第五十話 鋼鉄の門、異邦の客
帝都を出て二週間。
帝国軍一個師団は、鋼鉄公国ウルバスドゥームのあるマーデニア連峰から二十キロの位置に布陣した。
本来であれば数日早く到着することも出来たが、帝国からウルバスに対しての宣戦布告のタイミングを合わせるために敢えて進軍を遅らせていた。
突発的な局地戦ならいざ知らず、国と国の戦いにおいて宣戦布告の儀礼を帝国が守るのは、それが「強者の余裕」であるからだ。
示威によって相手の膝を屈させる――。だが、今回の相手がそれに応じぬことは、帝国上層部も百も承知であった。
「…やっぱり、戦になるだろうな。」
小高い丘の上に張られた天幕の前に立った白竜騎士団第二部隊隊長ブライ=ロックウェルは、遠くにマーデニア連峰を望みながら感慨深く口を開いた。
「隊長、そんなに王国と戦いたかったんですか?」
隣で望遠鏡で周囲を見回しているルーシェ=ローベルが半ば呆れたように聞いた。
「当たり前だろ。ここで異世界人を倒せば、名実とともに俺達が最強であることを示せるんだぞ?」
「…彼女の仇も討てますしね。」
「…そんなんじゃねえよ。」
ブライは、そう言って一回りは小さいルーシェの頭に手を乗せる。
「…隊長。セクハラですよ?」
ルーシェは望遠鏡から目を外し非難するように目を据わらせながら言った。
「なっ?!…お前が小さ過ぎんのが悪いんだよ!悪かったな!」
ブライは、慌てるように言いながらも釈然としない顔で天幕に足を運んだ。
それにニヤついたルーシェが続く。
「…それで、本国よりの尚書は届いたのか?」
天幕の中央にある大きなテーブルの上座に当たる席につきながらブライはニヤついたままのルーシェに問いかける。
「はい。先ほど、ウルバスドゥームの王家へと届けられ、2日後の正午、宣戦布告の受領をもって、我が軍は進軍を開始せよとのことです。」
ルーシェは、しっかりと表情を引き締めて騎士団本部からの通達を回答した。
その報告に、ブライは薄く笑みを浮かべた。
先ほどまで彼が捉えていた視線の先には、一見すればただの岩山にしか見えないマーデニアの山肌がある。
そして、その地下にはドワーフの技術の粋を集めた地下都市が広がっている。
「…たしかに、地下に潜られた敵を叩くのは厄介だな。おまけに、敵の戦力もどれほどか確認がとれてないしな。」
「…問題ありません。相手が閉じ籠もっているのであれば、こちらが攻め入った時、逃げられる心配がない。ということになりませんか?」
再び、ルーシェは顔に笑みを浮かべる。
「…そうだな。だが、慢心はするな。相手はロナルディア屈指の魔道具大国だ。どんな武器や兵器が出てくるかわからんからな。」
「…はい。」
ブライの言葉にルーシェは笑顔をしまうと神妙に頷いた。そして、続けて質問をする。
「…隊長。上層部は、ウルバスの情報をどこまで掴んでいるのでしょうか?今回の出陣は、それに見合った戦力を投入しているのではないですか?」
「…さあな。…俺達を当ててみて敵の戦力を含めてその実態を調べるつもりなのかもしれない。…昔からウルバスは謎の多い国だからな。…だから、領土も王国の半分にも満たないにもかかわらず宣戦布告は王国の後にされたと、俺は考えている。」
「…当て馬ですか?」
ルーシェは、不満の色をその表情につけ足した。
「…そうかもな。負けてもウルバスの正体が見えるかもしれんし、勝てば儲けもんぐらいなものだろう?」
「…そんな、アルジェント閣下が…。」
「逆だ。アルジェント閣下だからだ。…閣下は力押しのルヴェル閣下とは違う戦い方で戦場を歩いてきた。兵の損耗が、アルジェント閣下の方が圧倒的に少ないのもその証拠だ。…おそらくは、今回も効率を重視した戦を選択されるはずだ。」
ブライの言葉にルーシェの表情は不満から不安へと変わる。
「…だが、俺にはそんなことは関係ない。」
「…?」
ルーシェは再び口角を上げ静かに見据えるブライの顔を見つめた。
「…ルーシェ。やっと出番が来たんだ。俺にはこの事の方が大事なんだ。…当て馬?上等だ。…ようは、勝てばいいんだろ?…お前はそう思わないのか?」
ルーシェは、その言葉と信頼する上官の自信あふれる姿に三度笑顔を見せるのだった。
■△■△■△■
王都からポータルを介し、エレノア一行がたどり着いたのは、ウルバスドゥームの外縁部に当るマーデニア連峰に連なる一つの山の中腹だった。
そこに本来は大きな物を運搬するために使用されているポータルが据えられている。
過去において、いくらウルバスで名匠に数えられたグルムと言えど、他国に身を移した者をいきなり中央に招き入れるような事をウルバスの上層部は良しとはしなかった。
ましてや、得体の知れない異世界の兵器を携えた異世界人と、ロナルディアでもその名が轟いているセレスティアの魔女が同行しているのである。
四人に対しての扱いとしては、ウルバスとしては限りなく譲歩した接収案だった。
そこに転移した耕助とエレノア、ミルン、そして剣匠グルムの四人は、肌を刺すような冷気と、辺りに漂う重厚な鉄の匂いに迎えられた。
マーデニア連峰。
雲海を貫く巨峰の麓、その地下深くに、ドワーフたちが数千年の時をかけて築き上げた鋼鉄の都は存在する。
その地上にある運搬用のポータルの周辺は、小規模ではあるがそこで働く者たちのために街が出来ている。
「…ふぅ、相変わらず冷える場所だな。ミルン、大丈夫か?」
エレノアが白い息を吐きながら、厚手のマントを羽織り直しグルムに手を握られたミルンに声をかけた。
「そうだぞ!ミルン、寒かったりしないか?!」
耕助もエレノアに負けじとミルンに声をかける。
すると、ミルンは寒いながらも二人に顔を上げて満面な笑顔を見せてニッコリ答える。
「大丈夫だよ!…二人は寒くないの?!」
「「大丈夫だ!」」
二人は、ミルンの笑顔に暖かい気持ちになりながらデレた顔で同時に答えた。
それを呆れたようなグルムが見ている。
耕助は、街並みの背後に聳える山々に目を見張ると冷たい空気を胸に吸い込んだ。
それを見て、グルムは表情を変え誇らしげに言った。
「…耕助。ここが、ドワーフの国、鋼鉄公国ウルバスドゥームだ。」
「…いやあ、俺、本当に異世界に来たんだなって思うな。」
耕助は、そう言いながら目の前に聳え立つマーデニアの主峰を見上げた後、ポータルの周りに集まりつつあるドワーフの住民達を見渡しながら無邪気に目を輝かせた。
住民たちは、ドワーフ以外の種族と、異世界の魔装騎士、ラグナロクが珍しいのかヒソヒソと何かを話しながら遠巻きに囲んでいた。
「……あれが、帝国を打ち破った魔装騎士か」
「ずいぶんと禍々しい。だが、あの背負子の構造はどうなっている。重心の制御はどうしているのだ……?」
ドワーフたちの呟きは、恐怖よりもむしろ、未知の技術に対する貪欲な解析心に満ちていた。
だが、わずかではあるが住民たちを含め、街全体が不穏な空気包まれているのを耕助は感じる。
「…なにかあったのか?」
訝しげな顔つきを見せながら、耕助は隣のエレノアに囁く。エレノアもそれを感じたのか、怪訝な顔で集まった人垣の向こうで慌ただしく動いている街の人々を見ていた。
すると、それに気づいたグルムがすまなそうな表情を浮かべて言った。
「…すみません、賢者様。元々、この国の民は地下での生活が長かったせいで閉鎖的な所があります。…おそらくは、我らのことを快く思っていない者の気配を感じていらっしゃるのではないでしょうか?」
その言葉にエレノアは優しく笑みを見せると、頷いて耕助に言った。
「…耕助。どうやら、ここの民はお前を警戒しているらしいぞ?異世界から来た野蛮人としてな。」
「おいおい。セレスティアの魔女様がなにを言ってるんだ?あんたの方こそ、警戒されてんじゃないのか?いきなり範囲魔法でもぶっ放すんじゃないかってな。」
二人はそう言い合うと、互いに睨み合った。
すると、その様子を見ていた足元のミルンが不思議そうな顔をして二人に聞く。
「…なんでケンカしているの?」
「「いや!ケンカなんてしてないぞ?!」」
不安そうなミルンの視線に二人はニッコリと笑って答える。
そして、お互いに向き合うと目だけ怒った状態で互いを褒め合った。
「いやあ、さすが賢者様だな!その風格が漏れているんだろうな!ワハハハ!」
「いやいや、耕助もなかなかだぞ?お前の強さも漏れてるんじゃないのか?アハハハ!」
「良かった!それなら良いんだけど…ここまで来てケンカなんかダメですよ?賢者様?耕助?」
「「分かってるって!」」
二人はそう答えて肩を組んだ。
それを、頭を抱えたグルムが呆れきって見ていた。
そんな四人がラグナロクと共に立ったポータルの一段下がった場所には、五人のドワーフが待っている。
グルムは、それを認めるとそちらの方へと近づいた。すると、その中央に立った、他の四人に比べて明らかに上官という風体のドワーフが歩み寄る。
「…グルム=フレアハンマ殿ですね?…初めまして、軍事開発研究員のブロン=ガイードと申します。」
名乗ったブロンは、ドワーフには珍しくメガネをかけた顔に笑みを浮かべながら、グルムに太い腕から伸びた武骨な右手を差し出す。
「出迎え恐れ入る。グルム=フレアハンマだ。この度はこちらの呼びかけに応えて頂き感謝する。」
グルムは、力強く手を握り返した。
「こちらこそ、かつての五鎚の一人、フレアハンマ殿に会えて光栄です。どうぞ、ゆっくりとご滞在下さい。」
「ほう!ワシの名を知っているとは、ますます恐縮してしまうな。…軍事開発研究員と言ったな?貴殿の目当てはあのラグナロクであろう?」
グルムはそう言って探るような目でブロンを見る。
ブロンは、その肩書の通り研究員らしく、四人の後方に立つラグナロクに視線を送りながら言った。
「はい。もちろん、それもありますが、あの帝国の一万もの軍勢を退けた戦いで使われた、フレアハンマ殿作の武器にも大いに興味があります。…そちらの武装についても出来得る限りご教示願いたいと我々は考えております。」
「無論だ。だが、その際にはこちらの願いについても考えて頂きたい。…女王陛下への謁見は叶うのであろうか?」
「はい。おそらくそれについては叶うものかと。…ただ、本日は全体の会議が行われてまして早くても、謁見は明日以降になるとのことでございます。」
ブロンは、若干申し訳なさそうな笑みを浮かべながら答えた。
「…そうか。勝手を言っているのはこちらもだからな。…お会い出来るのであればそれでいい。…とりあえず、紹介しておこう。」
グルムはそう言うと、後ろで二人のやり取りを見ていた背後の三人に振り向いた。
「…セレスティアの賢者様、異世界人の神代耕助、そしてワシの姪っ子のミルンだ。」
ブロンは、エレノアと耕助に近づくとそれぞれの手を握った。
「訪問を許可して頂き感謝します。イリーヤ=ベルトーネです。」
「こちらこそ、感謝しております。噂の異世界の魔装騎士の話、色々とお聞かせ下さい。」
エレノアは、いつになく慇懃な態度でブロンの手を握って外交用の笑みを見せた。
耕助は、そんなことも出来るエレノアに若干引きながらもぎこちない笑顔を浮かべて続いて手を握った。
「神代耕助だ。…世話になる。」
「こちらこそ。神代殿には、神代殿自身に色々とお伺いしたいと考えています。どうぞ、よろしくお願い致します。」
最後に、ミルンが前に進み出てブロンにぎこちなくお辞儀をして見せる。
「…ミルン=ファイドです。お世話になります。」
「これはこれは!ずいぶん可愛らしい特使ですな!」
ブロンは、破顔しながら小さくお辞儀を返して握手を交わした。
すると、エレコムが先ほどまでの態度から一転して鷹揚に胸を張るとブロンに言った。
「そうでしょう!ミルンの可愛らしさは万国共通なのです!」
「は、はあ…。」
「す、すまない…こういう御方なのだ…。気にせんでくれ。」
グルムは申し訳なさそうな表情を浮かべてブロンに言うと、エレノアをミルンから引き離した。
「な、なにをするのだ、剣匠殿!ミルンの魅力をもっと伝えねばならぬところではないのか?!」
「それはもういいから、あんまり親方を困らせるなよー…。」
耕助も、さすがに呆れてグルムから引き継いでブロンとミルンからエレノアを遠ざける。
すると、ブロンは困ったような顔を浮かべつつも話を先に進めた。
「それでは、皆さんの滞在先は王城内に用意しております。そこで、しばらくごゆっくりとなさって下さい。…ラグナロクについては、王城内の研究所まで運ばせて頂きます。…皆様の許可がないうちは指一本触れませんのでご安心下さい。」
「…わかった。それでは世話になることにしよう。」
グルムのその言葉でようやく一通りの挨拶を終えると、ブロンの用意してきた馬車に乗り込み、一路、王城へと向かったのだった。




