第六話 召喚 (3)
「…よろしいのですか?」
子爵と入れ替わりに隣に馬を寄せたカレンが話しかけた。その口元にはアリステルと似たような笑みを口元に浮かべている。
「良い。このような戦場に腹心とはいえあのような文官を差し向けてくるなど辺境伯の腹の底が透けて見えるというものだ。」
「国王陛下が殿下を持て余している意味がよく分かります。」
そう言いながらカレンも携えていたで望遠鏡を覗き始める。
「…後、どのくらいで敵はこちらに来ると思う?」
「この距離ならば一時間ほどと思われます。」
「なるほど。まさしく後は運を天に任せるというヤツだな。もっとも神がこのような場所にいれば……な。」
だが、アリステルの言葉にそれまで片膝をついていた賢者はゆっくりと立ち上がると正面に向かって指さすと言った。
「殿下。来ました。」
その瞬間、敵軍の最前線の部隊の中心に晴天の空に浮かぶ雲を突き破り巨大な光の柱が落ちて来る。
そして大地に到達するとその場所を中心にしてドオォォォン!!という爆音と共に巨大な爆発を起こし直径二百メートルはある光の半球を地上に作り上げた。
「なっ、なんなのだ?!」
突然。
あまりに突然な事態と巨大な地響きにアリステルをはじめ周りを固めていた供回りの者達まで狼狽した。
馬達は一斉に怯え、それぞれが大きな否鳴き声を撒き散らし雑兵たちも頭を抱えてその場に座り込んだ。
ただ一人、賢者だけが満足気な笑みを浮かべて収束して行く爆発を眺めている。
「なんということなのだ…。」
アリステルは馬を宥めると再び収束した爆心地の辺りに望遠鏡を向けた。
すると、敵軍の死体で埋め尽くされたその中心に二体の異形な魔装騎士を見つける。
その姿は自分達が所有する物とはかけ離れていて、なぜか禍々しさを感じさせる。
「…賢者殿。あれが異世界の者達なのか?」
「はい。彼らこそが王国を勝利に導く異世界屈指の傭兵達です。ここから始まることをその目でしかとご覧ください。」
「…あいわかった。。ではその傭兵達の戦いぶりとやらをここで拝見しようではないか。」
アリステルは、馬が落ち着いたこともあり余裕の笑みを浮かべて再び望遠鏡を手にした。
すると、それに合わせたように敵軍本隊の一部が二人に攻撃を始めた。
二人は一瞬で二手に別れると一陣目の攻撃を躱し疾風の如く本隊めがけて突進して行く。
「ほう!あの動きと速さはなんだ?!あれは我々の魔装騎士が出せる速さではないぞ?!」
そうアリステルが驚愕している間にも二人は次々と敵軍の騎士や兵士、そして魔装騎士の重騎士達も死に追いやって行くのが目に映る。
「あの者達が使っている武器はなんだ?!あれは魔法なのか?!私が知るどの魔法にもあのようなものはないぞ?」
二人が放つ光の礫が相対する敵を穴だらけにしていく姿にアリステルは興奮しながら聞いた。
「いいえ。あれは魔法ではございません。…ある意味彼らの世界では魔法と言ってもよいかもしれませんが『科学』による電気…雷による武器にございます。」
「雷…。それがあのような強力な礫を無数に撃ち出すことで敵を屠っているというのか…。」
アリステルは二体の得体のしれない魔装騎士がとても人の成せるとは思えない動きで敵の攻撃を躱し蹂躙していく様を見て取る。
或いは剣で、或いは雷の魔法で敵軍内の兵士も獣人も騎士たちも向かってきたものはすべて命を奪われていく。
「化物…。」
アリステルは思わず脳裏に浮かんだ言葉を口から漏らした。目の当たりにしていたその戦いぶりはあまりに暴虐に満ちたものだったからだ。
敵の陣形は開始からわずかの時間で瓦解し機能を失っている。
すると正面から進んでいた一体が部隊の三分の二ほどを倒し、生き残った者たちが敗走を始めると、今度は左側から攻撃していた一体から一筋の光が敵の本陣の中央に突き刺さった。
間髪入れず、刺さった場所を中心に爆発が発生して本隊にいた者達すべてを爆炎に飲みこんだ。
明らかにその一撃で戦場の勝敗が決したことを戦いを見ていたすべて者が理解する。
「殿下…終わったようです。」
隣で望遠鏡を下ろしたカレンは僅かに動揺しながらもそれを悟られぬように俯いたまま言葉を発した。
しかし額には大粒の汗が浮いている。
しばらく言葉を失ったまま戦場を凝視していたアリステルは静かに望遠鏡を下ろして言った。
「本当に現れたな。…賢者殿。」
アリステルに言葉をかけられた賢者は恭しくその後ろで、再び片膝をつきながら答える。
「はい。殿下がご覧になったあの二人こそ我々王国の切り札でございます。」
そう言って満足気な表情を見せる。
アリステルは大きな力を目の当たりにし、興奮冷めやらぬ表情で口を開いた。
「まさかこれほどとはな…。二人で二千の軍を破る。カレン。お前なら出来るか?」
「はっ。ご命令とあらば。」
カレンは顔を伏せたまま力強く答える。
しかし内心では、それを完遂することがどれほど困難であるかを考え焦りを感じていた。
「そうか。一騎当千の呼び声が高いお前なら出来るか…。だが、そのような戦場にお前を送るようなことを私はせんぞ?」
アリステルはカレンの思いを悟ったのか労うような言葉をかけた。
「恐れ入ります。」
満足そうにカレンの返事を聞くと、今度は賢者に振り向いた。
「しかし賢者殿。彼らは本当に我らに与する者なのか?」
アリステルもその美しい顔に汗を滲ませながら賢者に聞いた。
「問題ございません。必ず王国の味方となりあの力を我々のために振るうことでしょう。」
「…信じよう。では我が名にかけてでもあの者達を説得せねばならぬな。」
賢者はアリステルの言葉に微笑みで答える。
そして、大きな布を巻き付けた一本の長い棒を目の前に差し出す。
アリステルは怪訝な面持ちでその旗らしいものを広げた。その旗には王家の紋章どころかシミ一つない、純白の旗が姿を現す。
「これは…?」
「彼らの世界ではそれを掲げることで、こちらに敵意がないということを相手に伝えることが出来ます。」
それを聞いたカレンが賢者を睨む。
「賢者殿、それは降伏を意味するものではないのか?我々は敗北をしたわけではないぞ?それでは王女殿下が敗北したことになるのではないか?」
「カレン、良いのだ。」
アリステルはそう言って制する。
「しかし殿下…」
「良いのだ。まず我々は話し合わなければならない。この旗が降伏を意味する物でも私はそれを甘んじて受けよう。」
「……。」
カレンは悔しげに顔を伏せて押し黙る。
「恐れながら良き判断かと。殿下のそのご器量があれば必ず説き伏せることが出来ましょう。もしものことがあれば私が殿下の盾となり必ずお守り致します。」
賢者は、そう言って顔を伏せたままのカレンを見た。カレンはその言葉に顔を上げて大きく頷く。
「わかりました。…殿下。私も必ず殿下をお守り致します。」
「頼りにしている。…それではそろそろまいるとしよう。私とカレン、そして賢者殿の三人で向かう。あとの者はここで待機せよ。」
「はっ。」
「かしこまりました。」
二人はアリステルの覚悟に恭しく頭を下げた。
それを見たアリステルは思いついたように賢者に問いかける。
「ところで、あの二人の名前は分かるのか?」
「はい。おそらく最後の一撃を放ったのが、白神 仁。もう一人が神代耕助と申します。」
アリステルは、笑みを浮かべる賢者の意図が掴めぬまま聞き返す。
「さすが賢者というか、そのようなことまで分かるのか?あの二人の戦い方はそのように決まっているということなのか?」
「いえ、そういうわけではございませんが…。おそらく間違いないかと。」
「ふむ。顔を見分ける事は出来るか?」
すると賢者は一瞬、吹き出しそうになりながら一段と楽しげな表情を見せて言った。
「ご心配には及びません。先に申し上げた白神 仁は眉目秀麗な偉丈夫でございます。すぐにお分かりになるかと。」
「ほう。眉目秀麗とは…。それはそれで楽しみだな。…カレン。面食いなお前も興味が出てきたのではないか?」
「で、殿下!そのようなお戯れを……。」
カレンは羞恥で顔を赤くする。
「良い良い。…それでは二人とも、まいるとしよう。」
アリステルはカレンの様子に微笑みながら馬の手綱を握り前へと進み始めた。
そして、それに合わせるように各々が行動を開始し馬上の二人と一台の馬車が戦場に立つ二人へと向かう様を見送った。




