したいと考えております。」


「…フム。わかった。」


 アリステルは、神妙な顔で頷く。

 『難解』という言葉を聞いて、若干脳筋気味のカレンは露骨に嫌な顔をした。

 エレノアは、その様子に頷くとアリステルの顔を見て話を始める。


「なるほど。馬ではなく馬車で私めと相乗りされたのは、お話があってのことだったのですね?…他にお聞きになりたいことがおありなのではないですか?」」


「もちろんある。あの場で賢者殿が始めから出向いてていれば、話が早かったのではないか?向こうの世界で上官であったなら尚更だ。…正直なところ肝を潰したぞ?」


 そう言いながらアリステルは、仁の鋭い視線を思い出して身震いした。

 今まで多くの強者を前にしたアリステルでも、二人の放った殺気は異質に感じられた。


「お言葉ですが、もしあの場に私が始めから現れていれば彼らは、我々の話を聞かなかったでしょう。…それどころか、敵に回ったかもしれません。…彼らはそういう者達です。」


 エレノアは左右に首を振りながら答える。


「…かつての上官の言葉でも聞かぬというのか?では、なぜこちらの要求を受け入れた?」


「それは殿下が、そのお覚悟を見せたからでしょう。お命を賭してまで与したいという姿をお見せになったことで、殿下を好ましく思ったからだと考えます。」


「…そうか。」


「はい。正直に申し上げますと向こうの世界にあるあらゆる国家や軍隊は、あの二人の力を持て余しておりました。おそらく、あの二人が消えた事で驚異に思う者もいれば安堵している者も多いかと思います。」


 エレノアはそう言って、スコット中佐の顔を脳裏に浮かべると思わず口元を緩めた。


「なるほど…賢者殿の言う通りだとすると我らも油断出来ぬということに相違ないな?」


「はい。しかしながら、彼らは一度与すると決めたら死ぬまで裏切ることはないでしょう。依頼され、報酬を受けた以上、彼らはこちらの目的を必ず完遂させます。それがあの二人の傭兵としての矜持です。」


 すると、カレンが身を乗り出して否定する。


「バカな!傭兵に矜持だと?!傭兵など只の雇われ者ではないか!金を積まれれば誰とでも手を組む。もし、帝国が我らよりも遇するとなれば当然のように裏切るのではないか?!」


「だから《《持て余していた》》のです。数多の国家やその軍隊は彼らが敵対することを恐れていました。それは、どのような戦況でも彼らは必ず生き残り勝利してきたからです。」


 エレノアは、一旦言葉を切ってカレンの目を見る。


「…そのために、敵対するような事があれば手段を選ばず懐柔しようと画策しました。しかし、一度として彼らは裏切ったことはありません。」


 そこまで言うと今度はアリステルの目を真剣な眼差しを向けて続ける。


「仮にもし、裏切るようなことがあるとすれば、王国が彼らを裏切った時だけです。…そうなった時、王国はすべてを失うことになるでしょう。」


 カレンは、口を結んで前のめりになった体を戻す。

 アリステルは、思案しながら重々しく口を開いた。


「…それほどか。」


「はい。彼らを味方につけ、裏切るようなことがなければ、王国は帝国を破り必ず勝利するでしょう。…そして、殿下の目的を達成させるハズです。」


「…それは、賢者殿の目的もだろう?」


 そこまで言葉にするとアリステルは意味ありげに微笑んだ。それに合わせるようにエレノアも笑みを浮かべる。

 その様子に、馬車の中にはようやく安堵の空気が流れた。


 すると、アリステルはカレンに向き直るとイタズラっぽい表情を見せて口を開いた。


「それにしても、カレン。白神殿は賢者殿が言った通り、本当に眉目秀麗であったな?」


「で、殿下!突然なにを言い出すのですか?!」


 カレンは、不意のアリステルの言葉に慌てて聞き返した。その顔は羞恥で仄かに赤くなっている。


「なにを言っておる?あの場で最後に白神殿が笑った時のお前の顔は、まるで乙女のように頬を染めておったぞ?」


「左様でございましたか。副団長殿も女でございますなぁ。」


 アリステルに続いて、エレノアも同じ様な表情を浮かべてコクコクと頷く。


「け、賢者殿まで!殿下!私が乙女などと…!私は殿下と紅焔騎士団に忠誠を誓い女を捨てた身でございます!あ、あのような男に恋慕など…」


「恋慕?私は、お前の顔が赤くなったと言っただけだぞ?…そうか、一騎当千の騎士が恋慕とは。白神殿も隅には置けないの?」


 アリステルはそう言って満足そうに笑った。


「殿下。あまりイジメないで下さい。」


 カレンは、そこまで言うと小さくなる。

 アリステルは、その姿を見ると口元を緩めながらも意を決したように呟いた。


「…相わかった。あの二人、必ず味方にしてみせよう。」


 その視線は、遠くに近付きつつあるセレバスの城壁に向いていた。




 一方、その後方を走る馬車の中では、耕助が外の風景を見ながら、一人はしゃいでいた。


「すげえ。本当に異世界に来たんだな!」


「…それ、何回目だ?」


 仁は、呆れてため息を吐きながら窓から顔を出している耕助に聞く。


「いいじゃん!何回目でも!」


 耕助は、そう言って無邪気な笑顔を見せる。

 その姿は、とてもさっきまで虐殺の限りを尽くした戦闘をしていたようには見えない。

 仁は、その様子に今度は笑顔を浮かべて、また一つため息を吐いた。


 二人のラグナロクは、そのすぐ後ろに大きな台車の上に乗せられ、六頭の三メートルはある恐竜のトリケラトプスに似た四足歩行の動物に引かれている。

 トリケラトプスと違うのは、頭に角がなく全身を深い緑色の短い毛で覆われていた。


 耕助は、思い立ったように隣の馬上にいる虎のような顔をした獣人の騎士に話しかける。


「なあ!あの後ろのでっかい動物はなんていうんだ?」


 すると、話しかけられた獣人の騎士は一瞬、自分が話しかけられたとは思わず戸惑いながら答える。


「え?…ああ、あの台車を引いている動物ですか?」


  獣人の声は、しゃがれたり野太いこともなく、普通に二十代半ばくらいの人間と同じように聞こえた。


「そう!あんなデカい動物は飼いならすなんて、やっぱり魔法かなんかなのか?」


「そうです。使役魔法を使える者がいますのでその者がテイムして引かせています。…ちなみにあの動物はアンガスといいます。」


 騎士はそう言ってぎこちなく笑う。

 しかし、それが笑っているのかどうか耕助には見分けがつかない。


 それを聞いて、耕助は獣人が着るフルプレートを見ると今度はそっちに興味が向く。


「俺の名前は神代耕助だ。あんたの名前は?」


「紅焔騎士団の二番隊、ゼルバ=ラドーニャと申します。…神代様。先程の戦い、見事でした。」


「ありがとう…この場合はラドーニャ殿と言った方がいいのか?」


「いえ!我々獣人族のほとんどは、人族の言う家名の部分は部族名を使っています。どうぞ、ゼルバとお呼び下さい!」


 耕助は、屈託ない笑顔を見せる。


「わかった!ありがとう、ゼルバ!」


「いえ!」


 ゼルバが、姿勢を正して前を向いたのを見て、耕助は車内に体を戻すと興奮気味に口を開く。


「聞いたか?!名字は家名じゃなくて部族名なんだってよ!」


「ああ、聞いてた。」


 仁は、 耕助の遠足に来た子供のような姿に笑みを浮かべると、反対側の窓から外の様子を見た。

 

 外は確かに異世界だった。

 荒野の風景は、今までいた世界でも珍しくはなかった。だが、どれだけ遠くを臨んでも建造物はもちろん電柱一つ見当たらない。

 そしてなにより、空気が《《美味かった》》。

 

 非核大戦以降、毒性は低くなっているとはいえ、地球上の大気は何らかのBC兵器の影響を受けて異臭や澱みなど、なにかしらの異常が発生していた。


 しかし、ここにはそれが一切ないどころか、空腹を満たせると思えるくらいに空気が美味かったのだ。


 改めて、この異常な状況を作り出したエレノアの能力に感心すると近づいて来る城塞都市の姿を見つけた。


「さて。どうなることやら。」


 仁は、そう呟きながらも耕助ほどではないにせよ胸が高鳴っているのを感じた。

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