第七話 説得
『六時の方向。接近するものがあります。その数、三。』
生存する敵の姿がなくなり、ようやく安堵していた二人の耳にそれぞれのAIの声が耳に入る。
「三?…何のつもりだ?」
耕助はそう言って、その方向にカメラをズームさせた。そこには馬上の騎士が二人とその後ろに一台の馬車が近づいて来るのが見える。
「白旗を上げているな。」
仁はそう言うとコクピットを覆っているキャノピーを開けてゴーグルを外した。それにより仁の体は剥き出しになる。
「おい。迂闊じゃねえのか?」
耕助は呆れたように聞く。
「さっきまでの戦いを見ていたならその数が無意味な事ぐらいわかってるだろ?…さては、お前ビビってるのか?」
「絡みやがって。ビビるわけねえだろうが。」
耕助も不服そうに言いながら、続いてキャノピーを開ける。
二人は、体を晒しながらもレールマシンガンの銃口だけは相手に向けていた。
三つの影は手前二十メートルほどのところまで近づくとその場に白旗を突き立てた。
そして、馬上の騎士の一人が一歩前に出て、口上を始める。
「私はこの地を領有するセレスティア王国の騎士団、紅焔騎士団団長のアリステル=ロゼ=セレスティアである!貴殿らに話があり罷り越した!会談をする機会を与えて貰いたい!」
二人は思わず顔を見合わせた。
声を上げた、おそらく女性であろう騎士が発した言葉は日本語として聞きとれたのである。
女性騎士の顔立ちは日本人やアジア系のそれではなく北欧系の顔をしていた。
その隣に並ぶ赤髪が緩いパーマ掛かった女性騎士も褐色の肌に南国の美女を思わせるような顔つきをしている。
「日本語?」
耕助は怪訝な顔つきで呟く。
「いや…。なんか違うな。」
仁は、そう言って騎士の口元を凝視する。
「我々はこの地でダルキア帝国と戦うためにこの地にまいった者!よってその軍を殲滅した貴殿らにはなんの敵意もない!もう一度問う!会談の時間と場所を設けてもらいたい!」
会話と口の動きが合っていない。
どうやらなにかによって翻訳されて直接耳に入っているようだった。
「…サラ。お前が翻訳してるのか?」
『NO。マスターの耳に届いている言語は別の力で翻訳されている模様です。原理は不明です。』
「異世界あるあるじゃん。」
耕助はそう言って目を再び輝かせる。
しかし、それ以上にアリステルと名乗った女性騎士の美しさに耕助は興味を向けていた。
その隣に立つ赤髪の女性騎士も野性的でアリステルと違った意味で美しい。
「くぅ~。これも異世界あるあるだぜ。勇猛な女騎士、アリステル団長。あの二人、きっとメッチャ強いんだぜ?」
「感動に浸っているところ悪いが、なにか答えないと話が進まないぜ?」
仁は呆れた様にそう言ってアリステルに向かって声を上げた。
「いいだろう!俺達にも聞きたいことがある!」
仁の言葉に馬上の二人は顔を見合わせる。
「…あっさり承諾されましたね…。」
カレンは意外な顔つきで囁いた。
アリステルは緊張気味な表情で頷く。
「ああ。だが、ここからが本番だ。」
そして意を決したように馬の歩を進める。
馬と馬車が目の前に来ると二人はその様子を注意深く見ながら銃口を下げた。
しばらくアリステルは二人の顔を交互に見ると仁の方に顔を向けて言った。
「貴殿が白神 仁殿か?」
「…なぜ知っているんだ?」
耕助はゴーグルを外して、名前を言い当てられた事に不信感を露わにする。
「すると、そちらが神代耕助殿か?」
「だから、なぜ知っているのか聞きたいんだけど。」
そう口にする耕助の目が俄に据わり始める。
しかし、アリステルはその様子に敢えて構うことなく答えた。
「…貴殿らをこの地に召喚したのが我々だからだ。」
「召喚?!…召喚って言ったのか?」
耕助はアリステルの言葉に驚いた顔を見せる。
「そうだ。この世界において過去に異世界の者を召喚した事例はない。しかし、我々の賢者殿が大魔法を使い貴殿らを召喚したのだ。」
「なんてこった。異世界転移だと思ったら異世界召喚だったとは…。」
「どっちでもいいだろ…。」
仁はガッカリしたように項垂れる耕助に呆れて思わず呟いたが無視してアリステルに向き直った。
「召喚ということは俺達に用があるということか?」
「そうだ。我々が貴殿らを召喚したのは、我がセレスティア王国の騎士としてダルキア帝国と戦って貰いたいためだ。」
「「騎士?」」
二人は顔を見合わせる。
「もちろん格別の待遇を用意する。戦いが終わった後の生活も保証しよう。それに…」
「嫌だね。」
アリステルが話している言葉を遮って、耕助が口を開く。
「貴様?!殿下がまだ話をしている時に…無礼であろう!」
カレンは耕助を睨みつけて声を荒げる。
「そう。それだよ、それ。せっかく異世界までやって来て好き放題やれると思ったのに、今度もどこかの国に仕えてまた戦争か?それじゃ今ままでと変わらないじゃん。真っ平ゴメンだね。」
「貴様…」
「待て、カレン。神代殿。それでは貴殿はなにが望みなのだ?我々に出来ることであれば応じよう。」
アリステルはカレンを制しながら探るような目つきで聞き返す。
「そりゃ、この世界を回りながら…」
「ちょっと待て。おい、お前?今、この女を『殿下』と呼んだか?」
今度は仁が耕助の言葉を遮る。
「殿下だって?お前…王族かなんかなのか?!」
耕助は仁の言葉を聞いて、更に驚いたようにアリステルを見ながらいった。
「いかにも。この御方はセレスティア王国第四皇女アリステル王女殿下様だ。」
カレンは右手をアリステルに差し出しながら鷹揚に答えた。
すると耕助は顔に手を当てて苦悩したような仕草を見せると仁に顔を向けた。
「な?!だから異世界召喚はダメなんだよ!この手の話は、王様とか女王に戦争やら魔王討伐やらを依頼されて、結局、面倒事に巻き込まれるパターンが多いんだよ!」
「知るか。それに今はお前の方がよほど面倒なヤツに見えるぞ?」
仁はそう言って三度アリステルの方に顔を向ける。
「だが、俺も耕助と同じ意見だな。ここがどうとかってことよりも、お前らのやり方が気に入らない。俺達の都合も無視して勝手に召喚とか言われて…お前らも自分がそうされたら納得するのか?」
「待ってくれ。こちらの都合で貴殿らを召喚たことは伏して詫びよう。しかし、我々には先ほどの戦いで見せてくれた力を持つ貴殿らが必要なのだ。」
「そうか…だったら尚更、お断りだな。」
仁は、一旦言葉を切って威圧を込めた視線を二人に送る。その瞬間、その場の空気が一気に固まったような雰囲気が漂った。
再び仁は口を開く。
「お前ら、さっきの戦いを見ていたんだな?つまり、俺達を試したってことか?」
「「!!」」
その場の息苦しさと仁の言葉にアリステルとカレンは言葉を失う。
すると今度は耕助が俄に凶悪な笑みを浮かべた。
「へえ…そうなんだ。」
そう言いながら二人は下げていたマシンガンの銃口をゆっくりと上げる。
「ま、待ってくれ、いや、待って欲しい。我々には貴殿らを軽視しているつもりは毛頭ない。もう少し話を聞いて欲しい!」
「待つ?何を待てばいいんだ?」
耕助の目は徐々に狂気の色を濃くしていく。
アリステルは、その様子に沈黙すると意を決したように口を開いた。
「…わかった。それではわが身命を賭して詫びとさせてもらおう。後のことはこのカレン副団長から些細を聞いて欲しい。」
そう言うと自らの剣に手をかけた。
それを隣のカレンが狼狽して止めにかかる。
「殿下!おやめください!」
カレンは必死に剣にかかったアリステルの手を押さえ込む。そして、アリステルを守るようにその前に馬を寄せた。
「……。」
仁は、馬上の二人のやり取りを黙って成り行きを見ている。
だが、その瞬間、アリステルとカレンの後ろからかかった声にその場の空気が弛緩する。
「もう、そのくらいでいいだろ?!仁!耕助!…まっくこんなにイイ女二人をイジメて楽しいのか?」
いつの間にかアリステル達の後ろにいた、大きめの外套を纏った声の主は、馬上の二人の前に進み出ると被っていたフードを外した。
その下からはブラウンの髪を後ろに纏め、メガネこそかけていなかったが、自己主張の強そうな瞳を持つ女性の顔が現れる。
「ゲッ!」
その顔を見た耕助は一瞬で顔を歪めて奇声を上げた。仁の方は呆れたようなため息をつくとその女性の名を口にする。
「やっぱりあんたの仕業だったんだな。…エレノア=ミラー少佐。」
「さすが、白神 仁…だな。いつから気づいていたのだ?」
「始めからさ。…なんとなくそんな気がしていた。だから、こうやってこの二人を追い詰めたらあんたが出てくると思っていた。」
「私が死んだとは思わなかったのか?」
ため息まじりにエレノアがそう言うと慌てて耕助が喚いた。
「いや!いやいやいや!おかしいでしょ?!仁はなんでそんなに冷静でいられるんだよ?!そうだよ!!なんであんたは生きているんだ?!死んだんじゃなかったのか?!」
耕助はモニター越しに目にした、エレノアが自分の頭を撃ち抜いた姿を脳裏に浮かべた。それが何事も無かったように目の前に立っているのだ。
まるで幽霊でも見たような顔を耕助は見せる。
その耕助の様子に、エレノアは満足気に笑って仁を見る。
「仁。これが普通の反応だぞ?」
「そうか。」
「『そうか』じゃねえ!…すると、あの映像はAIの合成かなんかで、ここは異世界じゃないってことか?!」
耕助の様子に、エレノアは声を上げて笑った後、両手を腰に当てて胸を張る。
「確かに、私はあの場で死んだ。だが、この世界では生きている。安心しろ。ここはちゃんと異世界だ。」
「だって、王女さんが召喚したのは俺達が初めてって言ってたぜ??」
耕助の言葉にエレノアは高らかに笑う。
「ワハハ…。そうだったな。それについては話が長くなるが…向こうでお前達に会っていた私は、私であって私ではないのだ。だから生きているわけなんだがな。」
「わかんねえ…。」
耕助は思わず頭を抱える。
「そうだな。この状況についてもその事についてもキチンと説明はする。…仁。何にしても情報を整理したいのなら王女殿下様と行動を共にするしかないぞ?」
エレノアは、表情を緩めながらも思案している仁に声をかけた。
仁はその言葉を聞くと諦めた様に肩を竦めた。
「たしかに、この強引なやり方はエレノアだな。…わかった。色々と説明してもらおうか。」
そう言って仁はアリステルに向き直る。
「…王女殿下。 先ほどまでの失礼な言動と態度を許して欲しい。何分、傭兵稼業が長く無作法なんでね。味方になるかどうかはそちらの話を聞いてからでいいか?」
仁は、さっきまでの表情がうそのようにそう言うと、まるで周りに華が舞い散りそうな笑顔を見せた。
その笑顔をアリステルよりも前にいて、目の当たりにしたカレンは胸を撫で下ろすと同時に、思わず胸を高鳴らせて顔を赤くして俯く。
アリステルも一瞬、惑わされそうになったが、それよりも会談が上手くいったことに安堵した思いの方が強かった。そして、剣を握っていた手を離す。
「…あいわかった。それでは我が王国の西の要、セレバスにお連れしたい。よろしいか?」
アリステルは馬上で姿勢を正し、いつもの気丈な姿で仁に問いかける。
「ああ。よろしく頼む。」
仁の言葉にアリステルは馬の踵を返すと誰にも知られないように歓喜の思いで小さく拳を握った。
ラグナロク二体を交えた五人は、後方で待機している前線部隊と合流すると一路、城塞都市セレバスに向かって進み始めた。




