第五十二話 ルブランの狂騒、そして邂逅
翌朝。
ルブラン城内にあるゲストルームに当てられた応接室で、朝早くから目を覚ましたグルムは起き抜けの体に紅茶を流し込んでいた。
夕べは、グルムを懐かしんだ旧友達が、今いる応接室と繋がっているゲストルームに沢山の酒を抱えて現れ一晩中飲んでいた。
酒にはめっぽう強いグルムも、さすがに十人以上集まった懐かしい顔ぶれ相手に飲み明かしたことで、疲労の表情を浮かべている。
それを、大人たちの宴をよそにしっかりと寝ていた、寝室が同室のミルンが心配そうな顔でのぞき込んだ。
「…親方、大丈夫ですか?」
「ん?ああ、大丈夫だ。…それより心配なのは賢者様と耕助だな。あれだけ暴れられるとは…。」
グルムの言葉通り、前夜の二人はまさしく暴れまくっていた。
次々に酒を注がれる杯を空け続け、更に相手にも注ぎ続け、果ては全員で飲み比べが始まり、まるでこの応接室とゲストルームは戰場の様相を呈していた。
…ちなみに、飲み比べの勝者は誰にも分からない。
今は、その狂騒がなにもなかったかのように、城内のメイドや従者たちの手によって、キレイに片付けられ来賓用に誂えられた元の状態に戻っていた。
「…噂には聞いていたが、あの二人、ドワーフ並みの呑み好きの宴会好きだな…。」
グルムはそう呟いてこめかみを押さえる。
すると、それを見越したように部屋付きとして控えるドワーフのメイドが声を掛けてくる。
「グルム様。二日酔いの良い薬があります。…お持ちしましょうか?」
「いや、大丈夫だ。…それにしても昨晩はとんだ失態をお見せした。…申し訳ない…ここまで片付けるのに相当、手間がかかったろう?」
「いえ、お気になさらず。お越しになったご友人の皆様も本当に楽しんでいらっしゃいました。…あれほどの宴席を見たのは久しぶりでごさいます。」
メイドは、嫌味な様子も全くなく優しく微笑みかけると、隣で暖い果実水を啜っているミルンに視線を送った。
「…ミルン様。お腹は空いてませんか?朝食のご用意もいたしますが?」
その言葉に、ミルンは真っ赤な顔をして首をフルフルすると、果実水のカップに視線を落とした。
「フフフ…そうですか。召し上がりたくなったら、いつでもお声がけください。」
そう言うと、メイドは小さく会釈をして二人から離れて行った。
それを、見届けてミルンがグルムに問いかける。
「…親方、二人とも遅いですね?」
「…たしかに。だが、無理だろうな…この後、女王との謁見もあるというのに…。それに、この国で何が起きているのか気になっていたのではないのか…?」
「…起こしに行った方がいいですか?」
「いや、二人もいい加減、起きてくるだろう。…それにしても、あの二人は何をしにここに来たんだ?」
グルムとミルンは同じ様に呆れたような困ったような顔を浮かべるだけだった。
■△■△■△■
城の中階層に用意された、グリームの執務室には、朝からドルムが訪問していた。
昨日の会議の詰めを諸侯と行った結果を、グリームに報告している。
「…以上が軍の配置、及び作戦にございます。」
グリームはしばらくドルムによって提出された報告書を眺めながら思案する。
本来、王族の者が軍の詳細について耳を貸すことや意見をすることはほとんどない。
各部門、部署の責任者が取りまとめ宰相等に報告し結果だけを聞くのが普通である。
しかし、グリームは有能すぎた。
それ故に施政、軍事、法、そのすべてにおいて彼女に並ぶ者はおらず、結果として「対等に語れる者」がいなかった彼女の周囲には、盲従する部下だけが残された。
グリームは、報告書を豪奢な造りをした机に置くと息を一つ吐いた。
「…やはり、地下都市まで攻め込まれた時の想定が甘いな。」
「…甘いと申されますと…?」
「たしかに、攻め入るまでは堅牢であろう。だが、ひと度侵入を許せば、市街戦では魔装獣機は敵の魔装騎士に翻弄されるだけであろう。」
そう言うと、グリームは両腕を組んで視線をドルムに移す。
「…仰る通りかと。ですので、住民を予め避難させて市街戦ともなれば、魔装獣機には範囲攻撃を許可するつもりです。帝国軍が、市街地のどこに隠れようとも粉砕出来るでしょう。」
ドルムは、自信ありげにグリームの目を見つめ返した。すると、グリームはまた息を吐く。
「…それだ。…貴公、その範囲攻撃によって住居を失った住民達には、その後どのように施すつもりなのか?…その再建ともなれば、軍事の失策で失った住処をこちらで補填するのは当たり前と考えるが?…これでは戦に勝っても勝負で敗するのと同義だ。」
グリームはドルムの自信をバッサリと斬り捨てた。
「…恐れ入ります…。たしかに陛下の仰る通りです。しかし、我軍の軍装では市街戦になった場合の対処がそれ以外にはございません…。帝国が期限としているのは明日でございます…致し方ないと愚考します。」
ドルムは、難しい表情を見せながらもグリームにわずかに躙り寄り言葉を続ける。
「それに、これは最も重要な国難に当たります。我々がすべきことは、まず市街地への侵入を阻止し、たとえ突破されても国民の命を死守することと考えます。」
「…そのためには、その国民の生活を壊してもか?」
「そうです。それが我々が出来る最善策となります。」
「…。」
ドルムの苦悶の表情を見ながら、グリームはかつて魔装騎士の開発を中断した先代王を呪い押し黙った。
あの時、不要な懸念で開発を中止したことでウルバスは魔装騎士を生産していない。
もし、開発が進んでいれば更に強力な戦力を得て、このような事態を招かずに済んだかも知れない。
…そして、自分の想い人が命を失うこともなかったと追憶する。
すると、ドルムが困ったように思案をしていると、グリームはそのオッドアイに冷ややかな意志を宿して冷徹にも感じる声を発した。
「…実はな…余に妙案がある。」
「…なんでございましょう?」
ドルムは、そのグリームの気配に額に汗を浮かべながら聞いた。
「…後ほど、余はグルム=フレアハンマとセレスティアの魔女、そして異世界人と会うことになっている。」
「…存じております。」
「…。」
グリームは、一旦、言葉を切ってグルムの表情を窺う。しかし、グルムはその真意に気づけずに聞き返した。
「…それが?」
その様子に、グリームは口元を歪めると諦めて言葉を続けた。
「……察しが悪いな。あの者達をこの戦いに使うのだ。」
グリームの声は、研ぎ澄まされた鋼のように冷たかった。一国の主として、旧師であるグルムすらも盤上の駒として扱う――その非情な決断の裏にあるのは、民を死なせたくないという悲痛なまでの愛国心であった。
グリームの、その言葉にようやく察したドルムは大きく目を見開いて思わず呻くように言葉を発した。
「…陛下、まさか…そのためにこのようなタイミングにも関わらず、謁見をお許しになったのですか?!」
「ようやくわかったか。…だが、決して助力を乞うという訳ではない。」
「…どういう意味でしょう?」
ドルムの目を混乱させながら聞き返した。
この鋼鉄公国という一国の長であり、高貴を常とするグリームが、当たり前のように他国の使者を戦に巻き込もうとしている。
その驚きと、逆に国を守るためには手段を選ばないという思考を知っているだけに、この発言の説得力に混乱したのだ。
あらかじめ、この事を考えていたのであれば、グルムから来訪の打診を受けた辺りから、グリームはこの事を企んでいた気配がある。
グリームは刺すような視線をドルムに向けつつも、自分の案の自信に口元を緩めながら言葉を返した。
「…今、ロナルディアを席巻している魔女が召喚した異世界人は傭兵と聞いている。…そこで、我らもあの魔女を介して、その異世界人に《《依頼》》するのだ。…この戦時にたった二人で帝国軍一万を退けたという傭兵のうちの一人が、我が国にいるというのは僥倖ではないか?」
「…よろしいのですか?」
「よい。」
「…しかし、物は言いようと捉えられませんでしょうか?…言葉を弄しても助力を乞うことには変わりありません。…戦も始まる前から他国の傭兵を当てにするなど全軍の士気に関わると思いますが?」
ドルムは、グリームの企みに正面から難色を示す。
「相手が普通の傭兵であれば、貴様の言う通りだ。だが、あ奴らが上げた戦果はそうではない。今回の参戦は大いに士気を上げることとなるだろう。」
グリームは、ドルムの難色に対し自分の企みに自信を持って言葉を続ける。
「…それにあの者達は、余との謁見で何か願いを乞うと聞いている。その願いを報酬として依頼するのだ。…あの者達とて、我が国になにかあれば自分達の願いも叶わぬことは承知するであろう。」
「…僭越ながら、見事なご慧眼とは思います。ただ、陛下として一国の長が軽々に相手が傭兵とはいえ他国の者に依頼することに思う所はございませんか?」
「ない。」
グリームは、断言して続ける。
「余が考えなければならぬのは、己の長としての矜持ではない。余の愛する国の民達のことだ。」
ドルムは、探るような目つきでその言葉を聞きながら、もう一度グリームの顔を見つめる。
その視線に一瞬だけだがグリームの表情が揺らぐ。
「…余が並べた理由では不十分か?」
「そうは申しません。…陛下のそのお考えは、おそらくグルムが打診した辺りからのものだと思います。…それが、このギリギリのタイミングで私にお話になったのは、なにか迷いがあったのではないかと愚考致しました。」
盲従する重鎮の中で、長年、国事について意見を交わしてきた腹心はグリームのわずかな心の機微に気づいていた。
「…叶わぬな。…正直を言えば、余はグルムにそのような国の…余の恥を晒したくない。…グルムは余にとっては鍛冶の師に近い者だからだ。」
グリームは、そう言ったが事実は少し異なる。
たしかに、少女時代のグリームはグルムの工房に出入りしていた。しかし、その理由はグルムの所に、かつての自分の想い人が師事していたからだ。
まだ幼さの残るグリームは、その想い人を目当てにグルムの工房へ通っていたのだ。
「…なるほど。分かりました。」
ドルムは、ようやく張り詰めていた空気を弛緩させると柔らかい表情を浮かべて言った。
「…それでは、その依頼の話は私が致しましょう。本日の謁見前に、通常の依頼として交渉して参ります。…それでは如何でしょうか?」
グリームは、ドルムの言葉を考えたが諦めた様にため息を吐いて言った。
実際、グリームの目論み通りに進めば、依頼をかけて味方に引き入れることには大きな利がある事は明白だった。
「…よい。このことは、謁見の折に余から伝えることとしよう。…それに、グルムの願いも気になるし、余自らの依頼であれば断りづらかろう。」
「…ありがとうございます。それでは、午後からの謁見では、そのようにお願い致します。…彼らが依頼を受諾次第、後方支援に編成致します。くれぐれも、残された時間も僅かであることをご承知ください。」
「…分かった。それでいこう。…話はこれで終わりだな?」
グリームがそう言うと、ドルムはホッしたような顔を見せて恭しく頭を下げた。
「…此度の戦、陛下のお力であの者達を味方につけて頂ければ磐石なものになります。…どうか、お願い申し上げます。」
グリームは、その言葉に少し困ったような色を見せたが笑みを作って退出するドルムを見送った。
■△■△■△■
午後。
謁見の間の両扉の前で、グルムとエレノア、耕助の三人が女王グリーム=ヒルデとの謁見を待っていた。
ミルンは、幼いこともあり応接室に残してきている。
その時、三人が固唾を飲んで扉が開かれるのを待つ間に、エレノアが嗜めるように囁いた。
「…わかっているな?耕助?」
「…おいおい、またかよ?こういうことになると、必ず釘を刺してくるな?…これはお約束か?まるでデジャヴみたいだな。」
耕助は、憮然とした顔をしてぼやいて見せる。
「…日ごろの行いに決まってるだろ?」
エレノアは、見下ろすような視線を見せながら上からモノを言った。
「…賢者様。賢者様もお願い致します。…女王はとても気難しい方なので…。」
今度はグルムがエレノアを窘めた。
その言葉に、耕助は溜飲を下げてニヤニヤする。
エレノアは、その顔を見て眉間にシワを寄せると舌を出して対抗した。
すると、ここまで三人を案内したドワーフの従者が半ば呆れた表情を見せながら声をかける。
「…皆様、もうよろしいですか?」
「…スマン。よろしく頼む。」
その言葉に小さくなった三人を代表してグルムが答えると、目の前の扉が勢いよく開かれた。
「女王陛下に申し上げます!セレスティア王国より参りました、グルム=フレアハンマ、イリーヤ=ベルトーネ、神代 耕助にございます!」
開かれた扉の向こうにいた、ドワーフの正装らしい仕立ての良さそうな服を纏った男が、手にしている紙を広げて高らかに三人の名前を読み上げた。
謁見の間では、その男以外に重鎮らしい四人の男がこれも正装して玉座に続く通路の右側に立っている。
そして、その先の玉座には明らかに風格が違うグリーム=ヒルデが座っていた。
三人は、恭しく一礼して中に入ると玉座から五メートルほどの位置で片膝をついて頭を下げた。
「…鉄鋼公国ウルバスドゥーム、女王陛下!グルム=フレアハンマにございます!…久方ぶりにお目にかかりますこと感謝申し上げます!また、長らく拝謁の機会を賜らず、失礼いたしておりました!」
一歩前に位置したグルムは、玉座から見下ろすグリームの気配を感じながら高らかに口上した。
「…グルム=フレアハンマ。かつての師に再び会えたこと、嬉しく思う。…本当に久しぶりだ。」
グリームは、グルムの姿を見てひと度、自分の企みについて僅かに躊躇った。
それほどに、グルムと想い人との時間はグリームにとって、数少ない暖かく尊い思い出だった。
「恐れ入ります。」
「して、後ろの二人がセレスティアの賢者殿と異世界人か?」
そう聞きながら、グリームは思考を切り替える。
「はい!…セレスティアの賢者、イリーヤ=ベルトーネ様と異世界人の神代耕助でございます!」
グルムがそう紹介すると、グリームは表情を和らげた。そして、これから実践する自分の思案を逡巡しながら労いの言葉をかける。
「…賢者殿、異世界人殿。遠路、ご苦労であった。…三人とも頭を上げ、その顔を余に見せてくれ。」
「ハハッ!」
その言葉とともに、三人は顔を上げた。
だが、耕助が顔を上げた、その刹那。
グリームのオッドアイが驚いたように大きく見開かれる。
そして、それまでグリームが脳内で組み立てていた狡猾な交渉術も、女王としての威厳も、すべてがガラス細工のように砕け散った。
…視界が歪む。心臓が跳ねる。
グリームは、無意識のうちに勢いよく玉座から立ち上がると、弾けるように走り出し片膝をついたままの耕助に胸に飛び込んで叫んでいた。
「ダレン!!」
その場にいた者達は、突然の出来事に、ただただ言葉もなくその姿に見入ってしまうのだった。




